大阪を去る前に佐一の餅屋を尋ねたところ、そこで一夜の宿をいただけることになった。いつしか佐一の一間に雑魚寝で寝入ってしまった。
西日の中、淀川のほとりにたたずんで大阪城を眺め、感慨にふけっていた。すると十二三歳の少年が番頭風の男に追われている。聞けば、店先の薬を盗んだのだという。
少年は、母が病気で苦しみ、貧乏で薬も買えずに苦しんでいたところ、どうしても薬が欲しくなって手が出てしまったのだという。喜楽は五十銭出して、少年のために薬を買ってあげた。
番頭風の男は怒りに口汚くののしりながら、五十銭をひったくるように受け取って帰ってしまった。喜楽はその無情さに歯ぎしりしながら見送っていた。
そして、この貧しい少年の境遇を見ても、鄙も都も暗黒世界は同じものだとため息をついていた。すると、佐一の妻のお繁婆さんにゆすり起こされた。今の夢は、神様の御心で喜楽の心に戒めを与えられたものだと気が付いた。
また郷里には母や祖母のあることを思いださしめ、早く帰国させようというお計らいであったことが、後日感じられた。
丹波への帰り道、夜の山路の岐路で迷っていると、怪しい白衣の旅人が現れ、案内をするように進んで行く。怪しみながら着いていくと、眠気に襲われて道端の六地蔵の屋根の下に横たわり、眠り込んでしまった。
ふと目を覚ますと、怪しい女が赤ん坊を背に負い、『南無阿弥陀仏』と唱えながら地蔵の数多から水をかけて祈願しているようである。喜楽は恐ろしくなったが、気を落ち着かせ、恐ろしい思いをしながら山道をたどって一目散に馳せかえった。