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文献名1霊界物語 第34巻 海洋万里 酉の巻
文献名2第3篇 峠の達引よみ(新仮名遣い)とうげのたてひき
文献名3第19章 生命の親〔960〕よみ(新仮名遣い)いのちのおや
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-09-19 10:15:01
あらすじ
黒姫は、火の国に向かって山道を急いでいた。黒姫は向日峠の手前で街道に出る道がわからず、山中の遠回りの道に迷いこんでしまい、深谷川にかかる朽ちた丸木橋の手前で立ち止まっていた。

すると突然、三尺ばかりの一人の童子が現れ、この橋を渡らなければ想う人には会えない、という歌を歌うと忽然と消えてしまった。黒姫が不思議に思っていると、また七八人の童子が現れ、この先で大蛇の三公に縛られて生き埋めにされた高山彦やお愛という人がいる、と歌で告げた。

黒姫は高山彦と聞いてにわかに心配になってきた。そこへ玉治別の宣伝歌が聞こえてきた。玉治別が近くにいると知って心強くなった黒姫は、思い切って朽ちた丸木橋を渡り、無事に向こう岸に着いた。

すると、身なりがぼろぼろになって泣きはらした少女が向こうからやってきた。黒姫が心配して声をかけると、少女は泣き伏して、自分の姉が生き埋めにされたと黒姫に助けを求めた。

少女はお梅であった。黒姫はお梅を背負って道案内をしてもらい、三人が埋められている塚のところまでやってきた。黒姫は石を押しのけようと神号を唱えながら必死に押したが、石はびくともしなかった。

すると八人の童子がどこからともなく現れて、大きな石を投げ捨ててしまい、また煙となって消えてしまった。

黒姫は神に感謝し、一生懸命に土をかき分けて掘り起し出した。黒姫は三人の男女を掘り起こした。三人の縄を解き、草の上に寝かせて天の数歌を歌い、蘇生を祈願した。

お梅が汲んできた谷川の水を口に含ませると、お愛は気が付き、お梅に飛びついた。お梅は、三五教の宣伝使が助けてくれたのだとお愛に伝えた。孫公と兼公も気が付き、黒姫に礼を述べた。

黒姫は神助によって石を取り除き、三人を助けることができたことを告げた。一同は黒姫の後ろに端座して天津祝詞を奏上し、感謝祈願を行ったのち、元来た道を引き返して行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月14日(旧07月23日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年12月10日 愛善世界社版241頁 八幡書店版第6輯 449頁 修補版 校定版251頁 普及版105頁 初版 ページ備考
OBC rm3419
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本文  黒姫は石塊だらけの谷道を火の国都へと急ぎつつ進み行く。途中の深谷川に危い一本の丸木橋が架つて居る。黒姫は石橋でも叩いて見て渡ると云ふ注意深い人間になつて居た。建日の館の建国別の宣伝使を、軽率にも吾子では無いかと訪問して失敗したのに懲りたからである。黒姫は一本橋の裏を窺き込むと、幾年かの風雨に晒された一本橋は、橋の詰の方が七八分ばかり朽ちて居る。これや如何したら宜からうかと、橋詰に佇んで吐息を洩らして居る。折しも忽然として現はれた三尺ばかりの一人の童子黒姫の顔を見上げてニヤリと笑ひ、

『吾恋は深谷川の丸木橋
  渡るにこはし渡らねば
   思ふ方には会はれない』

と謡つたきりポツと白煙と共に消えて了つた。黒姫は此奇怪な現象にうたれて不安の雲に包まれ乍ら、『惟神霊幸倍坐世』と一生懸命に祈願を籠めて居る。
 此処は向日峠の手前であつた。火の国の都へ行くのには、火の国崎を通るのが順路である。されど黒姫は左に広き火の国街道のある事に気づかず、思はず右へ右へとやつて来て、此山道に迷ひ込んで来たのであつた。此時又もや忽然として七八人の小さき童子、橋の袂に現はれ互に手をつなぎ乍ら、

童子『それ出た、やれ出た、現はれた
  向日峠の山麓の、楠の木蔭に鬼が出た
 鬼かと思へば恐ろしい
  大蛇の三公が現はれて
 お愛の方を縛りつけ
  高山彦と言ふ男
 兼公迄もフン縛り
  穴を穿つて埋けよつた
 大きな岩が乗つてある』

と言つたきり、又もやプスと童子の姿は消え、後には白煙が幽かに揺いで居る。黒姫は両手を組み頭を傾け、
黒姫『はてな、合点のゆかぬ事だな。今現はれた童子は魔か神か、何かは知らぬが、何とはなしに気がかりな事を云つた様だ。高山彦と云ふ男がフン縛られて埋められたとか、お愛の方が埋められたとか言つた様だ。若しや恋しい夫の高山彦様の事ではあるまいか。お愛の方と云つたのは、大方愛子姫の事だらう。向日峠の山麓と云へば、まだ之から何程の里程があるか知らぬが、何は兎もあれ、ヂツとしては居れなくなつた。あゝ如何したら宜からうかな。……妾位因果の者が世にあらうか。勿体ない、若気の至りで、折角神様から貰うた男の児を捨てた天罰が酬うて来て、する事為す事、何もかも此様に鶍の嘴程喰ひ違ふのであらう。思へば思へば罪の深い此身ぢやなあ』
と独言ちつつ力なげに落涙と共に垂頂れて居る。此の時何処ともなく宣伝歌が聞え来たる。
『朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  如何なる災難来るとも
 神に任した宣伝使  誠一つを立て貫けよ
 神は汝と倶にあり  汝の誠現はれて
 汝を救ふ神の道  此世を救ふ生神は
 天教のお山のみでない  至る所に神坐ます
 神の恵みを諾ひて  飽迄行けよ三五の
 黒姫司の宣伝使  深谷川の丸木橋
 如何に危く見えつれど  汝の心に信仰の
 誠の花の咲くならば  易く渡らむ神の橋
 進めよ進め早渡れ  吾は玉治別司
 汝の身魂につき添ひて  汝が行末を守りつつ
 此処迄進み来りけり  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
と云つたきり、宣伝歌の声はピタリと止まつて了つた。黒姫は此宣伝歌の近く聞えたのに力を得、玉治別が此近くに来て居る事を心強く思ひ、萎れきつたる心を取直し心待ちに待つて居る。されども玉治別の姿どころか、獣一匹姿を見せぬ。黒姫は思ひきつて此丸木橋をチヨコチヨコ渡りに、向ふに渡り胸を撫で下し乍ら、
黒姫『あゝ危い事だつた。ようまア斯んな朽果てた橋が無事に渡れた事だ。之と云ふも矢張神様の御恵みだ、まだ天道様も黒姫を捨て玉はざる証であらう。あゝ有難い有難い勿体なや』
と両手を合せ、涙と共に感謝祈願の祝詞を奏上して居る。
 そこに力なげにチヨロチヨロと現はれ来た十四五才の女がある。見れば目を腫らし、色青ざめ、髪振乱し、着物の裾には土が一ぱい着いて居る。黒姫は此少女を見るより言葉を掛け、
黒姫『これこれお前は小さい女の身分として、斯んな恐ろしい山道へ何しに来たのだい。見れば目が腫れて居る。髪も乱れ、顔の色は青くなり、着物の裾には赤い土が一ぱい着いて居るぢやないか。之には何か様子のある事であらう。差支なくば此をばさまに云つて下さい。妾は三五教の宣伝使だ。妾の力の及ぶ丈けはお前の助けになりませう』
と親切に労はり問へば、少女は腰を屈め慇懃に礼を述べ乍ら、
少女『をば様、有難う御座います。何卒助けて下さいませ。妾はお梅と申す女で御座います。お愛と云ふ姉さまが、悪者の為めに捕へられ、殺されて土の中に埋められて了ひました。さうして二人の男の方と一所に…』
と此処迄言つてワツとばかり声を放つて泣きくづれる。少女は今迄張りきつて居た精神が、黒姫の情ある言葉に絆されヤツと安心した途端に気が弛んで、力無げに倒れたのである。黒姫は深谷川へ辛うじて下り水筒に水を盛り来り、少女の口に含ませ面部に吹きかけなどして甲斐々々しく介抱をして居る。黒姫が熱心なる介抱の効空しからず、少女は息を吹き返し、苦しげに胸を撫で乍ら、
お梅『あゝ恐い恐い、をばさま、何卒助けて下さいまし。お願ひで御座います』
黒姫『お前、最前の言葉に姉さまのお愛さまとやらが悪者に殺され、土中に埋められたと云ひましたな』
お梅『はい、高手小手に縛めて、森の下の土中に埋めて了ひました。さうして高山彦と言ふお方と、兼公と云ふ無頼漢と一所に、深い穴へ埋められ、大きな石を其上に幾つも幾つも乗せて帰つて了ひました』
 黒姫は高山彦と聞くより、顔を蒼白にし口を尖らせ、
黒姫『エ、何と云ひなさる。高山彦と云ふ人が如何なつたと云ふのだい』
お梅『ハイ、姉さまのお愛さまと妾が縛られて、大蛇の三公と云ふ悪者に嘖まれて居る所へ三五教の宣伝歌を謡ひ、助けに来て下さいましたお方で御座います。其方に目潰をかけて引倒かし、荒縄で縛り、姉さまと一所に埋めて了ひました。ウワーツ…………』
と又泣き伏す。黒姫はあわてふためき乍ら、
黒姫『これこれお梅さま、シツカリして下され。高山彦さまは何処に埋めてあるか。さあ早く行つて助けねばなるまい。お愛さまと云ふのは火の国都の愛子姫ではありませぬか。さあ行きませう』
と促せば少女は、
『ハイ、あまり恐かつたので気が遠くなり、をばさまの仰しやる事がハツキリ分りませぬが、案内しますから、何卒助けてやつて下さいませ』
黒姫『あゝさうだらうとも、無理もない。可憐さうに、怖いのも尤もだ。それにしてもようまアお前は免れて来られたものだ。サア一時も愚図々々しては居られませぬ。息が絶れては取返しがつきませぬからな』
お梅『をばさま、妾が案内致します。何卒跟いて来て下さい』
と先に立つ。されどお梅は夜前の騒動に気を脱かれ、其上積み重ねられた石を取除け様として力一杯気張つた結果、身体は非常に疲れて了ひ、足許さへもヒヨロヒヨロである。それ故思はしく足も運ばず、余りのもどかしさに黒姫は気が急いて堪らず、
黒姫『お梅さまとやら、此をばが負うてやりませう。お前は妾の背中から案内して下さい。一刻も猶予はなりませぬから……』
と云ひ乍ら、お梅をグツと背に負ひ、杖を力に雑草生ひ茂る山道を、我を忘れて進み行く。殆ど十丁ばかりも来たと思ふ時、お梅は背中より細い声にて、
『をばさま、あそこの楠の根元に、沢山な石が積んで御座いませう。あそこに姉さまや、二人の方が埋められて居られます。ワーンワーン』
と又もや泣き出す。黒姫は泣き叫ぶお梅を労はり乍ら、慌しく塚の前に馳寄り、背中よりお梅を下し、一生懸命の金剛力を出して、口に神号を称へ乍ら巨大な石に手をかけ、押せども突けどもビクとも動かぬのに落胆し、涙をタラタラと流し乍ら、一生懸命に天津祝詞を奏上し初めた。
 此時丸木橋の袂に現はれた三尺ばかりの八人の童子、何処ともなく出で来り、巨大なる石を毬を投げる様に軽さうにポイポイと取り除け、四五間先へ投げつけて了つた。さうして又もや白煙となつて童子の姿は見えなくなつた。黒姫は感謝の涙に咽びつつ一生懸命に土を掻き分け汗みどろになつて掘りだした。見れば三人の男女が一緒に枕を並べて埋められて居る。黒姫は心の裡にて神助を祈り乍ら、三人の身体を掘り上げ青草の上に寝かせ、手早く縛の縄を一々解き、天の数歌を歌ひ上げ、三人の蘇生を祈つた。
 お梅は其の間に黒姫の水筒を取り谷水を汲み来り、三人の口に含ませた。お愛は『ウン』と一声叫ぶと共にムツクリと起き上り、お梅の姿を見て嬉し気に、
『ア、お前は妹のお梅であつたか。ようまあ無事で居て下さつた』
と飛びつく様にする。お梅は嬉しげに、
『姉さま、嬉しいわ、三五教のをばさまが助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』
 黒姫は二人の男の顔を見較べ、高山彦には非ざるかと一生懸命に調べて居たが、
『ヤア、之は孫公ぢやつた。まア如何したら良からう』
と身体に手を触れて見た。まだ何処ともなしに温味がある。黒姫はお愛の感謝の言葉を耳にもかけずに、二人の男に一生懸命に鎮魂をなし、天の数歌を謡ひ上げて居る。二人は漸く『ウーン』と呻いて起き上り四辺をキヨロキヨロ見廻して居る。
孫公『やあ、黒姫さまか。ようまあ助けて下さいました』
と云つたきり涙をタラタラと流し、大地に頭を下げて感謝して居る。兼公は四辺をキヨロキヨロ見廻し、
『ヤア、お愛様、誠に危い事で御座いました』
お愛『兼公、三五教の宣伝使様が、妾達一同の生命を助けて下さつたのですよ。お礼を申しなさい』
兼公『之は之は、誰方か存じませぬが、能くもまあ生命を拾つて下さいました。悪者の為めにこんな処に、生埋めにされて居りました。モ少し貴女のお出でが遅かつたら、生命は助かりませぬでした。私は矢方の村の兼公と申して、あまり良くない人物で御座います。斯うなつたのも全く天罰で御座いませう。何卒神様にお詫をして下さいませ』
黒姫『まあ、何よりも結構で御座いました。妾も結構なお神徳を頂きまして、斯んな気持の良い事は御座いませぬ。さうお礼を云つて貰ひましては、妾の折角の善行が煙となつて消えて了ひます。何事も皆神様が助けて下さつたのです。大きな岩石で圧へつけてあつた此塚は婆アの力に及ばず、苦しみ悶えて居る矢先、木花咲耶姫様の御化身が現はれて、岩を取除けて下さいました。其お蔭で皆さまをお助けする事が出来ましたのですから、何卒神様にお礼を申上げて下さい』
 孫公初めお愛、兼公、お梅の四人は黒姫の後に端坐し、天津祝詞を奏上し救命謝恩の祝詞を終つて一行五人はもと来し道へ引返し、向日峠の山道指して辿り行く。
 あゝ惟神霊幸倍坐世。
(大正一一・九・一四 旧七・二三 北村隆光録)
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