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文献名1霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻
文献名2第2篇 黄金清照よみ(新仮名遣い)おうごんせいしょう
文献名3第6章 妖霧〔1071〕よみ(新仮名遣い)ようむ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-11-17 11:59:09
あらすじ
谷道の傍らの森に、古ぼけた祠があった。レーブとタールはその後ろに隠れて、先ほどの災難についてひそひそ話にふけっている。そこへ、息をはずませてハムが祠の前にやってきた。

ハムは、二人の女に投げられた災難を吐露し、レーブとタールが自分を助けるどころか悪態をついて放置していたことに怒りを表した。

ハムは、そのあと聞こえてきた宣伝歌から三五教徒がの応援が来たと思い、その恐ろしさを祠の前に訴えた。そしてもう体が動かくなったと嘆き、バラモン教の神に助けを乞うた。

河鹿川の谷底から立ち上った霧にあたりは包まれ、一足先も見えなくなってしまった。レーブとタールはハムが弱音を吐いて参っているのをからかってやろうと、霧を幸い祠の下から這い出した。

タールとレーブは、黄金姫と清照姫の声色を使って、鬼の母子を演じ、ハムを震え上がらせた。ハムは恐ろしさに思わず、霧の中の声に向かって命乞いを始める。

二人が鬼の母子の真似をしてハムをなぶっていると、山おろしに霧は払われて、三人の姿ははっきりをわかってきた。ハムは、レーブとタールが自分をからかっていたことがわかり、怒りに足腰の痛みも忘れて立ち上がった。

レーブとタールをそれをみて、細谷道を命からがら逃げて行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月22日(旧09月3日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年5月5日 愛善世界社版78頁 八幡書店版第7輯 308頁 修補版 校定版81頁 普及版31頁 初版 ページ備考
OBC rm3906
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本文  谷路の傍のコンモリとした森に古ぼけた一つの祠がある。其後にヒソビソ話をしてゐる二人の男があつた。
『オイ、レーブ、今日位怖い目に会うた事はないぢやないか、イヤ怪体な日はあるまい。バラかパンヂーか芍薬かと云ふやうな美しいクヰン様が婆アと二人連れで河鹿峠を天降り遊ばしたので、俺は一目其お姿を拝むなり、魂が宙に飛び、仮令敵でも構はぬ、一ぺんあの綺麗な手で、三人の奴のやうにさわつて貰ひたかつたが、併し乍らあんな目に会うても約らないし、一体あれは何神さまだらう。俺はそれからこつちといふものは、あの女神の姿が目にちらついて、何うにも斯うにも仕方がないワ。怖いやうな何とも言へぬ気分になつて来たよ』
レーブ『貴様も余程良いデレ助だな。そんなこつて大切な使命が勤まるか。もし貴様、あれが例のレコであつたら、如何する積だ』
タール『そんな事は先にならな分らぬワイ。兎も角粋の利かぬ奴計りがゴロついてるものだから、施すべき手段がない。併し三人の奴は仮令命はなくなつても光栄だと思うて、成仏するだらう。あんな高い所からウンと一思ひに天国へ行けるのならば、おれもあの女神に放つて貰うて、天国へ行つた方が何程結構だか知れない。実際此世の中に居つたつて面白くも何ともないからなア』
レーブ『それ程死にたいのなら、なぜハムが追ひかけた時に殺して貰はなんだのだ。ヤツパリ貴様は命が惜いのだらう』
タール『馬鹿言ふな。貴様が逃げるものだから朋友の義務を重んじて、附合に逃げてやつたのだ。何程天国がよいと云つても、ハムのやうな奴に殺されてはたまらぬからな。たつた一ぺんより死ぬ事の出来ぬ命を、アテーナの女神の様なクヰン様の御手に掛つて死ぬのならば死んでも冥するが、ゲヂゲヂのやうに世間から厭がられてる鬼面のハムの手にかかるこたア、何程死に好の俺だつて真平御免蒙りたいワイ。アーアま一度女神の御顔が拝みたくなつて来たワイ』
レーブ『婆アサンの御顔は如何だ。万々一あのクヰンさまがお前の女房になつてやると仰有つたら、婆アサンもキツとお添物に出て来るに違ないが、其時にや貴様如何する積だ』
タール『婆アサンだつて女だよ、あんな娘を生んだ位だから、若い時は非常なナイスに違ない、昔のナイスだと思へば余り気分も悪いこたアない事はないワイ。ウツフヽヽヽ』
レーブ『コリヤ静にせい。ハムの奴、声を聞きつけてやつて来やがつたら、それこそ大変だぞ。俺の命を今度は取るに違ない、余り両人が云ひすぎたからなア、大変に怒つてけつかるに違ないから、マア暫く沈黙の幕をおろして、潜航艇のやうに祠の床下にでも伏艇して居らうぢやないか』
 かかる所へ足音高くスースーと息をはずませやつて来たのはハムである。ハムは祠の前の置石に腰を打かけて独言をいつてゐる。
ハム『アーア、何といふ今日は怪体な日だらう。天女のやうなナイスがやつて来やがつて、無限の力をあらはし、おれたち三人を猫が蛙を銜へたやうに、ポイと谷底へ投げこみ、サツサと行つて了ひやがつた。空中を七八回も廻転したと思へば、真綿のやうな砂の上へドスンと落され、暫くは気が遠くなつてゐたが、漸くにして気がつき起上らうとすれ共、腰の骨が如何なりよつたか、チーツとも動けないので自然療治を待つてゐると、そこへレーブ、タールの無情漢奴がやつて来て、俺を水葬するの、二人を助けてやるのと、吐いてゐやがる。怪しからぬ事を吐す奴と腹が立つて堪らず、腰の痛みも打忘れて起き上るや否や、二人の奴ア、雲を霞と逃げて了ひよつた。モウ大分に行きよつただらう。イール、ヨセフの両人をまだ温みがあるので生き返らしてやらうと思ひ、いろいろ介抱してると、何とも知れぬ腹を抉るやうな声で、宣伝歌を歌うて来る奴がある。此奴ア、キツと最前の母娘の者の身内に違ない、グヅグヅしてると大変と漸う此処までやつて来たが又もや腰が痛み一歩も歩けぬやうになつて了つた。ヤレ嬉しやと気がゆるんだが口計り達者で身体がサツパリ動かぬ。アヽ如何したら良からうかな。もしや最前の宣伝使がやつて来よつたら、又候谷底へ放られて今度こそ命の終末だ、アーア、バラモン教の大神様、私はお道の為にやつた事で厶いますから、仮令少々不調法が厶いましても広き心に見直して此足腰を早く立てて下さいませ、お願致します』
と涙声になつて祈り出した。レーブ、タールの二人は祠の床下から此独言をスツカリ聞いて了ひ、互に舌を出してニタツと笑ひ、何か肯き合うてゐる。
 俄に河鹿川の谷底から濛々として灰色の霧が立昇り、あたりを包んで了つた。最早一足先も見えなくなつた。二人はこれ幸ひと祠の床下から這ひ出した。
 ハムは苦痛益々烈しくなつたと見え、ウンウンと唸り出し、終には、
『アヽ苦しい苦しい』
と身をもがく様子が、霧を通してボンヤリと見えて来た。ハムは二人のここに居ることは夢にも知らなかつた。只宣伝使の一行が追ひかけて来はせまいかと、それのみが恐ろしくて震ふてゐたのである。
 レーブは婆アの作り声になつて、
『此祠の前に卑怯未練にも、八尺の男が吠え面をかわき、何をグヅグヅといつてゐるのだ。わしは河鹿峠でお前を谷底へ放り込んだ黄金姫だよ。モウ今頃は十万億土の旅をしてゐるかと思うたに、またこんな所へ迷うて来たのか、ヨモヤ幽霊ではあるまい。蛇の生殺しにしておいても、ハムも可哀想だから、スツパリと殺してやらねばなるまい。ここに尖つた岩がある。コレ清照姫、お前と二人で彼奴の徳利を叩きわつてやりませうか。酒の代りに赤い血が出るだらうから、それを酒の代りに呑んでみたら随分甘からう、大分永らく人間の血を吸はなかつたが、大変良い獲物ぢや、かうして黄金姫と化けてゐるのも随分辛いものぢや。アヽ神さまは結構な飲食を与へて下さる、臀部あたりは随分ポツテリと肉がついて居るから、スキ焼にして食へば大変に味が良いのだけれど、何を云うても道中の事だから、此刀で一片々々ゑぐつて生で食うた方が味がよからうぞや。オツホヽヽヽ』
 タールは若い女子の声で、
『お母アさま、本当にお腹が空いて、此鬼娘も困つて居りました。これも全く鬼雲彦さまの大黒主が与へて下さつたのでせう。今日で三年も蜈蚣姫さま、小糸姫さまの所在を尋ねると云つて、手当ばかりをボツタくり、チツとも目ざましい仕事を致さぬので罰が当り、鬼雲彦さまがキツと吾々母娘に久しぶりで与へて下さつたのでせう。どうもグリグリした厭らしい目玉だから、あの目から先にゑぐり出してやりませうか、ホツホヽヽヽ。なんと甘さうな匂ひが致しますこと、鬼も時々こんな事が無ければやり切れませぬワ。イツヒヽヽヽ』
 靄に包まれて声のみより聞えぬので、ハムは以前の母娘はヤツパリ鬼であつたか、コリヤたまらぬ……と逃げ出さうとすれ共、腰は痛み、足は萎え、ビクとも動かれない。とうとうハムは泣声を出して、
『モシモシ鬼の母娘様、どうぞ今日計りは惜い命をお助け下さいませ。私は鬼雲彦さまの家来で厶います。私のやうな者をおあがりになつては、却てあなたの罪になり鬼雲彦さまからお咎めの程も恐ろしう厶いませう。味方が味方を食ふといふ事はあり得可らざる所、どうぞ今日の所は御無礼をお赦し下さいまして、命計りはお助けを願ひます』
タール『ホツホヽヽヽあのハムの白々しい言葉、コレ鬼婆アさま、何事も耳をふたして食つてやりませうか。鬼雲彦さまだつて、こんな所までお目が届く道理もなし、頭からスツカリ食つて雪隠で饅頭食つたやうな顔さへして居ればメツタに分りはしませぬ。幸ひ山中の事とて誰一人見て居る鬼もなし、こんな機会はありませぬ。あゝモウたまらぬたまらぬ、何ともいへぬ甘さうな人の匂ひだ。ナア鬼婆アさま、グヅグヅしてゐると三五教の宣伝使が来たら大変です』
 ハムはあわてて、
『モシモシ鬼婆アさまに鬼娘さま、そりや余りお胴欲ぢや。味方が味方を殺すといふ事がどこにありますか。私をバラモン教同士のよしみで助けて下さいな』
タール『ホツホヽヽヽ鬼婆アさまあれをお聞きなさいませ。あんな勝手な事を言ひます、味方の中にも敵があるといふぢやありませぬか。此ハムといふ奴、味方の中の敵ですから、何の容捨もいりますまい、分つた所で御褒美こそ頂け、鬼雲彦さまからお叱言を頂く気遣はありませぬ。此奴の同類にレーブ、タールと云ふ奴があつて、最前婆アさまと私と二人して谷底へ放り込んでやつたイール、ヨセフ等三人の命を助けにはるばる谷底へ尋ね行き、同じ味方であり乍ら此ハムだけは悪人だから助けてやらぬ方がよからう、憎まれ子世にはばると云つて、どうにもかうにも仕方のない奴だと、現に此奴の部下でさへも言つてゐた位だから、喰つた所でメツタに罰は当りませぬ、のうレーブよ……オツトドツコイ鬼婆アさま』
レーブ『コリヤ心得てものを云はぬかい、ハム公の奴、悟つたら折角の狂言が水の泡になるぢやないか』
タール『ナーニ悟つたつて構ふものか、ハムは足腰が立たぬのだから、鬼婆でなくても鬼娘でなくても、あの一升徳利をカチわつて、生血を絞り出し、臀肉でも食うてやれば良いのだ。サアサア、早いがお得だ、グヅグヅしてると、三五教の宣伝使にでも見つかつたら大変だぞ』
ハム『モシモシ鬼婆アさま、鬼娘さま、そんなレーブやタールに化けたつて駄目です。私はそんな事に騙されるやうな善人では厶いませぬ、悪人でも厶いませぬワイ。どうぞ今日丈は気よう見のがして下さいな、これ丈脛腰の立たぬやうな者を自由にするのなら、三つ子でも致しますぞや。弱味につけ込んでそんな事をなさると、鬼婆アさま沽券が下ります、モツト負惜みの強い代物の、レーブ、タールが今此先逃げましたから、彼奴は私と違つて肉付もよし血も沢山厶います。どうぞ今日は彼奴をきこしめし、私は親の命日だから許して下さい。冥土に御座る父母がどれ丈歎く事か知れませぬ。アンアンアン オンオンオン』
と狼のやうに泣き出した。
レーブ『其レーブ、タールといふ奴は、貴様より善人か悪人か、それを聞かして呉れ』
ハム『ハイハイ聞かせます共、私は只職務忠実に部下を厳しく使ひますものだから、悪人にしられて居るのです。そして地位が高いものですから、猜疑心を起して、何とかかんとか悪評を立てられてるので、決して世間に言うてるやうな悪人ぢや厶いませぬ。あなたも鬼さまなら、よく私の腹の底が分りませう。善人面をして歩いてる奴にロクな奴ア、今の時節にや厶いませぬ。レーブ、タールの如きは、実に現代思潮の悪方面を遺憾なく具備した奴ですから、まだ遠くも行きますまい。此先あたりにマゴついてるに違ないから、彼奴を一カブリ カブつてやつて下さい、然すりや鬼さまのお役目もつとまり、此世の中から悪の断片が取除かれるといふもの、私のやうな腰抜の萎びた善人は駄目ですよ。どうぞなる事ならば、レーブ、タールを追つかけて下さい』
レーブ『此の鬼婆アは悪人は骨がこわいから嫌だ、お前のやうな善人が喰ひたくて捜してゐたのだよ。人間を取つて食はうと思へば世界に浜の真砂ほどあるが、食て味のよい善人がないから、かうして母子の鬼がひもじい腹を抱へてそこら中をウロついてゐるのだ。善人と聞けばどうしても喰はずに居られぬ。コレ鬼娘今日は何といふ吉日だらう』
タール『本当に鬼婆アさまの仰有る通り、こんな嬉しい事は厶いませぬワ。善人の少い世の中にハムのやうな善人が見つかつたのは、掃溜を捜してダイヤモンドを拾つたやうなものだ。これを喰はいで何を喰ひませう』
ハム『モシモシ私の言ひ違で厶います。ハムは天下一品の大悪人で厶います。本当の善人といつたら、タール、レーブの両人で厶います。最前お前さまが、ハム、イール、ヨセフの三人を谷底へ投げ込みなさつた時、三人の者はすでに縡切れむとする所、危険を冒してあの谷川を渡り、御親切に三人を助けてやらうとした大善人で厶いますから、キツと血の味もよく、たべ具合が宜しいに違はありませぬ。善人が味がよければ彼等両人に限ります。私のやうな者をおあがりになつても砂をかむやうなものですから、どうぞこんなガラクタに目をくれず、天下一品の彼等善人を早く追つかけなさいませ。グヅグヅしてるとどつかへ沈没して了ひます』
レーブ『此鬼婆アは時々虫が変つて刹那々々に気の持方が違つて来る。最前は善人が喰ひたいと思うたが、余り歯ごたへがないから、一つ天下一品の大悪人たるお前が喰つてみたいのだ。サア覚悟をしたがよからう、お念仏でも申さいのう。オツホヽヽヽウツフヽヽヽ足腰も立たずに口計り達者なハムも気の毒なものだ。此通り霧が四方を立ちこめ、日輪さまの御光も無くなれば、鬼の得意時代だ。此世の名残りにモ一度日輪様の御光を見せてやりたいは山々なれど、そしては此方の働きが出来ぬ。サア、タール、オツトドツコイ鬼娘、一層の事喰つてやらうかい』
 かく云ふ内、サツと吹来る山嵐に灰色の霧はガラリと晴れて、三人の姿はハツキリと分つて来た。
レーブ『アツハヽヽヽ、とうとう化けが現はれた。オイ、ハム、貴様も随分よい腰抜だなア。サア二人の後を追ひかけて見よ。腰抜の分際としてメツタに追つかける訳には行くまい』
ハム『何だ、いらぬ心配をさせやがつて、覚えてけつかれ、今に仇を打つてやるから』
と安心と腹立が一緒になつてハムは腰の痛みも足の悩みも忘れ、スツクと立上つた。二人は肝を潰し『此奴アたまらぬ』と細谷道をバラバラと命限りに何処となく駆出し逃げて行く。
(大正一一・一〇・二二 旧九・三 松村真澄録)
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