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文献名1霊界物語 第15巻 如意宝珠 寅の巻
文献名2第1篇 正邪奮戦よみ(新仮名遣い)せいじゃふんせん
文献名3第5章 五天狗〔572〕よみ(新仮名遣い)ごてんぐ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-01-16 01:27:07
あらすじ
エデン河に投げ出されて命を失った(第2章参照)安彦、国彦、道彦、田加彦、百舌彦の五人は、一途の川のほとりにやってきた。

一行は一途の川の婆の装置によって中空に巻き上げられてしまい、突然の電光雷鳴と共に落下したとみるや、気がつくと高山の間の谷川の流れの砂辺に横たわっていた。

これは妙音菩薩が一行をエデン河から救って、メソポタミヤ山中の谷川に降ろしたのであった。
主な人物 舞台 口述日 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1922(大正11)年12月5日 愛善世界社版59頁 八幡書店版第3輯 302頁 修補版 校定版59頁 普及版26頁 初版 ページ備考
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本文  天津御空はドンヨリと薄墨を流せし如き光景に引換へ、青葉茂れる大野原を三五教の宣伝使、治まる御世も安彦や、栄え久しき松の五六七の国彦や、聖き教の道彦は、口から先に生れたる百舌彦、田加彦伴ひて、とある川辺に着きにけり。
安彦『ヨー又此処は一途の川だ。此前に来た時は、大変に清潔な水が淙々として流れてゐたが、夕立もせないのに今日は又如何した拍子の瓢箪やら、素敵滅法界な泥水だ。此の川を少しく上れば松並木があつて、其の根下に二間造りの瓦葺きの立派な婆の館がある筈だ。のう道彦、貴様も未だ記憶に残つて居るだらう』
道彦『夢だつたか幻だつたか判然せないが、二人の婆が、鋭ぎすましたる出刃庖丁を振上げて、前後左右より斬つてかかりよつた時のシーンは、今思ひ出しても慄とするよ。移り替はるは浮世の習ひ、此の清潔な一途の川でさへも、泥川と変化した今日だから彼の鬼婆だつて、さう何時迄も同じ所に固着してゐる筈はなからう。遠の昔に磨滅して了つて影も止めず、訪ふ者は川風の音、波の響位なものだらうよ。さう心配するには及ばぬさア』
安彦『誰が心配をして居るものか。今度は彼の婆が居つたら、一つ掛合つて見ようと思うのだ。なア国彦、お前は未だ経験が無いから、非常に恐ろしい鬼婆だと思うであらうが、それはそれは素敵滅法界な美人だよ。花の顔色、月の眉、スノーの膚、言ふに言はれぬ逸物だ。年は寄つたと言つても未だ残りの色香も失せない姥桜、手折る可き価は確にアリソの海だ。深い契を結び昆布、俺とお前と二人の仲は、二世も三世も先の世かけて、一途の川の涸れる迄、たとへ大地は沈むとも……とノロケテ、現を脱かすやうな別嬪だ。安彦、道彦の両人が仲人をして一つ合衾の式を挙げさしてやりたいものだよ』
国彦『莫迦にするない、モウ忘れたか。俺も貴様と一所に探険したではないか。俺だつて未だ三十男の花の盛りだ。散りかかつた姥桜を女房にせよとは、あまり男を軽蔑するにも程がある。男が四十で女が三十ならば、些とはハーモニーも取れるであらうが、十余りも老うとると云ふ様な女房は御免だよ。女旱りも無い世の中に、あまり冷笑して呉れるない。アヽ何となく身体中がぞうぞうして来た。何うやら娑婆の空気とは見当が違ふやうだ。一体此処は何国の何と云ふ所だらう』
安彦『エデンの河の渡場で船を濁流に流して、河中に衝立つた岩石に船を打当て、木葉微塵に砕いた結果、濁流漲る水底に暫時蟄居したと思つたら、何時の間にかコンナ大野ケ原を横断し、又もや一途の川の岸辺に着いたのだ。吾々一同は一旦土左衛門となつて、冥途の旅を今やつてゐるのだ。四辺の状況が違ふのも当然だよ』
国彦『困つたことだなア。併し好い死時だ。可愛い女房も無ければ子もなし、別に娑婆に執着心も無いのだから、何うだ一つ奮発して幽冥界を跋渉し、宣伝歌でも歌つて三途の川の鬼婆や、数多の鬼共を片端から言向和し、聴かぬ奴は笠の台を縦横無尽にチヨン斬つて、地獄開設以来のクーデターを開始してやらうではないか。エーンアーン』
安彦『猛烈な勢だなア、併し乍ら今から喇叭を吹くと、先へ往つてから原料が欠乏して了うよ』
国彦『ナーニ旧は与太彦と云つた此方だ。俺の言つたことは決してノンセンスでは無い。深遠微妙の意味が含んでゐるのだ。マア細工は粒々仕上げを見て下されよ。開いた口が閉まらぬ、牛糞が天下をとるのは今度のことであるぞよ。世界の人民改心致されよだ』
安彦『又汽笛を吹き出しよつた。コンナ奴と道連れになると騒がしくて烏も燕も雀も百舌鳥も、みな逃げて了ひよるから、幽界旅行も面白く無いワイ。好い加減に沈黙せぬかい』
国彦『乃木将軍の猛烈なる攻撃に会ひ、南山の砲台は漸く沈黙したが、二百三高地の与太彦砲台は仲々以て容易に沈黙せない。一度生命をステツセルの吾々、旅順口の片顋がむしられようとも、さうやすやすと休戦の喇叭は吹かないから、其の積りで貴様達も吾輩に従軍するのだ。一途の川の二人婆の館まで突貫々々。全隊進め、一二三四五』
と自分一人、人員を数へ乍らコムパスに油をかけて、急足滑車を走らせた。安彦、道彦、田加彦、百舌彦は一斉に手を揚げ、声を限りに、
四人『オーイオーイ』
と呼び止める。国彦は耳にもかけず尻ひつからげて、トントンと驀地に婆の館を指して走り行く。勢余つて半丁ばかり通り越して了ひ
『ヨー国彦サンの御威光に恐れてか、一途の川の二人婆も共に何処とも無く煙散霧消の大惨事とけつかるワイ。それにつけても安彦、道彦その他の足弱共、何を愚図愚図してゐるのだらうか。大方此風に吹き飛ばされて、夏の蚊が夕立に逢うたやうに木の葉の裏に、しがみついてゐよるのだらう。アヽ弱虫だなア』
と得意になつて、モノログを囀つてゐる。此声を聞いてか、松の根下の小屋の中より渋紙のやうな手を出し、皺枯れ声を出して、
『オーイ オーイ』
と招く婆の声、
国彦『ヤーあまり馬力をかけ過ぎたので、婆の家を見落したと見えるワイ。ナアンダ、安彦の言つたのとは余程年の寄つた穢い婆だ。大方彼奴の娘の中婆のことだらう。ナンデモ二人の婆だと云ふから一人の方は若い奴に違ひない。どうれ、首実検と出掛けてやらうかい』
と又もやテクテクと松の下の川縁の小屋を指して引返し来たり、門口を三つ四つ打叩き乍ら、
国彦『吾こそは音に名高き与太彦ドツコイ国彦の宣伝使、眼涼しく眉秀で、鼻筋通り口元凛として苦味を帯び、英気に充ちたる古今無双のヒーロー豪傑、一途の川の渡守を致す鬼婆の娘の中婆、天下の人民を救け、幽界の身魂を救ふ三五教の宣伝使だ。何時迄も斯様な所に燻つて霜枯れ近き無味乾燥なる生活を致すより、国彦サンと手に手を握つて死出三途は申すにおよばす、地獄の釜のドン底迄探険と出掛けたら如何だ。併し乍ら中婆の四十女に限るぞ。皺くちや婆は真平御免だ』
と妙な手振り、足つきし乍ら戸の外に踊つて居る。中より十七八歳の優しき女の声、
『何れの方かは存じませぬが、能くマアこの茅屋を御訪ね下さいました。御供の衆がございませう、何卒一度に御這入り下さいませ』
国彦『イヤーナンダ。この茅屋を能う御訪ね下さいましたナンテ、四十女どころか、十七八歳の優しい鈴虫のやうな、味はひのある玉の御声、これだから旅はよいもの、辛いもの、辛いと思へばコンナ好いことがある。それに就て迷惑千万なのは、安彦、道彦其他の道連れだ。声の色から考へても、古今無双の逸物と見える。美人か、お多福か、婆か、娘かと云ふことは声の色に現はれてゐるものだ』
と呟き乍ら、武者窓からソツと窃むやうに覗いて見た。娘は濡れ烏のやうな髪を結ひ窓の方を背にしてゐるから、その容貌はしかとは分らぬが、其の姿勢の何処となく優美なるに肝を潰し、
『アーア成るは嫌なり、思ふは成らずだ。冥途へ来てもコンナ奴が居るのならば、娑婆よりも幾何か楽みだ。娑婆に居つた時には、お多福の奴に肘鉄の乱射に会ひ男を下げて自暴腹になり、終には宣伝使にまでなつたが、冥途と云ふ所は、ナントしたマア好い所だらう。夢ではあるまいか……アー矢張り夢でも現でも無い、擬ふ方なき美人の姿、コンナ女をスウヰートハートとするのは、男として別に恥づることは無い。先方の奴屹度俺の顔を見て目を細くしよつて、此の国彦サンにラブするは請合ひの西瓜だ。皆の奴が出て来るまでに一つ交渉をやつて見ようかナア』
 安彦、道彦外二人は、国彦の後を追うて走り来たりしが、其辺は何となく俄に暗くなり、ナンダか途の真中に横はる影がある。
安彦『オイオイ三人の連中、ナンダか此処に妙な者が横はつてゐる。どうだ一つ貴様の金剛杖を貸して呉れ。こづいて見るから』
と言ひ乍ら、俄造りの節だらけの杖を百舌彦の手より引奪り、力を籠めて乱打する。
国彦『アイタヽヽアイタヽヽ痛いワイ痛いワイ、貴様は可愛らしい娘に似合はぬ酷い奴だ。ソンナ節だらけの杖を以て此色男を打擲するとは何事だ。コリヤ婆、貴様も一つ挨拶をせぬかい。娘に斯様な乱暴を働かして置いて、親の役が済むか。これでも一途の川の渡守か』
安彦『オイオイ国公、ナンダ、此闇黒に横になりよつて、ナニ寝言を言つて居るのだ、しつかりせぬかい』
国彦『ヤー貴様は安彦ぢやないか、娘の癖に俺を打擲しよつた。貴様一つ仇を討つてくれないか』
安彦『莫迦、恍けない』
と云ひ乍ら二つ三つ背中をウンと言ふほど叩きつける。国彦は漸く起き上り、
国彦『アーア妙だ、冥途へ来てからでも夢を見るものかなア』
安彦『定つたことだ。世の諺にも幽冥に夢見る心地と云ふことがある。ワハヽヽヽ』
 小屋の中より婆の声、
婆『コラコラ此前に出てうせた二人の耄碌、出刄の合戦が未だ残つて居るぞ、サア此処で引返して尋常に勝負を致せ』
安彦『オー貴様はホシホシ婆だな。蛙の日干のやうな面をしよつて、何時迄も何時迄も此の茅屋に腐り鰯が網に附いたやうに平太張りついてゐよるのか、粘着性の強い婆だな』
婆『定つたことだい、粘着性が強い婆だよ。貴様もモー此処へ黐桶に足を突込んだやうなものだ。黐に蝿がとまつたも同然、一寸でも動けるなら、サア動いて見よ。今貴様等の身体に電気をかけてやるから』
と云ひ乍ら、柱に装置せる握手をグイグイと押した。五人は適度に間隔を置いて円形を画き、クルクルと舞ひ乍ら、陸地を離れて次第々々に中空に昇り行く。
国彦『ヤー文明の利器と云ふ悪戯者がコンナ所まで跋扈しよつて、亡者の身体を中天に捲き揚げるとは面白い。ヤイ婆の奴、モツトモツトハンドルを押して、俺を此儘天国まで上げるのだよ。無形の空中エレベーター式だ。面白い面白い、天国へ往つたら貴様の功に免じ、蓮の台に半座を分けて待つてゐてやらう。併し乍ら皺くちや婆は此限りに非ずだ。若い奴若い奴』
と呶鳴り乍ら、次第々々に中空に捲き揚げられた。天上に捲き揚げられたる五人の男は上空の烈風に煽られ空気稀薄のため、殆ど息も絶えなむ許りの苦痛を感じた。五人は一時に声を振り絞り、
『オーイオーイ、一途の川の婆アサン、ヤーイ、マア一度元の場所に降して呉れ。オーイオーイ』
と叫んで居る。婆の声は蚯蚓の泣くやうに幽かに聞えて来た。
婆『三五教の宣伝使及び二人の馬鹿者共、胴体無しの烏賊上り、宣伝使たるの貫目は全然ゼロだ。元の所にをり度くばモー少し汝が身魂に重味を附けよ。さすれば自然に元の所に下り来るだらう。塵芥の如き軽々しき薄片な魂を以て大地を闊歩するとは分に過ぎたる汝の振舞、蚊、蜻蛉にも均しき蝿虫奴等、今レコード破りの大風が吹くぞ、風のまにまに太平洋か印度洋のごもくとなつて鱶の餌食になつたがよからう。アハヽヽヽ、オホヽヽヽ』
と千切れ千切れに半ば毀損した遠距離電話のやうに聞えて来た。五人は風の波に漂ひ乍ら互に堅く手を握り、右に左に上に下に縦になり横になり、頭が下になり上になりしつつ、ふわりふわりと何処ともなく風のまにまに散り行く。
 忽ち空中に電光閃き雷鳴轟き渡ると見るまに、電気に打たれた如く五人は手を繋いだ儘、鳥も通はぬ山中に矢を射る如く一直線に落下するのであつた。フツト気が附けば高山と高山の谷間を流るる細谷川の細砂の上に、五人は枕を列べて横はつてゐたのである。
 これは妙音菩薩がエデンの河の河下にて漁夫と変じ、五人の男を網を以て救ひ上げ、息を吹きかけコーカス山の大天狗をして空中に引掴み、メソポタミヤの北野山中に誘ひ来り、谷川の砂の上にどつかと下ろして自らは密にコーカス山に立帰つたのである。
 嗚呼奇びなる哉、神のはたらき、
 嗚呼有難き哉、大神の救ひよ。
(大正一一・四・一 旧三・五 外山豊二録)
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