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文献名1霊界物語 第18巻 如意宝珠 巳の巻
文献名2第5篇 五月五日祝よみ(新仮名遣い)ごがついつかのいわい
文献名3第17章 玉照姫〔645〕よみ(新仮名遣い)たまてるひめ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-03-26 18:20:24
あらすじ
常彦ら三人は、四継王山の麓にできた、悦子姫の館に逃げて帰ってきた。そして、加米彦と夏彦に、事の顛末を報告し、青彦たちがウラナイ教に寝返ったことを伝えた。

加米彦は慌てて魔窟ケ原に乗り込もうとするが、夏彦は落ち着いて加米彦を引き止める。夏彦は一日ゆっくりしていれば、青彦、紫姫らの動向がきっとわかる、と落ち着いている。

翌日、悦子姫と音彦が、五十子姫を伴って館に帰ってきた。加米彦と夏彦は慌てて大掃除をして一行を迎える。そこへ、ウラナイ教に潜入していた馬公と鹿公が、けっこうな神様を奉戴して戻ってきた、と報告に来る。

丹州を先頭に、玉照姫を抱いたお玉を連れて、青彦ら一行が館に戻ってきた。悦子姫は嬉し涙を流して玉照姫を迎えた。

青彦はこれまでの経緯を宣伝歌に込めて歌った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年04月28日(旧04月02日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年2月10日 愛善世界社版275頁 八幡書店版第3輯 739頁 修補版 校定版282頁 普及版125頁 初版 ページ備考
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本文  自転倒島の第一の  霊地と世にも鳴りひびく
 世界に無二の神策地  瑞の御霊の隠れ場所
 青葉も、そよぐ夏彦が  万世不動の瑞祥を
 祝ふ加米彦、諸共に  四つの手足を働かせ
 朝な夕なに勉強みて  主の留守を守り居る
 世継王の山の夕嵐  雨戸を敲く折からに
 息もせきせき尋ね来る  三五教の宣伝使
 常に変りし常彦が  顔に紅葉を散らしつつ
 音もサワサワ滝公や  心痛むる板公が
 これの庵を打叩き  頼も頼もと訪なへば
 オウと答へて加米彦は  雨戸ガラリと引開けて
 此真夜中に一つ家を  訪なふ神は何者ぞ
 鬼か大蛇か曲神か  まさか違へば木常彦
 唯一言の言霊の  愛想もコソも夕嵐
 吹き払はむと夕月夜  キツと透して眺むれば
 何とは、なしに見覚えの  姿に心和らげつ
 林の中の一つ家  訪なふ人は何人ぞ
 御名を名乗らせ給へよと  いと慇懃に言霊を
 宣り直すれば常彦は  首をかたげ腰を曲げ
 両手を膝の上に置き  鬼ケ城にて別れたる
 吾れは常彦宣伝使  汝は加米彦、夏彦か
 申上げたき仔細あり  紫姫や青彦が
 三五教にアキの空  天津御空も黒姫が
 醜の魔風に包まれて  誠の道を取りはづし
 悪魔の擒となりにける  友の身魂を救はむと
 夜を日についで遥々と  茲まで訪ね来りしぞ。
 加米彦はこれを聞くより、
『ナニ、紫姫、青彦がウラナイ教に沈没しましたか。それは大変、先づ先づお這入り下さいませ……ヤア見馴ぬ方が、しかもお二人』
 滝、板一度に、
『私は常彦様のお伴を致して参りました新参者で御座います、何卒宜しうお願致します』
加米彦『アーよしよし、御互にお心安う願ひませう。……夏彦の御大将、何をグヅグヅして御座る。天変地妖の大事変が出来致しましたぞ』
 夏彦は奥の間より、ノソノソ出で来り、
『ヤア常彦さま、暫くでしたネ、ようこそお出下さいました。マアマアお上り下さいませ。ユツクリと内開け話でも致しませうか』
加米彦『コレコレ夏彦の大将、そんな陽気な所ぢやありませぬワ』
夏彦『そう慌てずとも宜しいワイ。何事も皆神様のなさる事ぢや。ヤア常彦さま、決して決して御心配は要りませぬ。今に紫姫、青彦も、意気揚々として此家へ帰つて来ますよ』
常彦『そうかは存じませぬが、只今の所では非常な勢で御座います。私も青彦、紫姫の堕落を救はむ為に、ワザワザ敵の本城へ侵入し、忠告を加へてやりました。そうした所、青彦の人格はガラリと悪化し、終結の果てには乱暴狼藉、棍棒を以て吾々の身体を、所構はず滅多打ち、斯かる乱暴者は最早救ふべき手段なしと、取る物も取敢ず此二人を伴ひ、悦子姫様初めあなた方に、何とか良い智慧を借りたいと思つて、一先づ引返して来ました。そう楽観は出来ませぬ』
加米彦『ヤア其奴ア大変だ。悦子姫さまは竹生島へ、英子姫さまの後を追うてお出でになつた不在中、こんな突発事件を等閑に附して置くと云ふ事は、不忠実の極まりだ。サア常彦さま、時を移さず魔窟ケ原の黒姫の本陣へ乗込み、言霊戦の大攻撃を致しませう』
と早くも尻ひつからげ飛び出さむとする。
夏彦『アハヽヽヽ、よく慌てる奴だなア。これだから若い奴は困るのだ。マアゆるゆると久し振だ、お神酒でも戴いて、作戦計画をやらうぢやないか。急いては事を仕損ずる』
加米彦『急かねば事が間に合はぬ。芽出度凱旋した其上で、ゆるゆるお神酒をあがる事にせう。刻一刻と心の底に浸潤し来るウラナイ教が悪霊の誘拐の矢は日に日に烈しくなるであらう、老耄爺の夏彦の腰折れ、モウ俺は愛想が尽きた。悦子姫様の御命令だから、姫様に仕へると思つて、今迄は如何なる愚論拙策も、目を塞いで盲従して来たが、それは平安時の時の事だ。危急存亡の此場合、臨機応変の処置を執らねばならぬ。平和の時の宰相には、カナリ適当かは知らぬが国家興亡危機一髪の此際、仮令上官の夏彦が命令たりとも、服従すべき限りにあらずだ。サアサア常彦外両人加米彦に続かせられい……』
夏彦『アツハヽヽヽ、石亀の地団駄、何程騒いだ所で駄目だよ。マアゆつくりと落着いたが宜からう。俺は一寸紫姫様の御意中を以心伝心的に感得して居るから、滅多な事は無い。何か深いお考へが有つての事だ。万一紫姫を始め、青彦其他の者、一人にてもウラナイ教の黒姫に籠絡さるる様な事が実現したら、此夏彦が一つより無い首を、幾つでも加米彦、常彦さまに献上する』
加米彦『今日に限つて夏彦の大将、糞落ち着に落ち着いて御座るぢやないか。コラちと変だ黒姫の悪霊が憑依して居るのではなからうかなア。一つ厳重なる審神を施行するの余地充分あるワイ』
 夏彦、二人の耳元に口を寄せ、何事か囁いた。
加米彦『アーさうか、ア、それなら安心だ。ナア常彦、肝腎の事を俺達に言つて呉れぬものだから、要らぬ気を揉んだぢやないか』
夏彦『身魂にチツとでも曇りの有る間は、神は今の今迄誠の仕組は申さぬぞよ。誠が聞きたくば、我を折りて生れ赤児の心になり、水晶の身魂に研いて下されよ。神は誠を聞かしてやりたいなれど、悪の身魂の混りて居る守護神には、実地正真の事が云うてやれぬぞよ……とお筆先に現はれて居りますぞ』
加米彦『ヤアさうすると常彦さま、吾々二人はまだ数に入つて居らぬのだ。なんとムツカしいものだなア』
夏彦『兎も角、神様にお礼を申上げ、此処で一日二日休養して下さい。其間にキツと紫姫様、青彦の消息が分るでせう』
加米彦『流石は御大将、イヤもう今日限り、何事も盲従致しませう。併し乍ら間違つたら、約束の通り、常彦と加米彦が、夏彦の御首頂戴仕るから……御覚悟は確でせうな』
夏彦『アハヽヽヽ、たしかだ たしかだ』
 斯く話に眈り乍ら、其夜は主客五人枕を並べて寝に就いた。
 連日連夜曇り果てたる五月の空も、今日はカラリと日本晴の好天気、煎りつく様な大空に、朝鮮燕の幾十となく泥を含みて、前後左右に飛び交ふ有様を、夏彦外四人は窓を開いて愉快気に眺めて居る。
加米彦『随分よく活動をしたものだなア。我々も燕に傚つて、一層の雄飛活躍をやらねばなるまい。……ヤア向うの方へ、白い笠が揺らついて来たぞ』
と話す折しも、勢よく此方に向つて、青葉の中を波打たせつつ進み来れる饅頭笠、三本の金剛杖、黒い脚が二本、白い脚が四本。
加米彦『モシモシ夏彦の大将、青彦がどうやら凱旋と見えますワイ。一つ万歳を三唱しませうか。祝砲でも上げませうか』
と言ひも終らず「プツプツプウ」と放射する。
夏彦『アーア煙硝臭い、屋内で花火を揚げるのは険呑だ、外へ行つてやつて下さい』
加米彦『モウ裏の言霊は材料欠乏、これから表の言霊だ……ウローウロー』
と唯一人呶鳴つて居る。近づいた三人の男女、
『ヤア加米彦さま、エライ元気だなア』
加米彦『サア エライ元気だ。紫姫に、青彦に、モ一人は……大方お節だらう。よう帰つて下さつた。サアサア奮戦の情況、委細に夏彦の御大将に言上遊ばせ』
『アハヽヽヽ』
と一人の男は笠を脱ぐ。
加米彦『ヤアお前は音彦様か。……アヽこれはしたり、悦子姫様……ア何だ、五十子姫様……ヤア音彦様、お芽出度う。悦子女王が居らせられなかつたら、大変御夫婦ご愉快で有りましただらうに……ヤアもう世の中は思う様に行かぬものですナア』
悦子姫『オホヽヽヽ』
加米彦『中を隔つる悦子川かなア、可哀相に、焦れ焦れたコガの助、お顔見乍ら儘ならぬ……と云ふ、喜劇、悲劇の活動写真……ヤア兎も角お這入り下さいませ』
音彦『然らば許しめされよ』
加米彦『姫御前と道中を遊ばしたお蔭で、大変言霊が向上しました。……サア夏彦さま、今日限り吾々と同僚だ、何時までも女王の代りは出来ませぬぞ。……サア悦子姫女王、ズツと奥へお通り下さいませ』
悦子姫『加米彦さま、夏彦さま、よく神妙にお留守をして下さいました。あなた方の健実な事、よく気を附けて下さると見えて、風流な夏草が家の周囲に一杯生えて居ります。小蛇でも出そうに御座いますな。オホヽヽヽ』
 加米彦、頭を掻き乍ら、
『イヤもう……エー外は惟神に任し、内は一生懸命に、内容の充実を主と致しました。これが所謂内主外従と云ふものです』
悦子姫『ホヽヽヽ、成程外には茫々と美しい草が御天道様のお蔭で繁茂して居ます。室内はザツクバラン、沢山に紙片が散乱して、まるで花見の庭の様です』
加米彦『イヤ此間から、夏彦の仮の大将、寝冷えを致し、風邪を引いたものですから、鼻紙をそこら中に散らして置いたのです。……一寸待つて下さい。箒で今掃いて除けます、ウツカリ踏んで貰へば、足の裏にニチヤツとひつつきます。……オイ夏彦鼻紙の大将、何をグヅグヅして居るのだ。此加米彦は何事も盲従して来たのだ。どうだ、此鼻紙を箒で掃き散らしても、お叱りは御座いませぬかなア』
夏彦『これはこれは悦子姫様、今煤掃の最中へお帰り下さいまして、誠に申訳が御座いませぬ。どうぞ暫く、裏の森林に美しい花も咲いて居ます、恰度菖蒲が真つ盛り、お三人共暫く御覧なし下さいませ。其間に夏季大清潔法を執行致します。……オイ加米彦、箒だ、水を汲め、采払だ……』
加米彦『貴様はジツとして手を出さずに、頤ばつかりで……そう一度に……千手観音様ぢやあるまいに、水を汲む、采払を使ふ、箒を使うと云ふ事が出来るものか。貴様も一つ活動せぬか。門外の燕の活動を、チツと傚へ』
夏彦『ハイハイ畏まりました』
と襷をかけ、
『わしはお家を掃除する。お前は庭を掃除して呉れ…』
 俄にバタバタ、ガタガタ……、
夏彦『オイ常彦、板、滝、手伝ひして呉れぬか。……ヤアどつか往きやがつたなア』
と窓を覗き、
『ヤア一生懸命に草をひいて居るワイ』
 半時ばかりかかつて大掃除を、吐血の起こつた様な騒ぎでやつてのけた。時を見計らひ悦子姫、音彦、五十子姫、ニコニコし乍ら、
音彦『ヤア俄に参りまして、エライ御雑作をかけました』
加米彦『ヤア有難う。斯う云ふ事が無ければ、モウ一月も経たぬ内に、此家は草の中に沈没する所でした。アハヽヽヽ』
音彦『身魂相応の御住宅で……』
悦子姫『オホヽヽヽ』
 茲に八つの笠の台は、畳の上に二列に並列した。悦子姫を始め一同は、互に久濶を叙し、打解話に時を移す。折しも門口に現はれ来る馬公、鹿公、
『モシモシ夏彦さま、馬、鹿の両人です。御注進に参りました』
と門口より呶鳴り込んだ。
夏彦『ヤア馬公に鹿公、よう帰つて来た。併し今日は奥に珍らしいお客さまだ。御主人公の紫姫さま始め青彦はどうなつた』
馬公『只今結構な生神さまの玉子を奉迎して、これへお帰りになります。どうぞ座敷を片付けて、充分清潔にして待つて居て呉れいとの、青彦さまの御命令、宙を飛んで御報告に参りました。やがて御入来になりませう』
夏彦『アーそれはそれは御苦労でした。マア一服して下さい』
とイソイソとして奥に入り、
『悦子姫様、只今紫姫様、青彦がこれへ帰つて来るそうで御座います』
悦子姫『アーそうだらう。床の間もよく掃除して御待受けを致しませう。キツと玉照姫様の御光来でせう』
夏彦『そんな事が御座いませうかなア。どうして又それが分りますか』
悦子姫『何事も英子姫様の御経綸、キツと今にお越しになります』
 斯く言ふ所へ、丹州を先頭に、お玉は玉照姫を恭しく捧持し、紫姫、青彦、お節の一行ゾロゾロと此一つ家に勢よく入り来る。加米彦、慌て飛んで出で、
加米彦『ヤア杏るより桃が安い。今日はモモだらけだ。モウモウ忙しうて忙しうて、嬉しいやら面白いやら、勇ましいやら、根つから、葉つから見当が取れなくなつた。改心致すとマサカの時に、嬉しうてキリキリ舞を致す身魂と、辛うてキリキリ舞致す身魂とが出来るぞよ……とは此事だ。サアサア皆さま、ズツと奥へ、キリキリ舞ひもつてお這入り下さいませ……ドツコイシヨのヤツトコシヨ…』
と面白い手つきをして踊つて居る。青彦、
青彦『コレコレ加米彦さま、早く玉照姫様を、悦子姫様に御紹介して下さい』
 悦子姫は奥より走り来り、恭しく拍手し、嬉し涙をタラタラと流し乍ら、
悦子姫『玉照姫様、よくもお越し下さいました。これで愈神政成就疑なし。アヽ有難し、辱なし』
と言つた限り、嬉し涙に暮れて、顔さへあげず泣きいる。
加米彦『これはこれは悦子姫の女王様、何を此芽出度い時に、メソメソお泣き遊ばすのだ。ヤツパリ女は女だなア。涙脆いと見えるワイ。アヽ矢張り俺も何だか泣きたくなつて来た、アンアンアン』
 青彦は歌ふ、
『神素盞嗚大神の  御言畏み曇りたる
 世を照さむと英子姫  神の仕組を奥山の
 心に深く包みつつ  隠して容易に弥仙山
 万代祝ふ亀彦を  伴ひ聖地を後にして
 国の栄えも豊彦が  娘のお玉に木花の
 姫の命の分霊  咲耶の姫を取り懸けて
 後白雲と帰り行く  心も春の山家道
 折こそよけれ悦子姫  音彦、加米彦、夏彦が
 川辺の木蔭に立寄りて  英子の姫の神界の
 それとはなしに秘事を  以心伝心語りつつ
 父に近江の竹生島  足を速めて出で給ふ。
 悦子の姫は急坂を  三人の男と諸共に
 辿りて、やうやう弥仙山  麓に建てる豊彦が
 賤の伏家に立寄りて  俄産婆の神業に
 思ひも寄らぬ貴の声  お玉の腹を藉つて出た
 玉照姫を取りあげて  イソイソ帰る世継王の
 山の麓に霊場を  卜して庵を結びつつ
 二人の男に留守をさせ  紫姫に何事か
 囁き合ひて右左り  悦子の姫は近江路へ
 紫姫や青彦は  馬、鹿二人を伴ひて
 西北指して進み行く  船岡山の山麓に
 かかる折しも夕闇を  透して聞ゆる叫び声
 青彦、馬、鹿三人は  声を尋ねて暗の路
 進む折しもウラナイの  道の教の滝、板が
 一人の女を引捉へ  松の古木に縛りつけ
 権謀術数の最中を  闇を幸ひ黒姫の
 声色使ふ鹿公が  早速の頓智、滝、板は
 おののき怖れ幽霊と  思ひ誤り谷底に
 スツテンコロリと転落し  腰骨打つてウンウンと
 闇に苦む憐れさよ  紫姫は三人の
 男にお節を守らせつ  進んで来る元伊勢の
 稜威の御前に参拝し  天津祝詞を奏上し
 神示を仰ぐ時もあれ  谷に聞ゆる言霊の
 怪しき響に青彦は  紫姫を伴ひて
 剣先山の深谷を  尋ねて行けば、こは如何に
 顔色黒き黒姫が  二人の男と諸共に
 一心不乱に水垢離  其熱烈な信仰に
 何れも肝を冷しつつ  紫姫や青彦は
 何か心に諾きつ  俄に変るウラナイの
 神の教の宣伝使  馬公、鹿公諸共に
 魔窟ケ原に築きたる  黒姫館に出て行く
 高山彦や黒姫は  相好崩してニコニコと
 忽ち変る地蔵顔  勝ち誇りたる会心の
 笑にあたりの雰囲気は  乾燥無味の岩窟も
 忽ち春の花咲いて  飲めよ騒げの賑はしさ
 大洪水の氾濫し  堤防崩した如くなる
 乱痴気騒ぎの最中に  阿修羅の如き勢で
 現はれ来る常彦が  滝公板公伴ひて
 青彦さまが胸の内  知らぬが仏の黒姫や
 折柄来れる高姫に  喰つてかかつた可笑しさよ
 可哀相とは知り乍ら  時を繕ふ青彦が
 早速の頓智、棍棒を  打ち振り打ち振り常彦が
 体を目がけて滅多打  地蟹の様に泡吹いて
 涙を流す滝公や  痛々しげに板公が
 雲を霞と逃て行く  この振舞に高姫や
 道に迷うた黒姫が  始めてヤツと気を許し
 紫姫や青彦に  大事の大事の宝物
 玉照姫の人質を  何の気もなく吾々に
 渡して呉れた其お蔭  綾彦、お民を伴ひて
 心イソイソ山坂を  右に左に飛び越えつ
 於与岐の里の豊彦が  館に到りいろいろと
 一伍一什を物語る  紫姫の言霊に
 豊彦夫婦は雀踊りし  お玉を添へて玉照の
 姫の命の貴の御子  一も二もなく奉る
 大願成就、大勝利  長居は恐れ又御意の
 変らぬ内に帰らむと  丹州、お玉に送られて
 イヨイヨ聖地に来て見れば  思ひかけぬは悦子姫
 科戸の風の音彦や  心いそいそ五十子姫
 並ぶ五月の雛祭  悠々然と構へ居る
 此方の隅を眺むれば  常に変つた常彦が
 むつかしい顔の紐を解き  滝公、板公従へて
 坐つて御座る勇ましさ  剽軽者の加米彦が
 主人の留守を幸ひに  なまくら、したる其酬ゐ
 捻鉢巻に尻からげ  庭を掃くやら采払ひ
 そこらバタバタ叩くやら  戸口の外を眺むれば
 蛙や蛇の巣窟と  なつた庭をば滝、板の
 二人は忽ち頬かぶり  汗をタラタラ流しつつ
 狼狽へ騒ぐ草むしり  蓬ケ原を掻き分けて
 黄金花咲く今日の空  黄金の峰に現はれし
 木花姫の分霊  咲耶の姫の再来と
 仰ぐ玉照姫の神  迎へ奉りて三五の
 教を守る元津神  国武彦の隠れます
 世継王山の表口  朝日輝く夕日照る
 これの聖地に永久に  鎮まり居まして常闇の
 天の岩戸を開きます  ミロクの御代の礎と
 寿ぎまつる今日の空  壬戌の閏五月
 五日の宵の此仕組  イツカは晴れて松の世の
 栄を見るぞ目出度けれ  アヽ惟神々々
 御霊幸はへましませよ』
と青彦は声も涼しく謡ひ終りぬ。十八バムの仮名に因みし松の神代の物語、松竹梅と祝ひ納むる。
(大正一一・四・二八 旧四・二 松村真澄録)
(昭和一〇・六・三 王仁校正)
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