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文献名1大本史料集成 3
文献名2第2章 裁判所資料 >第6節 控訴審判決書よみ(新仮名遣い)
文献名3控訴審判決書(10)よみ(新仮名遣い)
著者
概要北村隆三ら10名前後の被告人について、編集、会計、宣伝、地方本部・支部の運営、昭和青年会・昭和坤生会・昭和神聖会等の活動を列挙する。検察側は、各人が大本の目的を国体変革と認識しながら加入し、出版、講演、組織編成、会員獲得などによって結社を拡大・強化したと主張した。
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2026-06-17 13:02:58
ページ604 目次メモ
OBC B195503c220610
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本文 第二十一 被告人隆三は大正九年四月大本に入信し其の後亀岡大道場会計係、霊界物語筆録者兼大本瑞祥会編輯課員同編輯課長を経て、昭和三年一月人類愛善新聞編輯主任に就任し、大本の活動に従事中大正十一年末頃王仁三郎の強調せるみろく神政成就とは窮極するところ、前示教義に基き王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とするものなることを諒知するに至り、昭和三年四月末頃大本は王仁三郎以下大本最高幹部に依り、みろく大祭に寓意して我国体の変革を目的とする結社として組織せられたるものなることを認識したるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、引続き右人類愛善新聞編輯主任としての活動を為し、以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、前記人類愛善新聞編輯主任、大本瑞祥会編輯課長の外大祥殿講師、特派宣伝使、人類愛善新聞記者、皇道大本天津分院管事、人類愛善会華北分会長皇道大本参事等に就任して、其の間前記亀岡天恩郷に於て機関紙人類愛善新聞、神の国、瑞祥新聞等の編輯事務を統轄主宰し且同所及奉天、天津等に於て信者未信者に対し大本の主義、主張に関する講話を為し、或は右機関紙神の国、瑞祥新聞等に各数十回に亘り、大本の主義、主張を宣伝するに足る記事を投稿掲載せしめ、且右同様趣旨内容の「大本の話」等の書籍を著作発行して夫々信者の獲得及其の意識の昂揚に努め、

第二十二 被告人中は大正八年八月大本に入信し、昭和六年九月頃以来亀岡本部時習課係員として大本の活動に従事中、昭和七年中頃に至り大本は窮極するところ王仁三郎が前記教義に基き日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知したるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、引続き時習課係員として同課に於て機関紙の発送事務等に従事し、以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、右役職の外亀岡大祥殿講師代理、特派宣伝使、皇道大本愛善郷(兵庫県朝来郡竹田町所在)主事補及正宣伝使等に就任したる上亀岡町、小倉市内外、兵庫県朝来郡竹田町内外、大阪市内其の他阪神地方等に於て、大本の主義主張に関する講演を為し、或は機関紙神の国に信仰向上に資するに足る記事を投稿掲載せしむる等、信者の獲得及其の意識の昂揚に努め、
 以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、

第二十三 被告人久治は昭和四年四月頃大本に入信し爾来台北分所係員、宣伝使試補、大本台湾花蓮港支部長に就任し、大本の為活動中、昭和七年二月頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知したるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し、依然大本に留り九州第一主会特派宣伝使として福岡県及大分県下に於て引続き大本の主義、主張に関する講演、講話等を為し、以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て。
 ㈠ 昭和七年二月頃より同九年四月迄の間右九州第一主会特派宣伝使として福岡、大分、山口の各県下に於て管下分院、支部等を増設し機関紙人類愛善新聞の販路拡張を図り、昭和青年会及昭和坤生会の指導統制に当り、或は講演会、座談会を開催して大本の主義、主張の宣伝、信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
 ㈡ 昭和九年五月以降東北主会長兼特派宣伝使、昭和青年会及昭和坤生会東北主会長兼指導員として宮城、岩手の各県下に於て管下支部を増設し、人類愛善新聞の販路拡張に努め昭和青年会及昭和坤生会員を指導し、昭和青年会宮城及岩手主隊を編成し、或は講演会、座談会を開催して大本の主義、主張の宣伝、信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
 ㈢ 昭和九年十月仙台市に昭和神聖会東北地方本部を設置して、翌十一月之が本部長に就任し、宮城、岩手各県下に於て同会支部を設置し、仙台市及花巻町に於て皇道宣揚展覧会及皇道講座を開催して、大本の主義、主張の宣伝を為し、或(昭和神聖会の会員及賛同者の獲得に努め、
 以て右結社に加入して其目的遂行の為にする行為を為し、

第二十四 被告人東洋男は昭和二年四月頃大本に入信して大本宣伝使試補に就任し、次て綾部町大本天声社編輯課に於て機関紙瑞祥新聞の編輯事務に従事中、昭和四年二、三月頃大本は窮極するところ前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とする結社なることを諒知したるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、右編輯課に於て其の課員として引続き右瑞祥新聞の編輯事務に従事し、以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右編輯課員の外人類愛善新聞編輯係、地方宣伝課員、九州別院道場講師、昭和青年会統務委員、特派宣伝使、亀岡天恩郷大祥殿講師、昭和青年会関東統務、同会本部庶務部長、同会機関誌「昭和」の編輯部長、昭和神聖会総本部統制部委員同会講師、同会参事及地方部長並正宣伝使等に就任し、右結社の拡大強化を図る目的を以て、右綾部又は亀岡町に於て機関紙瑞祥新聞、人類愛善新聞及昭和の各編輯を為し、或は機関紙「神の国」に数回大本の主義、主張を宣伝するに足る記事を寄稿し、亀岡天恩郷大祥殿其の他近畿、山陰、九州、関東、東北、北海道、樺太地方等に於て大本の主義、主張に関する講演を為し、或は昭和青年会及昭和神聖会の指導統制を図りて信者の獲得及其の意識の昂揚並基礎確立に努め、
 以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、

第二十五 被告人鑅吉は大正八年九月大本に入信し其の後大正日日新聞社庶務部長、天声社出版局次長等に就任し活動中、大正十年事件に際会し一旦役職を辞したるも昭和二年七月復帰し、爾来綾部天声社社長補、第一天声社社長補、亀岡第二天声社社長補、大祥殿講師等に就任し大本の主義、主張の宣伝に従事中、昭和六年六月頃に至り大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、依然大本に留り引続き、亀岡に於て天声社社長補として活動し以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、
 ㈠ 大本の宣伝並活動機関なりし大本瑞祥会本部は亀岡)及大本総本部は綾部)の各庶務課長として右各本部内の取締、修行者に対する世話等の事務を担当し、
 ㈡ 皇道大本近畿第二主会内摂淡及播州各聯合会特派宣伝使として、兵庫県下に於ける管下分所、支部及昭和青年会並に昭和坤生会の指導監督を為し、且右管下分所、支部等に於て屡々大本の主義、主張の宣伝を為して信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
 ㈢ 昭和神聖会何鹿支部長として京都府何鹿郡内に於て屡々同会の主義、綱領等を宣伝して同会会員及賛同者の獲得に努め
 以て右結社に加入して役員たる任務に従事し、且其の目的遂行の為にする行為を為し、

第二十六 被告人敏雄は大正九年四月大本に入信し其の後綾部に於て神饌係、庶務課係員等として奉仕活動中、昭和三年頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎に於て日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、依然大本に留り大本総本部庶務課次長として活動を継続して其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て右役職の外正宣伝使、皇道大本奥丹第一聯合会長、同三丹主会次長、昭和青年会及昭和坤生会の各三丹主会次長並昭和神聖会三丹地方本部次長等に就任し、京都府下に於ける其の管下支部を巡回して本部との連絡統制を図り、或は同府竹野郡に於て昭和神聖会の会員及賛同者の獲得に努め、尚大本の機関紙明光に大本の主義、主張の宣伝に足る和歌、冠句等を投稿掲載せしめ。
 以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、

第二十七 被告人貞次は大正八年九月大本に入信し爾来准宣伝使、東京荏原支部相談役、人類愛善会宣伝使等に就任して、大本の為活動中、昭和三年十一月頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、東京荏原支部相談役等として東京市に於て引続き大本の為活動し以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間、右役職の外皇道大本東京聯合会長昭和青年会及昭和坤生会の各東京聯合会長、昭和神聖会東京地方本部創立委員、同本部次長、同本部長及正宣伝使等に就任し、右結社の拡大強化を図る目的を以て東京市に於て大本の主義主張に関する講話を為し、大本本部の祭典及建築資金等に対する献金方を協議し、機関紙人類愛善新聞の販路拡張に努め或は前記役職の次長をして、昭和青年会東京主隊の編成及昭和神聖会の会員並に賛同者の獲得を為さしむる等大本の主義、主張の宣伝、信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
 以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、

第二十八 被告人盛政は大正八年五月大本に入信し其の後大本正宣伝使、大本日吉津分所長、神刕別院管事等と為り、大本の活動に従事中昭和四年五月頃大本は前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とする結社なることを諒知したるに拘らず、之に共鳴し其の目的達成の為王仁三郎等に協力せんことを決意し依然大本に留り、引続き正宣伝使、神刕別院管事として鳥取県下に於て活動し以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間大本の拡大強化を図る目的を以て、
 ㈠ 神刕別院管事、鳥取主会長、同会次長、正宣伝使、昭和青年会西伯支部長等として、同主会管下なる鳥取県下の分所、支部等に対して大本本部よりの各種の指令通達等を取次き本部との連絡を図り、同管下に於て大本の主義、主張に関する講演、講話を為し、又は大本刊行書の販売を為す等大本の主義、思想の宣伝、信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
 ㈡ 更始会幹事と為り鳥取県東伯及西伯両郡下の同会々員の会費徴収事務を担当し、
 ㈢ 人類愛善会員と為り鳥取県下に於て人類愛善新聞の販路拡張に尽かし、或は之を未信者に配布して閲読せしめ、
 ㈣ 鳥取市に昭和神聖会鳥取地方本部を米子市に同会西伯支部を設置し、同会鳥取地方本部次長と為り鳥取県西伯郡下に於て昭和神聖会の主義、綱領等を宣伝して、同会々員及賛同者の獲得に努め、
 以て右結社に加入し且其の目的遂行の為にする行為を為し

第二十九 被告人井上省三は大正七年六月大本に入信し、其の後皇道大本松江支部長、同小倉支部長、同台南分所駐在講師等に歴任し、大正十三年三月より高松市に於て人類愛善会、大本瑞祥会、昭和青年会各高松支部長、大本瑞祥会、昭和青年会、昭和坤生会各香川聯合会長を兼務し、更に昭和八年十一月頃より皇道大本三丹主会次長兼奥丹第二聯合会長に就任し、大本内外の事務を担当中、昭和九年十月頃大本は窮極するところ前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成の為協力せんことを決意し依然大本に留り右聯合会長として京都府下に於て大本の活動を継続し以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て右三丹主会次長の外奥丹第二聯合会長、昭和神聖会加佐支部事務取扱主任、皇道大本広島主会長兼安芸聯会長、昭和神聖会広島地方本部次長、昭和青年会及昭和坤生会各指導員、正宣伝使等に就任し其の間、
 ㈠ 東舞鶴市に於て皇道大本本部と前記三丹主会及奥丹第二聯合会管下なる京都府、福井県、兵庫県下の各分所、支部間の聯絡協調を図ると共に屡々右管内分所、支部を巡視して、信者の活動を督励し、
 ㈡ 広島市に於て大本本部と前記安芸聯合会管下なる広島市内の分所、支部間の連絡協調を図り、或は同管下信者大会を開催して信者の活動を督励し、
 ㈢ 広島市に於て昭和神聖会総本部、同会広島地方本部及同本部管下支部間の連絡協調を図ると共に大本広島主会管下各分所、支部の信者を動員して、昭和神聖会の会員及賛同者の獲得に努力せしめ、又自ら同会の支部増設に尽力して信者の獲得に努め、
 ㈣ 広島市に於て毎月一回神書奉読会及座談会を開催して同市内に於ける分所、支部の信者に対し神諭、霊界物語等の閲読を奨励し且大本の主義、主張に関する講話を為して、其の意識の昂揚に努め、
 ㈤ 東舞鶴市に於て昭和青年会等主催の防空展覧会及愛国映画会を開催して、大本の宣伝を為し或は広島市に於て広島主会管下各聯合会に対して機関紙人類愛善新聞の購読者倍増方を指令し、又は大本の主義、主張に関する講演会を開催し、且之に関する小冊子を頒布し以て夫々大本の主義、主張等を宣伝して信者の獲得に努め、
 以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、

第三十 被告人愛隣は大正八年四月頃大本に入信し爾来正宣伝使、大本幹事、山陽分会長、岡山分所長等として、大本の活動に従事中、昭和六年八月頃大本は前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、之に共鳴し其の目的達成の為王仁三郎等に協力せんことを決意し、依然大本に留り引続き岡山分所長、山陽分会長等として岡山県下に於て活動し、以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間大本の拡大強化を図る目的を以て、
 ㈠ 岡山分所長として岡山市に番町十九番地なる当時の自宅に於て、大本の刊行書を備付け之を信者等に閲読せしめて大本の主義、主張の宣伝、信者の意識昂揚に努め、
 ㈡ 昭和七年二月山陽主会長、同年八月大本参事、昭和九年十二月岡山主会長等に歴任し、大本の活動方針に関する本部の指令を同主会管下なる岡山県、広島県、山口県の分所、支部に伝達して、其の連絡統制を図り管下分所、支部に於て前記人類愛善新聞の販路を拡張し或は各種展覧会を開催して、大本の宣伝を為す等其の主義、主張の宣伝、信者の獲得に努め、
 ㈢ 昭和七年頃以降岡山県、広島県、山口県下に於て昭和青年会及同坤生会の支部を設置し、同年十月昭和青年会の光班別の選定を為し昭和九年二月昭和青年会及同坤生会山陽主会長同年十一月昭和青年会及同坤生会岡山主会長と為り、昭和十年九月昭和青年会岡山主隊の編成替を為す等管下昭和青年会及同坤生会の統轄指導を為し、
 ㈣ 昭和六年八月頃以降更始会幹事として岡山県下の同会員の会費徴収事務を担当し、
 ㈤ 昭和九年五月岡山県赤磐郡万富村向山に皇道大本中国別院を建設し、同別院管事補と為りて其の維持経営に当り、
 ㈥ 同年十月岡山市に昭和神聖会山陽地方本部を創設して同本部長と為り岡山県下等に於て同会支部を設置し、同会の主義、綱領の宣伝及会員並賛同者の獲得に努め、
 以て右結社に加入し其の役員たる任務に従事し且該結社の目的遂行の為にする行為を為し、
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