文献名1三鏡
文献名2玉鏡よみ(新仮名遣い)
文献名3霊的小説よみ(新仮名遣い)
著者出口王仁三郎
概要
備考
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データ凡例
データ最終更新日----
神の国掲載号1934(昭和9)年04月号
八幡書店版314頁
愛善世界社版225頁
著作集
第五版233頁
第三版236頁
全集
初版200頁
OBC kg680
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本文
王仁が若い時村の古老から聞かされた話であるが、御維新前穴太の隣村犬甘野と云ふ所にお末と呼ぶ女があつた。穴太村の徳さんと云ふ若人と熱烈な恋に陥つて内縁の夫婦関係を結んで居たのであつたが、身分の釣合とか親戚の関係とか云ふ事から、女の親たちが生木を引裂く様に引き放して犬甘野にやつて仕舞つたのである。泣く泣く思はぬ人の妻となつたお末も遂に母となつて一人の子を持つに至つたが、不幸にして程なく夫は病を得て不帰の客となつて仕舞つた。
さなきだに忘れ得ぬ恋人徳さんの事が、かういふ身分となつて一層思ひ出されてならなかつた。彼女は遂に意を決して、徳さんと恋の復活を遂げたのであるが、家には姑や子供も居る事、自由に逢ふ事も出来ないので、燃ゆる恋火は身を焼く如く堪へ切れず、人静まつて後夜な夜な家を脱け出し、二里半からの道を穴太なる徳さんの許へと通うた。途中には法貴谷、明智戻などいふ恐ろしい山里があつて、狼が盛に出没するのである。恋に狂うたお末はかかる恐ろしき山路をも意とせず、雨のふる夜も風の夜も通ひつめたのであるが、身の危険を怖れて途中からすつかり鬼女の姿に変装して顔は絵具を塗つて口は耳まで裂け、頭に三徳をのせて蝋燭を立て、鋏、釘抜などをつるし、胸には鏡をかけ、長い白い帯を曳いて居た。遉の狼も此姿に辟易して敢て彼女に迫らうとは為なかつた。
雨風激しい或夜の事である。徳さんは、こんな暴風雨にも彼女はあの山坂を越して居るであらう、いとしのものよ、せめては途中まで迎へに行つてやらうと、犬飼の墓場の辺までいつたところ、真夜中に世にも恐ろしい鬼女に出会つて仕舞つたので、魂も身に添はないが、小屋に隠れて見て居ると蝋燭に照された女の顔がどうもお末に似て居るので、眼を定めてよくよく見ると、擬ふ方なき彼女であつた。彼は冷水を頭上よりぶつかけられた心地して、急ぎ逃げ帰り、戸を固く鎖して彼女を拒んだ。かくとは知らぬお末は、同じ犬飼の墓場の小屋で変装を解いて恋人の家に急いだが、叩けど押せど遂に開けては呉れなかつた。恋人の心変りにがつかりして仕舞つてふらふらと帰つて来た。再び変装する勇気もなく、彼女はトボトボとして其儘山里を辿つたのであるが、普通の姿をした女をどうして見逃さう、群がり迫つた狼の為めに、彼お末は遂に喰ひ殺されて仕舞つて、翌日は生々しい骨や頭髪のみが散乱されて居たのみであつた。其後徳さんは何度も妻を迎へたが、お末の怨霊に悩まされ皆死んでいつた。