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文献名1霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻
文献名2第3篇 宿世の山道よみ(新仮名遣い)すぐせのやまみち
文献名3第11章 鼻摘〔1076〕よみ(新仮名遣い)はなつまみ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-11-19 13:16:29
あらすじ
激しい山颪が吹き荒れる中、照国別一行は宣伝歌を歌いながら山道を下ってきていた。山道に二人の男が倒れている。照国別は、国公に二人の介護を命じて先を急いだ。

国公はタールに近づいて様子を見ていた。タールはたいしたけがではなかったので、二人は軽口をたたきあって打ち解けてしまった。あたりは暗くなり、二人はいつの間にかそこに寝てしまった。

ハムは起きてきて、二人の髪の毛を結んでしまい、鼻をつまんでからかっている。ひとしきりからかって二人が起きたところで、ハムとタールは今までのことを水に流して仲直りをした。

夜が明け、三人は兄弟のように親しくなった。三人は無駄口をたたきながら照国別の後を追っていく。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月27日(旧09月8日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年5月5日 愛善世界社版139頁 八幡書店版第7輯 330頁 修補版 校定版147頁 普及版58頁 初版 ページ備考
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本文  バラモン国の天地を  塞ぎて暗き妖雲を
 吹き払ひつつ三五の  神の教を敷ひろめ
 心も暗き大黒主を  言向和し日月の
 光をてらす月の国  照国別の宣伝使
 照国梅の三人を  従へ坂路下り来る
 国公は路々宣伝歌  歌ひ乍らに進むなり。
    ○
『神が表に現はれて  善と悪とを立別ける
 河鹿峠は其昔  言依別の宣伝使
 栗毛の馬に打乗りて  渡らせ玉ふ時もあれ
 レコード破りの烈風に  吹きまくられて谷底に
 陥り玉ひ天国を  探検したる旧蹟地
 あゝ惟神々々  神の御霊の幸はひて
 今吹来る烈風を  止めて吾等の一行を
 月の都へ易々と  進ませ玉へ惟神
 神の使の宣伝使  御供に仕ふる国公が
 真心こめて願ぎまつる  秋も漸く深くして
 千黄万紅綾錦  機を織りなす佐保姫の
 姿もいとど美はしく  常世の春の「ドツコイシヨ」
 秋の紅葉の如くなり  今吹く風は曲風か
 但は尊き神風か  誠に危ない風の玉
 ドンと計りにつき当り  もろくも空中滑走して
 此谷底に陥らば  天国浄土の旅立が
 出来るに定つてあるならば  チツとも恐れはせぬけれど
 吾等の如き罪重き  身魂が如何して「ウントコシヨ
 ドツコイ ドツコイ ドツコイシヨ」  ホンに危い坂路ぢや
 根底の国に転落し  八寒地獄に陥りて
 万劫末代苦みの  門を開くは知れた事
 暫し此世に永らへて  神に対して功績を
 少しは立てし後ならば  決して悔ゆる事はない
 さはさり乍ら今の内  さやうな事があつたなら
 どうして神の御前に  進み行く事出来やうか
 あゝ惟神々々  此風とめて下さんせ
 私は危うてたまらない  先に進みし黄金姫
 清照姫は今頃は  何地を進み玉ふやら
 定めて母娘お二人は  此難風になやまされ
 尻をまくられスタスタと  赤い顔して居るだらう
 今見るやうに思はれて  そいつが第一気にかかる
 黄金姫は兎も角も  清照姫のあの姿
 案じすごさでおかれようか  ホンに毒性な風ぢやなア
 「ウントコドツコイ梅公よ」  「ヤツトコドツコイ照さまよ」
 互に気をつけ足元に  風ばつかりぢやない程に
 これ程キツイ坂路に  尖つた石がムクムクと
 頭を抬げてゐよるぞよ  虎狼や獅子熊も
 此烈風にあふられて  谷間を這ひ出で行く路に
 必ずしやがむで居るだらう  ウツカリ相手に「ドツコイシヨ」
 なつてはならぬぞ照梅よ  モーシモーシ宣伝使
 あなたも元は梅彦と  世に謳はれし神司
 四方八方の国々を  おまはりなさつたお方なら
 烈風豪雨に遭遇した  其経験はありませう
 何卒話して下さんせ  月の国にて臍の緒を
 切つて此方こんな目に  会うたる例しは荒男
 強そに言つても腹の中  胸はドキドキ早鐘を
 つくよな思ひになりました  これこれモーシ宣伝使
 これ程私が頼むのに  沈黙するとは胴欲な
 何ほど沈黙したとても  此烈風は易々と
 容易に沈黙致すまい  「ウントコドツコイ アイタヽヽ」
 エーエー怪体の悪い事ぢや  どうやら足許「ドツコイシヨ」
 危うなつて来たわいな  路の片方の古祠
 此烈風に煽られて  バラバラ バラバラ メチヤメチヤに
 姿もとめず散り失せぬ  神を祀つた祠さへ
 これ程ムゴク散るものを  梵天王の鎮まれる
 国公さまの肉の宮  これが散らずに居りませうか
 ホンに思へば気にかかる  「ウントコ ドツコイ ドツコイシヨ」
 アレアレ向うに人の影  此奴も風にあふられて
 斃りよつてかメソメソと  泣いたか泣かぬかおれや知らぬ
 八の字形にふんのびて  黒いお尻をむき出し
 ウンウン呻いてゐるやうだ  彼処は何でも風玉の
 当る難所に違ない  照国別の神司
 一寸一服しませうか  鉢植みたよな木ぢやけれど
 ヤツパリ此奴にや根が厶る  此根をシツカリ捉まへて
 四人が互に手をつなぎ  科戸の風の災を
 しばしのがれて休まうか  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましまして  照国別の宣伝使
 何卒一言国公に  休んで行けよと「ドツコイシヨ」
 言霊宣らして下さんせ  唖の旅行ぢやあるまいし
 沈黙するにも程がある  照国別の宣伝使
 レコード破りの烈風に  肝をつぶして胸をつめ
 俄に唖となつたのか  「ウントコ ドツコイ ドツコイシヨ」
 如何しても斯しても吾足は  膝がキヨクキヨク笑ひ出し
 腰まで怪しくなつて来て  最早一歩も進めない
 「アイタヽタツタ アイタヽヽ」  蜈蚣が足をかんだよな
 キツイ痛みにふりかへり  眺むる途端に尖り石
 あつかましくも足の血を  甘そな顔して吸うてゐる
 「ウントコ ドツコイ ドツコイシヨ」  同じ旅路をするならば
 モウこれからは山路を  よけて平らな大野原
 草ふみ分けて進む方が  何程楽か分らない
 急がばまはれと言ふ事を  子供の時から聞いてゐた
 照国別も気が利かぬ  コレコレもうし宣伝使
 何が不足でそんな顔  コレ程私が頼むのに
 聞かぬふりしてスタスタと  坂路行くとは曲がない
 こんな無慈悲な神司  照国別に導かれ
 はるばる月の御国まで  どうしてお供が出来やうか
 私は前途が案じられ  悲しう苦しうなつて来た
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましませよ』
と歌ひ、烈風に煽られつつ下り行く。
 さしもに烈しかりし山颪はピタリとやんで、木々の騒ぎもおとなしく鎮まり返つた天地の光景、空は紺青に彩られ、地は一面の錦の野辺、天つ日の神は山の端にうすづき玉ひ、黄昏の気、追々に迫り来る。どこともなしに響き来る鐘の声、諸行無常と告げわたる。鳥は塒を求めて早くも棲処をさして帰るものの如く羽使ひ忙がしさうに西山の峰をさして、十羽二十羽三十羽と列を作つて翔り行く。照国別は初めて口を開き、
『アヽ国公さま、お前もこれで安心だらう。風も随分騒いだが、お前も中々負けず劣らず騒いだねい。余程怖かつたと見える、肝の小さい男だなア。人の心はすべて言行に現はれるものだ。モウ少し沈着の態度をとらないと、天下の宣伝使は到底駄目だらうよ』
国公『滅相もない、私はあの風が自分等の前途を祝するかのやうで、勇ましき気分が漂ひ愉快でたまらなかつたのです。死んだか生きたか知れぬやうな閑寂な秋の天地を、亡者然とトボトボと歩くのは余り男らしくありませぬ。私の騒いだのは所謂沈着の表徴です。静中動ありといふ筆法だから、それに付いても照公、梅公の御両人真青な顔をして、チウの声一つヨウあげず、本当に気の毒でたまらなかつたので、二人の恐怖心を代表して一寸あんな洒落を言つてみたのです。心から卑怯者と思はれてはたまりませぬからなア。アツハヽヽヽ』
と肩をゆすつて豪傑笑ひをしてみせる。
 照国別は、
『マア何でもいい、元気でさへあれば大丈夫だ。決して悲観はせぬがよい。随分国公さまを初め二人は恐怖心にかられてゐましたなア』
照公『ハイ仰せの通り随分荒肝をとられました』
梅公『私も一寸おつな風が吹きやがるなア……と思ひながら、震つてゐました。併し怖うて震ふのではありませぬ。薄着の肌に吹きつける風が寒いので、一寸景物に震動してみたのです』
国公『アハヽヽヽ何と負惜みの強い奴だなア。名が梅公丈あつて、ウメイ事を吐きやがる。モシモシ照国別さま、あこに二人、梅さまの様な豪傑が昼寝をしてゐるぢやありませぬか。一つ起してやりませうか』
照国別『あれはどうやら怪我をしてゐるやうだ。オイ国公さま、お前に一任するから、鎮魂を施して助けてやりなさい。これが首途の功名手柄だ。そして照公、梅公の両人は吾に従いて早く此山坂を下るのだ。此谷口に一寸した岩屋がある、そこで今宵を明かす事にする。国さま早く両人を助けて、あとから来て下さい、吾々はお先へ失礼するから』
国公『モシ、そりやチと御了見が違はしませぬか、天下の宣伝使が道に倒れてゐる旅人を見すてて、冷淡至極にも私一人に介抱させようとは無慈悲にも程がある。ヘン馬鹿らしい、そんな事で宣伝使がつとまりますかい。ナア照公、梅公、さうぢやないか』
照公『ウンさうぢやない』
梅公『動中静ありといふお前の役目だよ。それで日出別さまがお前もお供をして、道中せい(動中静)と仰有つたのだ。ナア照公さま、大分に日も暗くなつて来たし、グヅグヅしてゐるとそこら中が暗くなつて来ちや、何程くらく(苦楽)不二でもやり切れないワ。何とマア蛙をブツけたやうによく斃ばつてゐる事わいのう』
国公『モシ、宣伝使様、一層のこと吾々四人が鎮魂を彼等に与へて、手早くここを切上げたら如何でせう』
照国別『宣伝使の言に二言はない。お前はあとに残つて旅人の介抱を命ずる。サア照、梅の両人早く行かう』
と二人をつれて、ドシドシと坂路を下りゆく。あとに国公は呆然自失、為す所を知らず、だんだんそこらが暗くなつて来る。二人の旅人は、半死半生の体で苦しむ声が、ウンウンと聞えて来た。
 国公はタールの側に立より、
『オイ旅人、ウンウンと何をきばつてゐるのだ。赤ん坊か何ぞのやうに寝乍らウンコをたれる奴がどこにあるか』
と体を一寸撫でて見て、
『何とマア長い男だなア、ハハー此奴あモウ駄目だ、九死一生だ。こんな男の命を助けて、娑婆で辛い苦労をさすよりも一層の事一思ひにやつつけてやつた方が、俺も手間がいらず、当人もさぞ満足だらう。ウフヽヽヽ』
タール『モシモシ旅のお方、どうぞ私の命を助けて下さい』
国公『ヤアお前はヤツパリ人間かなア』
タール『殺生な、人間でなくて何としませう』
国公『おれや又野狸が化けてゐやがるのかと早合点したから、殺してやろと言つたのだ。人間さまと聞くからは助けにやおかれまい。(芝居口調)最前照国別殿に別れて帰る暗まぎれ、山越す獅子に出会ひ、二つ玉にて撃とめ、近より見れば、狸にはあらで旅の人、薬はないかと懐中を探りみれば、財布に入つたる此金、道ならぬ事とは思へども、天の与へと押頂き、亡君の石塔料に使つてくれむ。コリヤ旅人の幽霊、金の所在をハツキリ申さぬか』
タール『モシモシ泥坊様、お金はここに幾らでも持つて居ります。命計りはお助け下さいませ。此通り膝頭を打くじき、身動きならぬ弱味をつけ込んで、金も命も取らうとは、余り虫がよすぎます』
国公『オイ旅人、泥坊ではないぞ。世界を助けまはる宣伝使……ではない、其お供だ。言はば宣伝使の卵だ。どうかして助けてやりたいは山々なれど、生憎此山は禿山で薬草はなし、谷水を呑ましてやりたいけれど、谷は深く、かう暗の帳がおりては、人を助ける所か、自分の命が危うなつて来た。どうぞ私を助けると思うて、そんな無理をいはずに早く去なしてくれ、此通り手を合はして、泥坊オツトドツコイ、こなさまが拝みます』
タール『アハヽヽヽ何とマア面白いお方ですこと、私も最前の烈風に肝を潰した一刹那、一寸膝頭から血は出たけれど、俄に病気が治り、こんな坂路位は屁でもないのだが、寝た序に日の暮にも近いから、此儘夜明かししようと思うてゐたのだ。さうした所がお前さま等の一行が、面白相に歌を歌つて出て来るので、一寸なぶつてやらうと、半死半生人の真似をしてゐた。半鐘泥棒だよ。ウツフヽヽヽ』
 国公頭をかき乍ら、
『エーいまいましい、一杯くはされたか、今日に限つて照国別さまが、なぜあんな無慈悲な事を吐かすのだろと、聊か憤慨してゐたが、流石照国別さまは偉いワイ、ヤツパリおれの先生だ。チヤツと此奴の狂言を見ぬかれた其天眼力は天晴なものだ。イヤもう感じ入りました』
タール『お前は三五教の宣伝使のお供をいたす三人の中でも一番よりぬきの、はね代物だなア』
国公『コラ失礼な事をぬかすか。おれには親があるぞよ』
タール『アハヽヽヽ広い世界に親のない者があらうか、たわけた事を言ふない』
国公『ヘン、チとすまぬが、俺の親はチツと違ふのだ。国治立大神といふ親神があるのだ。それだから国公さまと言ふのだよ。オイ貴様の名は何といふか』
タール『俺の名かい。俺はタールさまだ』
国公『失礼な寝もつて挨拶をする奴があるかい、何でも酒くらひのやうなスタイルだと思うてゐたら、ヤツパリ名詮自称タールとぬかす代物か、それでは親のないのも尤もだ。お前はバラモン教のケレ又だらう。タールといふやうな神さまはどこにあるか。大黒主の神を祖神にもつならば、黒といふ名がつき相なものだのに、タールなどとは、チツと物ターランぢやないか、足がタールなつて、大方ここで平太ばつてゐやがるのだらう』
タール『コリヤ国とやら、そんな劫託をほざくと罰があタールぞよ』
国公『エー此位ウソ気味悪いのに化物然と洒落やがるない、チツと起きたら如何だい』
タール『ザワザワ騒いで立くらすのも一日なら、安楽に寝てくらすのも一日だ。俺は俺の主義がある。道に平タール主義と申すのだよ』
国公『オイ俺もそこで一寸添寝をさしてくれないか。モウ斯うなつちや、一寸も歩けないぢやないか』
タール『ヨーシ、一緒に寝んねをさしてやろ……ネンネンねんこの穴に蟹が這ひ込んだ──いたかゆ かゆかゆ取つて呉れ──ヤツトの事で引ずり出したら、又這ひ込んだ──いたかゆ かゆかゆとつて呉れ。……坊ヤのもりはどこへいた、山をこえて里へいた、里の土産に何貰うた、ハルナの饅頭に笙の笛、ねんねんよう ねんねんよう、ねんねんコロリ ねんコロリ、年中コロリとねて居れば、これ程楽な事はない』
国公『コリヤ洒落ない、おれや赤ン坊ぢやないぞ』
タール『お前は赤ン坊所かい、まだ卵ぢやないか、それだからコロリコロリと歌つたのぢやい、大人なら大人らしうお前に一つ註文がある。何と聞いてはくれまいかなア』
国公『斎苑の館に其人ありと聞えたる国治立命の名を賜はつた国公さまだ。何事なりと天地の間の事ならば叶へてつかはす。サア遠慮はいらぬ、ドシドシと申上げよ』
タール『ハヽヽヽヽ、何をぬかしやがるのだ。けたいな法螺吹だなア』
国公『風でさへも大変に吹いたぢやないか。ホラ吹くの神様とはおれの事だ。何でも叶ふ事なら聞いてやろ。併し乍ら今おれに金を一万両くれと云つても、ソリヤ一寸聞く事は出来ぬ。女房の代りになれといつても、それも叶はぬ。其外の事ならば、一切万事叶へてつかはす程に、其代りに一生火物断ちを致せよ』
タール『エー何でも良いワ。実の所は俺の仇が、ソレそこにウンウン唸つてゐやがるのだ。彼奴を殺さねば、俺が殺されるのだから、今の内に殺しておきたいのだが、折角横になつたのだから動くのが面倒臭いので、一時延ばしに延ばしてゐた所だ。オイそこな岩でも一つグツと抱へて、彼奴のドタマへドスンと当ててくれ。そしたらそれで此タールさまは至極安全、天下泰平、五穀成就だ』
国公『アハヽヽヽ何と気楽な奴だなア、最前から所在が見えたけれど、モウ斯う暗くなつちや、足元もロクに見えないワ。夜が明けてから、ゆつくり俺が自ら神占をやつて、タールを殺すか、ハムを殺すか、どちらを殺さうかといふ事を伺つてみて、其上の事にしようかい。若しタールを殺せといふおみくじが出たら、気の毒乍ら観念してくれねば、なるまいぞ。アーア今晩はかう言うて噪いでゐるが、明日の朝になつたらヒヨツとしたら俺の手にかかつて死ぬかと思へば、いささか以て気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』
タール『コラ馬鹿にすない。よい加減にからかつておけ』
国公『唐が勝つても印度が勝ても、そんな事にお構ひがあるかい』
 二人は何時の間にか抱ついた儘、道の真ん中でグツと寝て了つた。雷のやうな鼾声が競争的に聞えて来た。ハムはニツコと笑つて起き上り四這ひになつて探り寄り、二人の髪の毛を固く結び合せ、息使ひを考へて、タールの鼻をむしれる程捻ぢた。タールは痛さに目をさまし、
『イヽヽイツタイワイ、コラ国公、しやれた事をすな、人の鼻を咬みやがつて、何ぞ蛸でも喰うてる夢を見やがつたのかな』
 国公はウニヤ ウニヤ ウニヤと何事か口の内にて言ひ乍ら、又もやグーグーと大鼾をかく。
タール『ハハー此奴夢をみやがつて、おれの鼻を摘みやがつたのだな、エー仕方がない、夢で為た事を咎める訳にも行こまい。一樹の蔭の雨宿り、一河の流れを汲むさへも深い縁と聞くからは、よくよくの因縁だらう。見ず知らずの旅人同士が、雲天井に石枕、夫婦か何ぞのやうに、抱ついて寝るのも、何かの因縁がなくてはなろまい。あゝモウ寝よう』
と独言をいひ乍ら、早くもグーグーと鼾をかき出した。ハムは又もや手探りに国公の鼻をむしる程捻ぢた。
国公『イヽイターい、ハナハナハナ放せ放せ、放さぬか放さぬか』
 ハムはあわてて手を放す。
国公『コラ、タール、俺を計略にかけやがつて、寝とる間に、鼻をねぢて殺さうとしよつたなア。待て待て鼻ねぢなら、俺も負はせぬぞ。アイタタ、メツタ矢鱈に人の髪の毛を引張りやがる。ヤイ、タール一寸髪の毛を放せ』
ハム『コリヤ国公、此タールを何と心得てゐるか、甘く計略にかけてやつたのだ。此髪の毛をグツと握り、鼻を捻ぢて殺してやろとの計略を知らないのか、余程良い頓馬だなア。ウツフヽヽヽ』
 『何糞ツ』と国公は力一杯鼻と言はず、目といはず、爪立ててグツとかきむしつた。よく寝込んでゐたタールはビツクリして目をさまし、
『アイタヽヽコリヤ猿奴、おれの顔をかきやがつたな、オイ国公貴様も起きぬかい、猿が出やがつたぞ。ヤア俺の髪の毛を引張つてゐやがる』
国公『コラ、タール俺が知らぬかと思つて、頭の毛を引張つたり、鼻をやたらに捻ぢやがつて、おまけに俺を殺さうと企みやがつたなア、サアもう斯うなつた上は了見ならぬ』
と手を伸ばして、又タールの顔をかく。
タール『オイ国公、マア待て、此奴あチト可怪しいぞ』
ハム『オイ、タール、国さまの頭を無性矢鱈に引張りやがつて如何する積だ。コリヤ睾丸を握りしめてやろか』
国公『ヤア、おれの代理をする奴が出来て来よつたぞ。いつの間にか副守護神奴が飛び出しやがつて、此方さまの意思に反した事を囀りやがるものだから、サツパリ事が面倒だ』
ハム『コリヤ国公、トボケない、そんな事を食ふタールぢやないぞ。タールの腕には肉があるぞ』
国公『コリヤ、タール、貴様の肉よりも俺の骨の方がチツと固いぞ。大人なぶりの骨なぶり、サア是からは睾丸の掴み合だ。一イ二ウ三ツ、アイタツタ、コラ髪の毛を放さぬかい』
ハム『アツハヽヽヽ、阿呆奴が、オホヽヽヽ臆病者奴、ウツフヽヽヽうろたへ者、エツヘヽヽヽエタイの知れぬ化者にいらはれてゐるうつけ者、イツヒヽヽヽ意地くね悪いハムさまの御出現、サアもう斯うなる上はタールを殺そか、国公をやつつけようか、明日の朝手製の神籤で伺つて見よう。モシ、タールさま、お前を殺せと御みくじが出たら気の毒乍ら、お前の命を取らねばならぬ。それを思へば、おれやモウ可哀相で、気の毒でも何でもないワイ。ウツフヽヽヽ』
国公『コリヤ俺の受売をしやがる奴は、ダダ誰奴だい』
ハム『最前からここに寝てゐたバラモン教のハムさまだ。これからタールをやつつけるのだから、国さま一つ加勢をしてくれないか』
国公『折角斯うして抱き付いて親しうなつたタールぢやもの、如何して之を殺すことが出来ようかい、おれやそんな事を聞くと、貴様が憎らしくなつて来て、腹が一寸も立たないワ。オツホヽヽヽ』
 斯かる所へ山の尾を登り来る満月の光、ハムは手早く両人の髪をほどき、
『ヤア、タール、モウ許してやらう。以後はキツと慎んであの様な悪戯を致すでないぞ、そしてあのやうな水臭い事を思ふと、今度はモウ了見せぬからさう思へ。今日はこれきり忘れて遣はす』
タール『俺もお前がさう出れば、万更憎いとは思はない、只今限り忘れタールから、マア安心致すがよからう。ナア国さま、余り物をクニクニと苦にすると、病気になつて、しまひにや国替をせなくてはなりませぬからなア』
国公『国替なぞと縁起の悪い事をいつてくれるない』
ハム『アツハヽヽヽ』
タール『イツヒヽヽヽ』
国公『ウツフヽヽヽ、サアもう夜があけた。行かうぢやないか』
と三人は兄弟の如く親しくなつて、無駄口を叩き乍ら坂路さして降り行く。
(大正一一・一〇・二七 旧九・八 松村真澄録)
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