文献名1大本神諭
文献名2よみ(新仮名遣い)
文献名3大正6年旧4月26日よみ(新仮名遣い)
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データ凡例
データ最終更新日2024-03-16 05:52:10
年月日1917(大正6)年6月15日(旧4月26日)
神霊界掲載号大正6年8月1日号(第50号) 25頁
神霊界八幡書店復刻版第1巻 341頁
七巻本第2巻 47頁
五巻本未調査
三五神諭なし
東洋文庫天の巻なし
東洋文庫火の巻158頁
連合会水の巻なし
大本史料集成未調査
庶民生活史料集成60頁
OBC os049
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本文の文字数2843
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本文
大国常立尊が表面になりて、守護致す世が近よりたぞよ。是迄の世は暗夜の守護でありたから、何彼の事が分らなんだなれど、時節参りて日の出の守護となるに因て、早く物事判明て来て、悪の頭が今迄に覇張りて居りて、永い間の悪の経綸が、一つ外れ二つ外れ、此頃では心の中で、大変に心痛を致して居るなれど、口へ出して言ふ事も出来ず、ヂリヂリ悶えを致して居るなれど、誰も中へ這入りて改心させるものも無し、独り困しみて居るぞよ。独国の頭が大きな取違いを致して居るから、九分九厘となりても、何うする事も出来んやうになる事が、見え透いて居るから、茲へなりて来た折に気が付て居らんと、世界中へ現はれるから、悪の守護神の頭の名を出さずに、速く改心の出来るやうに、汲み取るやうに、気が付てあるなれど、今に未だ分らずに、思わくを立よと頑張りて居ると、微躯ともならん時節が参りて来たから、何時までも悪の霊は利きは致さんから、其覚悟を致されよ。時節には叶はんから、素直に改心をいたせば、末代の徳と成るなり、今になりても頑張て居ると、世界中へ恥かしき事が、遠からん中に出て来るから、今の内に改心を、心の底からいたして、天地へ御詫をすれば、神は元から助けたいが一杯であるから、成る様に為てやるぞよ。此先で天地の先祖の神から申す事を、叛いて未だ行らうと思ふても、モウ世が終たから、茲までは如何な事も蔭の守護で在りたから、神は見ても見ん振を為て居りたなれど、時節参りて、煎豆に花咲く如く、日の出の守護となりてきたから、何事も皆見え透いてきて、善悪を明白に立別るから、是まで世に出て居れた方の、守護神が悪を働きて、何一色間に合ふたと云ふ事が、一つも無りたから、神が蔭から守護いたして、茲まで潰れんやうにいたして来るのには、余程に骨が折れたぞよ。艮の金神は今迄は蔭の守護で在りたから、九百九十九人との対抗であるから、辛苦かりたなれど、何彼の時節がまいりてきて、日本の元の経綸どほりに、是から先の世はいたすから、一日増に神力が高うなるぞよ。世の立直しの御用をさせる為に、因縁の在る身魂は、色々と辛い修行がさして、何んな事でも忍耐る様に、いたしてありたぞよ。それで因縁の無い身魂は、此大本の中に居りても、勤めが辛いなれど、是から段々と世界の事が、激烈くなりてくるから、今辛い様な身魂では、此の先の御用は到底勤まらんぞよ。余程の修行を為ておかんと、此の大本の中の行方が、今でさえ辛い様な人は、各自にその覚悟を致して居らんと、世の元の生神の御揃ひありて、御守護が在り出したら、嬢や坊で育ちた肉体は、辛うて能う辛抱いたさん、身魂が沢山に在るぞよ。明治二十五年から、続いて同じ事を何程書いて見せても、口で申さしても実地が出て来んと、真実に致さんが、今度の二度目の世の立替は、昔から未だ無い大望な事であるから、人民では見当が取れんから、十分に筆先を覗き詰て、神の誠の精神を汲取りて居らんと、筆先の読やうが足んと、此所といふ所に成りて、狼狽る事の無いやうに、力限り根限り腹の中へ入れておかんと、真最中に成りた折に耐れんから、此の大本へ立寄る因縁の身魂は、男も女も中々胴が据りて居ると、世間の人から申すやうに成るまで、神徳を貰ふて居らんと、心が間違ふて居ると、今迄に信心致した事が、何も効能が無くなるぞよ。
外国から渡りて来られん悪の霊魂が、日本の神国へ渡りて来て、日本の上に立ちて居れる守護神も、下たの守護神も、サッパリ外国の霊魂に、化り下りて了ふて居るから、天地の御先祖様の御恩も知らず、神の威勢も無き様に下たに見降して、何んとも思はず、悪心の頭目が大きな誤解を致して居りた事が、今チクチクと分明かけて来て、頭目の心がモヤモヤと大分肝へこたえて、ビクビクと致しかけて来たなれど、今に成りてから気が付いて、ヂリヂリ舞ふた所で、後の祭りで間に合はんぞよ。斯うなるのが能く解りて居るから、外国の守護神の頭目に、綾部の高天原から、変生男子の手で筆先に出して、大本の中で日々筆先を大声揚げて、読まして在りたなれど、何うしても今迄は聞入れ無かりた故に、今の有様であるぞよ。気の毒でも悪の霊の世の終りと成る、時節が廻りて来たので在るから、何う仕様も無いぞよ。攻ては下たの守護神になりと、頭から改心致して見せて、言ひ聞かして、チットでも改心の出来る身魂を拵らへたら、夫れだけは赦してやるなれど、余り悪が覇張り過ぎて了ふた後であるから、何を言ひ聞かしても気の付く守護神が、今に無いから、天地のビックリ筥を明て、一度に開ひて改心をさして遣らねば、何時まで言ひ聞しても判らんから、止むを得ず実地を為て見せて、一度に改心を致させるぞよ。一度の改心は辛いぞよ。人民三分に成る所まで行くぞよ。神出口を恨めて呉れなよ。此世でさえも限替があるのに、能くも是丈け心の限替が出来んとは、余りであるぞよ。あまり世界の守護神、人民の改心が出来んので、世の立替が十年余りて延びたから、モウ日本の元の経綸どほりに致さんと、外国の申す事を何時までも誠に致して、言ふやうに成りて居りたら、ヂリヂリと身魂が減りて了ふて、双方の国も立たん様に成りて、此世界は元の泥海に成るより仕様は無いぞよ。向ふの国の悪の先祖が、偉大企図を為て居るなれど、悪のたくみは終は泥海に成るより、仕様の無い企みで在るから、今の間に全然精神を持直して、残念を堪忍て、霊魂を水晶に洗濯して、改心を致さんと、此の先モ一つ我を出して行ろうと為たら、万古末代底の国へ投込まれて了ふから、天地の先祖の申すやうに致して、此世の変換期に、善一つの御道へ乗換て善の方の活動をいたして、天地の御恩送りをいたすが結構であるぞよ。是でも未だ聞かずに、思はくを立るなら日本の神の経綸通りの、規則に照して了ふて、黙りて知らぬ間に霊を平らげるから、茲まで何時までも知らしておいたら、日本の神の失態にはモウ成らんぞよ。誰に由らず是からは神の申す事を叛いて、何事なりともいたしたら、善い鏡と悪い鏡とを今から出すから、大本へ出て来て是迄の世の行方と、是からの善の行方とを能く腹へ入れて、其行ひをいたして、この大本へ立寄る身魂から、一番に改心をして、世界中の守護神人民に善の鏡を出して見せたら、自然に神は表に現はれて、三千世界が助かる経綸で在るから、世が治まる迄筆先で気を付るぞよ。余り守護神人民の改心が出来んので、世の立替が延びたなれど、何時迄も延ばす事は、天地から御許しが無いから、止むを得ずボツボツと初めるから、今迄に延びた丈は、何事も一度に出現から、何時の事じゃと思ふて、鼻先で聞いて居ると、俄かに狼狽んならんぞよ。腹の中に誠さえ在りたら、神の申す事が心の底に残りて居るからサアと云ふ所になりたら間に合ふなれど、腹に誠が無いと何時の間にやら抜けて了ふて、肝腎の正念場に一つも用に立んから、折角山坂越えて、永らく信心いたした事が、水の泡になりては約らんぞよ。