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文献名1霊界物語 第3巻 霊主体従 寅の巻
文献名2第9篇 隠神の活動よみ(新仮名遣い)いんしんのかつどう
文献名3第36章 唖者の叫び〔136〕よみ(新仮名遣い)おしのさけび
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1921(大正10)年12月06日(旧11月08日) 口述場所 筆録者桜井重雄 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年3月3日 愛善世界社版212頁 八幡書店版第1輯 335頁 修補版 校定版216頁 普及版95頁 初版 ページ備考
OBC rm0336
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本文  道彦は南高山の城塞を脱出し、白狐の高倉に守られて何処ともなく、足にまかして漂泊の旅をつづけたりしが、高倉は道彦の先に立ちて導きゆきぬ。
 八島姫は道彦の後を慕ひて、見えつ隠れつ従ひゆく。されど道彦は八島姫の後より呼びとどめる声を、聾者の真似をなして少しも聞えぬふりを装ひ、ドンドンと進みて行く。無論偽唖者となりし身は一言も発せざりける。八島姫はかよわき足にて、けはしき山坂を幾つともなく、昼夜を分たず跋渉せし疲労によりて、ほとんど息も絶えだえに苦しみけるが、やうやくにして長高山の麓を流るる深き谷川のほとりに着きぬ。道彦は白狐の跡を渡り、浅瀬を選びて向ふ岸にやつと到着し、後を振りかへり息を休めゐたりける。
 このとき、八島姫は命からがら対岸まで追ひかけきたり、この谷川の絶壁に立ち、いかにして渡らむやと途方にくれながら、声をかぎりに道彦を呼びとめたり。道彦は表面素知らぬ顔はなしゐるものの、心の中には八島姫の心情を察知し、万斛の涙にむせびゐたるなりき。
 されど神命もだしがたく、聾唖を装ひし身は一言の慰安も与ふるの自由を有せざりき。対岸の八島姫は、天を拝し地に伏し、慟哭やや久しうし、ここに決心の色を浮べてたちまち懐中より短刀を取り出し、天にむかつて合掌し、吾と吾が咽喉を突かむとする一刹那、道彦は思はず、
『しばらく待たれよ』
と呼ばはりぬ。姫は声をしぼつて、
『妾が一旦夫と定めたるは、天地の間に貴下を措きて他になし。生きて恋路の闇に苦しみ迷はむよりは、いつそ貴下の御目の前にて自殺を遂ぐるは、せめてもの心の慰めなり。かならず止めたまふな』
とまたも咽喉を突かむとする時、白狐はたちまち姿を現はし、八島姫の持てる短刀を力かぎりに打ち落したりしが、姫はその場にドツと倒れて失心の態なり。道彦はこの惨状を見るに忍びず、ふたたび谷川を渡りきたりて、谷水を口にふくませ種々介抱の結果、姫はやうやく蘇生するにいたりける。
 姫はやうやう顔をあげ、涙をぬぐひながら道彦の手をかたく握りしめ、顔を赤らめ胸肩ともに波をうたせ、たださめざめと泣くばかりなり。道彦は親切にこれをいたはり、かつ我が身の大神より一大使命を拝し、偽つて聾唖となり痴呆となり、発狂者を装ひゐるその苦痛を逐一述べ立てたるに、八島姫ははじめて悟り、吾が身の不覚と無智を悔い、今までの怪しき心をあらため、何とぞ今後ともに神業に参加せしめよと、赤誠をこめて嘆願したりける。
 道彦はただちに天にむかつて天津祝詞を奏上しけるに、たちまち天上より二柱の天使降りきたり、一柱は道彦にむかひ、一柱は八島姫にむかひ、各自に特種の使命を伝へ、固く口外することを禁じたまひぬ。この天使は天の高砂の宮にます国直姫命の使神なりき。ゆゑに道彦は八島姫の使命を知らず、八島姫はまた道彦の使命のいかなるかを知らざりける。しかし道彦には白狐高倉をしてこれを守護せしめ、八島姫には白狐旭をしてこれを守護せしめられたりける。
 それより八島姫は、自己の美貌を楯に悪魔の巣窟に入りてすべての計略を探知し、道彦は力強の馬鹿となりすまして、悪神らの巣窟を探り、種々の陰謀を覚知して、これを国直姫命に詳細奏上することに努めたり。
 道彦、八島姫は、個々別々に身を窶して長高山の城下に進みいりぬ。長高山は忠孝両全の誉高かりし清照彦、末世姫の二人が主将として守りゐたりけり。
 しかるに、美しき花は風に散りやすく、良果は虫に侵されやすきがごとく、長高山は一時天国浄土の現出せしごとく天下泰平に治まり、風雨和順して神人鼓腹の楽しみに馴れ、あまたの神人は少しも治世の苦しみを知らざりける。常世姫の間者土熊別、鬼丸は善の仮面をかぶり長高山に現はれ、城内の神人らを絲竹管絃の楽みをもつて籠絡し、日夜茗醼にふけらしめたれば、長高山は天下泰平の波にただよひ、神人は下の苦しみを知らず、たがひに自己の逸楽栄達のみにふけり、難を避け安きにつき、天職責任を解せず、頤をもつて下民人を使役し、日をおふて驕慢心を増長せしめけり。上は日夜絲竹管絃のひびきに心魂をとろかし、酒池肉林の驕奢に魂を腐らし、宝を湯水のごとく濫費し、下級民人の惨苦を少しも思はざるにいたれり。これぞ常世姫の間者土熊別、鬼丸らの術中に陥らしめ、長高山を内部より崩潰せしめむとの奸策なりける。神人はつねに美女を座に侍らせ、長夜の遊楽に耽りゐたりけるが、あるとき土熊別は酒の酔をさますべく、城外にいでて散歩せるに、たちまち前方に容色ならぶものなき美人が現はれける。この美人は前述の八島姫なりける。
 八島姫は、酔眼朦朧として唄を歌ひつつ進みくる土熊別の前にいたり、にはかに地上に俯伏して泣き苦しみはじめたり。土熊別はこれを見てただちに抱きおこし、
『貴女はいづれの女性にましますや。また何用ありてこの城下へ来たられしや』
と舌もまはらぬ言霊にて問ひかくれば、姫はただうつむきて泣くばかりなり。土熊別はもどかしがり、しきりに名を尋ねけるを、姫はただちに顔をあげ、涙をぬぐひながら、
『妾は天より降りたる旭姫といふ者なり。長高山には常に絲竹管絃の音絶えず、日夜面白き舞曲を演ぜらるると聞き、雲路を分けてひそかにその舞曲を見むと降りきたる折しも、烈風のために羽衣を破られて飛行自由ならず、突然地上に墜落して大腿骨を打ち、痛苦に堪へず苦しみをれるなり』
と真しやかに物語りければ、土熊別はやや右の肩をそばだて、首を左右に傾けながら、旭姫の顔を熟視ししばらくは無言のまま突つ立ちゐたり。このとき、旭姫はニタニタと笑ひはじめたり。しかして姫は、
『あゝありがたし、妾の苦痛は全く癒えたり』
と言ひながらすつくと立あがり数十歩円をゑがいて軽々しく歩行して見せたるに、土熊別は手を拍ちて喜び、ただちに姫の手をたづさへ城内の酒宴の場に導きける。あまたの美人は宴席にあれども、旭姫の容色端麗にしてその風采の優雅なるにおよぶ者なかりける。ほとンど姫は万緑叢中紅一点の観あるにぞ、神人らは手を拍つて喜びあいにける。
 ここに旭姫は神司らの請ひをいれ、天女の舞ひを演ずることとなりぬ。拍手喝采の声は城の内外に轟きわたりける。
(大正一〇・一二・六 旧一一・八 桜井重雄録)
(第三六章 昭和一〇・一・一八 於延岡市 王仁校正)
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