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文献名1霊界物語 第30巻 海洋万里 巳の巻
文献名2第3篇 神縁微妙よみ(新仮名遣い)しんえんびみょう
文献名3第9章 醜の言霊〔851〕よみ(新仮名遣い)しこのことたま
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-01-21 18:12:06
あらすじ
テル高山の幾百千の谷から流れてくる水が集まる巽の池は、底知らずの池と唱えられ、ときどき風もないのに池のここかしこに波が逆巻き水煙が天に沖するという尋常ならざる場所であった。

一行が池に近づくと、にわかに天はかき曇り、波の音は轟然として身の毛もよだつばかりとなってきた。末子姫は石熊に向かい、ここに来るまでにカールから周到な注意があったが、いったん許した限りは大蛇退治の大役を取り消すわけにはいかないと、言霊戦の開始を促した。

石熊は真っ青になり、唇を震わせて弱音を吐き、辞退を申し出た。末子姫は姿勢をただし、荘重な口調にて石熊を叱り活を入れた。石熊はぜひなく頭を掻いて大役を了承した。カールは石熊をからかうが、末子姫に一喝されて口を閉じた。

石熊は池の面をじっと見つめると、大蛇を帰順させるための言霊歌を歌い始めた。石熊の歌は自分の強さや偉大さを前面に押し出し、自らの言霊に大蛇をまつろわせようとするものであった。

しかし雲はますます舞い下がり、水面は波高く、雨はつぶてのように池の面に降り注いでいた。カールは石熊の言霊が威力を表さないことをからかった。石熊は心中不安に思いながら、空元気をつけている。

末子姫は石熊に、宣り直しを促した。石熊は早くも末子姫に助けを求めている。末子姫とカールに活を入れられて、石熊は再び言霊を宣りはじめたが、池の波はますます激しく、筆舌に尽くしがたいほどになってきた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月15日(旧06月23日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版109頁 八幡書店版第5輯 611頁 修補版 校定版117頁 普及版42頁 初版 ページ備考
OBC rm3009
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本文  テル高山の百谷千谷より流れ集まる巽の大池は、紺碧の波を湛へ、底知らずの池と称へられ、時々風もなきに、池中の此処彼処に、波の円を画き、鯨が潮を吐く如き水煙、天に沖する凄じさ、普通の池にあらざる事は之を見ても知らるるのである。
 末子姫の一行は漸くにして、少しく街道を右に取り問題の巽の池の畔に着いた。今迄晃々と輝き玉ひし天津日の神は黒雲に包まれ、雲は次第に濃厚の度を増し、追々低下して暗の帳は池の近辺に下つて来た。形勢容易ならざる恐怖と暗澹の幕は下りた。波の音は轟然として、百雷の一時に轟く如く、身の毛もよだつ計りである。末子姫は言葉静かに石熊に向ひ、
末子『石熊さま、ここへ参る途中に於て、カールさまの周到なる御注意が御座いました。されど妾が口より一旦許した以上は取消す訳には参りませぬ。又あなたも折角の希望を中途に放棄遊ばすのも、御無念でせう。サアどうぞあなた、先陣を勤めて下さいませ』
 石熊は真青になり、唇をビリビリ慄はせ、歯をガチガチと鳴らせ乍ら、
石熊『ハイ、アヽ有難う存じます。実の所はさう思ひましたけれど、途中に於てカールさまの御意見を承はり、如何にもまだ身魂の研けない吾々、立派な宣伝使さまを差おき、先陣の功を贏ち得ようなどとは、以ての外の不心得で御座いました。どうぞ是計りは御取消しを御願ひ申します』
と半泣きになつて断つて居る。末子姫は可笑しさを怺へ、ワザと姿勢を正し、言葉も荘重に、
末子『石熊さま!宣伝使の言葉に取消は御座いませぬ。三五教には難を見て退却すると云ふ事は御座いませぬ。又初一念を貫徹するのは、男子たる者の本分で御座いませう』
とまだ歳若き、花なれば莟の末子姫にきめつけられ、返す言葉もなく、頭を掻き乍ら、
石熊『ハイ……左様ならば仰せに従ひ、言霊を……ハヽ発射致しませう』
カール『アハヽヽヽ、面白い面白い、石熊さまの抜群の功名、ドレ中立地帯に身を置いて、今日の戦闘を観戦致しませう……石熊さま!シツカリ頼みますよ。胴を据えてお掛りなさい、腹帯もシツカリ締めて居なさらぬと、産後は逆上の虞がありますから、取上げ婆アでも呼んで来ませうか、モルヒネ注射の用意でもしておきませうかなア アハヽヽヽ』
末子『コレ、カールさま!暫く御控えなされませ』
カール『ハイ、キツと謹慎致します』
捨子『大分に大蛇の方も戦闘準備が調ふたと見えまして、黒雲四辺を包み、荒波立さわぎ、大粒の雨はパラパラやつて来ました。第一此雲を打払ひ、言霊によつて雨を止め次で大蛇の帰順と云ふ段取に願ひます』
石熊『ハイ、そんなら取つときの勇気を放り出して、一つ奮戦激闘致して見ませう』
と轟く胸をジツと鎮め、大蛇の帰順歌を歌ひ始めたり。
『巽の池に潜みたる  醜の大蛇よ能つく聞け
 今は昨日の俺でない  乾の池に巣を構へ
 貴様の牡が滝の上  俺の水行を睨めつけて
 野心を企んで居りよつた  バラモン教の神司
 心も固き石熊は  腕節までも固いぞよ
 大蛇の奴が口あけて  でかい目玉を剥き乍ら
 猪口才千万一呑みと  狙つてゐよる可笑しさよ
 直立不動の姿勢にて  大蛇も出て来い鬼も来い
 仮令千匹万匹一度に出で来り  俺に向つて攻め来共
 何をか恐れむ高照山の  流れも清き谷あひに
 教の館を広く建て  教主の君と仰がれた
 天下無双の豪傑ぞ  バラモン教の司さへ
 是丈勇気が有るものを  此世を造り固めたる
 三五教の主宰神  国治立大神の
 珍の御弟子となつた俺  瑞の御霊と現れませる
 神素盞嗚大神の  珍の御子の末子姫
 言霊すぐれさせ玉ふ  貴きお方の弟子となり
 只今茲に向うたり  昨日も強く出たけれど
 今日は一層強いぞや  神力無双の石熊が
 天の沼矛を振りまはし  宣る言霊を味はひて
 早く兜を脱ぐがよい  神が表に現はれて
 善神邪神を立わける  悪の企みは何時までも
 続きはせないと心得て  お前も心を立直し
 早く解脱をするがよい  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましまして  大蛇の魔術に包みたる
 八重の黒雲打払ひ  礫の様な此雨を
 早く晴らさせ玉へかし  三五教の宣伝使
 心も体も石熊が  鉄石心を発揮して
 大慈大悲の大神の  恵に救ひ与へむと
 いよいよ此処に向うたり  お前は大蛇の牝だらう
 牡の大蛇は末子姫  宣らせ玉ひし言霊に
 嬉し涙を流しつつ  畜生仲間を解脱して
 天にいそいそ昇り行く  さぞ今頃は天上の
 神の御許に参上り  高天の原に安々と
 皇大神の右に座し  下界を覗き居るであらう
 あゝ惟神々々  神の力を蒙りて
 言霊戦を開始する  俺の言葉が分らねば
 お前の勝手にするがよい  心一つの持様で
 此世に苦しう暮さうと  勇んで楽に暮さうと
 天に昇つて神となり  世を安々と渡らうと
 何時まで池の底に棲み  日に三熱と三寒の
 悩みを受けて何時迄も  悩み暮さうとお前の心の胸一つ
 早く改心するがよい  神が表に現はれて
 善と悪とを立別ける  此世を造りし神直日
 心も広き大直日  直日に見直し聞直し
 青人草は云ふも更  大蛇や鬼の霊まで
 安きに救ひ助けます  神の恵を喜んで
 吾言霊に服従へよ  朝日は照るとも曇るとも
 月は盈つとも虧くるとも  仮令大地は沈むとも
 誠一つの言霊で  生命の続く其限り
 俺はお前を助けにやおかぬ  俺の尊い真心を
 よく汲み取つて逸早く  天の八重雲吹きはらし
 怪しき雨を降り止めて  再び天津御光りを
 現はし奉れ醜大蛇  お前を救ふ真心の
 あふれて茲に池の水  深き恵を汲み取れよ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と歌ひ了つた。何故か雲は益々舞ひさがり水面はいよいよ波高く、雨は礫の如くポツリポツリと所まんだらに、池の面に小石を投げたやうな波紋を印して降り注いでゐる。されど不思議にも、一行七人の肉体には一粒の雨もかからなかつた。
カール『アハヽヽヽ、なんとマアよう利く言霊ですなア。お前さまが言霊を発射する度毎に戦ひ益々酣なりといふ調子で、波は次第々々に高まつて来る、雲は追々濃厚となる、大粒の雨は刻々に繁く降つて来る、何と言霊も使ひ手に依つては、どうでもなるものだなア! こんな男に言霊を発射させるのは、丁度気違に松明を持たして、放り出した様なものだ、危険至極で見て居られない。それだから俺が道々御遠慮したら宜からうと、忠告を与へてやつたのだ、いらぬチヨツカイを出して、いい恥をかいたものだなア。俺はどうかしてお前に失敗をさせともないと思つて、止めたのだよ。要するに抜かぬ太刀の功名をさせてやりたかつたばかりだ。世界一の力の強い角力の神さま、摩利支天にだつて、一度も負た事のない、此のカールの忠告、なぜ聞かなかつたのだ。仮令姫様がお勧めなさつても、遠慮をするのが道ではないか』
石熊『さう責めて呉れない。今に言霊の効用が現はれるだらうから、暫く時間を与へて、俺の腕前を拝観するが良いワ。さうして、今御前はあの摩利支天様にも負たことがないと云つたが、どこで何時角力を取つたのだ』
カール『世界一の力強の角力の神でも、組合ひせなかつたら、負る例しはないぢやないか。それだからお前も沈黙して、姫様にお任せしておけば、大蛇に負たと言はれて、末代の恥をさらすにも及ぶまいと思つたから、親切に云つてやつたのだ。良薬は口に苦く、諫言は耳に逆らうと云ふ事があるから、俺の露骨な忠告は、キツとお前に喜ばれさうな筈はない。けれ共俺は阿諛諂佞の徒ではないから、正々堂々と至誠を吐露して注意したのだ。併し乍らモウ斯うなつては取返しはつかない。あゝ困つたものだ、……それ見よ! ますます波は高く荒れ狂ひ出したぢやないか!』
石熊『大方俺の言霊の威力に打たれて、大蛇の奴、地底に苦悶して、のた打廻つて荒れてゐるのだらう。さうでなくば、あれ丈浪が立さわぐ道理がないぢやないか。細工は流々マア仕上げを見てゐて下されよだ、アハヽヽヽ』
と空元気を付け乍ら、心中不安の念に駆られて居る。
末子『石熊さま、どうもあなたの言霊は少し不結果でした。マ一度宣り直しなさいませ』
石熊『ハイ、最早言霊の材料欠乏致しまして、何とも仕方が御座いませぬ。どうぞ少し資本を御貸し下さいませぬか』
末子『ホヽヽヽヽ、あのマア気楽なこと仰有つて、早くなさらないと、大変なことが出来致しますよ。あなたが起した事は、あなたが結末をつけなくては、外の者が如何ともする事が出来ませぬ。サア茲で早く天津祝詞を奏上し、天の数歌を歌ひ上げ、更めて、心を清め、再び大蛇に向つて、言霊を御発しなさいませ』
カール『それ見よ……それだから、初から手出しをすなと云うたぢやないか。二進も三進もならぬとは此事だ。丸でとりもち桶へ足をふんごんだ様な破目に陥つたぢやないか。サアお姫様の仰せの通り、シツカリ胴を据えて、ウンと息を臍下丹田に詰め、円満晴朗な言霊を発射せよ。そして大蛇に対し、余り軽蔑的言辞を用ゐてはならないぞ。善言美詞の神嘉言を以て、万有を帰順せしむるのが神事の兵法だ。サア早く、心の立替立直しをして、臍下丹田を押開き、生言霊を発射せよ』
 石熊は是非なく、又もや池の面に向つて一生懸命に言霊を宣り始めた。池の波は時々刻々に高まり、山の如くになつて来た。其光景の凄じさ、到底筆舌の尽す限りではなかつた。
(大正一一・八・一五 旧六・二三 松村真澄録)
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