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文献名1霊界物語 第9巻 霊主体従 申の巻
文献名2第1篇 長途の旅よみ(新仮名遣い)ちょうとのたび
文献名3第7章 地獄の沙汰〔400〕よみ(新仮名遣い)じごくのさた
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-12-30 16:43:43
あらすじ
船は港内に安着した。松代姫は智利の国に到着した嬉しさと父への恋しさを歌に歌った。

船客たちは船が安着したことでほっとして、噂話にふけっている。その中に、先日珍の国の宣伝使・桃上彦が巴留の都で、槍に刺されて沙漠に埋められてしまった、という話をする者があった。

松代姫一行はそれを聞きつけ、男から桃上彦の様子をもっと詳しく聞きだそうとした。

男は一行に情報料を要求して金をせしめると、桃上彦は巴留の国で死んでしまったよ、と言い残して姿を隠してしまった。(この男は虎公で第18章に再び登場する)
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年02月12日(旧01月16日) 口述場所 筆録者有田九皐 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年7月5日 愛善世界社版51頁 八幡書店版第2輯 293頁 修補版 校定版55頁 普及版21頁 初版 ページ備考
OBC rm0907
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本文  船は漸くにして黄昏時に、智利の港内に安着せり。家々の燈火は水に映じて柱の如く海中に垂れ下り、恰も火柱の杭を打ちたる如く、小波に揺れて炎々と揺く状は、火竜の海底より幾十百ともなく水面に向ひ昇り来るの光景なり。
 智利を見たさに海原越せば  海の響きか浪の音か
と船頭は落着いた声で唄つてゐる。
 松代姫は静に起つて花の唇を開き、繊手を挙げて智利の港を嬉し気に打ち眺めながら、
『此処は名に負ふ高砂の  月日も智利の港かや
 御空に月はなけれども  天より高く咲く花の
 木の花姫の御使  月照彦の生魂
 竜世の姫の守ります  名も高砂の智利の国
 嬉しや此処に天伝ふ  月雪花の三人連れ
 心の色も照彦の  従僕の強者と諸共に
 恋しき父の御前に  ありし昔の物語
 語るも尽きぬ故郷の  空行く雲の定めなき
 現世幽界物語  親子いよいよ相生の
 時を松風松代姫  心の竹野隈もなく
 起臥し毎に語り合ひ  莟も開く梅ケ香の
 郷の土産の梅便り  涼しき月も照彦の
 花の莟の開く時  心の色の薫る時
 あゝ頼もしや頼もしや  父のまします此の島は
 いと懐かしき神の島  如何に嶮しき山道も
 荒風猛る砂原も  何の物かは女子の
 岩をも射貫く真心を  神も諾ひ給ふらむ
 血をはく思ひの郭公  八千八越の海原も
 やうやう茲に姉妹の  心も晴れし五月空
 只一声のおとづれを  ウヅの都にましませる
 桃上彦の吾父の  御許に告げよ夏山の
 青葉滴る貴の子の  心のたけを伝へよや
 心のたけを伝へよや』
と淑やかに歌ふ。黄昏に漸う着いた三笠丸は、港内に錨を下し、其夜は一同の船客と共に夜を明かしたり。船中には又もや雑談の花咲き来り、
甲『オイ、此処は智利の港だ、もう生命に別条はない。十分に大法螺を吹いたとて大丈夫だよ』
乙『そんな強いことを云ふない。あの大風が吹いた時、船が暗礁に乗り上げてガラガラメキメキと中央から折れて、沈まむとした時に、貴様如何だつたい。俺の首を捉まへて、ブルブル慄うてゐたではないか。さうさう、くつついては俺も困るから、放せと云うたら「俺は水心を知らぬから、俺が沈んだら貴様の背中にくつついて助けて貰ふのだ」と弱音を吹いて、ベソを掻きよつた時の醜態と云つたら、見られたものぢやなかつたよ』
『あつた事は言うたつて仕様がない、黙れ黙れ、モー此島へ着けば大丈夫だ。生命に別条はないからネー』
『イヤ、生命ばかりは陸だつて海だつて安心は出来ないよ。此間も、ウヅの国の桃上彦と云ふ立派な宣伝使が、恐ろしい大蛇の出る大蛇峠や珍山峠を、大胆至極にも唯一人で越して、巴留の都の鷹取別の城下で、三五教の宣伝歌を歌うて居たら、数百人の駱駝隊が現はれて、鋭利な槍で宣伝使を小芋を串に刺したやうに、豆腐の田楽よろしく、突いて突いて突き廻し嬲殺しにした揚句、砂漠の中に埋めて了うたと言ふ話を、巴留の国から出て来た人間に、俺は此船に乗る時に慥に聴いたのだよ。悪い奴が沢山居るのだから、余程心得ぬと険難だぞ』
と話して居るのを、松代姫の一行は耳を傾け、顔の色を変へて聴き居たるが、照彦は船の一隅より、ツト身を起し此三人の前に坐つて、
『モシモシ、今承はれば、珍の国の桃上彦命様が、巴留の国で殺され遊ばしたやうに承はりましたが、それは本当でございますか。吾々は仔細あつて其の桃上彦命に御目にかかりたく遥々参りました。何卒御聞き及びの模様をなるべく詳しく話して下さるまいかな』
丙『なんだ、桃上彦の話をせいと云ふのか。イヤ話さぬことはない、が其処は、それ何とやら、地獄の沙汰も何とやら、魚心あれば水心あり、水心あれば魚心でありますからな。ヘツヘツヘツ』
『貴方の仰有ることは一向要領を得ませぬ、モツト明瞭と言うて下さい』
『ヘイ、不得要領で以て要領を得たいのです。それ地獄の沙汰も何とやら』
『あゝ解つた、酒代を与れと云ふのか、アヽよしよし上げませう。どうぞ委しく言うて下さい』
『ヘイ、モヽヽ、カヽヽ、辱ない。ミヽヽ耳を揃へた沢山なお金、ヒヽヽ拾つたやうなものだな、ヒツヒツ平に御断り申上ぐるは本意なれど、コヽヽこれも何かの廻り合せ、こんなお方にこんな処で、こんな船の上でお目にかかつて、こんな沢山のお金を頂いて、こんな結構な事は今後も幾度もあつてほしいものだ。モヽヽ、カヽヽ、ミヽヽ、ヒヽヽ、コヽヽの話のおかげで、こんな結構なお金にありついた』
『オイオイ、そんなことは何うでもよいから、早く桃上彦命の消息を話して下さいよ』
『はなせと云つたつて、一旦貰うたら此方のものだ。何うして何うしてはなすものか、はなして怺るものか、死ぬまではなしやせぬぞ』
『オイ、そりやチト話が違ふぞ、放すぢやない、話せと云ふことぢや』
『イヤ、何と仰有つても、こんな結構な物を放せの、話しのと、そりや胴欲ぢや。一旦握つたらモヽヽ、カヽヽ、ミヽヽ、石に噛み付いてもヒヽヽ、コヽヽ、ひこずられても放さぬ放さぬ、放してならうか、生命より大事な此のお金……』
『あゝ困つた男だな、桃上彦命は生きて居られるか、死んで居られるか何方だ。聞かして呉れいと言ふのだ』
と声に力を入れて問ひかける。
『それは二つに一つです。死んだものは生きて居らぬし、生きたものは死んで居らぬ。桃上彦は死んで居らぬ』
『死んで居らぬと云ふ事は、生きて居ることか』
『死んで居らぬ』
『桃上彦命は死んでは居らぬ、生きて居るのか。死んで了つて、此世に居らぬと云ふのか、確然返答せい』
と稍もどかしげに声を尖らして問ひかける。
『それは貴方、だけの事を申上げます。だけはだけだからなア、地獄の沙汰も、それ何とやら』
『エヽ五月蝿い奴だ。金だけの事を云うてやらう、地獄の沙汰も金次第と云つて居るのであらう。よう金を欲しがる奴だなあ。足許を見られて居るから仕方がないワ。サア、これだけ貴様に遣るから判然と云へ』
 短き夏の夜は、何時しか明け放れて、船は港に横づけとなる。
『桃上彦は沙漠の中へ埋められて死んで了つたよ。死んだ奴のあとまで云うたところで何にもなりはしない。十万億土の遠い遠い国へ行つて了つたのだよ』
と云ひ棄てて尻を捲つて韋駄天走りに、金子を握つたまま姿を隠しける。
 アヽ三人の娘の心は? 照彦の胸の中は如何ぞ。
(大正一一・二・一二 旧一・一六 有田九皐録)
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