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文献名1大本史料集成 3
文献名2第2章 裁判所資料 >第6節 控訴審判決書よみ(新仮名遣い)
文献名3控訴審判決書(3)よみ(新仮名遣い)
著者
概要木下愛隣が「いまのてんしにせものなり」と読める十二段返の歌を書き写して所持した事実を認定する。続いて、不敬事件全般の証拠を列挙し、王仁三郎の予審供述、押収された『霊界物語』『瑞祥新聞』等の記事、編集担当者である桜井重雄・浜中助三郎の供述などから、記事が皇室の没落や天皇の退位を暗示するものと判断した経過を示す。
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2026-06-17 12:59:50
ページ580 目次メモ
OBC B195503c220603
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本文 第四 被告人愛隣は岡山県私立閑谷黌第二学年を修了し、造化、小間物、盆製造業等を営み居たるものにして、病気治癒の目的を以て大正八年四月頃大本に入信し爾来正宣伝使、大本幹事、大本瑞祥会山陽分会長、皇道大本岡山分所長等に就任し居りたるものなるところ、昭和九年五月頃被告人肩書居宅なる岡山分所に於て藤津進より縦横各十二の仮名文字より成りその八段目に左より右に「いまのてんしにせものなり」と記載しある不敬文書の提示を受け知合の信者に示す為之を写取りて所持し以て天皇に対し不敬の行為を為したるものなり。
 被告人王仁三郎、重雄、与之助、由太郎、仙蔵、徳太郎及弘の各不敬の所為は夫々意志継続に係るものとす証拠を案ずるに判示冒頭の事実中大本の発端より昭和十年十二月上旬迄の経緯に関する事実並大本主祭神、大本教典、同補助教典、大本主張の根本目的みろく神政成就を必要とする理由に関する大本教説並被告人王仁三郎の国常立尊及素盞嗚尊の顕現霊代関係に関する事実は被告人王仁三郎の当公廷に於ける同趣旨の供述に依り之を認め、大本文献には敬神勤皇愛国を高調せるもの多々あるに拘らず、不敬と解せざるを得ざるが如きもの尠からす、為めに信者中に不敬思想を懐く者を生ずるに至りたる顛末に付きては、後記判示第一乃至第四認定の証拠及治安維持法違反事件の説示を綜合して之を認定し、
 判示第一の㈠乃至㈢の事実は、
 一、被告人王仁三郎の当公廷に於ける私が判示第一の㈠㋑乃至㋣の作歌及神諭を同判示各著作物又は新聞に掲載して発行頒布せしめたることは相違なき旨の供述、
 一、被告人王仁三郎に対する予審第五十一回訊問調書中、私は昭和七年六月三十日に亀岡町の大本本部に於て北村隆三其他の天声社の係員をして第四百二十七頁以下に判示第一の㈠㋑記載の如き記事を掲載せる霊界物語第六十巻の再版を天声社より発行せしめたり、右記事は神諭天之巻第九十九頁にある神諭の字句を私が数箇所訂正して掲載せしめたるものにて、右記事中の「悪の頭」とあるは天皇陛下のことを指して申したるものなり、
 又同年十月三十日に右同所に於て桜井重雄其他の天声社の係員をして、第六十一頁に私の作りたる判示第一の㈠㋺記載の如き短歌を掲載せる霊界物語第七巻の三版を天声社より発行せしめたり、此短歌は日月の光又は撞の大神の威光は昔も今も変り無きも現御皇室には黒雲がかかり居るとの意味にて、御皇室に凶事の起ることを暗示して詠みたる歌なり、
 又昭和八年四月十日に右同所に於て桜井重雄其他の天声社の係員をして第九十四頁に私の作りたる判示第一の㈠㋩記載の如きに首の短歌を掲載せる霊界物語第三十八巻の第四版を天声社より発行せしめたり、右短歌中前者は千歳経し金甌無欠の御皇室も地震に会はば脆く破れると云ふ意味を暗示したるものにて、後者は皇統連綿と伝はりたる御皇室にもヒビが入りたりと云ふ意味を暗示したるものにて、恐れ多きことなるが御皇統の断絶を暗示したる短歌なり、
 又昭和八年六月十日に右同所に於て北村隆三其他の天声社の係員をして第百九十七頁に私の作りたる判示第一の㈠に記載の如き短歌を掲載した霊界物語第六十一巻の第四版を天声社より発行せしめたり、右短歌は日本の天皇陛下の外には天皇陛下はないと思ふて居る人は愚な人なりと云ふ意味にて、其の反面に於て天皇陛下の外に私が存在して居ると云ふ事を暗示したるものなり、
 又昭和九年十二月二十五日に右同所に於て桜井重雄其他の天声社の係員をして第二百八十五頁に私の作りたる判示第一の㈠㋭記載の如き短歌を掲載せる霊界物語第十巻の第三版を天声社より発行せしめたり、右短歌は太陽の光は昔も今も変らぬが、御皇室には黒雲がかかり居る、従つて御皇室に凶事が起ると云ふ意味を暗示して詠みたる歌なり、
 又私は昭和八年三月頃大本の機関紙瑞祥新聞の編輯人桜井重雄及天声社の編輯係員に対し、同年四月一日以後に発行する瑞祥新聞に掲載する神諭は編輯係の者をして神霊界に掲載したる神諭中より選択せしめ、其の選択した神諭のゲラ刷を私の所へ持ち来させ、私が其の神諭を瑞祥新聞に掲載する事を承認した上同新聞に掲載させ居りたるものにて、昭和十年四月一日発行の瑞祥新聞第八頁に判示第一の㈠㋬記載の如な記事を神諭名義にて掲載発行せしめたり、右記事中に「道具に使はれる肉体」とあるは天皇陛下の御事を指したるものにて、此記事は恐れ多きことなるが日本の天皇陛下を没落したる印度の王、支那、露西亜及独逸の皇帝に対比し、日本の天皇陛下の御退位を暗示したるものなり、
 又私は昭和八年頃に判示第582一の㈠㋣記載の如き短歌を作りたり私の作りたる歌は天声社にて整理させて、大本発行の書籍、新聞、雑誌等に随時掲載発表することを私に於て承諾し居りたるものにて、昭和九年十一月九日に天声社より昭和十年日記を発行する際私の作りたる同短歌を同日記の第三百四十七頁の欄外に掲載して発行したるものにて、右短歌は現御皇室の統治せられて居る此の世の中は忌々しいと云ふ意味を暗示したるものなる旨の供述記載、
 一、被告人出口王仁三郎事件の押収証第三、五五一号霊界物語第六十巻に判示第一の㈠㋑
 同証第一、九五六号同物語第七巻に判示第一の㈠㋺
 同証第一、九五〇号同物語三十八巻に判示第一の㈠㋩
 同証第三、四〇三号同物語第六十一巻大本讃美歌上の巻に判示第一の㈠二
 同証第四、一六〇号同物語第十巻に判示第一の㈠㋭
 同証第四、二二七号昭和十年四月一日発行第二四一号瑞祥新聞に判示第一の㈠㋥
 同証第四九五号昭和十年日記に判示第一の㈠㋣記載と同一の記事及短歌の記載あり
 右記載が夫々判示の如き趣旨を含むものなることは行文上明なり、加之同証第一、二六四号大本神諭天之巻第九九頁同証第一〇一号、瑞祥新聞昭和八年七月一日号第三二頁に依れば判示第一の㈠㋑は天之巻に「云々是までの如うな事には行かんから一か八かと云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて置くが良いぞよ。今の日本の番頭のフナフナ腰では云々」と在りしを判示の如く書き改め更に其の後瑞祥新聞に「云々一か八かと云ふ事を向ふの国の悪の頭に書いて見せて云々」と訂正掲載しあり、是に由り之を観れば判示「悪の頭」が天之巻記載の意味とは異なり読者をして不敬の趣旨を含むものと解さしむるに至りたることは、王仁三郎等幹部に於て既に已に知了し居りたることを認め得べく、王仁三郎は当公廷に於て判示第一の㈠㋩の短歌二首は真言宗の本山に罅が入り、本当の精神なしとの趣旨なりと供述すれども其の次に「曲神は天と地とにみちとせの夢は破れん、夢の世の中」なる一首掲載せられあるにより之を観れば右供述は弁解に過きざること明なり、前掲霊界物語第六十一巻大本讃美歌上の巻百九十六、七、八頁に依れば判示第一の㈠に記載の短歌は十首の聯歌の一にして其の前後の歌詞より推考すれば、判示短歌の「きみ」は救主又は岐美にして救世主と解せらる、
 而して王仁三郎が大本に於て救主、救世主と称へられ居りたることは被告人吉三郎の当公廷に於ける王仁三郎を救世主と申し居りしも、夫れは同人の別名には非る旨の供述、同証第三六三号神の国創刊号、道の栞(裏の神諭)第七六頁「日本は真の天国なり、神の楽園なり故に救主現はる往古は速須佐乃男命瑞の霊に由りて、天つ罪国つ罪許々多久の罪を贖なひ玉へり、今や又々瑞の霊は救主として下土に降れり瑞の霊の救主たる事を知る者は限り無き権力と平安とを与へらるべし、只信ぜよ人心小智の疑ふも及ばざる所なり」同第八〇頁「吾に従へ、吾を信ぜよと云ふ者は栄枯死生ある所の五尺有余の肉体にあらず、其の肉体に宿する瑞の霊の言なり、吾は救世主なりと呼ぶ者又同じ」「王仁自ら吾は救主なりと曰へる事あり、之れ肉体の王仁にあらずして神人感応したる時の言辞なり、自ら神なり、救主なりと呼ぶ者は本気の沙汰にあらず、されど吾が体の中に天使の霊憑り玉ひて教へらるるなり、故に吾言は神なる事あり、人なる事あり、誤解する事なかれ」との記事に依り明なるを以て判示短歌は王仁三郎が皇統と対等の地位にあるが如き趣旨を含むものなることを認め得べく。
 一、被告人重雄の当公廷に於ける判示第一の㈡冒頭記載と同旨の供述。
 一、同被告人に対する予審第十六回訊問調書中私は昭和七年八月より皇道大本編輯課長として、京都府南桑田郡亀岡町天恩郷内、皇道大本本部編輯課に於て大本関係の単行本雑誌及新聞の各編輯事務に従事中出版法に依り出版したる霊界物語第七巻第三版、第十巻第三版、第三十八巻第四版の各編纂者となり、又新聞紙法に依り発行したる瑞祥新聞の昭和九年九月一日号、昭和十年三月一日号、同年四月一日号の各編輯人となり編輯発行したり、右霊界物語第十巻第三版二八五頁に出口師作の判示第一の㈠㋭記載の如き和歌が掲載しあり、之は東都に不祥事が起ると云ふ事を黒雲がかかると云ふ言葉にて表はしたるものにて、御皇室が没落されることを暗示したるもの、右新聞昭和十年四月一日号八頁に判示第一の㈠㋬記載の如き神諭掲載しあり、此中「道具に使はれる肉体」は恐れ多くも陛下に当るので全体の意味は結局、日本の御皇室も露国や独逸と同様の運命に陥られると云ふ事を暗示した不敬な文句にして、以上不敬な和歌や神諭を掲載することに付ては皇道大本編輯課長として実際其の編輯に当り居りたる為当初より其の和歌や神諭の内容及意味を知り居りたり、右瑞祥新聞に載せたる神諭は既に神霊界に発表されたるものの内、神諭類纂に纒めたるものより順次抽出発表したるものにして夫れに付き出口師に伺を立てたるところ出しても宜敷いとの許可を得たる為、其の後昭和八年四月より瑞祥新聞に掲載したるものなる旨の供述記載。
 一、同被告人の当公廷に於ける霊界物語の編輯手続は普通王仁三郎より私の方へ原稿が廻ると、私は夫れを一通り見て単行本主任に廻し、同主任は原稿に活字の号数を入れて印刷部に廻し印刷部にてはゲラ版を単行本主任に廻し、同主任は夫れを私の方に廻し来り、私は誤の有無を調べ校正の上時に王仁三郎に見せ、印刷に廻し、印刷が出来上ると王仁三郎に差出し当局に届出て居りたり、再版以後の場合は王仁三郎に話すこともあり、旅行中の場合等は予め私に再版にすることを許され居りたる為、誤植等を訂正して再版に為し居りたるも本件が起る一年程前からは再版以後にても必ず見せよと云はれたる為夫以来必ず見せ居りたり、雑誌、新聞の発行手続は編輯の方にて膳立して原稿を貰ひ夫れを私の方で見て編輯の方へ廻し、其処で活字の号数を入れて印刷の方へ廻し居りしものにて、出来上りたるものは必ず王仁三郎に差出し当局へ届出て居りたり、私は編輯者として判示第一の㈡㋑㋺記載の短歌や記事を夫々同判示の霊界物語や瑞祥新聞に掲載したることは相違なき旨の供述。
 一、被告人助三郎は当公廷に於ける判示第一の㈢冒頭記載と同旨の供述、
 一、同被告人に対する予審第十一回訊問調書中瑞祥新聞の編輯より発行迄の経過は同新聞の大半を占め居る神諭は、亀岡本部編輯課備付の大本神諭類纂より予め課長の承認を得て私が適当な部分を原稿用紙に写し取りて原稿を作り、神諭以外の記事は私が王仁三郎及日出麿の旧著述中より適宜選択抜萃して原稿を作り、一般信者投稿の原稿等と組合せ、之を課長の手許に廻し其の承認を得た上天声社の印刷工場に廻し、印刷工場より其のゲラ刷を編輯課に廻し来り、私が之を校正し課長の承認を得た上工場の方へ本印刷に下げ、印刷が出来上ると二部編輯課に納むることとせり、私が全責任を持ち此の編輯を担当し居りたるものにて桜井重雄は昭和十年十二月本件検挙当時の編輯課長にて昭和七年春頃より、編輯課に来り居りたる様に思ふ旨の供述記載、
 一、同第十二回訊問調書中昭和十年四月一日号瑞祥新聞は私が前述の如き方法順序にて編輯したるものにて同新聞七頁以下の、大正八年一月十九日付神諭中の「邪鬼は世界中を自由自在に荒れ廻りて云々」の中には「道具に使はれる肉体」と云ふ不遜不逞な言葉を以て畏くも天皇陛下の御事を暗示し居るものなる旨の供述記載
 一、同被告人の当公廷に於ける私は昭和九年一月より本件検挙迄瑞祥新聞の事実上の編輯担当者として判示第一の㈢記載の如き記事を掲載したることは相違なき旨の供述
 一、被告人浜中助三郎事件の押収証第九号昭和十年四月一日発行瑞祥新聞第二四一号中判示第一の㈢掲記の如き記事を綜合考覈して之を認定し、
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