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文献名1霊界物語 第8巻 霊主体従 未の巻
文献名2第5篇 宇都の国よみ(新仮名遣い)うづのくに
文献名3第34章 烏天狗〔384〕よみ(新仮名遣い)からすてんぐ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-06-07 15:39:47
あらすじ
夜更けに吹く風が松を揺らす音に五月姫は目を覚ました。そして寝ている一同の顔を批評し始めたが、みな顔になにやら落書きがしてあるのを見て、思わず笑ってしまった。

蚊々虎は寝た振りをして、五月姫の声におかしさをこらえている。駒山彦は五月姫の笑い声に目を覚まして怒ってしかりつけた。蚊々虎はついにこらえきれず、大笑いをしてしまう。

その声に淤縢山津見と正鹿山津見も目を覚ましてしまった。そうこうするうちに夜が明けて来たが、それで一同は、それぞれの顔に落書きがされていることに気がついた。

一同は蚊々虎のいたずらだとわかって呆れている。水のあるところまで行かないと、落書きを落とせないので、仕方なくこのまま大蛇峠へと進んでいった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年02月10日(旧01月14日) 口述場所 筆録者森良仁 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年6月15日 愛善世界社版232頁 八幡書店版第2輯 234頁 修補版 校定版236頁 普及版102頁 初版 ページ備考
OBC rm0834
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本文  月は中空に輝き、星稀なる大御空、雲を散らして吹く松風の音に、五月姫は目を醒まし淤縢山津見の顔に目を注ぎ、
『これはこれは淤縢山津見さまも、ああして歩いて居れば、立派な男らしい神さまのやうな御顔だが、一切万事を忘れ、御寝になつた時の御顔は悪相に見える。是も矢張り心の色かいなー。正鹿山津見様の此の御鼻は何として是ほど赤いのだらう。鼻筋の通つた、綺麗な男前だと思うたに、此のまた鼻は何事ぞ、甚だ醜くい御顔立。ヤアヤア蚊々虎さまの御顔にも妙な色が顕はれて居る、蚊々虎さま、「世界第一の色男」と書いてある。ホヽヽヽヽ、罪の無ささうな御顔。本当に此の御顔は神様のやうだわ。ヤー嫌な事、「五月姫に惚れて、よう妬く男」アヽ嫌な事、駒山さまたら何と妙な御顔に成られたでせう。ホヽヽヽヽ』
 蚊々虎は五月姫の声を聞きながら、可笑しさを耐へて歯を喰締り、クークーと口の中で笑うて居る。
 駒山彦は五月姫の声にムツクと起き上り、五月姫の襟髪をグツと握つて、
『コラ素平太、何を吐かしよるのだい。淤縢山津見の顔は悪相だの、正鹿山津見の顔が赤いの、好きだの嫌ひのと吐ざきよつて、剰けに「世界一の色男だ」なんて、俺が知らずと寝て居るに余りだ。駒山彦は「五月姫に惚れて、よう妬く男」なんて馬鹿にするな、女旱のない世の中だ。世界に男の数が四分、女の数が六分、何だ其シヤツ面は。貴様のやうな女は、此の高砂島には、笊で量る程ごろついて居るのだ。ヘン天上眉毛を附けよつて、馬鹿にするない。人が知らぬと寝て居るかと思うて、蚊々虎の顔を穴の明くほど覗きよつて、世界一の色男だと、何を吐ざきよるのだ。惚れた貴様の目からは菊石も靨、鼻の取れたのも、腰の曲つたのも、優らしう見えるだらう。月は皎々として天空高く輝き渡れども、お前の胸は恋の暗だ。味噌も糞も一所雑多にしよつて、誰がお前のやうな端女に惚れるの妬くのと余り馬鹿にするない』
蚊々虎『クヽヽヽヽヽ、ウハヽヽヽヽ、面白い面白い。おつとどつこい、クヽヽ桑の実で顔を彩られ、面赤いワイ。ウハヽヽヽ』
 此笑ひ声に、淤縢山津見、正鹿山津見の二人は、ムツクと起き上り、
『あゝよく寝入つて居たのにあた喧しい、折角の面白い夢を破られて了うた。貴様らは困つた奴ぢやなー。夜明けに間もあるまい。モー一と寝入りせなくちやならないから、お前達も黙つて寝たら宜からう』
駒山彦『ヤー淤縢山津見さま、貴方の顔はソラ何んだ。正鹿山津見さま、其鼻は何うした。チト変だぜ』
淤縢山津見『変でも何でも宜い。やつぱり顔は顔ぢや』
正鹿山津見『鼻は鼻だよ。アヽ喧しい奴だ』
蚊々虎『ウハヽヽヽ』
五月姫『ホヽヽヽヽ』
駒山彦『馬鹿々々しい、笑ひ所か、人の顔の棚下しをしよつて、素平太の癖になア』
淤縢山津見『コレコレ駒山彦、三五教だ。宣り直さぬかい』
駒山彦『ハイハイ』
 さう斯うする間に月の色は漸く褪せて、其処ら一面ホンノリと明くなり来たりぬ。諸鳥は言ひ合したるやうに、木々の梢に囀り始めた。数十羽の烏は、五人が安臥せる上空をアホウアホウと鳴きわたる。
蚊々虎『オイ、阿呆共、起きぬかい。烏までアホウアホウと言うてるよ。お天道さまに、いい面曝しだ。お前たちの顔は何んだい』
 一同はムツクと起上り互ひに顔を見合せ、
一同『ヤーヤー、ヨーヨー、誰だい、コンナ悪戯をしよつたのは』
駒山彦『蚊々虎だ、決まつてるわ』
『お前たちの面を熟々考ふるに、之は矢張り烏の仕業だなア。烏が最前も大きな声でカアカアカアカア蚊々虎かも知れぬと鳴いて居たよ。察する所、要するに即ち、天狗の悪戯だよ。天狗といふ奴はなア、黒い顔しよつて腰の曲つてる癖に、悪戯をする奴だ』
 駒山彦は吹き出し、
『たうとう白状しやがつたなア。ヤー貴様の顔には「世界第一の色男」だて、馬鹿にしよるわ。俺も何だか顔が鬱陶敷、顔の皮が、引つ張るやうだ。正鹿山津見さま、一寸私の顔を見て下さいナ』
とニウと突き出す。
『ヨー書いたりな書いたりな、しかも赤字で、五月姫に惚れて能う妬く男ハヽヽヽヽ』
『ヤー夫れで読めた。五月姫さま、済まなかつた、宣り直しますよ。貴方私の顔の字を見たのだなア。私はまたお前さまが私の悪口を云うたのだと思うて一寸愛想に怒つてみた。心の底から決して決して怒つては居ないよ。量見して下さい』
蚊々虎『涙弱い奴ぢやなア、直に女とみたら目を細くしよつて、結構な男の頭をピヨコピヨコ下る腰抜男奴、ハヽヽヽヽ』
五月姫『皆さまのお顔に何だか赤いものが附いて居ますよ。妾の顔にも何か附いて居やしませぬか』
 一同は手を打ちて、
『ヨー秀逸だ、天上眉毛だ。それで幾層倍神格が上つたかも知れやしないワ』
 五月姫は、
『ホヽヽヽヽ』
と笑ひながら袖にて顔を隠す。淤縢山津見は襟を正し、容を改め儼然として、
『コラコラ蚊々虎、悪戯をするにも程があるぞよ。何だ、吾々一同の顔を知らぬ間に彩りよつて、吾々の顔は草紙でないぞ、ノートブツクとは違ふぞ』
蚊々虎『私もチヨボチヨボだ。誰か腰の曲つた烏天狗でもやつて来て、悪戯をしたのでせう。
 此世を造りし神直日  心も広き大直日
 唯何事も人の世は  直日に見直せ聞き直せ
 身の過ちは宣り直せ』
駒山彦『勝手な奴ぢやなア、都合が悪いと直に宣伝歌を歌ひよる。ホントに困つた男だ』
『実際の悪戯者はよう判明つて居る。いま此方さまが指の先で此人だとハツキリ指してやるから、此方さまの指の先の落ちて行く先を見て居るがよいワイ。今の今の悪戯小僧は何処から来たか、東から来たか、西から来たか、南から来たか、きたかきたか矢張り北ぢや、乾の隅の腰の屈んだ烏天狗のやうな、世界で一の色男、蚊々虎さまが皆書いた、この鼻さまぢや』
と、自分の鼻を押へて見せる。駒山彦も、
『俺も一つ書いてやろ、蚊々虎そこに寝ぬか』
『後は明晩に悠然と伺ひませう』
『何故そんな悪戯をするのか』
 蚊々虎は腕を捲り肩を怒らしながら、
『是には深い仔細がある。是から先の大蛇峠を越える時に、胴の周囲が嘘八百八十八丈、身体の長は八百八十八万里、尨大い大蛇に出会すのだ。夫で淤縢山津見は怖い顔して見せる、正鹿山津見は赤い鼻をニユーと突き出して大蛇を笑はせ転ばすためだ。蚊々虎は天下一の色男はコンナものぢやと大蛇の奴に見惚れさすのぢや。駒山彦はデレ助と云ふものはアンナシヤツ面かと、大蛇に穴の明くほど見詰めさすのだ。さうして天女のやうな五月姫を、何とまあ別嬪も有るものぢやと見詰めさすのぢや。つまり魅を入れさすのぢや。大蛇に魅を入れられたら五月姫さまは助かりつこは無いワ』
駒山彦『アヽ顔を洗うと云うたつて、水も何も有りやしない。御一同このまま水のある所まで行きませうか』
一同『仕方が無いなア、サア参りませう』
と草鞋脚絆に身を固め、さしもに嶮しき大蛇峠に向つて足を運びける。
(大正一一・二・一〇 旧一・一四 森良仁録)
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