友人の斎藤宇一の奥座敷を借りて、いよいよ幽斎の修行に着手することになった。宇一の叔母の静子、妹の高子、多田琴、岩森徳子、上田幸吉その他に三人の者が修行者となった。
瑞月は小幡川で拾った仮天然笛で羽織袴を身につけて厳粛に審神者を修した。初めてで様子がわからなかったが、多田琴が神主の座に着くと、組んだ手を前後左右に振り回して飛び上がり、戸も障子もふすまもガタガタになってしまった。
一週間もすると多田琴が口を切り始めた。多田は日一日と発動が激しくなり、言葉も円滑に使うようになってきた。このころは、激しく発動するほど偉い神が来たのだと勘違いしていた。
多田琴は白滝大明神、斎藤静子は恒富大明神だと口を切って飛び上がり始めた。今から思えば笑止だが、初めて会った発動、託宣を目の前にして、人間も修行さえすれば老若男女の区別なく神通が得られるものだという確信はついた。
神主たちの発動騒ぎに昼も夜も家のぐるりは野次馬が集まっていた。多田は発動したままほかの修行者を連れて実家に帰ってしまった。自分は連れ戻そうとしたが体が動かない。
宇一が瑞月の審神者となって確かめると、瑞月の口が切れて、松岡天使であると名乗り、天下の万民を助ける神の使いは、よほどの修行をせなくてはならない、この方の言うことに叛いてはならないと言いだした。
宇一は修行しても自分にはなかなか神様がかからないので、なんとか口が切れるようにしてくれ、と松岡神に頼み込んだ。松岡神は、神が五万円やるから穴太の地を買収して大神苑を作れと宇一に命じた。
宇一は五万円と聞いてにわかに喜びだした。松岡神は、相場に詳しい大霜天狗を瑞月にかからせてやるから、相場のことを尋ねて五万円儲けるがよいと言い渡した。
とたんに宇一の一家は態度を一変し、今まで喜楽と呼び捨てにしていたのが、上田大先生様とあがめだした。宇一の父・元市はさっそく瑞月に大霜天狗の神主となるよう要請した。
大霜天狗は、小判を埋めたところがあるからそこにこの神主の肉体を連れて行って掘り出させる、と言って引き取った。自分は大霜天狗の言を疑ったが、元市はすっかり信じ切って喜んでいた。