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文献名1霊界物語 第19巻 如意宝珠 午の巻
文献名2第4篇 地異天変よみ(新仮名遣い)ちいてんぺん
文献名3第13章 混線〔658〕よみ(新仮名遣い)こんせん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2021-04-11 19:16:50
あらすじ
ウラル教の宣伝使、テルヂーとコロンボは、自転倒島の大原山山麓を、月の光を浴びながら歩いていた。

すると傍らの森に怪しい人声がする。耳を済ませると、それはバラモン教の谷丸、鬼丸だった。谷丸と鬼丸は、高熊山の言照姫が産んだという玉照彦を奪って来たのであった。二人は玉照彦を使って、バラモン教の再興をしようと企んでいた。

テルヂーは夜道の途上で老木の上から天狗の声色を使って、谷丸と鬼丸を驚かして、玉照彦を奪おうと画策した。テルヂーは木に登り、コロンボは路傍の枯れ草の中に身を潜めた。

谷丸と鬼丸は、まさかの時にはばらばらに逃げて、天狗岩で落ち合おうと決めた。谷丸と鬼丸が老木の下にやってくると、テルヂーは樹上から天狗の声色を使って怒鳴りつけた。

鬼丸はおびえて天狗に詫びを言い始めるが、谷丸はまったく恐れず、逆に天狗を怒鳴りつけて、降りてくるようにと言い放つ。

谷丸の勢いに恐れたコロンボは、谷丸に詫び言を言う。谷丸は、それを鬼丸の副守護神だと勘違いする。そこへ、テルヂーが足を踏み外して樹上から落ち、物凄い音を立てた。

下にいた三人は驚いて、それぞれ逃げて行った。谷丸と鬼丸は、天狗岩を目指したが、テルヂーとコロンボの落ち合い場所も、同じ天狗岩だった。

コロンボが最初に天狗岩にたどり着いて待っていると、白いものを抱えた人影がやってきた。コロンボは、テルヂーが玉照彦を奪ってやって来たと勘違いして声をかけるが、それは谷丸だった。

谷丸はてっきり、声を掛けてきたのは鬼丸だと思って、二人は会話するが、それぞれ誤解したまま話がかみ合ってしまい、二人は互いに別人と話していることに気がつかない。

一方、鬼丸は天狗岩に来る途中に、路傍の岩に腰を掛けて休んでいると、下から駆け上がってくる人影がある。鬼丸はてっきり、谷丸だと思って声を掛けたが、これがテルヂーだった。二人はてっきりお互いに相棒だと思って声を掛け合うが、このとき満月が雲を別けて、皓皓と辺りを照らした。

テルヂーと鬼丸は、互いに名乗りあい、テルヂーは計画の一部始終を明かした。鬼丸は、バラモン教とウラナイ教の同盟軍を作って三五教に対抗しよう、と提案し、テルヂーを天狗岩に連れて来た。

谷丸は、玉照彦を苦労して奉迎したのは自分たちだ、と提携を断るが、よくよく見ると自分が抱えていたのは、玉照彦じゃなくて石だったとわかった。四人はそれぞれ、玉照彦を探し出して自分の陣営に迎えようと、元来た道を走り出した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年05月09日(旧04月13日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年2月28日 愛善世界社版213頁 八幡書店版第4輯 109頁 修補版 校定版217頁 普及版99頁 初版 ページ備考
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本文  月照りわたる御空より  まばらの雪はちらちらと
 恥かしさうに降つて来る  樹木茂れる木下闇
 ウラル教の宣伝使  テルヂー、コロンボの両人は
 常世の国を後に見て  ウラルの道を開かむと
 海河山野を打渡り  自転倒島に来て見れば
 遥の空に紫の  雲立ち昇る怪しさに
 是れぞ正しく真人の  出現ならむ兎も角も
 雲を目当てに行き見むと  高熊山の峰伝ひ
 大原山の山麓に  月の光を浴び乍ら
 二人テクテク進み来る。
 片方の森に怪しき人の声、何事ならむと両人は、差し足、抜き足、摺寄つて、声の出処を窺ひ居る。
谷丸『オイ、鬼丸、御苦労だつたなア。鬼雲彦の御大将は、三五教の宣伝使に撃退され、続いて鬼ケ城に堅城鉄壁を構へ、天下を席巻せむとして居た鬼熊別の副将も亦、アヽ云ふ悲惨な態になつて、フサの国に逃げ帰り、振り残された吾々は、鳥の翼を取られたやうな悲境に沈淪し、何とかしてモウ一度、大江山、鬼ケ城を回復し、吾々両人は両山に立て籠り、再び堂々と陣取り、以前の隆盛に復活せむと、千辛万苦の結果漸く目的を達し、斯うして高熊山の言照姫が産んだとか云ふ玉照彦の神様をお迎へした以上は、何程三五教だつて、どうする事も出来まい。ウラナイ教の高姫や黒姫の奴が一生懸命に骨を居つて、その結果三五教に肝腎の玉照姫を横奪され、今の所ではウラナイ教も追々と凋落の風が吹いて来よつたぢやないか。それに引替へ三五教は、玉照姫の神力で、あの通りの隆盛だ。吾々の奉ずるバラモン教も、玉照彦さへ手に入らば、三五教もウラナイ教も、唯一蹴の下に滅ぼして了ふのだが、到底大将があんな事になつたのだから、どうする事も出来やしない。併し乍ら吾々は仮令鬼雲彦、鬼熊別の大将が屁古垂れても誠の神さまは決して屁古垂れないのだから、一人になつても此道を立てねば置かぬと思つて居たが、待てば海路の風が吹くとやら、今日は本当に結構な日だつたネー。それに就てもお前に随分骨を折らしたものだ』
鬼丸『谷丸の哥兄、別に俺にそう礼を言ふには及ばぬぢやないか。お前の働きつたら、実に華々しいものだつた。山口の来勿止まで行つた時は、来勿止神が沢山の手下を引連れ、固く守つて居る。俺はモウ此難関をどうして突破しようと心配でならなかつた、その時お前は来勿止神に向つて、強硬な談判をやつたお蔭で、ヤツと其場を通過し高熊山の麓まで泳ぎつく様にして駆けつけて、ヤアこれでこつちのものだと安心して居る最中へ、神国守の神が国依姫とか云ふ女房を連れて其場に現はれ、俺達を睨んだ時の其形相の凄じさ、今思つてもゾツとするよ』
谷丸『併し乍らイロイロと得意の弁舌を以て、此関所をウマく切り抜け、両人が岩窟の前に行つた所、目的物の言照姫も玉照彦さまも、お姿は見えず、イロイロと岩窟内を探険する最中、赤児の泣き声が耳に這入つた時の嬉しさ、臍の緒切つてから、あの時位愉快な事はなかつたなア』
鬼丸『お蔭で玉照彦様は奉迎して帰つたが、女神の様な立派なお姿の母親と聞いて居た言照姫は、皆目影を見せなかつたぢやないか』
谷丸『吾々の威勢に恐れて遁走して了つたのだ。併し腹は借り物、玉照彦様の蝉の脱殻も同然だ。肝腎の本尊を手に入れて帰つたのだから、言照姫なんかどうでも良いぢやないか』
と玉照彦を大切に傍に休ませ乍ら、一方に窺ふ人有りとも知らず、嬉しさの余り声高々と囁いて居る。此方の木蔭に身を潜めた二人、
コロンボ『コレ、テルヂーよ、遥々と常世の国からやつて来て功名を現はし、ウラル教を昔の勢に回復しようと思つたのに、バラモン教の奴に先を越されて詰らぬぢやないか。何とかして此方の方へボツたくる手段はあるまいかなア』
テルヂー『さうじやなア、向ふはどうやら二人らしい。此方もヤツパリ二人だ。何とかして、一つ脅かし、玉照彦様をウマく手に入れる工夫を廻らさねばなるまい。現在五六間眼の前に、肝腎の玉が輝いて居るのだから、成功不成功は後の問題として、吾々としては此儘帰る事は出来ないなア』
コロンボ『併し今の彼奴の話で聞けば、来勿止神が沢山な部下を連れて、厳守して居た山口の関所も、モ一つ奥の神国守の関所も、巧く突破した位な奴だから、中々力の強い奴に違ひないぞ。吾々の様に長途の旅で疲労れきつた肉弾を以て打向ふた所で到底駄目だ。何とか奇計を廻らすより仕方がない。……オイ、テルヂーの哥兄お前何か良い考へは湧いて来ぬかなア』
テルヂー『何れ此路を通つて帰るのだから、中途に待ち受けて、何とかやらうぢやないか。あまりヒソビソ話をやつて居て、敵に悟られては一大事だ。サア俺に随いて来い』
と足音を忍ばせ、腰を屈め、這ふ様にして此場を後に、元来し道へ引返し、堺峠の山麓に帰り着いた。
テルヂー『何時バラモン教の奴が帰つて来るか知れないから、早く計略をめぐらさねばならぬ、俺は此老木に攀登り、松の枝をザアザアと揺つて、天狗の声色を使ふから、貴様は灌木の茂みに身を隠し、二人連れの奴がビツクリして腰を抜かした隙を考へ、玉照彦さまをソツと抱きあげ、堺峠の天狗岩の側まで逃げて呉れ、そうすれば成功屹度疑無しだ』
コロンボ『兄貴の計画も一寸聞くと面白いが、しかし当事と牛のオモガイは先から外れるとか云つて、危ない芸当だなア、罷り違へば高い木の上から滑走して、腰を抜くか、脚の骨を折る位が結末かも知れないよ』
テルヂー『エヽまだ松の木に登らぬ間から、落ちるの、落ちぬのつて、せうもない事言ふな。俺の計略に一つとして今迄欠点があつたかい』
コロンボ『天道様の弔ひだ、空葬だ』
テルヂー『エー又怪体の悪い事を云ふ奴だ。これから高い木へ登らうと思つて居るのに、空葬だなんて、又しても縁起の悪いことを言ふ奴だなア。併しながら、何時帰つて来るか知れない。早く計画に取りかからう。…………俺は貴様に妙な言霊を使はれたから、今日は遠慮して置く。罰金として貴様が木登り役だ。うまく天狗の言霊を使ふのだよ』
コロンボ『兄貴、俺の木登りの拙劣なのは、常から能く知つて居るぢやないか。そんな事言はずに、お前上役だから、ヤツパリ上の役をして呉れ。俺は下役を務める。こんな挽臼の様な重たい体で木登りをして踏み外し、地上へスツテンコロンボーとやつては、それこそ大変だ。サアサア一イ二ウ三ツだ』
テルヂー『エー仕方がない。勇将の下に弱卒有り。これも俺の型が悪いのだ』
と猿の如く、大木の幹をかかへて、樹上高く駆登つた。
コロンボ『オーイ、兄貴、どこに居るのだ』
テルヂー『馬鹿ツ、大きな声で物を言うと、そこいらへ近寄つて来る二人の奴に聞えると大変だぞ。チツと静かにせぬかい』
コロンボ『併し作戦計画を、俺に充分教へて置かないものだから、どう方針を採つたら良いかサツパリ暗雲だ』
テルヂー『暗雲だから結構だ。幸ひ雪雲の空、円いお月さまも見えず、ボンヤリと其処らが暗いので、此芸当がうてるのだ。グヅグヅして居ると発覚するぞ。モウ良い加減沈黙せい』
コロンボ『アヽさぶしい事だ。なんだ白い手を出して招いて居やがるぞ。いやらしい事だなア……………オイ何だか厭らしい奴が、細い白い手を出して、俺を招いて居るワイ。俺も何とかして兄貴の側へ登つて行かうかなア』
テルヂー『エー臆病者の、気の利かぬ奴つたら仕方がない。俺の側に居れば随分強さうな事を言ひ、立派な智慧も出しやがる癖に、一人になると直ぐ怖けやがつて……グヅグヅ言うてると帰つて来るぞ。白い手を出して招く様に見えたのは、それは枯尾花だ。昔から……幽霊の正体見たり枯尾花……と云ふ事がある。チツと臍下丹田に魂を据ゑて……千騎一騎の場合だ。奮闘して呉れないと困るぢやないか』
コロンボ『エー仕方がない。木の茂みへ隠れて居らうかなア』
とコワゴワ枯尾花の中に身を隠し慄うて居る。斯かる所へ鬼丸、谷丸の両人は、玉照彦を恭しく抱き乍ら進み来り、
鬼丸『オイ谷丸、何だか妙な声がして居たぢやないか。三五教の奴が吾々の行動を探知し、玉照彦様を横領に来たのぢやありますまいか』
谷丸『そうだ、人間の声らしかつた。一人や二人来たつて構はぬが、大勢だと一寸面倒だ、此方は玉照彦様をお守りせにやならず、さうすれば、敵に向つて奮闘する者は唯の一人だ。そつと……失礼だが……玉照彦様に此叢に御休息を願つて、二人で様子を考へる事にしようではないか』
鬼丸『それでも、玉照彦様がホギヤア ホギヤアとでも仰有らうものなら大変だぞ』
谷丸『玉照彦様、誠に申訳が御座いませぬが、一寸暫くの間此処にお休み下さいませ。必ず必ず御声をお発てにならない様にお願ひ致します』
と恭しく蓑を敷き、其上に笠を蔽ひ、木の枝を折つて載せ、
谷丸『サアもう是れで大丈夫だ。事急なれば、一時逃げる事にせなくてはならぬが、両人が此山中で散り散りバラバラになつて了つては困るから、落ち着く所を定めて置かう。………堺峠の天狗岩の前だぞ。良いか………』
鬼丸『ハイハイ承知致しました』
 両人は四辺を窺ひ乍ら、ノソ……ノソと握り拳を固めて、大木の下に進んで来た。コロンボは草の中から樹上を眺め、妙な声を出し、
コロンボ『イ………マ………ジヤ………』
谷丸『ヤア何だか妙な声がするぞ。鹿でもなし、虫でもなし、鳥の声でもなし、怪体な亡国的悲調を帯びた、奇声怪音だないか』
鬼丸『イ……ヤ……ラ……シイ………』
谷丸『オイ鬼丸、貴様までが、イ……なんて、何を言ふのだ。シツカリせんかい。俺が附いて居る以上は、百万人力ぢや。シツカリ胴を据ゑるのだぞ』
 忽ち樹上より、
『ザア ザア ザア、ウーツ、其方は大江山の悪神の残党であらうがな。不都合千万な、高熊山の神山に立ち入り玉照彦様を奪つて帰る横道者、今高熊山の大天狗が汝の素ツ首引抜き、股から裂いて松の木の枝に懸けてやらう。それが叶はぬとあれば今其方が懐に抱いて居る玉照彦様を、此木の下にソツとおろし一時も早く此場を立去れツ』
谷丸『何だ、怪体な天狗も有れば有るものぢやないか。天狗と云ふ奴は、千里向うの事でも知つとる筈だ。玉照彦様を懐からソツと出せと吐しやがる。此奴ア木葉天狗か野天狗だらう。………ヤイ樹上の野天狗、木葉天狗、馬鹿な真似を致すと、此方が反対に股から引裂いてやらうか』
鬼丸『モシモシ谷丸さま、そんな途方もない事を言ふものぢや有りませぬ。こんな大木に棲まつて御座る天狗に、相手になつて堪りますか………モシモシ樹上の天狗様、私の大将は一寸酒に酔うて居りますから、どうぞ御見のがし下さいませ。これは酒が言つたので御座います』
谷丸『エー何をゴテゴテ言ふのだ。……オイ樹上の天狗、シツカリ聞け、吾れこそはバラモン教の大棟梁鬼雲彦が懐刀と綽名を取つた谷丸ぢやぞツ。野天狗の千疋万疋は此方に取つては河童のこいた屁程にも感じないのだ。サア早く木から下りて来て此方の前に謝罪を致さぬか』
 樹上又もや、
『ザワザワザワ、ウ………ツ』
鬼丸『モシモシ天狗様、どうぞ赦して下さいませ』
 草の中よりコロンボは、
コロンボ『モシモシ谷丸さま、どうぞ生命ばかりはお助け下さいませ。序に天狗も助けてやつて下さい、アンアンアン』
谷丸『ヤア何だ。鬼丸、貴様余程怖いと見えるな。副守の奴、貴様の体から飛び出しやがつたと見えて、萱の中に隠れて、見つともない、泣いて居るぢやないか』
鬼丸『こんな恐ろしい、魂飛び魄消えると云ふ様な目に会うたのだもの、副守護神も飛び出しませうかい。モウモウどうぞ我を出さぬ様にお鎮まり下さいませ。あなたの副守護神も随分乱暴です。どうぞ副守護神さま、お静まりを願ひます。………コレ此通り手を合して拝みます。アンアンアン』
コロンボ『オンオンオン』
とソロソロ勢が付いたと見えて、狼泣きを始めたり。
鬼丸『アーア上には天狗、下には狼、コラまア、どうしたら宜からうかなア』
 この時テルヂーは、どうした機みか、足踏み外し、風を切つて『ズーズドン』と真逆様に落ち来りぬ。鬼丸は『キヤツ』と云つて腰を抜かす。谷丸は一生懸命、此光景に面喰つたか、もと来し道に引返し、玉照彦を引抱へ、天狗岩指して茨茂れる密林を、遮二無二掻き分けて行く。コロンボは、
『生命あつての物種、予ての約束天狗岩だ。兄貴、後から続けツ』
と言葉を残し、一生懸命に駆出す。
鬼丸『アーア何だ、天狗の奴、木から落ちて目を暈して居やがるな。ヤアこれでヤツと安心した。………ヨウ腰が抜けたと思へば、まだ腰抜けの未成品だ。天狗岩さして一散走りだ』
と又も駆出す。
テルヂー『アーア、あまり下の活劇が面白いので、枝の端へ行つて、一生懸命に覗いて居つたら、何時の間にか、斯んな所へ墜落して居る。一寸……コラ目を暈して居たと見えるワイ。…………オイ、コロンボ、俺だ俺だ……ヤア、コロンボの奴天狗岩へ行きよつたと見える。……ドーレ彼奴を捜索旁行つてやらうかなア。それにしてもバラモン教の奴等、俺達の目をまはしとる間に、巧く関所を通過しよつたと見える……エー残念だが仕方がない』
と地団駄を踏みつつ、叢の中を峠の上の天狗岩さして、又もや登り行く。コロンボは漸くにして、朧月夜を便りに、目的の天狗岩の傍に登り着いた。樹木繁茂して暗く、岩のみ白く闇に浮き出て居る。
コロンボ『アヽこれが目的の天狗岩だ、名高い割には見映えのせぬ巨岩だなア。併し乍ら俄天狗のテルヂーは、どうしとるだらうか。本当に、偉い奴が来やがつて、反対に荒胆を取つて了ひよつた。スツテの事で睾丸の洋行する所だつた。……アーア早く来て呉れれば好いのに……寂しい事だ。……そうして玉照彦様はウマく手に入つたか知らぬテ』
と一人呟いて居る。其処へノソノソと白い物を抱へてやつて来た一人の男、
コロンボ『ヤアうまく玉照彦様が手に入つて結構でした。私は大変に心配致しました』
谷丸『なんだ、お前は声まで嗄らして居るぢやないか。胴の据わらぬ奴ぢやなア。……玉照彦様を渡して堪るものかい。此通りチヤンと懐に奉按して居るのだ』
コロンボ『それはそれは結構でした。流石大将だけありますワイ』
谷丸『定つた事だよ。貴様の様に泣声を出して慄うとるのはチツと違ふのだから』
コロンボ『併し天狗の失敗はどうでした。別状は有りませぬかい』
谷丸『ウン天狗の失敗か。彼奴ア一寸乙だつた。併し乍ら肝腎の玉照彦さまに別状は無いのだから、マア安心せい』
コロンボ『ハイ有難う御座います。………あなたもチツトお声がどうかなさいましたなア』
谷丸『ウンあまり俄の出来事で、一寸面喰つたものだから、どうで声も変らうかい。三五教の奴が鵜の目鷹の目で考へて居るのだから、チツとも油断は出来ないぞ』
コロンボ『御尤もです。ヤツパリ哥兄は哥兄だ。何から何まで抜目が有りませぬなア』
谷丸『定つた事だよ』
 話かはつてテルヂーは、峠の七八合目まで登り着き、路傍の岩に腰打掛け息を休めて居る。そこへ鼻息荒く上つて来た一人の男、
男『ヤア哥兄、イヤ参謀長、玉照彦はどうだつた。うまくいきましたかな』
テルヂー『貴様が卑怯な、下の方から泣き声を出しよるものだから、到頭目的物をシテやられて了つたのだ。エー仕方のない腰抜だナア』
鬼丸『腰が一時抜けたと思つた丈で、ヤツパリ腰はもとの通り大丈夫ですよ。其点は必ず必ず心配して下さるな。併し折角此処まで仕組んだ玉照彦さまを取逃すとは残念な事だ。そうだから上役面をして高上りをするものぢやないと、何時も言うのですがなア』
テルヂー『貴様さう言つたつて、ヤツパリ上役の務めが出来やせうまいがな。マアマア生命丈拾つたら結構だと思つて諦めるのだなア』
 此時雪雲を分けて十六夜の満月は、明皎々と二人の顔を照したまふ。
テルヂー『ヤア貴様はコロンボぢやないのか』
鬼丸『ヤア貴様は谷丸ぢやないのか』
テルヂー『ウン進退維れ谷丸ぢや。何程月はテルヂーでも、吾々の心は真暗闇だ。暗闇紛れに頭と尻を、何時の間にか取つ換へて了つたらしい』
鬼丸『そんな事仰有つても、私は頭からシリませぬワイ、アハヽヽハア』
テルヂー『ヤア貴様はバラモン教の奴だなア。貴様の大将はどうしたのだい』
鬼丸『サツパリ婆羅門だ。笠が古くなれば新しいのと換へたら好いのだ。お前、俺の大将になつて呉れないか。こんな山路で一人になつちや心寂しくつて仕方がない』
テルヂー『ウン、なつてやらぬ事もない。頭許りで歩く訳にも行かず。………俺も大切な足をどつかの谷底へコロンボーして了つたので困つて居るのだ。合うたり叶うたり。サアこれから仲善うして行くのだぞ。此俄天狗に従いて来い。貴様は小天狗にしてやらう』
鬼丸『さうすると、お前は松の木から墜落した天狗だな。………ヤアもう解約致しませう。アタ恐ろしい、天狗と主従の縁を結ぶなんて、どんな祟りが来るか知れたものぢやない』
テルヂー『アハヽヽヽ、実の処、貴様達両人、うまい事をやりよつて、大原山麓の木蔭で、玉照彦さまを手に入れた自慢話をやつて居つたのを、俺達両人がソツと拝聴して、……此奴一つ計略を以て横奪せむものと、俺の家来のコロンボと云ふ奴を、樹下の薄原に忍ばせ、俺は松の木の上に登つて、天狗の声色を使ひ、貴様等両人を嚇かして目的を達しようと、一幕の芝居を行つて見た処、貴様の大将谷丸が、非常に剛腹な奴で、此天狗も策の施す所が無かつたのだ。実際は俺も横目立つ鼻の人間だ、疑ふなら俺の鼻を見い。一割低い鼻だらう』
鬼丸『アハー、それでヤツと安心しました。モウ斯うなれば、神さまの道は元は一株、ウラル教とバラモン教の同盟軍を作り、玉照彦様の行衛を尋ね、三五教に一泡吹かせてやりませうかい』
テルヂー『それも宜からう。併し肝腎の時になつて、俺達に素ツ破抜きを喰はさぬやうにして呉れよ』
鬼丸『それは三五教ぢやないが、刹那心ですよ。何時神界の御都合で、どうなるやら予測す可からざるが、吾々神に仕ふる宣伝使の境遇、其時はマア其時、兎も角玉照彦様の行衛を協心戮力捜査する事に致しませう。私は是れから一寸、天狗岩まで往つて来ねばなりませぬ。約束があるのですから……併し天狗岩は本当の天狗が出よつたら困るから…
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