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文献名1霊界物語 第37巻 舎身活躍 子の巻
文献名2第4篇 山青水清よみ(新仮名遣い)やまあおくみずきよし
文献名3第22章 大僧坊〔1034〕よみ(新仮名遣い)だいそうぼう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-10-26 11:56:11
あらすじ
園部での布教時代にひとつの珍話がある。北桑田方面に布教を試みようと、五箇荘村の手前の村にさしかかったところ、たそがれ時になり、宿を探そうと思ったが、懐には二十銭しかない。

野宿を覚悟で足を引きずって行くと、二三人の村人と道連れになった。話は自然、病気や憑き物のことに移って行った。

村には小林貞三という親爺がいて、十五六年前から不思議な憑き物で困っているという。腹の中から大きな声が出て立派な神様だと自称し、それにしたがって相場を張って身上を大方なくしてしまい、今は駄菓子やボロ材木を商って暮らしているという。

喜楽はそこを今夜の宿と定めてその家の店先を訪れた。喜楽は駄菓子を買って親爺との話をつなぎ、憑き物の相談を受けることになった。その夜は鎮魂帰神を実施することになった。

夕飯後、喜楽が審神者となって法を施すと、親爺についていた霊は激しく発動し、青い鼻汁を盛んに出し始めた。喜楽が名を訪ねると、鞍馬山の大僧坊だと名乗ったが、問い詰めると親爺の身体を宙に浮かせて、審神者の頭の上をかけりだし、目玉を足蹴にしようと狙っている。

喜楽は組んだ手を解いて右の人差し指に霊をかけ、親爺の身体をクルクルと回して荒療治を行った。これに憑霊は観念して、正体を白状し始めた。

霊は、この親爺の叔父であったという。十四五年前に、この親爺が悪辣な手段で叔父の財産を横領したため、叔父は怒りのあまり精神に隙ができ、野天狗に憑かれて山奥で自殺してしまったのだという。

叔父の霊は悔しさのあまり、この親爺が酒に酔って道端に倒れていたところを野天狗と一緒に憑依し、憑神のふりをして相場に手を出させ、親爺を零落させてしまったのだという。

そして、最後に何とか命を取ることを狙っていたところ、審神者に看破されたのだと明かした。

親爺は叔父の霊を手厚く葬ることを約束したので、霊はいったんは退散した。しかし退散は表向きで、やはり親爺の身体に潜んで時々妙なことをやらかすのであった。

この小林という爺さんは明治四十五年ごろに大本に訪ねてきたことがある。今は家も何も売ってしまい、大阪方面に出稼ぎに行ったということである。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月12日(旧08月22日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年3月3日 愛善世界社版265頁 八幡書店版第7輯 130頁 修補版 校定版276頁 普及版132頁 初版 ページ備考
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本文  喜楽の入綾に先立ち茲に一つの珍話がある。明治三十一年の八月、八木の福島氏に二三回頼まれて、園部黒田の会合所から、はるばると山坂を越え、参綾して教祖に面会し、四方すみ子、黒田きよ子、四方与平氏などの大賛成を得、出口教祖と共に、艮の金神様のお道を広めようとした時、足立氏や中村氏の猛烈なる反対に遭ひ、教祖より……時機尚早し、何れ神様の御仕組だから、時節を待つて御世話になりますから、一先づ帰つて下さい……と云はれて、是非なく園部黒田の会合所へ帰り、それよりあちら此方と宣伝に従事して居た。
 黒田を発つて北桑田の方面へ布教を試みようと思ひ、五箇庄村の四谷の少し手前の、二十軒ばかりの村に差かかつた。日もソロソロ黄昏時、どこかに適当の宿を求めようかと懐中を探つて見れば、懐にはたつた二十銭しかない。……ママよ、困つたら野宿をしてやらう……と腹をきめて疲れた足を引ずつて行くと、山から粗朶をかついで帰りて来る二三人の村人と途伴れになつた。ゆくゆく下らぬ話をしてゐる内にも、話は自然病人のことや憑者のことに移つて行つた。さうすると其中の一人が、
『あなたは憑者をおとす御方ですか、随分誓願寺の祈祷坊主や稲荷下げが来ますけれど、中々おちぬものです。此村にも不思議な憑者で困つて居る者があります』
と朴訥な村人は、行手に見える道の左側の可成り大きな一棟の家を指し乍ら、
『あすこの爺は小林貞蔵といひますが、どういふ訳か、十五六年前から、腹の中から大きな声が出る病気で、本人の知らぬことをズンズンと喋り立てます。貞蔵サンは何とかして声の出ない様にと骨を折るのだが、何うしても止らぬのが不思議ですよ。最初の間は自分から大変に警戒をしてゐましたが腹の中の憑者は……おれは立派な神さまだ……と名のるのを、いつのまにやら信じて了ひ、其声の指し図通りに相場をしましたが失敗の基で、田舎では可なりの財産を大方なくして了ひました。只今では駄菓子の小売をしたり、ボロ材木屋をして暮してゐますが、腹の声はまだ止まず、いろいろ雑多とつまらぬことを喋るので、貞蔵サンもこれには持て余してゐます』
と何気なく喋り立てる。喜楽は心の中で、……今夜のおれの御宿坊はここだなア……と自分ぎめにきめて了ひ、何食はぬ顔して其家の店先へ行つて見ると、一文菓子が少し計り並べてあり、店先には五十計りの額口のバカに光つた、鼻の高い丸顔爺が、厭らしい笑を湛へてすわつてゐた。喜楽は、
喜楽『一寸休ませて下さい』
と縁側に腰を卸して、ムシヤムシヤと駄菓子をつまんで食ひ出した。五銭十銭十五銭と菓子を平げ、貧弱な菓子箱はモウそれでおしまひになつて了つた。爺は呆れて喜楽の顔を見つめて居た。喜楽は、
喜楽『お菓子はこれで品切れですか、せめてモウ一円計り食ひたいものだ』
といつた。爺はますます呆れ、丸い目を剥き出し、
爺『お前サン、何とマアお菓子の好きな方ですな。何うしてそないに沢山あがられますか、お腹が悪うなりますで……』
と注意顔に云ふ。
喜楽『わしが食べるのぢやない、わしは元来菓子は嫌だが、皆私に憑いてゐる副守護神が食べるのぢや。サアお金を取つて下さい!』
と後生大事に持つて居た身上ありぎりの二十銭銀貨をポンと放り出した。
『ヘー』
と爺は益す目玉をまん丸うして、
爺『あんたにもヤツパリ憑者がゐますか、ふしぎな事もあるものぢやなア。私もドテライ憑者が居つて、困りますのぢや』
と云ひ乍ら、自分の身の上を打あけて、果ては、
爺『どうぞ此憑者を退かして頂く訳には行きますまいか』
と憑霊退散の相談を持ちかけて来た。喜楽はヤツと安心して爺の勧むる儘に、家に上りこんで、夕飯を頂き、そしてソロソロ鎮魂帰神の法を実施する段取となつた。
 喜楽は審神者となり爺は神主となり、主客相対坐して奥座敷にすわり、懐から神笛を出して、ヒユーヒユーヒユーと吹き立て、天の数歌を二回唱へ上げ、『ウン!』と力をこめるや否や、元来ういてゐた霊の事だから、ワケもなく大発動を始めた。其発動状態が頗る奇抜なもので、青い鼻汁が盛に出る。ズルズルズル ポトポトと際限なく膝の上に落ちる。爺サンはしきりにそれを気にして、組んで居た手を放して、懐から紙を出して、チヨイ チヨイと拭きにかかる、又手を組む、ズルズルと鼻汁が出る、爺は手をはなして、
爺『一寸先生失礼』
といひ乍ら、懐から紙を出してツンとかむ、そして又手を組む、鼻汁がツルツルと出る、又手を放し、懐の紙を出してハナを拭く。そして大きな声で、
『ヴエー』
と唸り、うなつた拍子に、口が細く長くへの字になる。五六回もこんな事を繰返すのを、黙つて見て居たが、霹靂一声、
『コラツ!』
と喜楽は大喝してみた。爺は此声に驚いて、一尺許り手を組んだ儘飛上つた。
喜楽『モウ鼻汁をふく事は相成らぬ。何神か名を名乗れ!』
と問ひ詰めた。爺サンの鼻汁は依然として、遠慮会釈もなくツルツルと流れおつる。拭く事を禁ぜられたので、鼻汁が連絡して了ひ、鼻の穴から膝まで、つららのやうに垂れさがる。喜楽は委細かまはず、たたみかけて、
喜楽『早く名を言へ、早く早く』
とせき立つれば、爺の憑霊は肘をはり、口をへの字に結び、しかつめらしく、
爺『オーオ、俺は、俺は……のう』
と腹の底から途方途轍もない高い声が湧いて来る。そして又、
爺『おれはおーれはのう、おれはのう』
と連続的に『俺は』を続けてゐる。
喜楽『なんぢや辛気くさい、其先を言へ』
爺『俺はのう、ウツフン、アツハヽヽヽ』
喜楽『早く名乗らぬか、同じ事許り、何べんも何べんも、くり返しよつて、辛気くさいワイ』
爺『オヽヽ俺はのう、俺はのう、クヽヽヽ鞍馬山のダヽヽヽヽヽ大僧坊だワイ』
と芝居がかりの大音声、
喜楽『フヽン、何を吐すのだ。鞍馬山には大僧正なら居るが、大僧坊などと言ふ天狗がゐるものか、有のままに白状せい。果して鞍馬山の天狗なれば、鞍馬山の地理位は知つてゐるだろ。鞍馬山は何といふ国の山だ』
爺『アツハヽヽヽア、バカバカバカ、馬鹿者奴! 鞍馬山の所在が知れぬ様な事で、審神者を致すなぞとは片腹痛いワイ。知らな、云つて聞かさうか、山城の国の乙訓郡であるぞよ』
喜楽『鞍馬山は乙訓郡ではないぞ。自分の居る所さへ分らぬ様な者が、鞍馬山の大僧坊とは駄法螺を吹くにも程がある。其方は擬ふ方なき野天狗であらうがなア』
爺『見破られたか、残念やな、クヽヽ口惜やなア』
と鼻汁天狗は飽くまで芝居気取りで、切り口上で呶鳴つてゐる。
喜楽『畏れ入つたか、貴様はヤツパリ野天狗であらうがなア』
爺『オヽオウ、俺は俺は、ヤツパリ野天狗であつたワエ』
 言ひも終らず、爺の体は宙に浮かんで、静坐せる審神者の頭の上を、前後左右縦横自在にかけり出した。そして隙をねらつて、目玉のあたりを足げにせうとの魂胆、実に険呑至極であつた。乍併これしきの事にビクツク様では審神者の役はつとまらないと、咄嗟に組んだ手をといて右の人差指に霊をかけ、爺の体に向けて、喜楽は指先を右に一回転した。それに従つてクルリと爺の体は宙に浮かんだまま、鼻汁迄が円を描いて、右に一回転する。続いて指を左にまはせば、爺の体はそれにつれて左に一回転する。指をクルクルクルと間断なくまはせば、爺の体もクルクルクルとまるで風車其ままであつた。此荒料理には流石の野天狗も往生したと見え、全身綿の如く疲れ切つてヘトヘトになり、とうとう畳に平太ばつて了つた。そして切りに首をふり乍ら、顔を畳にひつつけた儘、
爺『一切白状致します、御免下さいませ。モウ斯うなれば隠しても駄目だから……』
と以前の権幕はどこへやら、猫に追はれた鼠のやうにちぢこまつた。喜楽の質問につれ逐一自白したが、それはザツと左の通りであつた。
『此爺の叔父に一人の財産家があつた。それを此爺が十四五年前、悪辣なる手段でたらしこみ、財産全部を横領して了つた。叔父は憤怒と煩悶の余り、精神に虚隙が出来、其結果野天狗につかれ、とうとう山奥にいつて首を縊つて往生して了つた。死骸は永らく見つからず、二三年してから白骨となつて、山の奥にころがつてゐた。余りの悔しさ残念さに、叔父の亡霊は此爺が酒にくらひ酔うて、道傍に倒れてる隙を考へ、野天狗と一所に憑依し、そして鞍馬山の大僧坊と偽り、米が非常に下がるから早く相場をして売にかかれ、大変な金を儲けさしてやると云ふので、売方になると米が段々と上がつて来る。今度は又米があがるから買方になれと云ふので、其通りやつて見ると、大変な大下がりを喰ひ、何回となくたばかられて、大損害を重ね、折角叔父から手に入れた山林田畠も残らず売りとばして了ひ、駄菓子屋とヘボ材木屋とまで零落させて了つたのである、尚最後には何とかして命まで取る積で居つた所、今日計らずも、霊術非凡な審神者に看破されたので厶います』
と大体の自白をした。そして鼻汁が盛んに出るのはつまり首をくくつた時、鼻汁を垂れた其亡霊の所為である。白骨の主を手あつく葬る事を爺が約束したので、亡霊はヤツとのことで、爺の体から退散した。乍併退散したといふのは表向で、ヤツパリ此爺の体に潜み、時々妙な事をやらすのである。此爺さんは明治四十五年頃大本へ訪ねて来たことがある。今は家も何もかも売つて了ひ、大阪方面へ出稼ぎに行つたといふことである。
(大正一一・一〇・一二 旧八・二二 松村真澄録)
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