文献名1大本史料集成 3
文献名2第2章 裁判所資料 >第6節 控訴審判決書よみ(新仮名遣い)
文献名3控訴審判決書(24)よみ(新仮名遣い)
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概要判決末尾の訓諭である。裁判所は治安維持法違反を否定しつつも、大本の思想や王仁三郎の言動には誤解を生む表現が多く、一部信者が不敬思想に陥った責任は重大であると戒める。被告人らに対し、天皇を中心とする国体を正しく認識し、王仁三郎を過度に神格化せず、戦時下の国家に尽くすよう求め、昭和17年7月31日付で判決を結ぶ。
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データ最終更新日2026-06-17 13:09:46
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被告人等に一言訓諭す、
大本の思想信仰並王仁三郎の言行には多くの疑点を存し、従て被告人中には其の思想に変調を生じたる者あり、猛省を要するもの尠からざる事を認めざるを得ず、大本に於ては大宇宙の統治神天照皇大神の命に依り現幽神三界の立替立直を担当せる国常立尊、豊雲野尊、素盞嗚尊は王仁三郎を霊代として現界に顕現し、紛乱状態と為りたる現界の立替立直を実行し、之を天照皇大神より現界統治の大権を継承せられたる天皇に奉るものにして、王仁三郎は右諸神の霊代として立替立直の当事者たるも立直後の世界の統治者たるの意図を有するものに非ざることは前示認定の如くにして王仁三郎は皇統の世界統御の天職と大本の世界統一の経綸とは根本的に使命の異るが如く強調すれども(出口王仁三郎全集第五巻第三四五頁以下)、本来世界統御の天職中には世界統一の経綸を含むべきは明なり、現今大東亜共栄圈確立に際し天皇の之に照臨しまします天職と皇軍将兵の諸方戡定の作戦とが根本的に使命の異るものとは誰が夢想せんや、斯る言説は武家執政時代を想起せしめ甚だ不当の理念なり、
ナカの筆先の所謂牛の糞が天下を取るものにして危険なる構想なるのみならず、立替立直は大本に非ざれば遂行する事能はざるものなる旨強調すると共に、立直後の諸般の機構に言及せる文献多々あるが為信者をして、王仁三郎は立直後の世界統治者たるべきものなりと誤解せしめ易き事多言を要せず、極端に外国の風習を嫌悪し強烈なる排外思想を抱懐せるナカの筆先を集録せる火之巻は(第九四頁六行以下第三五八頁十行以下)には天皇に先づ日本の現状の立替立直の協力を勧め若し聴容なき場合には、退位も止むなき事を予言せるが如きものあり、之を以て神の神国日本の天皇に対する警告なりとして看過し得ざるや言を俟たず、天之巻(第四頁四行以下第七頁末行以下)には皇国異変の際皇統を守護するは大本のみなるが如く揚言し、不穏至極のものあり大本文献中には不敬と観られ又は疑はるる措辞文句尠からず、其他読者をして疑惑を抱かしむるが如きものも亦少からずとせず、神霊界大正七年六月一日号第三〇頁(天之巻第八九頁参照)、九重の花が十葉に咲くならば万世迄も散る事はなし同大正八年一月一日号第四頁、東京の経綸はミノオハリ尾張の経綸は世の終り、伊勢は丹波に丹波は神都ミヤコの経綸は万古末代続くぞよ等は其一例なり、尚王仁三郎は疑惑を避けずして読者の好奇心を唆る文章を書く癖あるが如し、霊界物語第六十七篇第九一頁の浮島の怪猫に於て疑問視せらるる大岩石をアケハルの岩と仮名書せるは其の一例なり、
又本件言さやぐ云々の短歌に付ても、王仁三郎の弁解するが如き趣旨なりとせば何故由の字を用ひざりしや、忌々しと云ふ字を使用する以上ゆゆしと読みしとて、忌々しの意味を有すること多言を要せざる所なり、曩に大正十年事件に於て大審院が王仁三郎の精神鑑定を命じたるは第二審判決認定の事実に不敬ありと認めたればこそなり、皇祖天照大神と皇祖素盞嗚大神(出口王仁三郎全集第一巻第一四六頁)天の高天原と地の高天原、天の王と地の王みろく神政成就後の出口家の地位を定めたるものなりと謂ふ、火之巻第四九二頁四行以下の筆先(審理前提出の弁護人連名の上申書)の如く皇室関係と大本関係とを対比したるものあり、
又昭和青年会員を神軍と称するは(出口王仁三郎全集第五巻第四七五頁)皇軍に対するものの如き響あり、皇道は天津日嗣天皇が世界を経綸統御し給ふ祭政一致の義にして、政教は挙げて天皇の把握せらるる所なるに拘らず皇道即大本教(同全集第九九頁皇道即ち大本教は天地初発の時より、大日本国に因縁し肇国の本来より先天的に密合して離るることの出来ない根本の大教義であります)皇道大本と称し恰も大本が皇道の主体なるが如く表示せり臣系にして麻柱の道を説くと謂ふ国常立尊、素盞嗚尊が君系の現人神なる天皇に対し斯る不敬の神示を為すことあらんや(ナカ及王仁三郎に其の筆先所載の如き神々が懸り居りしものとは認め難く、
又筆先霊界物語の記載、口述が全部神懸の所産とは断じ得ざるも、本判決には必要なきを以て茲には其説明を省略す)王仁三郎の言行中有栖川宮熾仁親王の落胤なりと称し、之を読込みたる多数の短歌を東之光(第三〇三頁)、神の国(昭和三年七月号)、二名日記(第二〇六頁以下第二七九頁以下)に掲載せしめ、大正七年旧十月三日開祖昇天以後を以て神聖元年と神示されたりと称し、其の筆先中屡々之を使用し(昭和九年日記第三四八頁、瑞霊神諭集第九一頁第一〇三頁第一二九頁)、岐美と称し岐美か世は千代万代に動かされと石もて造りし月宮殿かな、なる作歌を湯呑に焼付け信者に配付し、毎年旧元旦に六合拝(後元朝祭と改称す)の儀式を行ひ、亀岡東光苑に於て白馬類似の乗馬に跨り昭和青年会員の査閲分列式を行ひ式後旗手を先頭に昭和青年隊を卒ゐ出生地曽我部村に至り、昭和神聖会統管として同会地方本部等巡視の際統管旗を先頭に自乗の自動車に前駆後駆を付して行進し、御陵類似の教祖ナカの墓を造築したるが如きは総て王仁三郎の心事如何を問はず赤誠の士が之を読み、之を見、之を聞き、痛憤を禁じ得ざるものにして、皇統の御稜威の下に奉仕し麻柱の臣節を尽すべきことを身を以て範示し、教主を崇むる為に皇神の光忘るることの歎てき瑞月(霊界物語第三十一篇第五七頁)と詠じ東京の宿舎に於ては皇居に足を向げすと称せらるる王仁三郎の挙措とは天地霄壌の差を為すものなり、
ナカの筆先には怪奇なる文字尠からず、例は大の字逆様(天之巻第一八六頁、火之巻第二五頁第二一七頁第三四〇頁)、一厘の経綸(天之巻第九三頁、火之巻第一八三頁第四六二頁第四八三頁)、火水の経綸(天之巻第二一三頁)、九分九厘と一厘の戦(天之巻第二〇三頁、火之巻第四〇八頁)の如し、之等の文辞は特殊の魅力を有し大本文献の不敬文辞王仁三郎の妥当ならざる言行と関聯し、不逞の意味を包蔵するものと解せらるる危険極めて濃厚なり、遂には大本自体不逞の宗団なりと目せらるるも止むを得ざるなり、ナカ及王仁三郎を絶対に敬信する信者が大本文献を翻読し疑問の文句に逢着するも質疑を許されず、共同研究を禁せられ九分九厘と一厘の戦で、一厘の秘密にて手の掌を覆すと剌戟せらるる時不逞思想を誘発せらるるは蓋自然の勢なり、現に被告人等に於て不逞思想を包懐せることを認むる所謂お筆先信者あり、王仁三郎の側近より不逞信者の集なる一厘組の牛耳を執り居たりと称せらるる加藤明子、松村仙造を輩出し、前記十二段返の不逞宣伝歌を作り之を流布する者あり、此宣伝歌を軽信する者少なからざるが如く、遂に王仁三郎に聖師登極の日近しなる不逞文書を差出し、其鼻息を窺ふ者を見るに至れり、被告人中原審公判に於て結局王仁三郎がみろくの大神国常立尊、素盞嗚尊の顕現として日本及世界の統治者となり、神人和楽の世を実現するものにして、天皇陛下とはお話の上南朝の系統なる王仁三郎に御譲位あるも之は内部関係故国体には影響なしと思ひ居たる旨陳述せる者あり、
又被告人中原審公判廷に於て大本には出口中心思想者、皇室中心思想者と之等を超越したる信者と存する旨供述せる者あり、右は大本の実状を表はし得て余蘊なきものと謂ふべし、大本の主宰者たる王仁三郎の叙上の事実に対する責任の重且大なるは勿論なり、長き審理に於て王仁三郎と共に不逞結社を組織し、又は不逞結社に加入したる者として起訴せられたる本件被告人中不逞思想なき者と認めらるる者あると共に、被告人の当公廷に於ける供述如何に拘らず不逞思想を懐き居りたる者、現今に於ても思想上の変化少かるべしとの心証を得せしめらるる者あり、後者の為に一言すれば大本の所謂皇道とは経緯の神示に示されたる皇道なり、経緯の神示とはナカ及王仁三郎の筆先なり、火之巻は発行当初発売禁止せられ、天之巻は王仁三郎に於て大正十年事件以来其の翻読を許さざるものあり、王仁三郎の筆先にも多くの不敬文辞の存することは前記の如し(例ば瑞霊神諭集第二四頁、第九六頁、神霊界大正八年一月八日号所載大正七年十二月二十四日附筆先等)、斯る文章を根幹として説かれたる皇道が果して神国日本の惟神の道と合致し毫末の間隙なきや否や静思黙考の要あるなり、王仁三郎は当公廷に於てナカの筆先が当らぬことあるも夫はよく当ると云ふ八卦でも当らぬことあると同様なる旨供述し、又後方を顧み遠慮勝に斯う云ふことを人に聞かれては何うかと思ふが、私の本心は大本の教義を段々引込めて霊界物語に引付け皇道大本に持て行く心算でありました、言霊学で皇典古事記を知らせ国体の尊厳なることを知らせたいと思ひ居たる旨(分離第一二、二三〇丁裏以下)陳述し居れり王仁三郎の現在の意図知るべきのみ元来大本の立替立直みろく神政成就は変性男子、変性女子神業遂行上掛替なきナカ、王仁三郎の健在を基礎とし、王仁三郎はうぬぼれか知らぬが立替立直は私の壮健の時でないと出来ぬと書かれてある旨述べ、みろく神政成就は王仁三郎の生存中なることは被告人等の確信し居る所なり、
然るにナカ死亡し王仁三郎は国常立尊が三年間王仁三郎に懸るとの筆先を出し、其後更に神業遂行迄懸るとの筆先を出したり、神示恰も人為の如し、立替立直の担当神たる国常立尊、素盞嗚尊の霊代は王仁三郎の外あらざるに王仁三郎今や七十余才なり、方今支那事変に次ぎ大東亜聖戦遂行せられ天皇の大東亜に君臨せらるるは其緒に就きたりと思惟せらるるも大本信者中囹圄の身なる、王仁三郎が国常立尊、素盞嗚尊の霊代として活動し居る為なりと信ずる者ありや、王仁三郎は皇統の世界統御の天職と大本の世界統一の経綸とは根本的に使命の異なる旨主張すれども、現実には世界統一の経綸は世界統御の天職を有せらるる天皇に因り遂行せられ居り、大本の所謂立替立直みろく神政成就は事実に於て終焉を告げたるものなり、大本の教説には斎家修身の佳訓少からず、之被告人中大本は皇室の事を除けば良き教なりと嘆ずる者ある所以なり、大本信者は王仁三郎の活動に基かずと雖も大東亜聖戦に際会し、永年の願望を成就する事を得たり、
再言す、皇道は天津日嗣天皇が世界を統御し給ふ祭政一致の義にして、大本の所謂国常立尊、素盞嗚尊に因る立替立直を必要とせざること明なり、之現に立証せられ居る所なり、故に惟神の皇道に邁進し麻柱の臣節を尽すには大本の所謂国常立尊等に因る立替立直の教説を遵奉することを要せざるなり、神国日本に生を享け神皇の鴻恩に浴する大本人たる者忽然茲に覚醒し一億一心、心身共に皇上に尽すべきなり、大本の過去の命題に捕はるる要何所にか之あらんや、被告人等の心境に付氏名を明示せざる所以のものは、今後天皇の忠誠なる赤子と共に尊皇報国に邁進せんとする時、他に気兼を為さざらしめんとする微衷に外ならざるなり、王仁三郎及之と共に責を負ふべき一族、幹部並他を憚り心境に変化なしと称する者に非ずして、真に心境に変化なき被告人等は叙上の事由を能く勘考して現下の非常時局を認識し忽然として霊主体従の日本魂を喚起し贖罪の為にも粉骨砕身君国の為所謂舎身活躍せんことを祈念して止まざるなり、
昭和十七年七月三十一日
大阪控訴院第三刑事部
裁判長判事 高橋綱雄
判事 田村千代一
判事 土井一夫