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文献名1霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻
文献名2第3篇 阪丹珍聞よみ(新仮名遣い)はんたんちんぶん
文献名3第19章 逆襲〔1031〕よみ(新仮名遣い)ぎゃくしゅう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-25 14:19:30
あらすじ
ふと新聞の広告を見ると、壮士俳優募集と出ていた。自分はそれを見つめていると、多田琴が神がかりになって、霊術を応用して役者になれば名優にしてやろうと強制的に問いかけた。

自分は役者になってみたいものだと思っていたから、一も二もなく喜んで承諾した。しかし入会料として十円を取られた後、臀部に大きな腫物ができてうずいてたまらず、芝居どころではない。

腹の中から松岡神が出てきて、役者になりたそうにしていたから改心のために戒めたのだ、と笑う。丹波に帰ろうとすると腫物は嘘のように治ってしまい、それ以来俳優になってみたいという心はすっかり消え失せ、一心不乱に神界の御用に尽くすことになった。

穴太の斎藤某という口やかましい家の息子を直してやったらい、村の者も気が付いて信仰するだろうと思い、訪ねてみた。しかし追い返されてとぼとぼ帰ってきたところ、今度は次郎松が一人娘の阿栗(おぐ)が狐つきになってしまったと泣きついてきた。

行ってみると、次郎松も次郎松の老母も、彼らが喜楽に敵対して悪口を触れ回るものだから、腹いせのために娘に狐をつけたのだと思い込んでいる。喜楽は口を極めて二人に霊学の説明をしたが、まったく聞いてくれない。

仕方なく娘についていた狐を祓うと、またしても次郎松は、よくも大事な娘に狐をつけてくれたとあべこべに罵詈雑言をなす始末であった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月10日(旧08月20日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年3月3日 愛善世界社版226頁 八幡書店版第7輯 116頁 修補版 校定版236頁 普及版112頁 初版 ページ備考
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本文  不図配達して来た日出新聞の広告欄を見ると、壮士俳優募集と云ふ立派な広告が出て居た。自分は一生懸命に其広告を見詰めて居ると、多田琴がポンと飛び上り神憑りになつて、
多田『俺は男山の眷族小松林命であるぞ。今其広告にある通り、神界の仕組で正義団と云ふ壮士芝居の団体が募集されて居るのだ。お前はこれから、今迄苦労して覚えた霊術を応用して芝居の役者になれ。神が守護して如何な不思議な事でもさしてやるから、川上音次郎以上の名優にしてやらう。如何ぢや、神の申す事を承諾するか、但は否と申すか、直に返答をして呉れ』
とニコニコ笑ひ乍ら強制的に問ひかける。喜楽は此広告を見て、
『俺も一度壮士役者になつて見たいものだ』
と思ひつめて居た際であるから、一も二もなく喜んで、
喜楽『ハイ、神様さへお許し下されば壮士役者になります』
と速座に答へた。さうすると小松林と名乗る憑霊は、嬉しさうな顔して言葉まで柔しく、
『流石はよく先の見える、先の分つた審神者だ。サア愚図々々してると応募者がつまれば駄目だから、今夜直様立つて行け。さうして金を十五六円ばかり積りをして行け』
と云ひ渡す。
 ありもせぬ金を寄せ集めてヤツと十五円拵へ、保津の浜から、舟に乗つて谷間を下り嵯峨に着き、それから竹屋町富小路の宿屋に尋ねて行つた。正義団長と称する男、名は忘れたが直様二階へ案内して呉れ、入会料として十円を請求する。直様十円を放り出し種々と手続きを済まして、それから安い宿を探し、日々柔術の型を稽古したり、科白を覚えたり、十二三人の男がやつて居た。愚図々々して居ると五円の金が無くなつて了ふ。さうして臀部に大きな瘍が出来てビクとも出来ず、うづいて堪らない。
『こんな事では芝居どころの騒ぎぢやない。何とかして吾家へ帰りたいものだが歩いて去ぬ事は出来ず、俥賃はなし、一層の事、枳殻邸の附近に弟の政一が子に行つて居るから、其処迄俥で運んで貰ひ世話にならうかなア』
と考へ込んで居ると腹の中から又もや玉ごろが喉元へつめ上つて来た。さうして、
『アハヽヽヽ』
と可笑しさうに笑ひ出す。
『足の腫物が痛くて何どこでもないのに、可笑しさうに腹の中から笑ふ奴は何枉津ぢやい』
と呶鳴つて見た。腹の中からさも可笑しさうに小気味良さ相の声で、
『イヒヽヽヽ』
と連続的に十分間程笑ひつづける。さうして、
『俺は松岡ぢや、貴様が新聞の広告を見て、役者になり度相にして居るから、一寸改心の為に嬲つて見たのだ。本当に日本一の大馬鹿だのう、オホヽヽヽ』
と笑ひ出す。進退維谷まつた喜楽は如何する事も出来ず、宿賃を三日分三円六十銭払ひ、丹波へ帰らうとして宿の門口を立つて出た。知らぬ間に臀部の大きな腫物は嘘をついた様に治つて居た。それきり壮士俳優になつて見度いと云ふ心は、スツカリ消え失せ、一心不乱に神界の御用に尽すと云ふ心になつたのである。
 同じ穴太の斎藤某と云ふ紋屋の息子が、肺病で苦しみ医薬の効もなく困つて居るから、其処へ助けに行つたら如何だ……と おいよと云ふ婆サンが出て来て、頻りに勧めるので、喜楽も、
『彼処の息子の計サンの病を癒してやつたら、チツと村の者も気がつくだらう。信仰をするだらう』
と思ふたので、朝早くから其家に羽織袴で訪問して、
喜楽『計サンの病気平癒をさしてやりませうか』
と掛合ふて見た。此処の奥サンはお悦と云ひ、随分口の八釜しい女で、村の人から雲雀のお悦サンと仇名をとつて居た。お悦サンは喜楽の姿を見て目を円うし、
お悦『これこれ、飯綱使ひの喜三ヤン、何ぞ用かい、大方お前は、家の計の病気を拝んでやらうと云つて来たのだらう。アヽいや いや いや、神さまのかの字を聞いても腹が立つ、家の親類は天理サンに呆けて家も倉もサツパリとられて了つた。近はんは稲荷下げに呆けて相場して、家も屋敷も田地迄売つて了つた。此時節に神々吐す奴に碌な者はない。お前サンも人の処を一杯かけようと思ふて来たのんだらう。サア何卒帰つて下さい。然し喜楽サン、俺が斯う云ふとお前は腹を立てて、あたんに飯綱をつけて帰るかも知れぬが、憑けるなら憑けなされ。俺ん所は黒住さまを祀つてあるから、飯綱位に仇はしられませぬから大丈夫ぢや。黒住さまは天照皇大神宮さまぢや、天狗サンや四足とはてんからお顔の段が違ひますぞえ。サア早う去んで下され。其処等がウサウサして来た。又計の病気が重うなると困るから……サア去んでと云ふたら去んでおくれ。エー尻太い人ぢやなア、蛙切りの子は蛙切りさへして居れば宜いのに、どてらい山子を起して金も無い癖に、人の金で乳屋をしたり、其乳屋が又面白くない様になつたので、そろそろ商売替へをして飯綱使ひをするなんて、お前にも似合はぬ事をするぢやないか。昨日も次郎松サンが出て来て何も彼も云ふてをりましたぞえ。薩張り化けの皮が剥けて居るぢやないか。亀岡の紙屑屋へは如何でしたな』
と口を極めて罵詈嘲弄する。喜楽はむかついて堪らぬけれど、
『此処が一つ辛抱だ。こんな八釜しい女の誤解をといておかねば将来の為め面白くない』
と思ふたので、色々雑多と神様の道を説いて聞かせたが、てんで耳をふさいで聞かうとせぬ。お悦サンは半泣声を出して、
お悦『エーエー煩さい。何程落語家の喜楽サンが甘い事云つても、論より証拠、現在身内の次郎松サンが証拠人だから……エー穢はしい、早く去んで下さい。これお留、塩もつておいで……』
と下女の名迄呼びたてて人を塩でもかけてぶつ帰さうとして居る。仕方が無いのでトボトボと吾家を指して帰つて来た。
 小幡橋の袂まで帰つて来ると、次郎松サンが真青な顔して出て来るのに出会つた。次郎松はついにない優しい顔をして、
『もしもし上田先生、一寸頼まれて下され。二三日前から家の阿栗(一人娘の名)に狐が憑いて囈言を云ふたり、雪隠へ行つて尻から出るものを手に掬ひ、コロコロ団子を拵へて仏壇に供へたり、妙な手付で躍つたり、跳ねたりした挙句は、布団をグツスリ被つて寝通しぢや。モウこれからお前には敵対はぬから何卒堪忍して呉れ。あんまり俺が反対するのでお前が怒つて、それ……あの……何々を憑けたのぢやらう。もうこれから屹度お前の云ふ通りにするから、何々を連れて行つて下され。ナア喜楽先生、何卒頼みますわ』
と橋の上で大きな声で云ふ。人に聞えては態が悪いと思ふては、キヨロキヨロ其処等を見廻して居ると、松サンは頓着なしに娘の病気の事を喋り立てる。仕方が無いので喜楽は、
喜楽『兎も角行つて見ませう』
と先に立つて次郎松の家へ行つた。おこの婆サンは喜楽の顔を見て、いきなり、
おこの『これ喜楽サン、お腹が立つたぢやらうが何卒怺へてお呉れ。昨夜から阿栗が喜楽サン喜楽サンと八釜しう云ふて仕様がない。あまり宅の松が神さまの悪口を云ふもんだから、お前が怒つて一寸……したのだらう。何と云ふても隠居母家の間柄、宅の難儀はお前の処の難儀だ、又お前の処の難儀は矢張俺の宅の難儀だ。悪い事せずに、早う飯綱を連れて去んでくれ。年寄の頼みぢやから……たつた一人の孫があんな態になつてるのを見て居る俺の心はいぢらしいわいなア、アンアンアン』
と泣き出す。喜楽はムツとして、
喜楽『これ、おこのサン、そんな無茶な事云ひなさんな、殺生ぢやないか。誰がそんな物を使ふものか、自分の宅に置いた奉公人でさへも仲々言ふ事を聞かぬぢやないか。仮令そんな狐があるにした処で人間の云ふ事を聞きさうな筈がない。あんまり見違ひをしておくれな、わしは腹が立つ。村中の者に飯綱使ひぢやと悪く云はれるのも、皆松サンが仕様もない事を触れて歩くから俺が迷惑をしてるのぢや。結構な神さまの名まで悪くして堪らぬぢやないか』
おこの『その腹立ちは尤もぢやが、外ぢやないから何卒機嫌を直して阿栗の病気を助けてやつてくれ。これ松、お前もチツと喜楽サンに頼まぬかいな』
 奥の間で阿栗と云ふ娘は、ケラケラケラと他愛いもなく狐が憑いて笑ふて居る。助けてやつても悪く云はれる、助けてやらねば尚悪く云はれる、こんな男にかかつたら如何する事も出来ぬ。エー仕方がないと病人の前へ端坐して天津祝詞を奏上し、神言を静に唱へて一二三四……と天の数歌を四五回繰返した。病人はムクムクムクと立ち上がり、矢庭に跣足のまま庭に下り、門口の戸に頭を打つて『キヤツ』と云つたまま仰向けに倒れた。此時高畑の狐が退いたのである。それから娘の病気はスツカリ癒つて了つた。松サンは口を尖らして、
次郎松『これ、喜楽サン、お前は何と云ふ悪戯をする男だ。人の処の娘へ狐を憑けて長い事苦しめ、知らぬかと思ふて居つたが、宅の母者人や、此松サンの黒い目でサツパリ看破られ、しやう事なしに憑けた狐をおひ出したのだらう。今度はこれで怺へてやるが、一人娘を又こんな目に遭はすと警察へつき出して了ふぞ。サア飯綱使ひ、早う去ね、何程仇をしようと思ふても、宅には金比羅さまのお札が此通り沢山にあるから、これから金比羅さまを祈つてお前の魔術が利かぬ様にしてやる。お前も、もういい加減に改心をして元の乳屋になり、年寄やお米はんに安心をさしたら如何ぢや。お前処が難儀をすると矢張黙つて見捨てておく訳には行かぬから、親切に気をつけるのだから悪う思ふ事はならぬぞ』
と娘を助けて貰うてお礼を云ふ処か、アベコベに不足のタラダラを並べ罵詈を逞しうし、お為めごかしの御意見を諄々と聞かして呉れた。松サンは其翌日から益々猛烈に反対をしだし、
次郎松『宅の娘に喜楽がド狐を憑けて苦しめよつた。到頭化けが現はれて俺に責め付けられ、仕様事なしに骨折つて憑けた狐をおひ出して連れて去によつた。俺は親類で居つて云ふのだから嘘ぢやない。みな用心しなされや』
と其処等中を触れ歩いた。喜楽こそ宜い面の皮である。
(大正一一・一〇・一〇 旧八・二〇 北村隆光録)
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