文献名1三鏡
文献名2水鏡よみ(新仮名遣い)
文献名3火の洗礼と水の洗礼よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日2019-06-10 22:00:51
神の国掲載号1925(大正14)年08月号
八幡書店版42頁
愛善世界社版14頁
著作集
第五版17頁
第三版17頁
全集331頁
初版1頁
OBC kg001
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本文
火をもつて、バプテスマを行ふと云ふ事は、人間を霊的に救済すると云ふ事である。これ大乗の教であつて、今迄の誤れる総てのものを焼き盡し、真の教を布かれる事である。水をもつてバプテスマを行ふと云ふ事は、人間を体的に救済する事である。
火は霊であり、水は体である。
瑞霊の教は永遠の生命の為め欠くべからざるの教であつて、厳霊の教は人生に欠くべからざるの教である。
厳霊の教は、道義的であり、体的であり、現在的である。
瑞霊の教は道義を超越して、愛のために愛し、真の為めに真をなす絶対境である。所謂三宝に帰依し奉る心である。火の洗礼と、水の洗礼とは、それ程の差異があるのである。某地の大火災を目して、火の洗礼だと人は云ふけれど、それは違ふ、水の洗礼である、如何となれば、それは体的のものであるから。