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文献名1霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻
文献名2第2篇 青垣山内よみ(新仮名遣い)あおがきやまうち
文献名3第9章 牛の糞〔1021〕よみ(新仮名遣い)うしのくそ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-20 13:31:11
あらすじ
元市は修行場の貸し出しを謝絶し、自分のことをののしり始めた。静子を中村から引き戻し、高子はそのまま中村で神がかりの修行をしていた。一方で息子の宇一は親父の目を盗んでまた喜楽のところへ出入りし始めた。

するとまた大霜天狗が喜楽にかかり、口を切って宇一に席払いを命じた。宇一は審神者気取りになって、前回の小判堀りの失敗をとがめたてた。

大霜は、改心ができていないから戒めを与えたのだ、と返した。そして改心ができたらいくらでも金を与えてやる、というと、宇一は必要だから欲しいのだ、と食いついてきた。

宇一は、父親が相場で財産を失くして肩身が狭い思いをしているから、それを埋め合わせるお金をもらえたら喜んで信仰します、とお金をねだった。大霜は殊勝な心がけに免じて十万円を与えると、大店の番頭が財布を落とした場所を託宣した。

これを聞いて宇一は大霜のいうとおり禊や祝詞を一生懸命上げ、喜楽に早く行こうとせきたてた。自分は、大霜の言うことは本当のようには思われない、と愚痴を言ったが、宇一はお金の話に乗り気で、信仰を盾に喜楽を促した。

二人は大霜に言われた峠道を下りてきた。暗闇の中に、財布のような黒いものが落ちていたので、二人はそれに手をかけた。財布と思ったのは、牛の糞であった。

宇一はがっかりして、もう神懸りはやめようと喜楽に言った。二人は力なく穴太に帰ってきた。

こうして神様は天狗を使い、自分たちの執着を根底から払拭し去り真の神柱としてやろうと思し召し、いろいろと工夫をこらしてくださったのだと二十年ほど経って気が付いた。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月09日(旧08月19日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年3月3日 愛善世界社版113頁 八幡書店版第7輯 72頁 修補版 校定版119頁 普及版55頁 初版 ページ備考
OBC rm3709
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本文  斎藤元市氏は大霜天狗の託宣のがらりと外れたのに愛想をつかし、修業場を貸すことを謝絶し、それきり自分の方へは見向きもせなくなつたのみならず、『大先生』と、暫く崇めてゐた喜楽に『泥狸、ド狸、野天狗、ド気違』と罵り始めた。そして自分の妻の妹のチンコの静子を、中村の修業場から引張帰り、園部の下司熊吉といふ博奕打の稲荷下げをする男の女房にやつて了つた。十三歳の高子の方は神懸りが面白いので、中村の多田亀の内で修業をして居た。宇一は爺の目を忍んで、そろそろ喜楽の宅へ出入りを始めた。そして神の道を覚束なげに研究してゐた。
 奥山で失敗して帰つてから、五日目の夜さであつた。又もや大霜天狗サンが、五日間の沈黙を破つて、腹の中からグルグルと舞ひ上り、喉元へ来て呶なり始めた。喜楽はヤア又かと、迷惑してゐると、雷のやうな大きな声で、
大霜『此方は住吉の眷族大霜であるぞよ。男山の眷族小松林の命令に依つて、再びここに現はれ、其方に申渡すことがあるから、シツカリ聞くがよいぞ。宇一は暫く席を遠ざけたがよからう』
 宇一は審神者気取りになり、
宇一『コレ大霜天狗サン、余り人を馬鹿にしなさるな。奥山に金が埋けてあるなんて、能うそんな出放題が言へましたなア、モウこれからお前の云ふことは一言も聞きませぬで……オイ喜楽、チとシツカリせぬと可かんぜ。お前の口から言ふのぢやないか、余程気を附けぬと気違になつて了うぞ。……オイ大霜、これでも神の申すことに二言がないといふか。八十万円なんて駄法螺を吹きやがつて、俺たち親子を馬鹿にしやがつたな』
大霜『八十万円でも八百万円でも其方の心次第で与へてやる。まだ改心が出来ぬから、誠のことが言うてやれぬのだ。金の欲が離れたら幾らでも金を与へてやる』
宇一『金の必要があるから欲しくなるのです。誰だつて必要のない物は欲しいことはありませぬ、欲しくない金なら要りませぬワイ。石瓦も同然だから、金を欲しがらぬ奴には金をやらう、欲しがる奴にはやらぬといふ意地の悪い神がどこにあるか、チツと考へなさい。審神者が気をつけます』
大霜『そんならこれから神も改心して、欲しがる奴にチツと計り与へてやらう』
宇一『ハイ、私は別に必要は厶いませぬが、内の爺は先祖からの財産を相場でスツクリ無くして了つたものですから、親類からはいろいろ攻撃せられ、あの養子はようしぢやない、わるうしだと人に言はれるのが残念ぢやと悔やんで居ります。余り欲な事は申しませぬから、元の身上になる所迄金を与へてやつて下さい。そしたら爺も喜んで信仰いたします。此頃は大霜サンが喜楽にうつつて騙しやがつたと云つて怒つてゐます。それ故私も爺に内証で、斯うして神さまの御用をさして貰はうと勉強して居るので厶います』
大霜『お前は親に似合はぬ殊勝な奴だ、それ丈の心掛があらば結構だ。そんならこれから金の所在を本当に知らしてやる、決して疑ふではないぞ。先に騙されたから今度も嘘だらうと、そんな疑を起さうものなら、又もや金銀の入つた財布が牛糞に化けるか知れぬぞ、よいか!』
宇一『決して神さまのお言を始めから疑うて居るのぢや厶いませぬが、此間の様に神様から間違はされると、又しても騙されるのぢやないかと、自然に心がひがみまして、一寸計り疑が起つて参ります』
大霜『それが大体悪いのだ。綺麗サツパリと改心をいたして、此方の申すことを一から十迄信ずるのだぞ』
宇一『ハイ、一点疑をさし挟みませぬから、お告げを願ひます』
大霜『そんなら言つてやらう、一万両でよいか』
宇一『ハイ、当分一万両あれば、さぞ爺が喜ぶこつて厶りませう』
大霜『其一万両を如何する積りだ。天狗の公園を先にするか、自分の目的の相場の方にかかるか、其先決問題からきめておかねば言うてやる事は出来ぬワイ』
宇一『ハイ、そこは神さまにお任せ致します。御命令通りになりますから……』
大霜『そんなら言つてやらう、よつく聞け! 葦野山峠を二町許り西へ下りかけた所の道端の叢に、十万円這入つた大きな色の黒い財布がおちてゐる。それは鴻の池の番頭が京都の銀行から取出して、大阪へ帰る途中泥坊の用心にと、ワザと途を転じて葦野山峠を越えた所、泥坊の奴、チヤンと先廻りを致し、葦野山峠に待つてゐた。それとも知らず番頭は、百円札で一千枚都合十万円持つて、葦野山峠をスタスタと登り、夜の十二時頃通つた所を、泥棒が物をも云はず、後からグーイと引つたくり、持つて逃げ様と致すのを、此大天狗が大喝一声……曲者!……と樹の上から呶鳴りつけた所、泥棒は一生懸命に逃げ出す、番頭は生命カラガラ能勢の方面へ逃げて行く。アヽ大切な主人の金を泥棒に取られて、如何申訳があらう、一層池へ身を投げて申訳をせうと、今大きな池のふちにウロウロしてゐる所だ。それをどうぞして助けてやらうと、此方の眷族を間配つて守護致して居るから、先づ今晩は大丈夫だが、何れ彼奴は金が出ない以上は死ぬに違ひない、それ故其方が其金を拾ひ、其筋へ届けたなら規則として一割は貰へるのだ、一割でも一万円になる、サア早く行け!』
宇一『それは何時賊が出ましたので厶いますか?』
大霜『今晩の十二時頃に出たのだ』
宇一『一寸待つて下さい、まだ午後五時で御座います。日も暮れて居らぬのに、今晩の十二時に賊が出たとは、そら昨夜の間違ひと違ひますか?』
大霜『ナニ今晩に間違ない、神は過去、現在、未来一つに見え透くのだ。先に出て来る事を知らぬ様では神とは申さぬぞよ。サア早く行け、グヅグヅして居ると番頭の寿命がなくなるばかりか、十万円の金を又外の奴に拾はれて了へば、メツタに出て来る例しがない』
宇一『葦野山峠は僅に一里計りの所です。今から行きましたら六時には着きます。六時間も待つて居るのですか?』
大霜『オウそうぢや、お前は肉体を持つた現界の人間だ、神界と同じ調子には行かぬワイ、そんなら十二時に賊が出て金を取るのだから、余り早過ぎてもいかず、遅過ぎてもいかぬから、此処を十一時半に立つて行け、そうすれば丁度都合がよからう』
宇一『最前申した様に決して疑は致しませぬけれど、もし間違つたら如何して下さいますか?』
大霜『間違うと思ふなら行かぬがよかろ、後で不足を聞くのは面倒だから、一層の事喜楽一人行くがよい、一万円の謝金は其方の自由に使うたが宜からうぞ』
宇一『もし大霜さま、此間の様に喜楽丈が行きますと、不結果に了るかも知れませぬ。私も一緒に連らつて行つたら如何ですか?』
大霜『それも宜からう。それまでに水を三百三十三杯頭からかぶり神言を五十遍上げよ。そうすればこれから丁度十一時半迄時間がかかる、それから行つたがよからう。神は之から引取るぞよ』
 ドスンと飛上り、畳を響かせ鎮まつて了つた。宇一は釣瓶に三百三十三杯の水をカブるのは苦痛で堪らず、小さい杓で、一杯の水を三しづく程酌んで『一つ二つ三つ……』と云つて三百三十三杯かぶる真似をしてゐた。祝詞も神言では長いと云つて、天津祝詞に代へて貰ひ、漸くにして五十遍早口に唱へて了ひ、
宇一『サア喜楽、ソロソロ行かうぢやないか。まだ九時過ぎだが、道々修行したりなんかしもつて行けば、丁度よい時間になるよ。遅いより早いがましだからな』
喜楽『モウおかうかい、おれは何だか本当のやうに思はぬワ。又此間の様な目に会はされると馬鹿らしいからな』
宇一『羹物にこりて膾を吹くとはお前の事だ、そう神さまだつて何遍も人を弄びになさる筈がない、疑ふのが一番悪い、何でも唯々諾々として是命維れ従ふと云ふのが、信仰の道だ。そんな事云はずに行かうぢやないか』
喜楽『余り人に分らぬよにしてをつてくれ。もし失策つたら又次郎松サンに村中触れ歩かれると困るからなア』
 宇一は『ヨシヨシ』と諾き乍ら、早くも吾茅家を立出でる。喜楽も従いて、田圃路を辿り天川村を右に見て、出山を越え、上佐伯の御霊神社の森に辿りつき、森の杉の木の株に腰を打掛けて、夜のボヤボヤした春風を身に浴び乍ら、眠たいのを無理に辛抱して、時刻の到るのを待つてゐた。
 愈十一時を社務所の時計が打出した。
『アヽモウ十一時だ、早く行かう』
と宇一は先に立つ。喜楽は後からスタスタと険しき葦野山峠を、七八丁計り登つて行く。峠の茶屋に山田屋と云ふのがあつた。まだ時刻が早いので、一寸一服して行かうと、戸の隙から中を覗くと、此五六軒よりかない村の若い者が、まだ遊んでゐる。……コリヤ却て都合が悪い……と云ひ乍ら、峠の右側の松林に進み入り、暫く時刻の到るを待つてゐる間に、二人共グツスリ寝込んで了つた。
 フツと先に目が開いたのは宇一であつた。
宇一『オイ喜楽、早う起きぬか、今一寸道の方を覗いて居りたら、神さまの云ふたやうに、一人の黒い男が、財布の様な者を担げて通りよつたぞ。又其後へ二人の男が一町ほど離れて行きよつた。ヤツパリ神様の仰しやる事は違はぬワ。丁度今財布をボツタクられてる所だ。余り早く行くと俺達が泥棒と間違へられて天狗さまに叱られては大変だから、ゆつくりして行かうだないか』
と小さい声で囁く。喜楽の心の中は、八分まで信ぜられない、如何してもウソの様な気がする。けれ共二分許り何とはなしに希望の糸につながれてるやうな気がした。
 そこで両人は林の中から街道へ下り、峠を二町ばかり降つて見ると、一寸曲り途がある。ここに間違ひないとよく目を光らして見れば、財布の様なものが黒く落ちてゐる。二人は一イ二ウ三ツで其の黒い物に手をかけると、財布と思ふたのは牛の糞の段塚であつた。
 二人は余り馬鹿らしいので、互に何とも云はず、まだ外に落ちてるに違ひないと、汚れた手をそこらの草にこすりつけ拭き取り乍らガザリガザリと草の中を捜して見た。ここは常から牛車の一服する場所で、路傍の草原に牛をつなぐ為、どこにもかしこにも牛糞だらけである。……コラ此処ではあるまい……と又一町許り降り、そこら中捜してみたが、何一つおちてゐない。念入りに葦野峠の西坂五六丁の間を捜してる間に、夜はガラリと明けて了つた。宇一は失望落胆の余り、
宇一『オイ喜楽、貴様の神懸りはサツパリ駄目だ。今度は糞を掴ましやがつただないか、クソ忌々しい、もうこんな事は誰にもいふなよ。お前は口が軽いから困る。そして今日限り神懸りは止めようぢやないか』
喜楽『グヅグヅして居ると金の財布が牛糞になると神さまが言ふたぢやないか。モウ仕方がない、これも修業ぢやと思うて諦めようかい』
宇一『サア早く帰なう、誰に出会うか知れやしない。余り見つともよくないから……』
と云ひ乍ら、力なげに両人は穴太へ帰つて来た。
 斯の如くして神さまは天狗を使ひ、自分等の執着を根底より払拭し去り、真の神柱としてやらうと思召し、いろいろと工夫をおこらし下さつたのだと、二十年程経つて気がついた。それ迄は時々思ひ出して、馬鹿らしくつて堪らなかつたのである。あゝ惟神霊幸倍坐世。
(大正一一・一〇・九 旧八・一九 松村真澄録)
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