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文献名1霊界物語 第14巻 如意宝珠 丑の巻
文献名2第2篇 幽山霊水よみ(新仮名遣い)ゆうざんれいすい
文献名3第7章 難風〔557〕よみ(新仮名遣い)なんぷう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2020-12-23 17:55:18
あらすじ
急坂を登った一行は、休息を取っている。弥次彦と与太彦はおかしな雑談を交わしている。

弥次彦はその中にも、言霊の善言美詞についての一説を交えるなど、中には三五教の教理にかなった法話を含ませている。

折から、小鹿山の山おろしが猛烈に吹いてきた。一行は、強風に飛ばされないように二人一組で肩を組んで進んで行くことにした。

突然突風が吹くと、弥次彦と勝彦の二人を空中に舞い上げ、谷間の彼方に吹き飛ばした。与太彦と六は慌てて二人を探しに行く。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年03月24日(旧02月26日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年11月15日 愛善世界社版112頁 八幡書店版第3輯 198頁 修補版 校定版117頁 普及版52頁 初版 ページ備考
OBC rm1407
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本文  小鹿峠の急阪を、弥次彦、与太彦、勝彦、六公の一行は、岩根に躓き、木の根に足を掻き、右に倒れ左に転けどつくりの口から出任せ、野趣満々たる俄作りの宣伝歌を謳ひ乍ら、爪先上りの雨に曝され掘れたる路を、千鳥の足の覚束なくも、喘ぎに喘ぎ上り行く。塵も積れば山となる、一尺一尺跨げた足も、始終休まぬ四十八坂を、心ばかりの勝彦が、自慢お箱の十八番の阪の上に、やつと上つて、鼈に蓼を噛ました様な荒息を継ぎ乍ら親も居らぬにハア(母)ハアと息をはづませ辿り行く。
勝『皆サン、此見晴らしの佳い所で、暫くコンパスの停車をして、浩然の気を養つたらどうですか』
弥『サア誰に遠慮会釈もありませぬワ、公然と休養致しませう、天洪然を空しうする勿れだ。しかし休養序に一つ石炭の積込をやりませうかい、斯う云ふ適当な港口は、この先には滅多に有りますまい、どうやら機関の油が涸れさうになつて来ました』
勝『何分アンナ堅い所へ格納されて居たものだから、サツパリ倉庫は空虚になつて了つた、何をパクついて可いか、肝腎の原料はないのだから仕方がありませぬワ、腹の虫が咽喉部まで突喊して来て、切りに汽笛を吹きます、せめて給水なりとやつて、芥を濁したいが、生憎谷は深し、起臥進退維谷まると云ふ腹具合ですワイ、何とか良い腹案はありますまいかな』
弥『オー此処にお粗末な、火にも掛けぬのに焦げた様な色のした握飯が、〆て二個ありますワイ、三途川の鬼婆アサンから記念の為に貰つて来た、形而上の弁当だ、噛む世話も要らねば、五臓六腑にお世話になる面倒も無い。これなつと食つて、唾液でも呑み込んで、食つた気分になりませうかい』
与『オイオイ弥次彦、あた汚い、貴様はまだ娑婆の妄執………オツトドツコイ幽界の妄執が除れぬと見えて、婆アだの、ハナ飯だのと、不潔い事を囀る奴だ、可い加減に思ひ切つたらどうだい』
弥『山に伐る木は沢山あれど、思ひ切るきは更にない………あの婆アサンの、厭らしい顔をして、歯糞だらけのくすぼつた歯を、ニユーツと突出し「親譲りの着物をこつちやへ渡せ」と吐しよつた時の面付を、どうして思ひ切る事が出来るか、飯食ふたびに握り飯のことを思ひ出して、ムカムカして来るワイ』
与『どこまでも弥次式だな、夫れほど恐ろしい婆アに、なぜ貴様は一蓮托生だとか、半座を分けて待つて居るとか、ハンナリとせぬ、変則的なローマンスをやりよつたのだ、得体の知れぬ唐変木だなア』
弥『そこは、外交的手腕を揮つたのだよ。燕雀何ぞ大鵬の志を知らむやだ、至聖大賢の心事が、朦昧無智の人獣に分つてたまるものかい』
与『人獣とは何だ、俺が人獣なら貴様は人鬼だ』
弥『定つた事だよ、天下一品の人気男だもの、それだから、閻魔サンでさへも跣足で逃げる様な、あの鬼婆アが、俺にかけたら、蛸か、豆腐のやうに骨無しになつて仕舞ひよつて目まで細くして、ミヅバナの混つた涎を垂れよつた位だもの………貴様は俺の人気男を実地目撃した正確な保証人だ、勝彦や、六公にも吹聴せぬかい、俺の戦功を報告するのは貴様の使命だ、縁の下の舞と埋没されては、吾々が苦心惨憺の神妙鬼策も何時の日か天下に現はれむやだ』
与『アハヽヽヽ、貴様どこまでも弥次式だな』
弥『定つた事だ、シキだよ、天下一品の色魔だよ。老若男女、貴賎貧富の区別なく、猫も杓子も、鼬も鼈も、蝸牛もなめくぢりも、牛も馬も、この弥次サンに向つては皆駄目だ。アヽ人気男と言ふものは随分気の揉めるものだ。冥土へ行けば行くで、優しうもない脱衣婆アまでが、強烈なる電波を向けるのだから、人気男の色男といふ者は変つたものだよ、古今にその類例を絶つと云ふチーチヤーだ、チーチヤー貴様もこの弥次彦にあやかつたらどうだ』
勝『アハヽヽヽ、ナント面白い人足………オツトドツコイ人気男に出会したものだナア』
弥『ヤア勝サン、お前は私の知己だ、英雄の心事を知る者は、君たつた一人だよ。人気応変、活殺自在、神変不思議の、赤門出のチヤキチヤキのチーチヤアだからネ』
与『アハヽヽヽ、開いた口が塞がらぬワイ』
弥『開いた口が塞がるまい、牛糞が天下を取るぞよ、コンナお粗末な弥次の弥次馬でも、馬糞の天下を取る時節が来るのだから、あまり軽蔑して貰ふまいかい、アンナものがコンナものになつたと云ふ仕組であるぞよ』
与『イヤー吹いたりな吹いたりな、三百十日の大風のやうだのう』
弥『三百十日と云ふ事があるかい、二百十日だらう』
与『馬鹿言へ、貴様は三百代言をやつておつた男だ、十人十日口だと吐して、その日暮しの貧苦の生活に苦しみ、三つ違の兄サン………と云ふて暮して居るうちに』
弥『何を吐しよるのだ、そりや貴様の事だよ、俺ん所は人も知る如く、高取村の豪農だ、下女の一人も使ひ、僕の半人も使つた門閥家だぞ』
与『アハヽヽヽ、半人の僕とは、そらナンダイ』
弥『きまつたことよ、允請ポリスを置いた事だよ』
与『ポリスでも判任官か……判任官の目下ぢやないか』
弥『その点はしつかりと判任せぬワイ、マアどうでも好いワ、貴様も一人前の人間になるのだ。一人一党主義で、快活に誰憚る所もなく、無限の天地に活躍するのが人間の本分だ』
与『エーソンナ雑談は中止解散を命じます』
弥『聴衆一時に立ち、喧々囂々収拾す可らずと云ふ幕だな、アハヽヽヽ』
勝『何と云つても、吾々は米喰ふ虫だ、腹が減つては戦が出来ない、何とか兵糧を工面せなくてはなりますまい』
六『御心配なされますな、今日の兵站部は私が担任致しませう、お粗末な物であなた方等のお口には合ひますまいが、大事なければ、召あがつて下さいませ』
と背中の風呂敷から固パンを出した。
勝『アー有難い、腹がカツカツして殆ど渇命にも及ばむとする所だつたよ』
弥『コラコラ六でもない事を言ふない、六公、人様に物を上げるのに、粗末だとか、お口に合ひますまいとか、そら何んだ、チツト言霊を慎まないか。これは美味しいから献げませう、うまいから食つて見て下さいと言ふのが礼儀ぢやないか……、ナンダ失敬な、食はれぬ様な物や、粗末なものを人に進上するといふ事があるかい。神様に物を献げるのにも、蜜柑の五つ位のピラミツドを拵へて、蕪や大根人参位をあしらひ、千切や昆布、和布、果実、小鮎、ジヤコ位をチヨンビリ奉つて、海河山野種々の美味物を、八足の机代に横山の如く置足らはして奉る状を、平けく安らけく聞し召せ、ポンポン………とやるぢやないか』
六『ハイハイ、あなたの御趣意は徹底しました。併し乍ら私の本心は、この麺包は美味しい結構なものだと思つて居るのだが、一寸遠慮をして、お粗末だとか、お口に合ふまいと言つたのですワ』
弥『口と心の違ふ横道者だナア、虚偽虚飾パノラマ式の生活を続けて、得々然として居るとは、何と云ふ心得ちがひだ。ソンナ事を言ふ奴は、五十万年未来の十九世紀から二十世紀の初期にかけて生れた、人三化七の吐く巧妙な辞令だ、チツト確乎せぬかい』
六『益々以て不可解千万、合点の虫がどうしても検定済みにして呉れませぬワイ』
弥『まだ貴様は分らないのか』
六『日本や支那の道徳を混乱して言つたつて和漢乱は当然ぢやないか、神様は正直と誠実の行ひをお喜びなさるのに、ナンダ、お粗末の物を、ホンの後家婆アの世帯ほど八百万の神様に奉つて、相嘗めに聞し召せとか、海河山野の種々の美味物だとか、横山の如く置足らはしてとか、現幽一致に御透見遊ばす神様の前に、虚偽を垂れて、商売繁昌、家運長久、子孫繁栄、無病息災、願望成就、天下泰平、国土成就、五穀豊穣なぞと、斎官共が吐すぢやないか、一体全体この点が腑に落ちないのだよ』
弥『分らぬ奴だなア、この天地は言霊の幸はふ国だ、悪い物でも善く詔直すのだ。少い物でも沢山なやうに宣り直すのだ、貴様の様に、善い物を悪いと言ひ、美味い物をまづいと云ふのは、言霊の法則を破壊すると云ふものだ。世は禁厭と言つて、勇んで暮せば勇む事が、とつかけ引つかけ現はれて来る、悔めば悔むほど悔み事が続発するものだ、それだから人間は、言霊を清くせなくてはならないのだよ』
六『モシモシ弥次彦サン、チツトの物を沢山だと言ひ、味無い物を美味い物と云ふのは、いはゆる羊頭を掲げて狗肉を売るといふものぢやないか。ソンナ事をすると、現行刑法第何条に依つて詐欺取財の告発を為られますよ。訳の分らぬ盲ばつかりの人間が集つてたかつて拵へた法律でさへも、是丈に条理整然として居るのだ、况して尊厳無比なる神様の御前に、詐欺をやつて良い気で済まして居れると思ふのか、無感覚にも程が有るぢやないか』
弥『定つた事だい、人間は神様の水火から生れた神の子だ、少しでも間隔があつて堪らうかい、無かんかくが当然だよ』
六『ヤア妙な所へ脱線しよつたな、本当に脱線もない………』
弥『脱線は流行ものだい、工事請負人と○○と結托して○○をやるものだから、広軌鉄道であらうが、電鉄だらうが、直に脱線転覆する世の中だ、善人は悪人と見做され、悪人は脱線して善人になると云ふ暗がりの世の中だ、吁脱線なる哉脱線なる哉だ、アハヽヽ』
勝『広軌鉄道とか電鉄とか云ふものは、それや何処に敷設されてるものですか』
弥『ヤア此れから数十万年後の、餓鬼道の世の中の、文明の利器と云ふ名の付く化物のことだよ。アハヽヽヽ』
六『随分あなたの滑車は能く運転しますな、万丈の気焔を吐いて、我々を煙に巻き、雲煙糢糊として四辺を包む態の鼻息、イヤモウ恐縮軍縮の至りですよ』
与『随分巨大なクルツプ砲が装置されて有ると見えますワイ、ホー砲、砲、砲、ホー』
弥『定つた事だよ、与太公や六公の様な、与太六とはチツト原料が違ふのだ、特別大極上等の、豊富なる原料を以て、鍛錬に鍛錬を加へ、製造したる至貴至重なる身魂の持主だ、古今に類例を絶つと云ふ逸物だから、何と言つたつて、弥次彦の足型をも踏めさうな事はないのだ』
勝『モシモシ弥次彦サン、あなたは余程自尊心の旺盛強烈なる御人格者ですネー、自分を称して弥次彦サンと敬語を使ひ、友人に対しては、与太公だの、六公だのと、恰も君王が僕に対する様な傲慢不遜の御態度、三五教の信者にも似合はぬお振舞、どこで勘定が違つたのでせう。これもやつぱり脱線の世の中の感化をお受けになつたのぢやありますまいかな』
弥『ソンナラ是から与太彦サン、六公サンと詔り直しますが、しかしよく考へて見なさい、神を敬する如く人を敬し、我身を敬すべしと云ふ信条が三五教の何処に有つたやうに思ひます。我々は無限絶対力の至貴至尊の大神様の水火を以て生れ出で、天地経綸の司宰者たる特権を賦与されて居る者ではありませぬか、人は神なり、神は人なり、神人合一して茲に無限の権力を発揮するのでせう。吾々の霊肉共に決して私有物ではありませぬ、みな神様の預り物です、さうだから、弥次彦サンと云つたつて別に少しの矛盾も撞着もないぢやありませぬか。神素盞嗚尊様は、大蛇を退治て、串稲田姫と芽出度く偕老同穴の契を結び給ふた時に、自分の胸を抑へて「あが御心すがすがし」と、自分が自分の心を敬はせ給ひ、天照大神様は「われは天照大神なり」と自ら敬語をお使ひになつた。昔の帝様は葛城山に狩猟をなされた時にも、その御腕に虻が食ひ付いた、その時に「あが御腕虻かきつき」と詔らせ給ふたぢやありませぬか、これを見ても敬語と云ふものは、どこまでも使用せなくてはなりませぬよ、決して等閑に附すべき問題ではなからうと拝察するのです。今の奴は、君主でもない友人に対して、君とか、賢兄とか言ひ、僕でもないのに僕だとか拙者だとか云つて、虚偽の生活を送り得意がつて居る逆様の世の中だ、自分の父ほど賢い者は無い、母ほど偉い者は無いと心の中で褒めて居乍ら、愚父だとか、愚母だとか言ひ、自分の息子は悧巧だ、他家の息子は馬鹿だ、天保銭だと心に思ひ乍ら、自分の子を称して、愚息だとか、拙息だとか豚児だとか吐き、他人の馬鹿息子や、鼻垂小僧を御賢息だとか、御令息だとか言つて、嘘で固めてゐる世の中だ。本当に冠履転倒とはこの事だ。女郎の言ひ分ぢやないが、「口で悪う言ふて心で褒めて、蔭ののろけが聞かしたい」と云ふ様な、娼婦的奴根性の人間許りだから、世の中は逆様ばつかり出来るのだ。一日も早く三五教の教理を天下に宣明して、第一着手として、この言霊の詔直しを始めなくては、何時までも五六七の神政は樹立さるるものではありませぬワイ』
勝『イヤア是は是は結構な御託宣を承はりました、斯う云ふお話は度々教へて下さいませ。私も宣伝使となつて、この通り変幻出没、自由自在の活動を続けて来ましたが未だその点に気が付いて居なかつたのです…………吁、何処にドンナ人が隠れて居るやら、何時神様が口を藉つて、戒めて下さるやら、分つたものぢやない。アヽ有難い有難い、惟神霊幸倍坐世、惟神霊幸倍坐世』
与『コレコレ弥次彦サン、お前は又、日頃の言行にも似ず、今日に限つて何故ソンナ深遠な教理を説いたのだい』
弥『ナニ、ナンダカ口が辷つて、中から何者かが言ひよつたのだい、弥次彦の知つた事かい、アハヽヽヽ』
勝『ヤア六サン、結構なお弁当を沢山頂戴いたしました、これで元気も快復しました。サア徐々御一同様、テクル事に致しませうかな』
弥『コレコレ勝彦サン、表は表、裏は裏だ、この道中にソンナ几帳面な挨拶は免除して下さいな、互に無駄口の叩き合で、われ、俺で行きませうかい、何だか肩が凝つて疲労の度を増す様だから…………のう勝公、与太六』
与『与太六とはあまり酷いちやないか』
弥『面倒臭いから、与太公と六公とを併合したのだ、会社でもチツト左前になると併合するものだよ』
与『今俺はパンを鱈腹食つたのだ、空腹前所か、これ見い、この通りの太つ腹だ』
弥『ホンにホンに、全然鰒の横飛見たやうな土手つ腹だな、蟇の行列か、鰒の陳列会か、イヤモウ何んともかとも形容の出来ないお姿だ、コンナ所を三面記者にでも見つけられた位なら、直に新聞の材料だよ。アハヽヽヽ』
 折から小鹿山の山颪、木も倒れ岩も飛べよと許りに吹き来る。
弥『ヨー風の神、一寸洒落てゐよるなア。吹くなら吹け、大砲の弥次彦がご通行だ、反対に吹飛ばしてやらうか』
与『アハヽヽヽ、偉い元気だのう、しかし何ほど弥次サンが黄糞をこいて、金の目を剥いて気張つた所で、的サンは洒々落々、風馬牛といふ御態度だから、如何ともする事は出来まいかい』
弥『ヨーヨーこれや意外の強風だぞ、二人づつ肩と肩とをから組んで進まうかい…………与太六、貴様は一組だ、弥次彦は勝公と手を組んで、単梯陣を張つて、驀地に進軍だ。小舟に乗つて大海を渡る時にも、暴風怒濤に出会つた時には、舟と舟と二艘一所に合はして連結んで置くと、容易に顛覆せないものだ。舟じやないけれど、吾々は風に対する風船玉の難を避ける為に、連結んで風の波を漕ぎ渡る事とせうかい。グヅグヅして居ると小鹿峠の渓谷へ顛覆沈没の厄に遭ふかも知れない。サアサア早く早く、連結んだ連結んだ』
 四人は二人づつ肩と肩とを組み合せ、風に向つて強圧的に、前方三十五度の傾斜体で坂路を跋渉する。
与『イヨー此奴ア猛烈だ、今日に限つて風の神の奴、どう予算を狂はせよつたのか、勿体なくも、天地経綸の司宰者たる人間様が御通行遊ばすのに、恐れ気もなく前途を抗塞するとは、不都合千万だ。ヤア六公、しつかりせぬかい、吹き飛ばされるぞ』
六『これ位な風に吹飛ばされる気遣はないが、弥次彦サンの気焔には随分吹飛ばされさうだ。アハヽヽヽ』
弥『コラコラ、貴様何をグヅグヅ言つて居よるのだい、この烈風に確乎勇気を出して進まないと、内閣の乗取は不可能だぞ、グヅグヅしてると、九分九厘行つた所で流産内閣になつて了ふかも知れないぞ』
与『エー八釜しう言ふない、如何に神出鬼没の勇将でも、ハヤこの風に向つて、どうして突喊が出来るものかい、千引の岩でさへも中空に巻きあげると云ふ様な風の神の鼻息だ、チツト風の神も、聞直して呉れさうなものだな、この谷間へでも落ちて見よれ、又候幽界の旅行をやらねばならぬぞ』
弥『そら何を幽界、悲観するな、モツト愉快になつて、風を突いて突進するのだ』
与『何と云つても貴様のやうな無茶な事は、俺には到底不可能だ。如何に人間が賢いと云つてもコンナ記録破りの暴風に出会しては、人間としては到底不可抗力だ、………オイ一寸そこらで一服したらどうだい』
弥『三五教に退却の二字はないぞ、どこ迄も唯進むの一事あるのみだ。一度に開く梅の花、何時までも風の神だつて、さう資本が続くものぢやない。グヅグヅ吐かすと足手纏ひになるから、貴様と俺とは最早国交断絶だ、旅券を交附してやるから、サツサと本国へ引返したが宜からうぞ』
与『アーア仕方のない頓馬助だナア……オイ六公、マア見とれ、向意気ばつかり強いが、タツタ今風に煽られて、再幽冥界の探険と出かけるのが落だぞ』
 この時山岳も崩れ、蒼天墜落するかと思はるる許りの音響と共に、最大強烈なる暴風吹き来るよと見る間に、弥次彦の羽織袴の袂に風を含んで、勝彦と手を組んだまま、中空に吹あげられ、空中飛行の曲芸を演じつつ、風に追はれて谷間の彼方に、悠々として姿を隠した。不思議や烈風は、嘘をついた様にケロリと歇んだ。
与『ヤア大変だ、意地の悪い風だないか、弥次彦を吹飛ばして置きよつて、それを合図にピタリと休戦の喇叭をふきよつた様なものだ』
六『あまり弥次公は大法螺をふくものだから、風の神の奴、一つ懲しめてやらうと思つて、何でも早うから作戦計画をやつて居つたのに違ないぞ、何だか夜前から雲行が悪いと思つて居つた。ヤア夫れにしても吾々はこの儘に放任して置く訳には行かず、滅多に天上した気遣はなからうから、吾々両人は此処で一つ捜索をせなければなるまいぞ』
与『ナアニ、彼奴ア風に乗つて、コーカス山へお先へ失礼とも何とも言はずに、参詣しよつたのだらうよ。アハヽヽヽ』
六『ソンナ気楽な事を言ふて居る場合じやあるまい、是から両人協心戮力して、両人が在処を探さうじやないか』
与『探すもよいが、拙劣に間誤つくと、冥土の道伴にならねばならないかも知れないぞ、俺はモウ冥土の旅は一度経験を積んだのだから、余り苦しいとも思はぬが、貴様は初旅だから勝手も分らず、随分困るだらうよ』
六『エーろくでもない事を言ふものじやないワ、言霊の幸はふ世の中だのに』
与『風玉の災する世の中だ、アハヽヽヽ』
 二人は弥次彦、勝彦の散りて行つた方面を指して、顔の色を変へ乍ら、急いで元来し道に引返し、二人の所在を捜索することとなつた。吁、二人の行衛はどうなつたであらう。
(大正一一・三・二四 旧二・二六 松村真澄録)
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