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文献名1霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
文献名2第1篇 千状万態よみ(新仮名遣い)せんじょうばんたい
文献名3第4章 不知恋〔870〕よみ(新仮名遣い)しらずごい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-03-10 19:17:12
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月18日(旧06月26日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版37頁 八幡書店版第6輯 54頁 修補版 校定版38頁 普及版15頁 初版 ページ備考
OBC rm3104
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本文  国依別は楓別命の懇望に依つて、暫時此処に止まることとなりぬ。併し乍ら日暮シ山の岩窟に遣はしたるキジ、マチ両人を始め、エスの消息を案じ煩ひ、如何にもして此館を立出で、一刻も早く彼の消息を探り、救ひ出さむと焦慮すれども、数多の人々は神の如くに尊敬して集まり来り、此度の大地震に依りて、負傷をなしたる人々を、或は輿に舁ぎ、或は戸板に乗せ、救ひを求めに来る者、日々幾百人ともなくありければ、国依別も此惨状を見棄てて立去る訳にも行かず、悩める人々に向つて鎮魂を修し、之を救ひつつ、思はず知らず時日を過ご志たりける。
 扨て又、九死一生の難関を助けられたる紅井姫は、これより国依別に対して、一種異様の愛慕の念慮、刻々に雲の如くに起り来り、最早情火にもやされて胸は苦しく、ハートは鼓の波を打ち、熱き息をハアハアと吐き乍ら、まだ初恋の口に云ひ出しかねて、肩で息をなし、遂には思ひに迫つて、身は痩衰へ、色青ざめ、病床に呻吟するに至りける。
 楓別命は紅井姫の病気を眺めて、大に憂慮し、如何にもして快癒せしめむかと、朝な夕な神前に祈願をこらし居たり。アリー、サールの侍女も、一刻も紅井姫の傍を離れず、昼夜心をこめて看護に尽すと雖も、姫の病は、日に重り行くのみにして施こす手だては無かりける。
 国依別は姫の重病と聞き、鎮魂を以て病を救ひやらむと、ワザワザ病床に姫を訪ひけるに、姫は国依別の訪問と聞きて、重き頭を擡げ、顔を赤らめ乍ら、少しく俯伏目になり、盗むが如く、国依別の顔を眺め、微笑をもらし、愉快げに、両手を合せて感謝の意を表しけり。
 国依別は紅井姫の枕頭に端座し、天津祝詞を奏上し、天の数歌を謡ひ上げ、姫に向つて慰安の言葉を与へ乍ら、しづしづと此場を立出で、与へられたる吾居間に帰りて、再び神に祈願をこらし居るこそ殊勝なれ。
 楓別命に仕へて信任最も厚く、数多の信者の人望を集めたる秋山別は、紅井姫の色香妙なるに心を寄せ、日に日に募る恋慕の心に胸をこがし、機会ある毎に、姫の歓心を買はむと、心を配りつつありき。
 又内事の司たるモリスは紅井姫に接見の機会多きに連れて、いつしか姫の美容に心を蕩ろかし、将来紅井姫の愛を一身に集中する者は、吾れならむと、深くも心中に期待し居たり。故に、此度の姫の重病につき真心の限りを尽し、其歓心を買はむものと、モリスは内事の勤めをおろそかにし、暇ある毎に、病気見舞や看護を口実に、姫の寝室を訪ふを以て、唯一の神策として居たり。
 一方秋山別も同じ思ひの恋慕の情火消し難く、見すぼらしく痩衰へたる紅井姫の寝室を、朝夕何時となく尋ね来りて、真心のあらむ限りを尽し、姫が全快の後は一日も早く、合衾の式を挙げむものと、心中深く期待しつつありける。
 然るに国依別の此館に来りしより、紅井姫が秋山別に対し、又モリスに対する態度は、どこともなく冷やかになりしが如く思はるるより、二人は煩悶の淵に沈み、如何にもして姫の信用を恢復せむかと、心の中の曲者に駆使されて、巧言令色追従の限りを尽すこそ可笑しけれ。
 紅井姫は最初より、秋山別、モリスに対し、只普通の教の道の役人、又は内事の用を勤むる取締として、優しく交際してゐたるのみにして、別に此二人に対し、夢にも恋愛の心は持たざりける。されど二人の男は、紅井姫の優しき言葉を聞く度に、吾れを愛するものと思ひひがめ、三国一の花婿は秋山別を措いて、他に適当の候補者はなしと、自ら自惚鏡に打向ひ、鼻を蠢かし、当てなき事を頼みとして日を暮しつつありき。亦た内事司のモリスも同様に、将来の紅井姫の夫はモリスならめと、自ら心に定めて、吉日良辰の一日も早く来らむ事を期待しつつあり志なり。
 秋山別は此頃モリスの姫に対する態度の何となく怪しげなるに、心を痛め、法界悋気の角を生やしかけゐたるが、モリスも又秋山別の姫に対する態度の目立ちて親切なるに心を苛ち、恋の仇敵として、油断なく秋山別の行動を監視しつつありき。而して秋山別は侍女のアリーを取入れ、薬籠中の者となし、モリスは侍女のサールを取入れ、吾薬籠中のものとなし、互に其輸贏を争ひつつ、秘かに愛の競争を続けゐたるぞ面白き。
 斯かる所へ、天下の神人活神と尊敬せられたる国依別命、紅井姫の九死一生の危難を救ひてより、姫の信任日を逐うて厚くなりければ、二人の心中は常に悶々の情に堪へかね、国依別の欠点を探り出し、楓別命の教主を始め、紅井姫の前に曝露して、其信任を傷つけ破らむと、二つ巴の両人は恋の炎を燃やしつつ、卍巴の如く相互に暗々裡に弾劾運動の準備に着手しつつありき。されど国依別は素より女に対し、少しも執着心なく、又紅井姫に対しても、怪しき心は毫末も持ち居らず、それ故に国依別は、何の憚る所もなく、只姫の大病を救はむ為に心の底より案じ過ごして、神に祈り、屡病の経過を探るべく、姫の寝室を、昼となく夜となく訪れたるなり。
 されど国依別の此行動は、恋に囚はれたる痩犬の秋山別、モリスの目には、非常なる苦痛を感じ、遂には仇敵の如く見做すに至りたりける。
 折柄玄関に訪るる一人の女あり。モリスは忽ち吾居間に招いて、其来意を尋ぬれば、女はやや愧らひながら言志とやかに、
『三五教の宣伝使国依別様は、御館に御出でで御座いますか? アラシカ峠の麓からエリナと云ふ女が訪ねて参りましたと、若しお出ならばお伝へを願ひます』
 モリス心の内にて、
『ハヽー、此奴は国依別のレコだなア。良い所へ来て呉れた。モウ斯う秘密が分つた以上は、何程紅井姫様が国依別に御熱心でも、女があると聞けば、千年の恋も一度に醒めるだらう。一つ甘く調子に乗せて、腹の底を探つてやらう……』
と決心し愛想よく、
『それはそれは能う訪ねて来て下さいました。大変な大地震で御座いましたが、御宅は大した事は御座いませぬかな』
『ハイ有難う御座います。あの大地震で小さい乍ら住家は倒され焼かれ、一人の母は地震と火事の為に無くなつて了ひました。実に不運な女で御座います』
と早涙含む。
『それは気の毒な事でしたなア。御察し申しますよ。併し乍ら、老人と云ふ者は何れ先へ死ぬものです。一番芽出たい事と言へば、ぢい死に、婆死に、爺死に、嬶死に、子死に孫死と申しまして、こんな芽出たい事はないのですよ。先に死ぬべき者が先に死ぬのは当然、老人が後に残り、若い者が先に死にて御覧なさい。年が老つて脛腰が立たぬやうになり、尿糞のたれ流しと云ふやうな惨酷な目に会うても、若い者が先に亡くなつて了へば、誰も親身になつて世話して呉れる者もありますまい。それにお前さまは、国依別さまと二人若夫婦が残つたのだから、斯んな目出たい事は有りませぬよ。人はすべて思ひようですからな。親の代りにドシドシとお正月の餅搗をして、子餅を沢山に、天の星の数程拵へなさい。それが一番神様へ対しても御奉公だ、アハヽヽヽ』
『私は決して国依別様の女房でも何でも御座いませぬ。只私の母が急病で困つて居りますので、常世神王の御社へ参拝して居りますと、そこへ国依別の宣伝使が二人の家来を連れて現はれ、御親切に私の宅へ来て……お前の母の病気平癒の祈願をしてやらう……と仰有つたので、五六日泊つて頂いた丈のもので御座います』
『さうして二人の家来は如何なつたのです?』
『二人の御家来は私の父の或処に囚へられてゐるのを助けると云つて出て行かれました限り、今に何の便りも御座いませぬ。大変に案じて居りまする』
『ハヽー、さうすると、二人の家来をどつかへまいておいて、国依別さまが、人も通らぬ山道を、国さまとエリナさまと手を引いて通らうかいな、二人の仲はよいけれど、二人の奴が邪魔になり、用を拵へ、まいてやつた……と云ふ様な……そこは要領宜しくやつたのでせう。私は斯う見えても、そンな事に粋の利かぬ男ぢやありませぬ。どんな御取持でも致しますから、ハツキリと貴女の御嬉しい芝居の顛末を話して下さいな。其都合に依つて国依別さまへ御取次を致しますから……』
『決して左様な関係は御座いませぬが、あの宣伝使様の仰有つた御言葉を思ひ出し、御神徳を慕つて遥々此処まで参りましたので御座ります』
『ハヽヽヽヽ、一口仰有つた御言葉を思ひ出して慕うて来たと云はれましたなア。蜜のような甘い言葉でしたらう……コレ、エリナ、私は是れからヒルの都へ往て来る程に、お前と私と斯うなつた上は、旭は照る共、曇る共、月は盈つ共虧くる共、仮令大地は沈むとも、お前の事は忘れやせぬ、二世も三世も先の世かけて、切つても切れぬ誠の夫婦、仮令身は東西に別れて居つても、魂は尊いお前の側……ヘン、なンて甘つたるい事を言つたのでせう。お羨ましう御座いますワイ。あなたも中々おとなしさうな顔して、随分やりますな。陰裏の豆でも時節が来ると花が咲き初めますからなア、アハヽヽヽ』
『さう、ぢらさずと御頼みですから、早く取次いで下さいませ』
『取次がぬ事はないが、併しお前さまに取つては、此間の地震よりも、大火事よりもビツクリなさる事が出来て居りますよ。命迄はめこんだ国依別さまには、此お館の名高い紅井姫さまが、ゾツコン惚込ンで恋病を煩ひ、国依別さまに朝晩目尻を下げて涎をくり、それはそれは見られた態ぢやありませぬよ。そして、姫様も姫様ぢや、……お前さまのやうな、一寸立派な奥さまがあるにも拘はらず、人の男に惚て、恋病を煩ふなンて、本当に怪しからぬぢやありませぬか。……コレ、エリナさま、お前さまも一人前の女ぢやないか。のめのめと大事の夫を世間見ずのお嬢さまに占領せられて、如何して女子の意地が立ちますか。サア私が案内して上げるから、姫さまのお部屋に立入り、国依別さまの胸倉をグツと取り思ふ存分不足を言ひなさい。若しも外の奴が寄つて来て、乱暴者だとか何ンとか云つて取押へようとしよつたら、内事の司をして居る私がグツと抑へて、何事も言はさぬよつて、一つ大騒ぎをやりなさい。さうすれば如何に惚たお姫さまでも愛想をつかし、国依別さまを思ひ切つて返して呉れるに違ない。是が六韜三略の兵法だ。サア何よりも決心が第一だ。直接行動に限りますぞえ。……何ぢやお前さま、肝腎の夫を取られ乍ら、気楽相な顔して笑うてゐると云ふ事があるものかい。さういふ薄野呂だから、大事の男を取られて了うのだよ。犬でもケシをかけねば猪に飛びつかぬものだ。まだ私のケシ掛けようが足らぬのかいな』
『ホヽヽヽヽ、あなたの仰有る事は大変に混線致して居りますよ』
『何分自転車や自動車の交通頻繁の為、電話線に響くと見えて、少々混線して居りますワイ。併し混線と云つたら、国依別さまの事だ。お前に対してもまだ幾分未練はあらうし、お姫さまに対しては命を投出しても苦しうもないと云ふ惚け方、そこへ向けて、秋山別と云ふ恋の強敵が現はれて居る。まだ外に二人……競争者がある。随分混線したものだ。其混線序に、お前さまが口から火を吹き、角を生やし、鬼か蛇になつて、お姫様の部屋へ飛び込みさへすれば、私の望みもオツトドツコイ、お前の望みも成功すると云ふものだ、サア早く決心の次第を聞かして下さい』
『そんな事仰有らずに、どうぞ会はして下さいなア』
『会はして上げたいは山々なれど、自分の男を人に取られて、平気で居るやうな腰抜には能う会はしませぬワイ。どうぞ帰つて下さい、左様なら……』
と一間に隠れようとする。エリナはコリヤ一通りでは取次いで呉れぬと心に思うたか、俄に声を変へ、
『エー残念やな、残念やな、残念やな、残念やな、大事の大事の可愛い男を、人にムザムザ盗まれて、私も女の意地、コレが黙つて居られうか。これから奥へふみ込ンで、国依別さまのたぶさをつかみ引ずり廻し、恨みの数々述べ立てて、姫さまにもキツイ御礼を申さなおかぬ』
と地団駄をふみ出した。モリスはシテやつたりと引返し、
『ヤア天晴れ天晴れ、あなたの武者振り誠に勇ましう御座る。サア是よりモリスが先陣を仕る。天晴れ、紅井山の戦闘に功名手柄を現はし、国依別を奪ひ返し、一時も早く凱歌をあげて、ヒルの館を立出でなされ。然らば御伴仕りませう』
と大手を振り乍ら、
『サア古今無双の女豪傑エリナさま、モリスが後に従つて十分決心を定め、鉢巻の用意をして、ドシドシと足音高くお進みあれ』
と先に立つて、姫が病室へと進み行く。
(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)
(昭和九・一二・一七 王仁校正)
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