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文献名1霊界物語 第39巻 舎身活躍 寅の巻
文献名2第4篇 浮木の岩窟よみ(新仮名遣い)うききのがんくつ
文献名3第16章 親子対面〔1081〕よみ(新仮名遣い)おやこたいめん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-11-22 11:50:14
あらすじ
バラモン教のポーロは、セームとシャムに命じて宣伝使の応対をさせた。セームとシャムは慇懃に宣伝使たちを出迎え、丁重に帰ってもらおうとするが、照国別は聞かずに岩窟に入ろうとする。

シャムの注進にポーロ自らが出て宣伝使の応対をし、確かに照国別の両親・樫谷彦と樫谷姫がこの岩窟にいることを明かした。

ポーロは下手に出て照国別一行を案内し、岩窟の中の落とし穴にまんまと落とし込んでしまった。バラモン教徒たちは宣伝使たちをやっつけて気が緩み、酒を持ち出しての眼や歌えの大宴会を始めた。

一同がへべれけになって足腰が立たなくなったとき、留守役の一人・ヤッコスは突如、自分は三五教の宣伝使・岩彦であると明かし、照国別たちを助けようとした。

レールは岩彦の足にしがみついて、命乞いをする。そこへキルクがやってきて、三五教の宣伝使がやってきたと注進した。これは国彦がハム、タール、イール、ヨセフを従えてやってきたのであった。

岩彦は自ら国彦一行を迎え入れ、協力して落とし穴にはまっていた照国別たちを助け出した。捕えられていた照国別の両親は、岩彦がひそかに世話をしていたおかげで健全だった。

照国別と菖蒲は、両親と再会を果たした。宣伝使たちは岩窟のバラモン教徒たちの罪をゆるし、照国別は国彦に命じて、ハム、タール、イール、ヨセフとともに、両親と菖蒲をアーメニヤに送らせた。

自らは岩彦とともに、梅公、照公を連れて出立し、フサの国を目指した。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年10月28日(旧09月9日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年5月5日 愛善世界社版221頁 八幡書店版第7輯 359頁 修補版 校定版232頁 普及版96頁 初版 ページ備考
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本文  セーム、シヤムの二人は三五教の宣伝使の尋ね来りしと聞くより、ポーロの命に依つて岩窟の入口に揉手し乍ら米つきバツタのやうに頭や腰をピヨコピヨコ屈め、
セーム『エーこれはこれは宣伝使様、よくこそ御入来下さいました。折角遠路の所、お越し下さつて、何とも早御礼の申上げやうも厶いませぬ。生憎主人は御不在で、大教主様の御命令を奉じ、デカタン高原まで出陣なさいました。其不在中は何人たり共、ここへ入れてはならぬとの厳しき命令、折角乍ら、どうぞお帰り下さいませ。なあシヤム、俺の言ふ事は決して嘘ぢやあろまい。セームが佝僂になる所まで頭をピヨコピヨコ、腰をペコペコさせて御願してゐるのだから、そこはどうぞ宣伝使の雅量を以てお帰り下さらば誠に有難う厶います。ヘヽヽヽ決して決して悪意で申すのでは厶いませぬ、又三五教の老夫婦は決して此岩窟の中に閉ぢ込めては厶いませぬから、折角お査べ下さいましても徒労で厶います。トツトと御退却を、偏に願ひ奉ります』
照国別『イヤ今日はどうしても此儘では帰る事は出来ないのだ。アーメニヤから樫谷彦樫谷姫といふ二人の夫婦が捉へられて来てゐる筈だ』
セーム『滅相もないことを仰有いませ。こんな山奥にアーメニヤなんぞからお出でる物好がどこに厶いませう、ソリヤ何かのお間違でせう』
菖蒲『何と言はれても、私は両親に会はねばならぬ。お邪魔なさると却てお為になりませぬぞえ』
セーム『ヤア此奴ア手ごはい談判だ、到底俺の一力では行きかねる。オイ、シヤム、奥へ行つて此由をポーロさまに早く注進せぬかい。そして今の何々を何々しておくのだぞ』
照国別『一刻の間も猶予はならぬ、罷り通るから案内を致せ』
セーム『一寸待つて下さいませ。不在師団長のポーロの御意見を伺つた上にして貰はねば岩窟侵入罪になりますから』
照国別『ハヽヽヽヽ大変なうろたへ方だな。此様子ではキツと碌な事ではあるまい。両親の身の上が案じられる。サア早く菖蒲殿、奥へ進みませう』
セーム『あゝモシモシ一寸待つて下さい、御夫婦は至極御健全に御安泰に御座遊ばします。決して虐待なんかしてはをりませぬ』
照国別『アハヽヽヽ、さうだらう。蚋一疋通はないやうな要心堅固な岩窟内へ御保護を申上げてゐると見えるワイ。イヤ御好意は後から御礼申す』
 話変つて奥の一間では今迄酔ひつぶれてゐた酒も俄にさめ、蒼白な顔をして岩窟の戸をあけ、夫婦を引張り出すやら丼鉢を抱へて逃げ廻るやら、大乱痴気騒ぎの真最中である。そこへシヤムが飛んで来て、息を喘ませながら、
『タヽヽヽ大変々々、これこれポーロの大将、レールさま、どうしたら宜からうか、思案を貸して下さい』
と頻りに地を両手でパタパタと叩きもがく。
ポーロ『何だ、あわただしい其騒ぎ方、どうしたといふのだ』
シヤム『何うも斯うもあつたものですか、息子が来たのですよ。ソレあの娘が、何うしても斯うしても、強つて入らうと致します』
ポーロ『立つて入らうと這うて入らうと、そんな事は頓着ないが、息子娘とは何の事だ』
シヤム『あの奥に隠してあつた老夫婦の伜と娘がやつて来たのですよ。カヽ敵討だと云つて、数十万の軍勢を引連れ、先頭に立つて立向ひました』
ポーロ『此の細谷路を数十万の軍勢がどうして来られるものか』
シヤム『何だか知りませぬが、随分沢山な白衣の軍卒が中空からやつて来ました。モシモシ大将、グヅグヅしてゐると岩窟退治が始まります。何とか用意をなされませ』
ポーロ『エヽ仕方がない、俺が一先づ表口に立向ひ、掛合つて見よう』
と言ひ乍ら、レールに何か囁きつつ、表口に駆け出し、叮嚀に腰を屈めて、
ポーロ『私は此岩窟を預つて居りまするポーロと申すはした者、何卒お見知りおかれまして今後御贔屓にお願いたします。サアどうぞ、お見かけ通の茅屋なれど、御遠慮なく、トツトとお入り下さいませ』
照国別『当岩窟内に樫谷彦樫谷姫の夫婦の方はお見えになつてをるか』
ポーロ『ハイお見えになつて居ります。それはそれは御機嫌麗しく、あなた方のお出でを、欣喜雀躍の体でお待ちかねで厶います。サア早くお通りあつて、御対面の程をお願致します』
照国別『何を言つても不案内なる岩窟、如何なる計略の罠に陥らむも計り難い、御苦労ながら、其夫婦の方をここ迄案内して来てくれ。吾々は此処にて御対面申上ぐるから』
ポーロ『それも御尤も乍ら、此頃は御大将の大足別様が、ハルナの都より、大教主のお召しにより、数万の軍卒を引率して、デカタン高原へ出陣された御不在中故、残りの人間は僅かに二十有余人、朝から晩まで留守事に酒を呑み、他愛なく酔ひ潰れて居りますから、決して計略などは致して御座いませぬ。どうぞお入り下さいませ』
菖蒲『モシ兄上様、ウツカリ進んではなりませぬぞ。コレコレここの番人とやら、早く妾が父母をここへお伴れ申して来るがよい。グヅグヅ致すと、お前さまたちの御為にはなりますまいぞや』
 ポーロは頭をかき乍ら、
『エー御説御尤もながら御夫婦は持病が起り、脚気が起つて、足に頭痛がすると仰有り、チヨツとも動けませぬ。又奥さまの方は産後の血の道とか、尾の道とかが目を出して、ウンウン キヤツキヤツ唸つてばかり、身動きもならぬ御不自由さ、どうぞあなたの方から進んで御面会を願ひたう存じます』
照国別『そんなら仕方がない、案内を致せ』
ポーロ『サア斯うお出でなさいませ』
と言ひ乍ら先に立つ。一行四人は後に従ひ、あたりに心を配りつつ、奥へ奥へと進み行く。忽ちカラクリ仕掛の板の間はクレンと引繰返り、四人はドツと一度に暗き陥穽に落ち込んで了つた。ポーロはしすましたりと、返し戸に錠を卸し、重き石を二つ三つのせて、ホツと一息胸撫でおろし、
『オイ皆の奴、モウ安心だ。気をおちつけよ。彼奴は大足別様の恋慕して厶つた菖蒲といふナイスだ。そして一人は兄の照国別といふ三五教の有名な豪傑宣伝使だ。彼奴の言霊にかかつたが最後、手足も何もビリビリとしびれて了ふ無双の神力がある。併し乍らかうやつて奈落の底へおとして置けば、最早此岩窟内は無事安穏だ。モ一つ祝に二次会を開かうぢやないか』
とニコニコとして喚き立てる。レール、シヤム、ハールは嬉々として集まり来り、
レール『流石はポーロさま、留守師団長丈の資格は十分に具備してゐる。ヤア天晴れ天晴れかくなる上は何をか恐れむ、飲んで飲んで、飲み倒し、蛇の子になるか、虎になる所まで、お神酒をあがらうかい』
と、又もや酒徳利を穴倉より運び出し、一生懸命に歌を唄つて、悪事災難を逃れたる祝宴を張り出した。
 一旦驚きの余り、さめかけてゐた酒は再まはり出した。其上に又もやガブガブとやつたものだから堪らない。何奴も此奴もグタグタになつて無我夢中に下らぬ事を喋舌り出した。
レール『コレコレポーロさま、随分ポーロい事が出来たぢやないか、酒は鱈腹呑めるなり、爺イ婆アの仇を討ちに来たと思うた息子娘は奈落の底へ落し込んだなり、最早天が下に恐るべき者は一人もなくなつて了つた。サアこれから爺イ婆アをここへ連れ出して来てお酌をさそうかい。オイ皆の奴、婆アでも女だぞ、男ばかりの此岩窟、滅多に不足はあろまいがな、アーン』
シヤム『何ぼ女だつて、婆アでははづまぬぢやないか。俺は今来た菖蒲とかさつきとかいふナイスを引張り出して、酌をさしたら如何だらうかと思つてるのだ』
レール『馬鹿を言ふな、あんな奴を引張り出して来ようものなら、丸で爆裂弾を投げたやうなものだ。恐ろしい代物だぞ。オイ、ヤツコス、何をグヅグヅしてるのだ。爺イ婆アをここへ引張つて来ぬかい』
ヤツコス『喧し言ふない、あんな目汁水ばなを垂れてる汚い爺婆をこんな所へ連れて来ちや、酒の御座がさめて了うぞ。それよりも俺が一つ品よう踊つて見せてやるからそれで辛抱せい』
と、早くも手拭を姐さんかぶりにして、一寸裾をからげ、手や尻をふりピシヤピシヤと時々手を叩き、
『私が在所はコーカス山の
 麓の麓のその麓
 ヤツトコセー ドツコイシヨ
 樫谷の彦や樫谷姫
 ウラルの神の御取次
 こんな牢屋へ突つ込まれ
 ヨーイトサー ヨーイトサー
 朝から晩まで娘をくれいと責められる
 どうして娘がやられようか
 鬼雲彦の眷族に
 ドツコイシヨー ドツコイシヨー』
レール『オイ貴様、人の代理をするのか、しやうもない、モツと気の利いた事を唄はぬかい』
ヤツコス『老人夫婦の守護神が憑つて唄つてゐるのだ。サアこれから、又一つ憑られてやらうかな。今度は大足別ぢや、ウツフヽヽヽ、
 鬼雲彦の大将が  イホの都を追ひまくられて
 ヤツトコサー ヤツトコサー  メソポタミヤの顕恩郷に
 ヤツとお尻をすゑた時  ヤートサー ヤートサー
 三五教の宣伝使  肝太玉の神司
 家来をつれてやつて来て  大きな目玉をむきよつた
 ドツコイシヨー ドツコイシヨー  鬼雲彦の大将は
 大蛇の姿を現はして  一目散に自転倒の
 大江の山へとつ走り  又もやここを追ひまくられて
 命カラガラ フサの国  逃げ帰りたる弱虫が
 時世時節の力にて  再び大黒主となり
 羽ぶりを利かしてゐた所へ  尾をふり頭を下げ乍ら
 追従タラダラお髯の塵を  払つてのけた利巧者
 ヨーイトサー ヨーイトサー  それが誰やと尋ねたら
 清春山の岩窟に  時めき玉ふ御大将
 大足別の醜神だ  オツトドツコイ コラしまうた
 大足別の神司  大樽あけて燗をして
 何奴も此奴も呑むがよい  呑めよ呑め呑め山も田も
 家倉屋敷に至るまで  呑んで並べたフラスコの
 徳利トンのトントコトン  面白うなつておいでたな
 俺は酒は呑まないが  けたいな匂ひで酔うて来た
 レール ポーロの両人が  尋ねてうせた神司
 照国別といふ奴に  肝を潰して陥穽
 卑怯未練と知り乍ら  甘くやつたる御手柄
 天地の神も御照覧  梵天王の自在天
 大国彦の神様も  さぞやさぞさぞ喜んで
 泣いて厶るに違ない  泣いたり笑うたり怒つたり
 お前ら一体酒食うて  何が不足で怒るのか
 泣いて明石の浜千鳥  泣いた序に可哀相な
 さぞ今頃は菖蒲子が  奈落の底でベソベソと
 泣いて厶るに違ない  それを思へば俺だとて
 チツとは泣かずにや居られない  ウントコドツコイ ドツコイシヨ
 呑めよ呑め呑め騒げよ騒げ  一寸先は真の暗
 後から月が出るけれど  其月こそは運のつき
 うろつき間誤つきウソつきの  ヤクザばかりが寄り合うて
 バラモン教を開くとは  呆れて物が言はれない
 ウントコドツコイ ドツコイシヨー  照国別や菖蒲子を
 甘くおとして喜んで  酒にくらひ酔て居る内に
 剛力無双の宣伝使  又もや現はれ来たならば
 何奴も此奴もうろたへて  一泡吹くに違ない
 あゝ面白い面白い  俺は高見で見物だ
 大足別の腰抜が  さぞ今頃は馬に乗り
 デカタン高原トボトボと  数多の軍勢を引つれて
 冥途の旅とは知らずして  歩いて居るか情ない
 とは云ふものの俺達は  チツとも苦しうない程に
 其れの乾児と選まれた  レール ポーロやシヤム ハール
 其外百のガラクタが  やりをる事が面にくい
 ホンに呆れた奴ばかり  神の布教を楯となし
 其内実は泥坊を  本職とする奴ばかり
 此岩窟は神様の  聖場どころか狼や
 獅子熊大蛇の跳梁場  早く尊い神が来て
 此奴ら一同悉く  平げくれればよいものに
 あゝ叶はむからたまらない  かんかんチキチン カンチキチン
 ドツコイドツコイドツコイシヨー  ホンに困つた奴ばかり
 顔見てさへも腹が立つ』
レール『コラコラ怪しからぬ事を吐く奴だ。貴様は三五教の間者だらう、コーカス山のヤツコスの子孫だなんて吐してけつかつたが、貴様はウラル教をすてて、とうとう三五教に沈没してケツカルのに違ない。サア有体に白状せい、蛙は口からだ、大黒主様や大足別の大将の悪口ばかり吐きやがつたぢやないか』
ヤツコス『馬鹿だなア、俺の素性を今迄知らなかつたのか。俺は三五教の岩彦といふ宣伝使だ。神様の内命に依つて貴様等の行動を調査してゐるのを知らぬのかい。サア何ぼなつともがけ、アタいやらしい、ドツサリ盗み酒に喰ひ酔うて、脛腰も立たぬ態して、如何して俺に手向ふ事が出来ようか。丸で躄の病院へ来たやうなものだ。サアこれから此岩彦さまが、此出刃庖丁で、親ゆづりの裘を一人も残らず剥いでやらう、覚悟を致せ。アハヽヽヽ』
と出刃庖丁をグツと握つてレールの前に突き出した。レールは逃げようとすれ共、余りの泥酔に口ばかり達者で、手足の自由を失つてゐた。
レール『オイ、ポーロ、シヤム、ハール、何してゐるのだ。此ヤツコスを貴様等寄つて叩き殺して了へ』
 ポーロ、ヘベレケになつて、
『オイ、レール、貴様のいふこた、一体、一寸も分らぬぢやないか。殺すとか殺さぬとかぬかして居るが、あゝしておけば四人の奴ア、そんなに骨を折らなくても、ひとり木乃伊になつて了ふワ。マア酒でもゆつくり呑め、俺やモウ一足も立つ事も出来やしないワ、アーア苦しい、酒と云ふ奴ア、呑まれる時にや甘い味をしてゐやがるが、腹中に這入つてから盛に活動しやがるとみえて、何うにも斯うにも苦くて仕方がない。ゲー、ガラガラ ガラガラ、ウツプー』
レール『エヽ何奴も此奴も、酔どればかりぢやなア。さうぢやから酒を身知らずに食ふなというて聞かしてあるのだ』
シヤム『オイ、レール、偉相に言ふない、お前だつて、脛腰が立たぬとこまで酔うてゐるぢやないか』
レール『俺は俺で特別だ。俺の真似をすると云ふ事があるものかい。アーン、コレコレお化けのヤツコスさま、そんな出刃のやうな危いものをふりまはさずに早く陥穽の戸をあけ、早く四人の宣伝使を助けぬかい。そして俺達の代表者となつて、御無礼をお詫びしてくれないか。ナア、イワイワ岩彦の宣伝使、お前も中々ぬかりのない男だ。俺もカンチンした、流石は三五教の宣伝使だワイ。アーン』
ヤツコス『オヽ貴様のいふ通り、早く宣伝使様をお助け致さねばならぬ。シツカリ顔を見なかつたが、何でも梅彦によく似て居つたやうだ。ドレこれから四人を救ひあげて、貴様等一同を其後へほり込んでやらうか。此奴ア面白い』
と立上らうとするのを、レールは矢庭にヤツコスの足にくらひつき、
『俺はレール酔うたのだから、寝鳥の首を締めるやうな事をやられちや浮む瀬がないワ。マアマア一つ鍋を食た仲だから、其誼みで俺丈は免除してくれ。其代りにポーロ、シヤム、ハール、エルマ、エム等は一寸も遠慮いらぬから、ドシドシと放り込んでくれ。モウ斯うなると吾身が大事ぢや、人が死なうが倒れやうが、吾さへ良けらよい時節だ。コレ丈道理を解けて頼むのにお前は聞いてくれぬのか。アーン』
 斯かる所へキルクは慌しくやつて来た。
キルク『オイオイポーロ、三五教の宣伝使がタール、ハム、イール、ヨセフを供としてやつて来ました。如何致しませうかな』
ポーロ『ナニ、又宣伝使がやつて来た? そしてハムの兄哥が居るといふのか、ソラ洒落てる、流石はハムだ。甘く引張り込んで来やがつたな』
キルク『イエイエ滅相もない。ハム、タール、イール、ヨセフはスツカリ三五教の味方をして、ここへやつて来よつたのだ』
ポーロ『ハハー彼奴ア鬼熊別さまの子分だけれど、同じ教だと思つて、俺達に手柄をさそうと連れて来たのだらう。本当に気の利いた奴だ』
ヤツコス『ナニ、三五教の宣伝使が来たか、其奴ア面白い、何奴も此奴も一人も残らず酔ひつぶれて居やがる、決して老人夫婦に対し後顧の憂ひがないから、俺が一つ出迎へに行て来う』
と、岩戸の入口に走り出で、
『これはこれは三五教の宣伝使様、お名は存じませぬが、マア奥へお入り下さい。照国別一行が今陥穽へおとされて困つてゐる所です。サア早く飛込んで岩窟征伐をして下さい。吾々もお手伝ひを致しませう』
国公『ハテ、合点のいかぬ事を云ふぢやないか、お前はバラモン教の眷族だらう』
ヤツコス『実の所は三五教の宣伝使岩彦命だ。大神様の内命に依つて、此岩窟へ信者と化けこみ、今迄時を待つてゐたのだ。お前もまだ新米と見えるが、ナーニ案じる事はない。トツトと這入つてくれ、随分面白い事が始まつてゐるから』
と鷹揚に言ひ放ち、ニコニコとして奥に入る。国公は合点行かず、四人を従へ奥深く進み入り、酔ひどれの姿を見て、顔をしかめ、
『アヽいやな匂がするぢやないか、何だムサ苦しい、そこら中に店出しをしよつて、オイ何か芳香水がないか、イヤ防臭液でもいい、チトふりかけてくれ』
岩彦『それは兎も角、照国別外三人を救ひ上げねばならぬ。そんな末梢的問題はどうでもいい、中々戸が重たくて俺一人では如何ともする事が出来ない。ヤイ、一同の連中さま、俺に力を貸してくれ、ここだ此丸い穴へ一人づつ指を突込んでグイと引上げてくれ』
 国公は『ヨシ来た』と言ひながら六人力を併せて、非常に重たい板の戸を引きあけた。中には四人の男女が一生懸命に天津祝詞を奏上してゐた。国公は穴を覗いて、
『ヤア照国別の宣伝使様、危い所でありました。黄金姫様、清照姫様の命令に依つて、あなた方をお助けに参りました』
照国別『ヤアそれは御苦労だつた、曲津神奴、とうとうこんな所へおとしよつて流石の俺も如何なる事かと、聊か心配してゐた。持つべき者は家来なりけりだ。早く縄梯子でもおろしてくれないか』
 岩彦は何処よりか縄梯子を持来り、バラリとかけ下ろした。照国別を初め、菖蒲、照公、梅公は猿の如く縄梯子を伝うてかけ上り、国公の前に首を一寸下げ、
『ヤア有難う』
と挨拶する。岩彦は照国別の背を二つ三つポンポンと叩き、
『ヤア梅彦、久し振だつたねい、こんな所で会はうとは夢にも思はなかつたよ』
照国別『ヨーお前は岩彦だつたか、何と不思議な所で会うたものだ。併し老人夫婦はどうしてゐるか、聞かしてくれ』
岩彦『心配すな、俺がいつもかくれ忍んで十分の御馳走を与へ、大切に守つてゐたから、お二人共至極健全だ。聞けばお前の両親だつたさうだねい』
照国別『両親はどこにゐられるか、案内してくれないか』
岩彦『ヨシ俺に従いて来い、陥穽はモウこれ丈だ』
と言ひつつ、牢屋の前に導いた。見れば牢獄の戸はパツと開いてある。照国別がここへ来た時にシヤムの奴、驚いて戸を開けておいたからである。されど老人夫婦は仮令此牢獄を出た所で、ヤツパリ岩窟の中だ、どんな目に会はされるか知れないと、小隅に夫婦は抱合つて、震うてゐた。
 照国別は声をくもらせ、
『モシお父さま、お母アさま、私は梅彦で御座います、妹の菖蒲もここに参つて居ります。どうぞ御安心下さいませ』
 此声を聞くより老人夫婦は牢獄を飛び出で、樫谷彦は菖蒲に樫谷姫は照国別に抱つき、嬉し涙にかきくれ、暫しは無言の幕をつづけて、熱き涙を滝の如くに流すのみなり。
 これよりポーロ、レールを初め一同の罪を赦し、照国別は両親を初め、妹菖蒲を国公に守らせ、タール、イール、ハム、ヨセフも前後を守つて、アーメニヤの故郷へ帰らしめ、自分は大神の使命を果すべく、照公、梅公及岩彦を伴ひ、岩窟を後にフサの国をさして、宣伝歌を歌ひつつ、勇み進んで出でて行く。惟神霊幸倍坐世。
(大正一一・一〇・二八 旧九・九 松村真澄録)
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