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文献名1大本史料集成 3 >第2部 第二次事件関係
文献名2第2章 裁判所資料 >第5節 証人訊問調(控訴審)よみ(新仮名遣い)
文献名3(三)元京都府特高課長よみ(新仮名遣い)
著者
概要元京都府特高課長・杭迫軍二に対する、仙台地方裁判所での予審嘱託尋問(昭和16年10月29日)の記録である。焦点は、警察協会雑誌に掲載された「大本事件日記」の内容に集まった。杭迫は、この日記が全国の警察官への教養資料として書かれたものであり、志気を高めるために「理想型」を描いた「潤色誇張(じゅんしょくこちょう)」が多いことを認めた。捜査官への事前の特別な教養や予備資料の配布は否定し、捜査はあくまで客観的に行われたと主張する一方、内務省への報告資料としては不敬罪や治安維持法違反を裏付ける資料を整理していたと述べている。
備考
タグ データ凡例裁判資料の凡例 データ最終更新日2026-06-17 11:00:15
ページ562 目次メモ
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本文  (三)元京都府特高課長

   大本事件に関する予審嘱託訊問状況の件
 十月二十九日午前九時より午後一時三十分に至る間仙台地方裁判所西岡稔予審判事の訊問を受けたる状況左記の通
 列席したる弁護士は富沢効、林逸郎(清瀬一郎は欠席)の両名
   記
 一、訊問の主要点は別紙㈠の内容にて従つて之に関する答弁も亦大同小異
 二、其他の訊問事項
  1、検挙着手前に於て京都府特高課員中事件の関係者は誰々か。
     課長たる自分が中心にて───警部、───警部、───警部補、───警部補であつて───警部補は大体書記の役割を担当し、又───警部は病身の為───警部補は検挙準備の中途参加したので一部分に関与したに止まる。
  2、不敬並治維法違反なりとの認定には如何にして到達したるか。
     詳細なる記憶なきも霊界物語、王仁三郎全集(此の時之等の書名は判事並弁護士列挙す)其他多数の大本出版物を検討し其の包蔵する思想が不敬不逞にして放任し難き団体なりと認定するに至つた。
    何時其の認定を為したか。
     詳しく記憶しないが検挙着手前数ケ月頃であつた様に思ふ、
    予め内務省から不敬並治維法違反の結社なりとの指示なかりしか。
     左様に記憶せず寧ろ京都府に於て研究の結果に基く見解を所轄検事局並に本省に報告して意見を求めた様に思ふ

3、検挙準備をしたか。
   具体的な記憶はないが準備はした。
  警察協会雑誌大本事件日誌によれば(紙数三十万)云々の記事があるが之れは如何したか。
   ドンナ考へで此の記事を書いたか記憶しないが事案の経過報告と結社禁止の資料として本省へ報告の為作成した書類の事ではないかと思ふ。

4、本省では誰に報告したか。
   主として当時の永野事務官に報告した。
  唐沢局長並に相川課長には報告したか。
   会議其他の用務で上京の折は管内事情を報告するのは当然なので其の際併せて事件の経過を報告した事と思ふが其の内容は記憶しない。

5、本省の三名の係員は常時滞在したか。
   三名であつたかどうかしかと記憶しない、又常時と云ふ訳ではないが出張の折打合せの為立寄つた事がある様に記憶する。

6、取調着手前特別な教養を為したか。
   特別なと云ふ意味は判然しないが只抽象的に事案は不敬並治維法に問擬すべきもの故慎重熱心に事に当り自ら被疑事実の真相に到達する様又被疑者並証拠品の取扱方に就ては繰返し訓諭した。
  内務省の永野事務官、───属は教養に当つたか。
   他の人の事で判然しないが左様な記憶はない。

7、警察協会雑誌大本事件日誌中所謂(打診的取調)を為したか。
   打診的とはドンナ意味で書いたか記憶しないが各々取調官に幾人かの被疑者並に夫れ等関係者の証拠品取調を命じた故各取調官は其の与へられた被疑者なり又は関係参考人を取調べた事と思ふ。
  其の結果協議会を開いた事はないか。
   各取調官から随時報告は受けたり又之を指導した事はあるが所謂協議会を催した様な記憶はない。
  綾部、亀岡で取調を行つたか。
   検挙着手の当初に於て全部の被疑者を引致したのでなく綾部、亀岡に尚相当多数の信者が残留して居た様に思ふから夫れ等に就いて参考に取調べた事があつたかもしれない。

8、───警部は王仁三郎取調べの経過に就いて何を報告したか。
   勿論報告は受けたが具体的に記憶はない只王仁が大変申訳ない事を致しましたと恐縮して自供した旨の報告は確かあつた様に思ふ。

9、殿堂取毀の命令の有無並に其の根拠如何。
   命令はあつた様に思ふ、其の根拠は本省命令なのでしかと記憶しないが、一般の人に礼拝せしむる施設は許可を要する建前なので之に基いたものではないかと思ふ。

10、富沢弁護人
  警察協会雑誌大本事件日誌(序文)中(日記帳云々)に基いて事件日誌を書いた様だが其の日記の有無。
   あつた記憶はない。

11、林弁護人
  取調警察官の調書は殆んど一字一句同様であるから取調着手前に特別な教養を施したに違いないが如何。
   取調警察官に対しては軽信予断に陥つて取調を為すことを極
   力避け前述⑥の通りの命令訓諭は度々行つたが、一切の予備
   資料を与へたり特別な教養を行つた記憶はない。

12、警察協会雑誌中薄田美朝、古賀強の記事は真実と思ふがどうか。
   他人の記事なので判然しない。

   別紙㈠
 尚事件後相当年月を経過し居り細部に亘つては稍々記憶の明確を欠く所有之候条予め御了知置願度
   記
 警察協会雑誌は申すまでもなく全国警察官吏の教養資料たることを主眼とするものにして右雑誌第四百三十四号所載の「大本事件日記」も元より右の使命に沿ふ如く或は本事件により全国警察官吏をして破邪顕正の志気を鼓舞振起せしめ或は本事件の経過に鑑み将来此種事件の捜査に当り斯くせば又は斯くもせば一層の良結果を期し得べしとの想案仮定の理想型を描出仕りたる処尠からず従而記事中潤色誇張の点多く有之は自ら免れざりし所に候
 例之同日記「十二月十八日」の項中所謂「証拠品整理班六班を設け云々」又同日記「昭和十一年一月六、七日」の項中「取調班は五班にして曩の証拠調に於けると同じ」等は特に班を仮定したるに非ずして当時捜査員全員を収容する適当なる室なく事実上小室に分割し居りたるに過ぎざりしが将来斯かる陣容を整備せば便宜とすべしとの単なる模型を記載したるものに有之。
 又同日記「三月上旬」の項中後段「此の折係員不足を告げ云々」も其の一部は時偶々満洲国皇帝陛下の御入洛に際し関係々員を増員したる次第なるが前掲の如き趣旨にて粉飾加筆したるものに有之候
 二、実施計画乃至は其の意図中種々の理由にて其の運に至らず又は係員に通達せざりし場合も多々有之、之を同日記の記事中にたどれば例之同日記「十月中旬」項中前段所謂「暗合」の如き其の使用せしは単に内務本省との間に止まり其の数も二、三にして或る「係員」に示し、或は挙示の如く多数使用したる様記憶仕らず又同日記「十二月十五日より十七日迄」の項中所謂「教養」の如き当時繁忙を極め到底其の閑暇余裕さへ無かりし処に有之畢竟前項に回答の通り警察協会雑誌の目的に考較し潤色叙述致したる次第に候。
 三、本事件は縷述する迄もなく頗る重大にして慎重極秘に事を運ぶ必要上検挙の事前は元より事後に於ても万事特高課長中心主義にて特に係員相互の横の連絡を戒しむる事は勿論係員が予断軽信に陥るが如き一切の予備的資料或は教養説示を避け以て捜査係員が自ら事案の真実に到達する事並に犯罪内容の漏洩を防止するに努めたる所に候。
 従て同日記「九月中旬」の項中所謂「原稿」及「印刷」又同日記「十月中旬」の項中後段所謂「検挙に凡そ必要と予想せらるる書籍」次に同日記「十二月十九日より翌一月五日迄」の項中の所謂「犯罪容疑項目別に整理編冊」したるもの等の如きは内務本省へ事案の報告と結社禁止の資料として送付せしものにて係員には必要もなく又述上の点に鑑み披見等せしめざりし次第に候。
 但事案の具体的内容に触れざる命令訓諭例之本事件が重大なる治維法違反並不敬罪を以て問擬すべき事実なるにつき右係員は特に沈思考究して自ら犯罪の真相を発見把握するに努め苟も予見盲断するが如き事無き様留意すべしとか関係証拠品の証拠の保存に関する注意とか或は何月何日より斯々の被疑者の取調を開始すべしとか事案が不敬に関係する場合あるにつき係員の言動に注意すべしとか又は被疑者の健康に関する顧慮之に対する差入或は其の取扱を懇切丁寧にして苟も人権蹂躙等を惹起せざる様に等は随時警察官練習所又は府庁参事会室等に於て係員全員に対し之を行ひくる所に有之候。

  別紙㈡
一、証人杭迫軍二に対する訊問事項増補

 五、証人(昭和十一年七月発行の警察協会雑誌(大本事件)に「大本事件日記」と題する文章を寄稿したることありや。
   然りとすれば右文章の内容は其全体に亘り虚偽或は誇大に作成せられたる所ありや。
 六、若し虚偽或は誇大に作成せられたる箇所ありとすれば如何なる場所なりや。
 七、大本教検挙に当りたる警部───は宣誓の上右文章の内容は必ずしも全部真実に非ずと証言せり、証人は之に対し如何に思ふや。
 八、右文章の末尾に(附記)として「本稿」と記せられたり。然るに右───警部は右記事(文章)に関係したることなきと云ふが、然らば関係したるは誰人なるや。
 九、右雑誌に登載せられたる警保局古賀名儀の「大本事件の真相に就て」と題する記事京都府警察部長薄田名儀の「大本捕物覚書」と題する記事の夫々の内容は当時の内務当局の活動状況を存するが儘に伝へたるものなりや。

(警保局保安課宗教係「大本教事件証拠調関係書類」所収、国立公文書館所蔵)
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