自分は二人の酔っ払いを連れてようやく、松の下というさびしい場所にさしかかった。勘吉は、ここに子分と共に先回りして潜み、自分たち三人を叩きのめそうという魂胆だった。
嘘勝はそれを探索し、加勢を集めて山に登り、石や割木を用意して、三人を助けようと準備してくれていた。
自分たち三人が松の下を通りかかると、四五人の黒い影が現れて、いきなり次郎松に殴り掛かってきた。自分は山の手に逃げたが、長吉も囲まれて殴られている。
すると山の上から石つぶてや割木の雨が降ってきた。嘘勝の一隊が、加勢を始めたのであった。さすがの勘吉と子分たちもこれにはたまらず、暗闇の中を逃げ出した。嘘勝は次郎松と弟の長吉を助け出し、ようやく家路につくことができた。
こういうことが何回も重なり、何度も袋叩きの目にあった。そのたびに、自分はなんだか社会に対して大きな使命を持っているような気がして、他人に万一でもけがをさせたら、それが将来の障害になるのではないか、との念が起こってきた。
そうして敵にやられるままに耐えていると、いつも誰かが出てきて敵を追い払ってくれたのである。このようであったから、二月八日も若錦一派の襲来を受けるようなことを自ら招いていたのであった。
精乳館で養生して母が訪ねてきた後、八十五歳になった祖母がやってきて、昨晩のことは神様の慈悲の鞭だととうとうと諭し、くだらない喧嘩などに身をやつさずに誠の人間になってくれ、と戒めた。
自分は胸が張り裂けるように思い、森厳なる神庁で大神の裁きを受けるような心持がして、心の中で改心を誓い詫びをしていた。
その夜更け、胸が騒ぎ心の中は警鐘乱打が響くようであった。そして今が善悪正邪の分水嶺に立っているように思われた。折しも忽然として、一塊の光明が身辺をい照らす如く思われてきた。天授の霊魂中の直日の御魂が眠りから覚めたのであろう。
そして父ばかりが大切の親ではない、母や祖母をこれまで軽んじてきた自分の思い違いを悟った。またならず者を相手に挑み争った行為は立派ではなかったと反省した。
人のなすことを妨げるのではなく、自分は自分の本文を尽くし、現行心一致の模範を天下に示せばよいのだ、人の善悪を裁く権利など自分は持っていない、ということに思い至った。
懺悔と悔悟の念に五臓六腑をえぐられるような苦しさを感じ、ついには感覚を失ってしまった。このとき、芙蓉山に鎮まりたまう木花咲耶姫命の命により、天使松岡の神が現れ来たって高熊山の霊山に導かれて修行を命ぜられることになったことは、第一巻に述べたとおりである。