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文献名1霊界物語 第31巻 海洋万里 午の巻
文献名2第2篇 紅裙隊よみ(新仮名遣い)こうくんたい
文献名3第7章 妻の選挙〔873〕よみ(新仮名遣い)つまのせんきょ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-03-13 20:01:01
あらすじ
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年08月18日(旧06月26日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年9月15日 愛善世界社版73頁 八幡書店版第6輯 68頁 修補版 校定版75頁 普及版33頁 初版 ページ備考
OBC rm3107
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本文の文字数5934
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本文  ヒルの館にゆくりなく  現はれ来りて諸人を
 救ひ助けし国依別は  楓別の懇篤なる
 特別待遇に思はずも  あらぬ月日を送りつつ
 醜の魔風に襲はれて  紅井姫の執拗なる
 恋の情の手に囚へられ  進退ここに谷まりて
 苦み悶ゆる折柄に  アラシカ山の麓なる
 エリナの尋ね来りしゆ  ヤツサモツサの騒動も
 漸く幕を切上げて  紅井姫やエリナをば
 教の道の弟子となし  館の主に慇懃に
 暇を告げて宣伝歌  歌ひて此処を立出づる
 一男二女の一行は  ヒルの都の人々に
 行手を塞がれ一々に  病めるを癒やし助けつつ
 知らず知らずに日を重ね  ヒルの都を後にして
 アラシカ峠の山麓に  心欣々着きにける。
『サア姫様、あなたは始めての御旅行と云ひ、是から先は大変な急坂で御座いますから、ボツボツとお登り下さいませ。国依別もお附合にゆるゆる登りませう。男の足が先へ行くと、知らず知らずに早くなるものですから、ここは最も足の弱い貴女が先へお登り下さいませ』
『足弱を御連れ下さいまして、さぞ御迷惑で御座いませう。あなたの御言葉に甘え、駄々を捏ねる女と御さげすみで御座いませうが、私も斯うなつた以上は、決して妙な考へは起しませぬから、御安心下さいませ』
『此坂をズツと登りつめると、樟の大木の森があつて、そこには常世神王の古ぼけた祠が建つてゐます。どうかそこ迄登つて休息をする事に致しませう』
 エリナは言葉やさしく、
『姫様、随分険しい坂道で御座いますが、私は何時もここを通り慣れて居りますから、左程苦痛には存じませぬ。坂でさぞ御困りでせう。後からお腰を押してあげますから、後へもたれる様にして御登りなされませ』
『ハイ、御親切に有難う御座います。今の処ではどうなり登れ相に御座いますから、到底叶はない様になりましたら、どうぞ御世話をお願ひ申します』
 エリナは気軽相に、
『ハイ、何時でも押して上げます。キツと御心配なさいますなや』
と路々いたはり乍ら登り行く。
 話変つて、常世神王の祠の建つた樟の大木の根に、ヒソヒソ話に耽つてゐる二人の男あり。
『オイ、モリス、馬鹿にしよつたぢやないか。今となればお前も俺も、同病相憐れむ連中だから、別に内訌の起る筈もなし、暗中飛躍を試みる必要もなくなつたのだから、どうかして無念晴らしに、二人の奴を此方の者にしてやらうぢやないか。アタ阿呆らしい、国依別の奴が来よつた計りで、俺達二人は免の字を頂戴し、今は殆ど野良犬の境遇だ。犬も歩けば棒に当るといふ事がある。一つ雪隠の火事ぢやないが焼糞で、ウラル教の本山へでも、甘く這入り込み使つて貰はふぢやないか』
『さうだ、貴様も恋の仇敵の国依別に肝腎の目的物をぼつたくられ、国依別の奴、二人の女を両手に花と云ふやうな調子で、大きな面をして連れ出しよつた時のムカついた事、是が何うして睾丸をさげとる男子として、看過する事が出来ようかい。彼奴等三人は道々宣伝し乍らやつて来るのだから、何れ暇が要るに違ない。併し此処へやつて来よつた位なら、此谷底へ国依別を矢庭につき落し、二人の女を自由自在に此方の要求に応じさせ、天下の色男は此通りだと云つて、あンな絶世のナイスやシヤンと手を引いて、天下の大道を濶歩したら、どうだ。さうなりとせなくては、腹の虫が得心せぬぢやないか。併し後の喧嘩を先にせいと云ふ事がある、甘く目的を達した上で、自分の女房に選定する段になつてから、選挙競争でも起ると大変だから、今の中に予選でもやつて置かうぢやないか』
『予選なンか俺はヨセンわい、俺は紅井姫を女房にする特権が先天的に具備してるのだ。貴様はエリナを女房にすれば良いよ。彼奴だつて満更捨てたものぢやないからなア。チツとばかし日に焼けとると云ふが、欠点位なものだ。中々スタイルには甲乙はないからのう、モリス』
『そんならお前がエリナのレコになつたら良いぢやないか。俺はどこ迄も初心を貫徹せなくてはならないのだ。紅井姫を女房にせうと思つて、どれ丈今迄骨を折つたか知れやしない。永らくの苦心を水泡に帰するのは、男子として忍ぶ可らざる恥辱だからなア、秋公』
『俺だつて貴様以上に骨を折つたのだよ。そんなお添物のエリナを鼻塞ぎか何ンぞの様に差向けられてたまるものかい。貴様のスタイルにエリナの方が能く合つてゐるワ。烏の夫に孔雀の女房とは、チツと無理だよ。孔雀は孔雀同志夫婦になり、烏は烏同志夫婦になれば、それこそ家庭円満福徳成就疑ひなしだ。孔雀の俺は孔雀の女房を持つて、孔雀(不惜)身命的神界の為活動をするなり、お前はモリスだから、森に巣を作るのは烏にきまつてゐる。烏の女房を持つて、オイオイ カカア嬶村屋、腰もめ肩打て、カアカアと気楽相に簡易生活をやるのも一寸乙だぜ。
 楽さは夕顔棚の下涼み
とか云つて、平民生活が最も理想的だ。提灯に釣鐘、釣合はぬやうな女房を持つたつて、苦しい計りだよ。第一教育の程度と云ひ、智識と云ひ、家柄と云ひ、雲泥の懸隔ある女房を持たうとするのが第一謬つた了見だ。さうでなくても、男女同権だとか、女権拡張だとか、新しい女の騒ぐ世の中だから、釣合うた女を持つが貴様の将来の為だよ。俺は親密な友人として、貴様の将来の為に、熱涙を呑むで忠告するのだよ、モリ公』
『ヘン、甘い事仰有りますワイ。其手は桑名の焼蛤だ。蛤からでも蜃気楼が立上りますよ。お前こそ蜃気楼的空想を画いて、あンな高尚な御姫さまを自分の女房にせうなンて、余り懸隔が取れなさ過ぎるぢやないか。チツとお前のサツクと相談して見い』
『コリヤ俺を何と心得てゐる。俺は秋山別と云つて天孫人種だぞ。貴様は土人ぢやないか。チツと身分を考へて見い』
『人種無差別論の高潮した今日、時代遅れな事を言ふない。そンなことで、世界同胞主義が何時迄も成就すると思ふか。是だけ社会は人種無差別論の盛なのを貴様は知らぬのか。どこ迄も昔の家閥を振りまはし、貴族面をしやがつて威張つたつて、昔なら通用するか知らぬが、文明開化の今日は、そンな古い頭は買手がないぞ。文化生活と云ふ事を貴様は何と心得とるかい、秋公』
『ヘン、文化生活が聞いて呆れるワイ。今の奴の吐す文化生活と云ふのは、人の女房と手を取り、キツスをして妙なダンスをやつたり、仕舞の果にや役者の部屋へ女房がへたり込ンだり、お転婆主義を発揮したり、爺はおやぢで良い気になり、うちの女王さまは余程新しいと云つて喜ンでる風俗壊乱生活を云ふのだらう。そンな事で如何して社会の秩序が保たれるか。モリス、貴様の思想は余程怪しいものだなア』
『そんなこたア、如何でもよいワ。サアサア、女房の選挙だ。早くやらうぢやないか。貴重な一票を何卒入れて下さいと云つて、戸別訪問をする訳にも行かず、被選挙人が二人選挙人が二人だから、自由選挙にしたらどうだ』
『そンなら俺は紅井姫を秋山別の妻に選挙する』
『俺は紅井姫をモリスの奥さまに選挙する、又俺の副守護神も同様、モリスの妻に紅井姫を選挙する、モウ一票は本守護神も同様だ。サア三票と一票だ。お気の毒乍ら、当選の栄を得まして有難う御座います。あなたは運動が足らないから、とうとう次点者になりましたねい。どうで秋山別だから、先方がアキが来ました、イヤマア、別れて下さい秋山別さま……なンとか云つて、秋波を送つて紅井姫だ。アハヽヽヽ』
 秋山別は腹を立て『ナアニ』と言ひ乍ら、モリスの横つ面を鬼の蕨をふり上げて、首も飛べよと計り擲りつくれば、モリスは、
『ナアに喧嘩か、喧嘩なら俺も負はせぬぞ』
と鉄拳をふつて飛びかかり、遂には組ンづ組まれつ、一生懸命格闘を始め、夕暮れの帳のさがる迄力一杯血みどろになつて掴み合ひ居る。その所へ悠々として一男二女は登り来たり、
『アヽ、此処が印象の深い常世神王の祀られた楠の森の祠だ。大分に皆さま足も疲労たでせう。一つ立寄つて休息せうぢやありませぬか。都合に依れば、此森で一夜を明かし、新しい日輪様の光りを浴びて日暮シ山に立向ふことに致しませうよ』
と言ひ乍ら国依別は先に立つて、森蔭に進む。二人の女も、同じく森蔭に静かに身を横へて、疲労た足をさすつてゐる。何だか暗がりでシツカリとは分らぬが、二つの黒い影が『フーフー』と息を喘ませ、上になり下になり転げて居る。国依別は、
『ハテ不思議な者が居るワイ。山犬の子でもざれよつて居るのではあるまいか』
と足音を忍ばせ、側近く寄つて暗にすかし見れば、どうやら二人の男が喧嘩をして居るらしい。国依別は……此奴一つおどかして、此喧嘩を止めさしてやらう……と心の中でうち諾づき、俄に作り声、落雷の様な大声で、
『此方は、常世神王の祠に守護致す大天狗であるぞよ! 汝不届き千万にも此霊場に来り、喧嘩を致すとは怪しからぬ奴……待て、今此大天狗が其方等二人共、股から引裂いて、楠木の枝にかけ、烏にこつかしてやらうぞ!』
と呶なりつくれば、二人は思はぬ天狗と聞いてパツと左右に離れ、大地に傷だらけの手を仕へ、血だらけの顔を俯むけ乍ら、
『ハイ、私は秋山別と申す者で御座いますが、一方の男はモリスと申す悪戯者で御座います。女房の選挙に付きまして、激烈なる運動を開始致しまして、遂には血を見る所まで参りました。今後は心得ますから、どうぞ股から引裂くの丈は御勘弁を願ひます』
『大天狗様、どうか、秋山別を能く御戒め下さいまして、紅井姫を思ひ切り、此モリスの女房に首尾よく渡します様にして下さいませ、これが一生の御願で御座います。それが叶はぬ様な事なれば仮令引裂かれても構ひませぬ。此世に生てる甲斐が御座いませぬ。秋山別にはエリナを女房にしてやつて下さいますれば、三つ口に新粉、四つ口に羊羹で、本当に都合の良い縁で御座います』
『どうぞ、私に紅井姫を御授け下さいませ。モリスはエリナで結構で御座います。さうして下さいますれば、天下は太平、無事長久疑なしで御座います』
 国依別は可笑しさを怺へて、
『其方の申す紅井姫、エリナの両人はどこに居るか』
 秋山別は声を震はせ乍ら、
『ハイ、三五教の馬鹿宣伝使の女殺しの後家倒し、家破りの国依別と云ふ、それはそれは酢でも蒟蒻でもいかぬ悪い奴で御座いますが、其奴が二人の女を、アタ欲どしい、ひつさらへて、ヒルの都の神館を出立いたし、天下の色男はこンなものだい、両手に花とは此事だ、二人の妻に手を引かれ黄金の橋を渡るとは、俺の事だと言はぬ計りに、そこらうろつき乍ら、やがてここへ登つて来るでせう。どうぞ天狗さま、国依別をグツとさらへて楠の上へ連れて上り、股から引裂いてやつて下されませ、これが一生の御願ひで御座います』
『其紅井姫と云ふのは、其方に対して恋慕の心を持つて居る女であるか』
『ハイ、何分おボコ娘の事とて、ハツキリとは申しませぬが、大抵意思を忖度する事は出来ます。キツと私に恋着して居るに相違ありませぬ、一寸触つてもピンとはねたり、三番叟の様に、あゝイヤイヤイヤと肱を振りますが、私も若い時に覚えが御座います。好な人に袖でも引つぱられると、恥かしくなつて、一旦は厭相に見せて撥まはし、後からあゝあンな事をせなかつたら良かつたに……と惜がつたことも御座いますれば、秋山別には十分に脈は御座います』
『モシ天狗様、秋山別の言ふ事は、アリヤ違ひます。自分一人きめてゐるので御座いますから堪りませぬワ。鮑の貝の片思ひ、長持の蓋で此方があいても向方が根つからあきませぬワイ。併しエリナなれば、どうにか斯うにか、天狗様が御紹介下さいましたなれば、女房に厭々なるでせう。どうぞ神聖な一票を、天狗様、此モリスにお与へ下さいませ』
『さうして国依別を亡き者に致して呉れいと申すのか』
『ハイ、天則違反の男で御座います。鶏か何かの様に三羽番ひで天下をうろつきますると、第一神様の教の名を汚します。教の為にも、秩序維持の上にも、最も必要な事だとモリスは信じます』
『それなら、此天狗が許して遣はすによつて、早く此坂を下つて行け。一足でも先に掴まへた者の女房にしてやらう。大天狗が是から守護を致して、掴まへた者の女房に喜びてなるやうに守つてやらうぞ。今三人連れにて此坂の三合目あたり迄登つて来て居る程に、サア早く行け、早い者勝ちだ。マラソン競争を致して決勝点を取つた者に紅井姫をくれない事ないくれてやる。次点者にはエリナ姫を与へてやる、一二三、ソラ行け……』
『ハイ有難う』
と二人は真暗がりの中を、石ころをころがした様にガラガラと音をさせて坂道を韋駄天走りに降り行く。
『アハヽヽヽ何と面白い余興を、神様から見せて頂いたものだ。……モシ御二人さま、どうでしたなア』
 紅井姫はおづおづし乍ら、
『ハイどうも恐ろしうて、胸騒ぎが致しましたワ。マアマア天狗様が現はれて、甘く追ひ帰して下さいまして、こんな有難い事は御座いませぬ、国依別さま、あなたはどうおなりやしたかと思うて心配でしたワ。どうも御座りませぬでしたか』
『ホヽヽヽヽ、姫様、アリヤ天狗ぢや御座いませぬよ。国依別さまがあンな声をお使ひになつて、甘く二人をまかれたのですよ。私は余り可笑しうて臍がお茶を沸かしかけましたワ』
 紅井姫不思議相な声で、
『あゝさう、して又エリナさま、お腹に土瓶でも乗せてゐらしたの……』
『アハヽヽヽ、流石はヤツパリ深窓に育つたお姫さまだワイ。紅井姫様、皆うそですよ、余り可笑しいから、一つ大天狗の声色を使つておどし、まいてやつたのですよ、アハヽヽヽ』
『どうもあなたはお人が悪いですな。そんな嘘を言つても神様の御咎めは御座いませぬか』
『人は見かけによらぬ者、今迄正直な国依別と思つてゐられた貴女は、さぞお驚きになつたでせう。酢でも蒟蒻でも、挺でも棒でも喰へぬ、スレツカラシの国依別ですからなア、アハヽヽヽ』
『あなた、蒟蒻やお酢、デコ芋、棒芋などは御嫌ひで御座いますか。私は蒟蒻にお芋は大の好物で御座います』
『アハヽヽヽ、どこまでも可愛らしい御姫さまだなア』
『ホヽヽヽヽ、お優しいお方、私も姫さまの様な産な心になつて見とう御座いますワ』
『もしも二人の奴が後戻りをして来ると、又天狗が一骨折らねばならぬし、うるさいですから、ここを立去つて、モ少し往つた所で、適当な場所を考へて休息することに致しませう。エリナさま、姫様に気をつけて、足許の辷らない様に手を曳いて上げて下さいナ』
『サアお姫さま参りませう』
と三人は雲の綻びより、所々に星の見えてゐる暗の空をスタスタと頂上目がけて登り行く。流石の高山、夜嵐ザワザワとあたりの木の枝をゆすり、何とはなしに、そこら中が物凄く感じられける。
(大正一一・八・一八 旧六・二六 松村真澄録)
(昭和九・一二・一七 王仁校正)
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