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文献名1霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
文献名2第2篇 有情無情よみ(新仮名遣い)うじょうむじょう
文献名3第15章 手長猿〔956〕よみ(新仮名遣い)てながざる
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-09-17 11:12:51
あらすじ
黒姫は、自分の尋ねる息子かもしれないと思った建日館の建国別が、案に相違して別人だったことに力を落とし、火の国の神館で若い女房の愛子姫をめとっていると聞いた高山彦を訪ねるべく、心も面白からずとぼとぼと険しい坂道を降って行く。

芳公と房公も、黒姫の姿を見失わないようにと、山道を拍子をとりながら追って行く。一方黒姫は高山川のほとりで、腰掛岩に座って体を休めていた。黒姫が思案に暮れていると、手長猿の大群が鎖つなぎに降りてきて、頭のかぶりものを奪ってしまった。

黒姫は猿に向かって石を投げたり抵抗したが、猿たちは糞尿をかけたり実を投げたりしてきた。とうとう猿は黒姫の髪をつかもうとしてきたので、黒姫は鎮魂の姿勢を取ったところ、猿たちも真似をして鎮魂の姿勢を取った。

黒姫は猿たちが自分の真似をするのを見て、大地に大の字になった。すると猿も真似をして樹上で大の字になったので、樹から落ちてしまい、猿たちは逃げてしまった。

次いで猿の親玉のような五六匹の大猿が現れてやはり黒姫を悩め始めたので、黒姫は片足で立って見せた。大猿も真似をして樹上で片足立ちをし、地上に落ちて悲鳴を上げ、逃げてしまった。

猿に奪われた笠は、樹上から黒姫のもとに落ちてきた。そこへ房公と芳公が追いついてやってきた。黒姫は猿の襲撃のことを房公と芳公に話した。二人が建日館で酒も飲まずに追って来たことを聞いて、黒姫は二人をからかった。

ひとしきり話を交わすと、黒姫は笠をかぶり杖をついてさっさと先に行ってしまう。房公と芳公が呼び止めるのも聞かず、火の国の都を指して急ぎ行く。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月13日(旧07月22日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年12月10日 愛善世界社版195頁 八幡書店版第6輯 432頁 修補版 校定版203頁 普及版83頁 初版 ページ備考
OBC rm3415
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本文  建日の館を訪ねたる  三五教の黒姫は
 建国別を真実の  生みの吾子と思ひつめ
 はるばる訪ねて来たものを  案に相違の悲しさに
 早々館を立出でて  二人の従者を見捨てつつ
 髪ふり紊し吹く風に  逆らひ乍ら坂路を
 足に任せて降り行く  たよりも力も抜け果てし
 此黒姫の心根は  聞くも無残の次第なり
 万里の波濤を乗越えて  こがれ慕うたハズバンド
 高山彦は火の国の  神の館にましまして
 花を欺く愛子姫  二度目の女房に持ち給ひ
 睦まじさうに日を送り  栄え玉ふと聞くよりも
 黒姫心も何となく  面白からずなり果てて
 行く足並もトボトボと  力なげにぞ見えにける。
 『あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 火の国都にましませる  高山彦に巡り会ひ
 愛子の姫と睦まじく  心の底より打あけて
 互に手を取り三五の  神の教を広めさせ
 救はせ玉へ惟神  純世の姫の御前に
 願ひまつる』と宣り乍ら  岩石崎嶇たる峻坂を
 トントントンと降り行く  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ。
 黒姫の駆出した姿を見失はじと、房公、芳公の両人は、九十九曲りの山路を伝ひ乍ら、足拍子を取つて唄ひ行く。
芳公『ウントコドツコイドツコイシヨ  天が地となりウントコシヨ
 地が天となるウントコシヨ  奇妙な事が出来て来た
 高山彦の老爺さまが  年の三十も違ふよな
 若い女房を貰ふやら  五十の尻を作つたる
 皺苦茶婆さまの黒姫が  万里の波を乗越えて
 ウントコドツコイ暑いのに  汗をタラタラ流しつつ
 薄情爺の後をつけ  心の丈を口説かむと
 ウントコドツコイやつて来る  コリヤ又何としたことだ
 愛子の姫もウントコシヨ  愛子の姫ではないかいな
 ウントコドツコイ棺桶に  片足ドツコイつつ込んだ
 此世に用のない爺  薬鑵頭の寿老面
 入日の影かドツコイシヨ  物干棹かと云ふやうな
 鰌の様な化物に  秋波を送つて吾夫と
 かしづき仕へる不思議さよ  男が不自由な世の中と
 どうして思うたか知らないが  あんな爺と添ふならば
 モツト立派な人がある  此芳公はウントコシヨ
 如何に汚ない男でも  年は若いしドツコイシヨ
 そこらあたりに艶がある  同じ男を持つなれば
 木乃伊の様に干すぼつた  骨と皮とのがり坊子を
 持たいでも良かりそなものぢやのに  私は呆れてウントコシヨ
 口が利けなくなつて来た  ウントコドツコイ危ないぞ
 それそれそこに石がある  草鞋を切つては堪らない
 ま一人虎公が居つたなら  草鞋を出して呉れようが
 生憎虎公は酒の席  あゝ是からは黒姫が
 火の国都へドツコイシヨ  乗込んだなら大変だ
 決して無事にはウントコシヨ  治まるまいぞ、のう房公
 俺は案じて仕様がない  サアサア早う行かうかい
 女心の一筋に  悔し残念つきつめて
 短気を出して谷底へ  身投げをドツコイしられたら
 聖地へ帰つて言訳が  どうして是が立つものか
 黒姫さまも黒姫ぢや  おい等二人を振棄てて
 走つて行くとは何事ぞ  孫公の奴はドツコイシヨ
 どこへ隠れて居るだろか  此奴の事も気にかかる
 あちら此方に気を取られ  頭の揉めた事ぢやワイ
 ウントコドツコイ危ないぞ  それそれそこにも石車
 爪先用心して来いよ  若しも辷つて怪我したら
 お嬶のお鉄にドツコイシヨ  どしても言訳立たないぞ
 自転倒島を出る時に  俺のお嬶のお滝奴が
 もうしもうしこちの人  お前一人のウントコシヨ
 決して体ぢやない程に  お前の体は私の物
 私の体はウントコシヨ  ヤツパリお前の物ぢやぞえ
 自分一人と慢心し  私を忘れて怪我したら
 私は恨んで化けて出る  仮令死んでもドツコイシヨ
 高天原へは行かれぬと  抜かした時の其顔が
 今目の前にブラついて  お嬶が恋しうなつて来た
 貴様のお嬶も其通り  どこの何処へ行つたとて
 人情許りは変らない  どうぞ用心して呉れよ
 お鉄に代つて気をつける  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
と両手を動かせ、足を千鳥に踏み乍ら、一足々々拍子を取つて此急坂を降り行く。
 黒姫は漸くにして高山川の畔に着いた。ここには恰好な天然の腰掛岩が人待顔に並んゐる。暫し息を休め、こし方行末の事を思ひ煩ひ、落涙に及んでゐる。
 そこには樫の大木が天を封じて一二本立つてゐる。黒姫は目を塞ぎ、思案に暮れてゐると、樫の木の枝に数十匹の手長猿が此姿を見て、枝から一匹の猿が吊りおりる。次から互に次へと手をつなぎ、七八匹の奴が鎖の様になつて、蜘蛛が空からおりた様に『チウチウ』と黒姫の頭の上に降り来り、黒姫の笠をグイと引つたくり、ツルツルと次第々々に木の上へ持つてあがつて了つた。黒姫は宣伝使のレツテルとも云ふべき大切な冠り物を奪られ、樹上の手長猿の群を眺めて、目を怒らし、残念相に睨んでゐる。猿は凱歌を奏した様な心持になつて『キヤツキヤツ』と黒姫を冷笑的にからかつてゐるやうな気分がする。黒姫は縁起の悪い、冠り物を四つ手にしてやられて、無念さやる方なく、あり合ふ石をひろつて、樹上の猿の群に向つて投げつけた。猿は『キーキーキヤアキヤア』と声をはりあげ、同類を四方八方から呼び集める。またたく間にぐみのなつた程、樫の木の上に猿が集まつて来た。さうして樹上から小便の雨を降らす、糞を垂れる、樫の実をむしつては、黒姫目がけて投げつける。黒姫は樫の実と小便の両攻めに会うて、身動きもならず、怨めしげに立つてゐた。一足でも黒姫が動かうものなら、忽ち猿の群は寄つて集つて、かきむしり、如何な事をするか分らぬ形勢となつて来た。
 猿と云ふ奴は、弱身を見せたが最後、どこ迄も調子に乗つて追跡し、乱暴を働くのである。黒姫は其呼吸を幾分か悟つたと見えて、痩我慢にも地から生えた木の様に身動きもせず、猿の群と睨めつくらをやつて居た。時々刻々に猿の群は集まり来る。又しても、頭の上へ猿の腕がおりて来て、今度は髪の毛をグツと手に巻き、引上げようとする。黒姫も堪らなくなつて、『一二三四五六七八九十百千万!』と手を組んで鎮魂の姿勢を取る。手長猿の群は之を見て、各自に手を組み『キヤツキヤツ』と言ひ乍ら黒姫を一匹も残らず睨みつける。黒姫は股を拡げて、トンと飛び上り大地に大の字になつて見せた。手長猿の奴、又之に倣つて、木の上をも省みず、一斉に飛び上り大の字になつた途端に、ステンドーと大地へ雪崩を打つて転倒し、『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、はうばうの体で逃げて行く、其可笑しさ。黒姫はやつと安心の胸を撫でおろし、手拭を懐から取出し、汗を拭いた。
 猿の親玉ともいふべき五六匹の大きな奴、樫の木の上から、逃げもせず黒姫の様子を眺めてゐたが、黒姫が汗を拭いたのを見て、同じく両の手で、懐から手拭を出す真似をし乍ら、顔をツルリと撫でた。樹上の大猿は又もや樫の実をむしつては黒姫目がけて、雨霰と投げつけ出した。黒姫は両手を拡げ、一方の足をピンと上げ、左の足でトントントンと地搗きをして見せた。樹上の大猿は一斉に両手を拡げ、一方の足をピンと上げて、木の上でトントントンと地搗の真似をした途端にドスドスドスンと一匹も残らず地上に墜落し『キヤツキヤツ』と悲鳴をあげ、転けつ転びつ、何処ともなく姿を隠して了つた。折柄サツと吹き来る可なり荒い風に黒姫の被つてゐた笠は音もなく、秋の初の桐の葉の落ちるが如く、フワリフワリと黒姫の前に落ちて来た。
 黒姫は再生の思ひをなし、直に地上にうづくまり、拍手を打ち、天津祝詞を奏上し始めた。乍併、祝詞の声はどこともなく、力なく震ひを帯びてゐた。
 かかる所へ房公、芳公の両人はドンドンと地響きさせ乍ら、息をはづませ、此場に追ひ付き来り、
房公『ハーハーハー、ア、息が苦しいワイ。マアマア黒姫さま、よう此処に居て下さつた。どれ丈心配したことか分りませぬよ』
芳公『黒姫さま、おつむりの髪が大変に乱れてゐるぢやありませぬか』
黒姫『よい所へ来て下さつた。今の今迄、手長猿の奴、何百とも知れずやつて来よつて、此通り髪の毛迄、ワヤにして了うたのだ。乍併神様のお蔭で、一匹も残らず退散したから、マア安心して下さい。お前さま、エロウ早かつたぢやないか、お酒を頂く間がありましたかなア』
房公『滅相な、そんなこと所ですか、黒姫さまが血相変へてお帰りになつたものだから、気が気でなく、もしもの事があつてはならないと、吾々両人が宙を飛んで此処まで駆つて来たのです』
黒姫『アヽそれは済まないことでしたなア。さうして虎公さまや、玉公は如何して御座るかなア』
芳公『今頃は甘い酒に酔つぶれて、管でも巻いてをりませうかい。斯うなると親方のない者は気楽ですワイ』
黒姫『そんな気兼ねは入らないのだから、ゆつくりと御酒でも頂いて来なさるとよかつたに、それはそれは惜い酒外れをなされましたワイ』
房公『ハイ、おかげ様で、酒外れを致しまして有難う御座います。併し黒姫さま、お前さまも、サツパリ、目的が逆外れになりましたなア。大将がサカ外れに会うてゐるのに、伴の吾々が外れないと云ふ訳はありませぬからなア、アツハヽヽヽ、本当に誠に、御互様に御気の毒の至りで御座いますワイ、ホツホヽヽヽ』
とおチヨボ口をし乍ら、肩をゆすつてチヨクツて見せた。黒姫は、
『エヽ又そんな洒落をなさるのか、エヽ辛気臭い代物だなア』
と口汚く罵り乍ら、矢庭に笠を引つかぶり、金剛杖をつき、足を早めて、二人に構はずスタスタと駆出した。房公は大声を張り上げて、
房公『モシモシ黒姫さま、一寸待つて下さいな、さうしたものぢやありませぬぞや』
黒姫『エヽお前達は若いから、足が達者だ、ゆつくり休んでお出で、此黒姫は年が老つて、足が重いから、ボツボツ先へ行きます。後から追ひ付いておくれよ』
芳公『モシモシ黒姫さま、我を出して一人旅をなさると、又猿の奴が襲撃しますぞや。暫く待つて下さいな、私はお前さまの身の上を案じて忠告するのだよ』
 黒姫は耳にもかけず、後ふり向きもせず、尻をプリンプリン振り乍ら、杖を力に雨に洗ひさらされた石だらけの坂路を、コツリコツリと杖に音させつつ、火の国の都を指して急ぎ行く。
(大正一一・九・一三 旧七・二二 松村真澄録)
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