元市は修行場の貸し出しを謝絶し、自分のことをののしり始めた。静子を中村から引き戻し、高子はそのまま中村で神がかりの修行をしていた。一方で息子の宇一は親父の目を盗んでまた喜楽のところへ出入りし始めた。
するとまた大霜天狗が喜楽にかかり、口を切って宇一に席払いを命じた。宇一は審神者気取りになって、前回の小判堀りの失敗をとがめたてた。
大霜は、改心ができていないから戒めを与えたのだ、と返した。そして改心ができたらいくらでも金を与えてやる、というと、宇一は必要だから欲しいのだ、と食いついてきた。
宇一は、父親が相場で財産を失くして肩身が狭い思いをしているから、それを埋め合わせるお金をもらえたら喜んで信仰します、とお金をねだった。大霜は殊勝な心がけに免じて十万円を与えると、大店の番頭が財布を落とした場所を託宣した。
これを聞いて宇一は大霜のいうとおり禊や祝詞を一生懸命上げ、喜楽に早く行こうとせきたてた。自分は、大霜の言うことは本当のようには思われない、と愚痴を言ったが、宇一はお金の話に乗り気で、信仰を盾に喜楽を促した。
二人は大霜に言われた峠道を下りてきた。暗闇の中に、財布のような黒いものが落ちていたので、二人はそれに手をかけた。財布と思ったのは、牛の糞であった。
宇一はがっかりして、もう神懸りはやめようと喜楽に言った。二人は力なく穴太に帰ってきた。
こうして神様は天狗を使い、自分たちの執着を根底から払拭し去り真の神柱としてやろうと思し召し、いろいろと工夫をこらしてくださったのだと二十年ほど経って気が付いた。