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文献名1教団出版物・関係者
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3綾部で鎮魂を受けたスタールお札博士(『大正日日新聞』大正10年2月13日付)よみ(新仮名遣い)
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タグ データ凡例『大正日日新聞』大正10年2月13日付 データ最終更新日2026-05-19 00:00:00
ページ 目次メモ
OBC Z9058
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本文 綾部で鎮魂を受けたスタールお札博士
寄宿舎の麦飯を食べて熱心に大本の研究
出版書籍を全部購つて帰る

有名なる御札博士スタール氏が去五日大本研究の為参綾した事は既報の通りであるが、其修行振も極めて面白く又感ずべきものがある、博士の宿泊所は大本直営の第四寄宿舎であつたが、食事は大本主義の一汁一菜にゴソゴソの麦飯、蒲団も煎餅蒲団でもないが、東京のホテルなどの蒲団とは比較にならぬ粗末なものである
然も博士は厭ふ所か大喜びで、朝夕の礼拝から座談に至る迄一切の起居を多数の同宿修業者と共にしてゐる、四日午後は外山氏の案内で黄金閣内にて出口教主輔と面会し、種々懇談の後「教祖出口直子伝」を贈られて辞し、直ちに五六七殿に出でて折からの講演を熱心に傾聴された
その時折よく一人の神憑り状態のものが色々なことを喋舌り出したのを博士はは最も注意深く観察してゐたが、遂に自ら進んで鎮魂を希望された、審神者は井上氏であつたが、鎮魂状態は極めて良好で、組める指端に極軽微動を起してゐたが、守護神の状態は甚だ立派なものであつたとの事である
終つて博士は『霊覚に注意して居たが別に起らなかつた、神笛の声は如何にも神々しくて甚だよい心地であつた』と語つてゐた
夜は栗原、山上の諸氏と膝突合せて大本の教義に関する直話を聴いたが、日本の世界統一、基督の再臨立替立直等、日本人にも容易に諒解され難い事も直ちに受け入れ少しの疑問や怪疑の色もなかつたのは、流石と一同も感嘆の辞を禁じ得なかつたさうである
六日は朝食後尺余の積雪を犯して本宮山神殿及び教祖奥津城に参拝し心からの敬虔な態度を以て礼拝をなし、浅野氏邸を訪うて懇談し、昼食後は教祖が常住神諭を認められた室で二代教主出口純子刀自に面接した、そして最も深甚なる興味と注意とを以て神諭の真筆を閲読し、教主より教祖真筆とお守り札及三代直霊嬢の短冊を贈られた、このお守りは大正七年十一月六日教祖昇天の日に認められた極めて由緒深き教祖の絶筆で、博士は直にお守袋に入て胸間にかけ極めて嬉しさうな面付であつた
それより又五六七殿にて再度の鎮魂を受け夜は近藤氏の幽霊の実験談を聴き、翌七日午前十一時発の列車で帰京されたが、其際大本出版の書籍を全部購め、帰米したらシカゴ大学の日本学生に翻訳して貰ひ全力を傾注して大本を研究する積りだと欣然たるものであつた
大本神諭には「灯台下は真闇黒遠国から開ける」「日本人は外国人に劣つた身魂になつてゐる」「外国人の改心が先になるかも知れぬ」と示されてある、問題の大本の研究に日本の大学教授の機先を制した博士は、これ我学界に大なる爆弾を投じたものではあるまいか
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