竜国別、テーリスタン、カーリンスは謹厳を装って鏡の池の前で祈願していた。そこへヒルの国のテーナの里の酋長・アールの一行がやってきた。アールは祈願する三人の姿を見て感じ入り、自らも輿を降りて鏡の池の前に向かい拝跪し合掌した。
岩窟の中よりど拍子の抜けた声で、月照彦神を名乗る託宣が響いた。託宣は、アールに国玉依別命という名を与えた。託宣は、黄金の玉を竜国別を通じて献上せよと命じた。
竜国別はテーリスタンとカーリンスに命じて、玉を受け取らせたが、二人は足元に躓いて、鏡の池の中へ箱を落としてしまった。二人は慌てて池の中に飛び込んだ。
しかし玉の箱は二人が池に飛び込んだはずみで岩窟の奥の鷹依姫の前に飛び出した。鷹依姫は参拝の人々がいるのも忘れて玉の箱を抱えて岩窟の外に出てきてしまった。竜国別は鷹依姫に注意を促したが、鷹依姫は玉が手に入った以上はもういいと言う。
酋長のアールは鷹依姫が岩窟から出てきたのを見て、神様がお姿を現してくださったと想って感じ入り、鷹依姫に丁重に喜びの意を表した。鷹依姫はにわかに荘厳な口調にて、一同にアリナの滝で一昼夜禊をなすように言い渡した。
酋長一行が滝に向かった後、鷹依姫は箱を開けて中を見てみれば、中には金色燦然と輝く玉が入っていた。黒姫が持っていた玉に比べてやや小さいように感じたが、気のせいと思い直して、これを聖地に持って帰ることとした。
竜国別の思いつきで、これまで集めた玉の中からもっとも勝れたものを取ってそこに月照彦神様の御魂をうつして酋長夫婦にその玉を守る神司を命じ、そして自分たちは神の眷属として天上に帰った、という書置きを残すことにした。
一行は鏡の池に天津祝詞を奏上して酋長たちのために祈願をこらし、闇に紛れてその場を離れ、宇都の国の櫟が原という平原にたどり着いた。
次の日、酋長たちは禊を終えて鏡の池に来てみると、庵の中に自分たちが献上した玉箱が置かれ、書置きが残してあった。酋長夫婦は書置きの文句を固く信じ、酋長は国玉依別命、妻は玉竜姫命となって、鏡の池の神司を引き継ぐこととなった。
夫婦の祈願によって、相当の御神徳を頂く者が増えてきたことにより、それほど広くない鏡の池のあたりは、参拝の信者たちで雑踏をきたすことになった。やむを得ず数多の信者の協議の上、谷から谷へ橋を渡し、橋の上に高大な八尋殿を作った。
国玉依別命夫婦が神主となって神前に使え、三五教の教えを日夜宣伝した。これを懸橋の御殿と称えられることになった。
あるときから、丑満のころに神殿に怪しい物音が聞こえてくることを不審に思い、国玉依別夫婦は神前に端座して、正体を調べようと待っていた。神殿の床下から怪しい煙が立ち上り、蛸のような禿頭の不細工な神が現れて、玉を納めた輿の周りを廻っている。
国玉依別命は怪しい神に向かって毅然として誰何した。神は、自分は狭依彦の霊体であると告げ、以前の鏡の池の司たちは鷹依姫たちであり、策略によって国玉依別命から黄金の玉を奪い取って瑪瑙の玉とすり替えたのだ、と真実を告げた。
国玉依別命は、月照彦神の御神霊が宿られていることが大切なので、形ばかりの黄金の玉は惜しくないと告げた。狭依彦は、国玉依別命夫婦の真心に感じたと告げ、この神前に幽仕して神業を助けようと約束した。
夫婦は狭依彦の御魂を祀るべく鏡の池のほとりに宮を作って朝夕奉仕することになった。懸橋の御殿は月照彦神、狭依彦命、国魂神の威徳によって光輝を放ち、国玉依別命夫婦の盛名は高砂島に隈なく喧伝されることになった。
ちなみに、竜国別一行が高砂島を目指したのは、鷹依姫の神懸りを信じたためである。帰神への迷信は慎むべきである。しかしながら、これによって思いもかけず海外宣伝がなされたことは、神慮と言うべきである。