文献名1大本史料集成 3
文献名2第2章 裁判所資料 >第6節 控訴審判決書よみ(新仮名遣い)
文献名3控訴審判決書(11)よみ(新仮名遣い)
著者
概要桐村満蔵以下の被告人について、大本本部や地方組織で行った編集、会計、宣伝、講演、青年会活動、支部設置等を記す。『神の国』『瑞祥新聞』や王仁三郎の歌集を編集し、大本の主義を宣伝した行為などが、検察側により国体変革結社への加入及び目的遂行行為と評価された。
備考
タグ
データ凡例
データ最終更新日2026-06-17 13:03:17
ページ608
目次メモ
OBC B195503c220611
本文のヒット件数全 0 件
本文の文字数5940
その他の情報は霊界物語ネットの「インフォメーション」欄を見て下さい
霊界物語ネット
本文
第三十一 被告人満蔵は昭和六年九月末頃大本に入信し爾来亀岡町天恩郷に於て大本瑞祥会編輯課員、昭和青年会統務部主任補、同会庶務、会計主任兼大本瑞祥会講師等に歴任し、大本内外の事務を担当中、昭和八年八月頃に至り、大本は窮極するところ前記教義に基き我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、教義㈠に所謂国常立尊の霊代なりと称する、王仁三郎を以て天照大御神の霊統なりとする独自の理論体系を樹立し、之が信念の下に右結社の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り引続き、右昭和青年会庶務、会計主任として同会の会計事務に従事し以て其の頃右結社に加入し、爾来同結社の拡大強化を図る目的を以て、昭和十年十月半頃迄の間右会計主任の外人類愛善会機関紙人類愛善新聞特務記者、昭和青年会遊説部長、昭和神聖会総本部員、同会機関紙「神聖」編輯員兼人類愛善新聞社主筆、正宣伝使等に歴任し、其の間但馬、丹波方面、奥羽地方、新潟、広島、長崎、福岡、大分、島根各県下及東京、松江、横浜、横須賀各市内に於て数十回に亘り大本の主義、主張に関する講演会及座談会を開催したる外亀岡天声社に於て発行せられたる大本機関紙「神の国」に数回右同趣旨の所説を投稿掲載せしめて之が宣伝及信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
以て右結社に加入し其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十二 被告人新助は大正十年十一月大本に入信し爾来大本の京都明光社支部係員、准宣伝使、京都分院理事長等として大本の為活動中、昭和五年五月頃大本は窮極するところ前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者たるべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り京都明光社係員、宗教博覧会大本庶務主任等として京都市内に於て引続き活動し以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、
㈠ 正宣伝使、京都分院理事長、京都聯合会次長、同会長、近畿第一主会次長等に就任し京都市内外、滋賀県、奈良県下等に於て大本本部の指令に基き大本の組織及活動方針に関し本部と管下分所、支部又は信者間の連絡統制を図り、或は大本の主義、主張を宣伝して信者の獲得並其の意識昂揚に努め、
㈡ 昭和三年人類愛善会支部を同六年大本光明支部を肩書自宅に設置して其各支部長と為り、大本及人類愛善会等の機関紙人類愛善新聞其の他各種の大本刊行物を販売して、大本の主義、主張の宣伝並信者の獲得に努め、
㈢ 昭和青年会京都聯合会次長、同会長に就任し、同会京都大隊を編成して同会の基礎確立に努め、
㈣ 昭和神聖会京都地方本部創立委員、同本部次長等として同本部の設置並同会々員及賛同者の獲得に努め、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十三 被告人恭一郎は大正九年四月頃大本に入信し其の後昭和三年十月頃東京市王子区上十条町の自宅に於て、大本王子支部を設置して同支部長と為り大本の為活動中、昭和五年十月頃大本は窮極するところ前記教義に基き我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、右王子支部長として活動を継続し以て其の頃右結社に加入し爾来、昭和十年十月中旬頃迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、右役職の外昭和青年会、人類愛善会の各王子支部次長に就任し其の間、
㈠ 大本の機関紙神の国、真如能光及瑞祥新聞各十数部を其の発行の都度同支部所属信者に配布閲読せしめ、且神諭天之巻同火之巻、霊界物語等の大本発行の諸刊行物を同支部に備付けて所属信者に随時閲読せしめて、信者の意識昂揚に努め、
㈡ 大本の活動資金として三回に亘り合計金三千五百円を大本に献金し、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十四 被告人常雄は大正八年二月大本に入信し其の後皇道大本千代支部役員、綾部大本祭祀課係員、同会計課員等に就任して大本の為活動中、昭和三年中頃に至り、大本は窮極するところ前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、会計課員として大本の会計事務に従事し以て其の頃右結社に加入し、其の後綾部大本天声社庶務係員、皇道大本富永分所係員、昭和青年会富永支部長、人類愛善新聞社仙北支社長、皇道大本、昭和青年会及昭和坤生会の各宮城県第二聯合会長、更始会委員、昭和神聖会遠田支部相談役並正宣伝使に就任し、右結社の拡大強化を図る目的を以て昭和六年五月頃より、昭和七年末頃迄の間家庭的事情の為一時活動を中止せる外、同十年十二月上旬迄の間、
㈠ 前記綾部町に於て綾部大本の会計事務及同天声社の庶務並用度の事務に従事して大本の為活動し、
㈡ 宮城県下及岩手県西磐井郡下等に於て亀岡本部及東北主会の活動方針等に関する指令を管下信者に伝達し、本部に対しては右管内の活動情況を報告して本部と管下信者との連絡を図ると共に管下信者の統制及活動等の督励を為し、
㈢ 前同所に於て人類愛善新聞の読者獲得、昭和神聖会の会員及賛同者の獲得並同会の支部増設に努め、或は右同所に於ける各地の講演会又は座談会に出席して屡々大本の主義、主張に関する講演、講話を為して信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
㈣ 宮城県下に於ける管下信者に対し大本の活動資金出捐方を督励し、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十五 被告人幹造は大正八年八月頃大本に入信し其の後皇道大本瀬戸会合所役員、皇道大本参与、瀬戸支部相談役、大本幹事、准宣伝使等に就任して大本の為活動中、昭和三年六、七月頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とする結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り准宣伝使大本幹事及大本瀬戸支部相談役等として引続き岡山県下に於て大本の主義、主張の宣伝並信者の獲得に努め以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬迄の間右役職の外大本人類愛善会、昭和青年会及昭和坤生会の各岡山県聯合会長、大本参事、正宣伝使、皇道大本中国別院管事、皇道大本並昭和青年会、昭和坤生会の各岡山主会次長、昭和神聖会岡山地方本部次長等に就任したる上、右結社の拡大強化を図る目的を以て岡山、広島、山口県下等に於て、
㈠ 本部より受けたる組織及活動方針に関する指令を管下分所、支部に伝達して本部との連絡を図り、且管下分所、支部の統制及活動等の督励を為し、或は岡山県下支部長会議及中国別院又は管下分所、支部の祭典等に臨み、大本の主義、主張等に関する座談的講話を為し信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
㈡ 昭和五年夏頃より岡山県赤磐郡万富村向山に中国別院の建設を計画し尽力奔走の結果、同九年五月初旬之が竣功と共に其の管事に就任して同別院の維持経営に当り、
㈢ 昭和六年十月以降昭和青年会及昭和坤生会の支部設置に尽力し管下支部の統制に当り且昭和青年会岡山主隊の編隊及其の編成替を為し、
㈣ 昭和八年一月以来人類愛善会の支部増設拡張管下支部の統制、活動の督励、機関紙人類愛善新聞の読者獲得等に努め、
㈤ 昭和九年七、八月頃より昭和神聖会山陽地方本部の結成支部の設置、同会の主義、綱領の宣伝、会員及賛同者の獲得等に努め、
㈥ 管下信者に対し大本の発展、活動、資金等の出捐方を勧誘し、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十六 被告人与之助は昭和五年三月下旬大本に入信し其の後静岡県焼津町南支部所属信者、宣伝使試補等として大本機関紙人類愛善新聞の街頭売等の活動に従事中、昭和七年十二月頃大本は窮極するところ前記大本教義に基き、王仁三郎に於て日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に我国体の変革を目的とする結社なることを諒知したるに拘らず、右結社の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り宣伝使試補として静岡県下に於て引続き人類愛善新聞の販売等の活動を為し以て其の頃右結社に加入し、爾来昭和十年十二月上旬に至る迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、准宣伝使、人類愛善会員、昭和青年会員、昭和神聖会員等として静岡県下に於て大本の主義、主張の講話を為し、或は前記人類愛善新聞の販売を為し、皇道大本の主義、主張の宣伝、信者の獲得並其の意識の昂揚に努め、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十七 被告人守は大正八年一月大本に入信し其の後大本の宣伝使、白河分所長、奥羽分会次長等に就任し大本の活動に従事中、昭和五年六月頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず右結社の目的達成に協力せんことを決意し、依然正宣伝使及大本の白河分所長等として福島県下に於て引続き活動し、以て其の頃右結社{一加入し爾来昭和十年十二月上旬に至る迄の間皇道大本の拡大強化を図る目的を以て、
㈠ 白河分所長、福島県聯合会長、白河分院管事、大本参事、正宣伝使等として福島県下に於て大本の講話を為し、且大本の刊行書を配布し或は之を閲読せしむる等大本の主義主張等の宣伝、信者の獲得及其の意識の昂揚に努め、
㈡ 前記大本の活動資金、献金団体なる更始会の福島県幹事と為り同県下に於ける会費徴集事務を担当し且自らも亦大本の活動資金として金五千円を献金し、
㈢ 前記文芸運動に依る大本の宣伝機関なる明光社支部を自宅に設置して、其の支社長と為り和歌、冠句等に依る大本の主義、主張の宣伝を為し、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十八 被告人光俊は大正九年四月頃大本に入信し其の後大本経営の大正日々新聞社に入り、大正十二年二月更に大本信者の経営に係る北国夕刊新聞社に転し大正十四年五月金沢市玄蕃町二番丁、皇道大本加賀分所係員と為りたるものなるところ当時王仁三郎の強調する立替立直みろく神政成就は窮極するところ、前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせるものなることを諒知するに至り、更に昭和三年三月下旬頃同月三日のみろく大祭に依り我国体の変革を目的とする大本なる結社の組織せられたることを察知したるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し、依然加賀分所係員及准宣伝使として大本の為活動を継続し以て其の頃右結社に加入し、爾来同結社の拡大強化を図る目的を以て、
㈠ 昭和三年三月下旬より昭和四年十二月頃迄の間右加賀分所係員として、昭和四年四月三十日より同年十二月迄の間金沢市大工町大本犀川支部相談役として夫々右分所支部に於て、同分所長、同支部長等と共に大本神殿建築資金の献金方、其の他活動方針等を協議し、
㈡ 昭和四年十二月頃より昭和七年二月迄の間大本及大本の外廓団体なる人類愛善会の機関紙人類愛善新聞の編輯長、同新聞記者及同新聞社天恩郷分社編輯主任として同新聞に大本の主義、主張等に関する宣伝記事を掲載して発行し、
㈢ 昭和七年三月より昭和十年十二月上旬迄の間大本総本部史実課次長として、大本の史実に関する事務を担当し、尚其の間右綾部町本宮大本総本部に於て開催したる課長会議に約二十回出席し、大本の祭祀其の他に関する活動方針等を協議決定し、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第三十九 被告人義之輔は大正九年六月頃大本に入信し其の後大本綾部天声社編輯課員として大本刊行物の編輯事務に従事中、昭和四年五、六月頃大本は窮極するところ前記教義に基き、王仁三郎が日本の統治者となるべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、其の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、右編輯課に於て其の課員として引続き機関紙瑞祥新聞の編輯事務に従事し以て其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間右役職の外、大本亀岡本部編輯課次長、亀岡大祥殿講師代理、昭和青年会訓練部係員、正宣伝使等に就任し右結社の拡大強化を図る目的を以て、
㈠ 昭和四年五、六月頃以降翌年初頃迄の間右綾部本総部天声社に於て機関紙瑞祥新聞の編輯校正等を担当し
㈡ 昭和五年初頃以降昭和八年末頃迄の間右綾部本部天声社及亀岡本部天恩郷に於て霊界物語及大本の単行本の刊行事務を担当し、
㈢ 昭和九年一月頃以降昭和十年十二月上旬迄の間右亀岡本部天恩郷に於て機関誌神の国の編輯校正等を担当し、
㈣ 右機関誌神の国編輯事務の傍昭和七年八年及十年発行の右神の国に数回大本の主義、主張の宣伝並信仰心の向上に資するに足る記事を投稿し、
㈤ 昭和八年初頃以降約七、八ケ月間亀岡天恩郷に於て昭和青年隊の訓練を為し、
㈥ 昭和八年夏頃以降約三、四ケ月間亀岡大祥殿に於て修業者に対し大本の主義、主張に関する講話を為し
以て信者の獲得及其の意識の昂揚に努むる等右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、
第四十 被告人助三郎は大正十二年九月大本に入信し其の後亀岡天恩郷に於て大本亀岡本部編輯課員として機関誌神の国、真如能光及瑞祥新聞等の編輯事務の補助を為し居りたるか、昭和五年十二月頃に至り、大本は窮極するところ前記教義に基き王仁三郎が日本の統治者と為るべきものなりとの理由の下に、我国体の変革を目的とせる結社なることを諒知するに至りたるに拘らず、右結社の目的達成に協力せんことを決意し依然大本に留り、右編輯課に於て同課員として引続き前記機関紙の編輯事務の補助を為し以て、其の頃右結社に加入し爾来昭和十年十二月上旬迄の間右結社の拡大強化を図る目的を以て、右編輯課に於て右編輯事務の補助を為したる外、大本の主義、主張を詠込みたる王仁三郎の和歌を輯録したる「故山の夢」「霧の海」等の歌集を編輯し、或は昭和七年二月号乃至昭和八年十二月号の月刊機関誌神の国及昭和九年一月号乃至昭和十年十二月号の同上機関紙瑞祥新聞の編輯を為し、尚右両機関紙に大本の主義、主張の宣伝並信仰向上に資するに足る記事を執筆掲載する等信者の獲得及其の意識の昂揚に努め、
以て右結社に加入して其の目的遂行の為にする行為を為し、