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文献名1霊界物語 第36巻 海洋万里 亥の巻
文献名2第3篇 神地の暗雲よみ(新仮名遣い)こうじのあんうん
文献名3第17章 一目翁〔1005〕よみ(新仮名遣い)ひとつめおう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-11 13:43:59
あらすじ
門番のシールは、ベスの帰りと報告を待っていた。ベスは戻ってきたが、シールの問いかけにはぐらかして答え、さっぱり要領を得ない。シールはベスに酒を勧める。

シールの思惑通りベスは酒に酔って、竜雲やケールス姫に口止めされていたにもかかわらず、テールがサガレン王軍襲来の夢を見てから騒ぎをやらかしたことをしゃべってしまった。

シールとベスは酔ってかみ合わない雑談を続けている。その中でシールは竜雲たち上層部の悪逆無道を憂いベスに問いかけるが、ベスは気楽に仕えていればよいとはぐらかす。

すると門前に宣伝歌が聞こえてきた。宣伝歌は神の正道は永遠に変わらないと歌い、一時の欲に踏み迷い、今は勢いの強い竜雲の勢いもたちまち色あせて滅びは近いと予言し、心の立て直しを説いていた。

シールとベスは酔って朦朧としながらも宣伝歌の声に胸も刺さる心地がして門を開くと、白髪異様の老人が左手に太い杖をつき、右手に扇を握って厳然と仁王立ちになっていた。

シールは老人の片目の異様な姿に驚きながらも、竜雲を諫めようとしても無駄だから、帰ったがよかろうと洒落を交えて声をかけた。老人はシールの問いかけに大笑いし、門番にしてこれほどの粋人ならば、竜雲の城はさぞかし上下一致しているだろうと感心した。そして、飲めよ騒げよ一寸先は闇よ、とウラル教の宣伝歌の一節を歌った。

ベスは面白い老人がやってきたと、奥に通して城内の空気を払ってもらおうと注進に行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年09月23日(旧08月3日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1923(大正12)年12月30日 愛善世界社版176頁 八幡書店版第6輯 645頁 修補版 校定版182頁 普及版77頁 初版 ページ備考
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本文  神地の城の表門の番人シールは、只一人チビリチビリと酒を傾けながら、奥殿に進み入つたるベスの帰りを今や遅しと待ち居たり。かかる処へニコニコとして立ち帰り来りしベスの顔を見るより噛みつく様に忙しく、
『オイ、ベス、如何だつたい。大奥の首尾はイヤ様子は……』
『大山鳴動して鼠一匹だ。何事ならむと身をかため、恐れ気もなく竜雲王の奥殿に忍び入り、ケールス姫様のあの御様子にては何事の大事変突発せしかと窺ひ見れば、豈図らむや、平穏無事、天下太平、国土成就、四民安堵、瑞祥の気が殿内に漲り渡り、床に飾られた福禄寿の置物が……ベスさまお早う……と腰を屈めて挨拶をして居ると云ふ長閑さだつたよ。も早此上は一言も口外は出来ない。先づこれが俺の使命だ。アハヽヽヽ』
『そんな事で如何して全権公使が勤まるか。も少し戦況を詳細に報告致さぬかい』
『報告しようにも実の処は仕方がないのだ。サツパリアフンが宙に迷つて了つた。驚異の面相を遺憾なく陳列してある羅漢堂を覗いて来た様なものだつた。されども明智の某、黒雲深く包みたる不可解の事実も、遺憾なく道破して来たのだから偉いものだらう。何と云つても明敏な頭脳の持ち主だから、凡ての事実の核心に触れるのは此ベスに限つて居るワイ、ウフヽヽヽフツフ。アヽ、小便の大タンクが溢れて腎臓が破裂しさうだ』
と云ひ乍ら、エチエチと怪しき足許にて便所に姿を隠す。シールは腕を組み独語。
『マア、何と訳の分らぬ事が出来たのだらう。ベスの奴、一向不得要領の返答ばかりを並べ立て肝腎の問題を外さうとつとめて居よる。これには何か深い訳がなくてはならぬ。一つ巧く酒を勧めて酔ひ潰し、泥を吐かしてやらなくちや、一通りの料理では駄目だ。背骨を抜き取り、腹の中迄開きにして、鰌鍋の様に何もかも暴露させてやらうかナ』
と呟き乍ら待つて居る。ベスは漸く小用を済ませ帰り来るを、
シール『オイ、チツと酒でも聞し召したら如何だい。斯う四辺暗雲に包まれ、蒸し暑き無風地帯にあつては、やり切れないぢやないか。ドツと奮発して鯨飲馬食と洒落て、暑さを凌がうぢやないか。ウラル教の古い教にも……飲めよ騒げよ一寸先や暗よ、暗の後には月が出る……と云つてあるからにや、酒さへ飲めば屹度御神慮に叶つて、大空の陰鬱の雲も晴れ、涼風颯々として面を吹き、天青く日は清く、天の岩戸開きが出来るであらうよ。酒なくて何の己がナイスかなだ。何程立派なナイスの給仕でも、飯ばつかりでは機まないからな。酒は百薬の長だ、酒はやつこすだ。薬師如来だ、般若湯だ、甘露水だ、釈迦だ、イエスだ。吾等を天国に救ふ大救世主は盤古神王でもなければ常世神王でもない。飲めば直に心浮き立ち、天国を自由自在に逍遥せしめ給ふ酒の神様だ。現実に天国に救ひ下さる神様は吾前に出現ましますぞよ』
『あまり酒の神の御厄介になると、門番の役が疎そかになつて、免の字に職の字を頂戴せなくては、ならなくなつて了ふぞ。チツと心得ねばなるまい』
『酒の用意はもう宜い。これで沢山だ。此上は一滴も飲めない。アヽえらく酔うた……と云ひ出した時が本当の酒の興味を覚えた時だ。強ひられない酒は飲めぬと云ふから、此シールさまが斯うしてお前に酒をシールのだ。アハヽヽヽ』
 ベスは喉の虫がキユーキユーと催促をして居る。到頭堪らなくなつてシールの言葉に従ひ、度胸を据ゑてグイグイと飲み始めた。忽ち舌は縺れ出し、近くに居つてさへ其言霊は聞き分け難き迄酔つぱらつて了つた。酔へば如何なる秘密も喋り立てるは小人の常だ。
 シールはベスを一寸むかつかせ、其勢に一切の秘密を吐かしてやらうと、稍声を高めて、
『オイ、ハベルの塔、貴様は何時までも此門番に仕へハベル名物男で、云つてもよい事はチツとも言はず、云はいでも宜い人の蔭口は能くハベル……オツトドツコイ喋る代物だから、今日は何もかも俺の前で白状するのだ。サア、最前の復命を細さに吾前に陳列するのだぞ』
『あんまり馬鹿らしくて、話すだけの実は価値がないのだよ。テールの青二才奴、サガレン王様が数多の軍勢を引率れ、此館に押し寄せ来り給ひし夢を見よつて、竜雲様やケールス姫に慌てて報告しよつたのが元で、あの様な空騒ぎがオツ始まつたのだ。あまり馬鹿らしいから誰にもこんな事は口外してはならないぞと、ケールス姫様から箝口令を布かれて了つたのだ。然し秘密は何処迄も秘密だから、天機洩らすべからず、此先は諸君の御推量に任すより仕方がないのだ。アハヽヽヽ』
『オイ、俺一人に向つて、諸君とは何だ。チト脱線ぢやないか』
『脱線するのも当然だよ。脱線に始まつて脱線に終つたのだからな。こんな事を誰が聞いても皆唖然として笑ふにも笑はれない事になる。共鳴するものは森の烏位なものだ。ケールス姫様があの美しき身体に満艦飾を施して、甲斐々々しくも薙刀を小脇にかい込み、赤い裾をべらつかせ、白き脛を顕はして……強敵御座んなれ……と立現はれ給ひし時の其健気さ、凛々しさ。一目拝んでも、胸に清涼水を注入した様な感じがするぢやないか』
『テールの近侍はそんな馬鹿な事を申し上げた以上は、竜雲様の怒りに触れ、屹度お手打ちになるだらうなア』
『ならいでかい、毎日日日お手打ちを得意になつて、姫様とケラケラ云ひ乍ら続行して居られるではないか』
『何と俺は今まで知らなかつた。三十万年未来の殷の紂王か姐己の様な悪逆無道を喜んで遊ばすのか。そんな暴君に心を安んじて仕へて居る事はチツと考へねばなるまいぞ。一つ風向が悪ければ、直にお手打ちとやられちや堪らないからな。オイ、ベス、それ丈毎日お手打ちをして後は如何片づけて仕舞はれるのだらう。根つから此門を潜つたお手打者は無い様だがのう』
『何造作があるものか、皆雪隠へ落して了はれるのだ』
『雪隠の中は随分沢山な亡者だらうなア』
『何と云つても、竜雲様と姫様が箸の先にひつかけて、ツルツルと口から飲み込んで了はれるのだから埒の宜いものだ、近侍の奴等は目を三角にして、そばから指をくはへて見て居るさうだが、何と気の利かぬウドンな代物ぢやないか』
『何だい、手打とは蕎麦の事だつたか。要らぬ事に強う気を揉ましよつた、ウフヽヽヽ。然しベスよ、よく考へて見ると世の中は宜い加減なものだな。神さま神さまと朝から晩まで、下手な調髪師の様に云つて御座つたサガレン王様は、大自在天様の御保護もなく、あんな惨めな目にお遭ひなされ、今に行方も判然せず、何処かの山野を落ちぶれて逍遥うて御座るであらうが、それに引換へ、あんな没義道な事をやつた竜雲が、ヌツケリコと王様気取りになつて、姫様と相対し、朝から晩まで手打をしたり、手を曳き合うたり、抱擁接吻したり、所在体主霊従の限りを尽して脂下つて御座るのは、コレは又何とした世の中は矛盾であらうか。俺ヤもうこれを思へば此世の中に大自在天もなければ、盤古神王も名のみあつて、其実なきものと断定せざるを得なくなつて来たよ。本当に無明暗黒の世の中だ。如何したらこれが誠の世の中になるだらうかな』
『オイ門番の分際としてそんな大それた事を囀つて、若しも竜雲様のお耳に達したら如何する積りだい。チツと嗜まないか。何程貴様が心を苛ち、忙殺的足踏みをして藻掻いた処で、決して其意志の万分一も貫徹するものでない。門番は門番らしく上の方の評定をやめて、おとなしく朝から晩まで此処に沈澱するのが、それが第一の安全弁だよ』
『オイ、ベス、お前は竜雲様の将来は如何なると考へるか』
『俺達がそんな事を干渉する丈けの権能は無い。兎も角喉元へ這入つて、お鬚の塵さへ払つて居れば宜いぢやないか。袖の下からも廻る子は可愛いと云ふことがあるよ。テールの奴、力も何もない癖に敏しこく廻りよつて、アレあの通り、竜雲様の丸で懐刀の様な地位に立ち、羽振りを利かして居よるぢやないか。下らぬ道徳論に囚へられて理窟を喋つて居ると、彼奴は頭が古い、時代遅れだ、一つ頭脳のキルクを抜いて古い血をぬき取り、新しく入れ替へて今一度鍛へ上げてやらねば、こんな寝息ものは夜店へ出した処で、乞食も買つて呉れないと云つて、親切に頭脳の解剖をやられて了ふよ。兎も角、人間は自己の生活を安全にするのが第一だ。道の為め、君の為め、世の為め、人の為め等と巧い雅号を表に使つて、何奴も此奴も羊頭を掲げて狗肉を売つてるのだから、世の中が斯う堕落して了つちや、到底昔気質の馬鹿正直では、牛馬にだつて噛み殺されて了ふよ。チツとシツカリせないと社会の無用物となつて了はねばならぬからなア。アハヽヽヽ』
 斯く話す折しも、何処ともなく門前近くに宣伝歌の声聞え来る。
『神が表に現はれて  善悪正邪を立て別ける
 此世を造りし神直日  心も広き大直日
 只何事も人の世は  直日に見直し聞直し
 身の過ちは宣り直す  尊き神の御教
 仮令天地は変るとも  誠一つの正道は
 ミロクの御世の末迄も  堅磐常磐に変らまじ
 一時の欲に踏み迷ひ  焼け朽ち錆びて腐るてふ
 形の上の御宝に  天より受けたる分霊と
 心を曇らせ身を穢し  知らず知らずに根の国や
 底の国へと落ち行きて  吾と吾手に苦しめる
 世人の艱みを救はむと  天津御神や国津神
 此世を救ふ生神の  教をもちて四方の国
 導き諭す宣伝使  此処に現はれ来りけり
 勢ひ強き竜雲も  今は桜の花盛り
 常世の春と楽しみて  不義の快楽に耽る折
 天津御空は忽ちに  黒雲起りて無残にも
 嵐となりて吹き散らす  明日明後日も来年も
 百年千年先迄も  此儘栄え行くべしと
 思ふ心の徒桜  忽ち強き夜嵐に
 打ちたたかれて諸人に  もて囃されし桜さへ
 嵐に散りて老若の  足に踏まれる世の習ひ
 因果応報忽ちに  廻る浮世の有様を
 知らず知らずに日を送る  曲津の業ぞ悲しけれ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 一日も早く竜雲が  心に棲める曲神を
 神の御水火の弥高く  払はせ給へケールス姫の
 君の命の迷ひをば  科戸の風のいと清く
 払ひ清めて旧の如  赤き心となさしめよ
 朝日は照るとも曇るとも  月は盈つとも虧くるとも
 仮令大地は沈むとも  誠の力は世を救ふ
 誠は此世の宝ぞや  悪の身魂も一時は
 茂り栄ゆる事あるも  天地の神の敏き目に
 如何でか洩れむ枉の罪  亡ぼされむは目の前
 早く心を立て直せ  さすれば神は汝等が
 心に潜む曲鬼を  罰め給ひて天地の
 神の御霊になりませる  清き御霊を授けまし
 此世の宝となさしめむ  神世の柱となさしめむ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と謡ひ終ると共に、早くも歌の主は門前に姿を現はしにけり。
 シール、ベスの両人は酔眼朦朧としながら、此宣伝歌の声に胸も刺さるる如き心地して、恐る恐る表門をパツと開き見れば、白髪異様の老人、左手に太き杖をつき、右手に扇を固く握り、儼然として仁王立ちになつて居る。シールは老人の異様の姿に驚いて舌を縺らしながら、
『お前は何処の爺さまか知らぬが、今日は此お城の館は公休日だから帰つて下され。明日は又日曜、明後日は国際日、其翌日は王様のお父様の御命日、其又翌日は御誕生日、其又翌日はお姫様の御誕生日だ。さうして其先は役人共の誕生日や両親の命日が続くのだから、何卒其日を除いて来て下され。これ丈機嫌好う般若湯に喰ひ酔うて居る処へ、殺風景な独眼爺さまがやつて来ちや面白くない。何とか竜雲様の悪心を直してやらうと思うて来て呉れたのだらうが到底駄目だ。そんな老爺心は誰も聞くものはないから、可惜口に風引かすよりもトツトと帰つた方が、お前の為めにお得だ。物言へば唇寒し秋の風、サアサア帰んだり帰んだり』
『アハヽヽヽ何と面白い門番もあつたものだな。門番にしてこれ丈けの粋人が居る以上は、随分大奥は百花爛漫たる天国の光景が展開されて居るだらう。和気靄々として上下一致、其楽しみを倶にする竜雲のやり方、誠に以て感服の至りだ。イヤもう人は斯うなくては叶はぬ。飲めよ騒げよ一寸先は闇よ、闇の後には月が出る。アハヽヽヽ』
ベス『やア此奴ア面白い死損ひだ。あまり大奥が何々だから、一つ竜雲様に申し上げて、城内の空気を一洗して貰ふ事に取計らふて見ませう。これこれ老爺どの、其処に暫く待つて居ておくれ』
『アハヽヽヽ別に竜雲の返答を待つまでもなく、此独眼老爺がどしどしと侵入するであらう』
ベス『アもしもし、そんな事をして貰つてはタヽヽ大変です。此門番も忽ち今日から足袋屋の看板で足上りになつちや堪りませぬ、愚図々々して居れば首が飛びます。何卒大奥のお返事を聞いて来る迄暫時の猶予を願ひます。門番は門番としての職務を固く守らねばなりませぬからな』
『アハヽヽヽ、お前達はそれだから現代に容れられないのだ。あまり謹んで門番を勤めるものだから、到頭大将に……彼奴ア門番には最も適当な人物だ……と鑑定されて了ひ、一生一代卑しき門番を勤めて居らねばならないのだ。常世の国の常世城の門番は、失敗の結果抜擢されて右守の神に昇進したことがあるぞよ。此世の中にお前の様な馬鹿正直な者が、如何して生活を完全に続けて行く事が出来るか。さてもさても可憐相な腰抜男だなア。アハヽヽヽ』
と肩を揺つて大きく笑ふ。
シール『ヤア此奴は中々話せる爺さまだ。一々肯綮に中る名論卓説を吐きよる。オイ、ベス、仲々前途有望だ。早く大奥へ報告して来い。屹度ウラル教だぞ……飲めよ騒げよ一寸先は闇よ……と云つたらう』
ベス『オウさうだ。此奴ア面白い!』
とベスは慌しく大奥さして進み入る。
(大正一一・九・二三 旧八・三 北村隆光録)
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