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文献名1霊界物語 第41巻 舎身活躍 辰の巻
文献名2第2篇 神機赫灼よみ(新仮名遣い)しんきかくしゃく
文献名3第8章 無理往生〔1112〕よみ(新仮名遣い)むりおうじょう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-12-11 11:46:06
あらすじ
中央印度のデカタン高原の南方に、テルマン国という大国があった。テルマンの都に富豪の聞こえたかい毘舎族のシャールという男があった。シャールは富力にまかせて妾を買い込み、本妻のヤスダラ姫には至極冷淡な扱いをしていた。

ヤスダラ姫はイルナ国の刹帝利の生まれで、セーラン王の許嫁であったが、右守の策略でシャールに嫁がせられていた。

ヤスダラ姫の別宅には二人の侍女と、取り締まりとしてリーダーという若い男が仕えていた。リーダーは万事抜け目なく立ち回る利口な男で、ヤスダラ姫も心をゆるし、時おり琴などを弾じさせて日々の憂鬱を慰めていた。

ある日、普段は寄り付かないシャールが突然、ヤスダラ姫の別宅を訪ねてきた。シャールは、イルナ国右守の妻・テーナ姫を伴ってやってきて、ヤスダラ姫がイルナ国王に恋文を送り不貞の罪を犯したと身に覚えのないことで姫を責め立てるのであった。

右守は、イルナ国からセーラン王とクーリンスを放逐するにあたって、クーリンスの娘にして王の従妹であるヤスダラ姫が障害とならないよう、シャールに不貞の罪を讒言し、ヤスダラ姫を幽閉させようという計略であった。

シャールは、大黒主の信任が厚いイルナ国右守の権勢を恐れており、もともと不仲のヤスダラ姫を邸内の牢獄に幽閉してしまった。

風雨雷電の激しい夜、忠義のリーダーは堅牢な牢獄を打ち破り、ヤスダラ姫を救い出し闇にまぎれてシャールの館を脱出した。二人は夜を日についでイルナ国に逃げ帰ることになった。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年11月11日(旧09月23日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年6月15日 愛善世界社版113頁 八幡書店版第7輯 572頁 修補版 校定版117頁 普及版56頁 初版 ページ備考
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本文  中央印度のデカタン高原の南方に当るテルマン国と云ふ、住民殆ど十万に近き、印度では相当な大国があつた。テルマンの都に富豪の聞え高き毘舎族にシヤールと云ふ男があつた。其邸宅は都の東方最も風景佳き地を選み、邸の周囲一里四方にあまり、深き広き濠を囲らし、其勢ひ王者を凌ぐばかりの豪奢振りを発揮してゐる。富力に任せて数多の美人を買ひ求め来り之を妾となし、本妻のヤスダラ姫に対しては極めて冷酷な取扱をしてゐた。ヤスダラ姫は入那の国のセーラン王が従妹に当る刹帝利の生れで、セーラン王の許嫁であつた事は前節已に述べた通りである。ヤスダラ姫はシヤールの広き邸の中に可なり美はしき家宅を与へられ、二人の侍女と共に面白からぬ月日を送りつつあつた。ヤスダラ姫館の取締にリーダーと云ふ年若き綺麗な万事抜目なく立廻る利口な男があつた。ヤスダラ姫は此リーダーを此上なきものと愛し時々琴等を弾じさせ其日の鬱を慰めてゐた。或時ヤスダラ姫は一間に閉ぢ籠り、一絃琴を弾じながら述懐を歌うてゐる。
『水の流れと人の行末  定めなき世と云ひながら
 夢の浮世に生れ来て  妾は尊き刹帝利
 セーラン王の従妹と生れ  年端も行かぬ幼き頃より
 親と親との許嫁  吾行末はイルナの国
 治統ぎ給ふセーラン王の  后と仕へまつる身の
 今は果敢なきヤスダラ姫  遠き山野を隔てたる
 テルマン国の毘舎と在す  シヤールの妻と下されて
 朝な夕なに現世を  はかなみ暮す悲しさよ
 空ゆく雲を眺むれば  西へ西へと流れ行く
 御空をかける鳥見れば  之また西へ進み行く
 空行く雲や飛つ鳥の  人の哀れを知るならば
 イルナの国に在れませる  セーラン王の御許へ
 切なき妾が思ひねを  完全に詳細に訪れよ
 朝な夕なに吾恋ふる  聖の王の身の上を
 案じ過して夜も昼も  心痛むるヤスダラ姫
 思ひ廻せば吾身ほど  因果なものが世にあらうか
 月の国にて刹帝利の  尊き家に生れあひ
 貴勝の地位にありながら  今は卑しき毘舎の妻
 神も仏も世の中に  お在しまさずや、あゝ悲し
 情なの娑婆に永らへて  胸の炎を焦しつつ
 消す術もなき苦しさよ  シヤールの夫は朝夕に
 富の力に任せつつ  毘舎の娘や首陀の子を
 彼方此方と狩り集め  吾物顔に女子を
 弄びつつ妹と背の  尊き道を打ち忘れ
 妾に対して一度も  情をかけし事もなし
 バラモン教を守ります  梵天帝釈自在天
 大国彦の神様よ  ヤスダラ姫の境遇を
 憐れみ給ひて一時も  早く恋しきセーラン王に
 一目なりとも会はせかし  仮令吾身は朽つるとも
 神より受けし吾魂は  王の御側に通ひつつ
 朝夕御身を守るべし  テルマン国は広くとも
 シヤールの家の瑞垣は  山より高く築くとも
 邸を囲る濠水は  何程深く広くとも
 王を慕へる吾心  如何でか通はぬ事やあらむ
 あゝ惟神々々  御霊幸はひましまして
 御魂の清き人の来て  吾身を救ひ夜に紛れ
 父のまします入那の国に  送らせ給へ自在天
 尊き神の御前に  心も常に安からぬ
 ヤスダラ姫が真心を  籠めてぞ祈り奉る
 あゝ惟神々々  此世を造り給ひたる
 皇大神の御前に  慎み敬ひ願ぎ奉る』
と淑かに歌つてゐる。かかる所へ邸の内外の掃除を済ませ身禊をなし、正服と着換へて姫の室を訪ねて来たのは忠僕のリーダーである。姫は琴の手をやめてニツコと笑ひ、
『あゝ其方はリーダー殿、大変早いぢやありませぬか。大層お掃除が……今日は又特別によく出来たやうですな』
『ハイ、今日は旦那様から御命令が厶りましたので、早朝より室内の掃除を致し、門の隅々まで竹箒がバイタになる所まで掃きちぎつて置きました。大変美しくなつたでせう。破れ草鞋の様に隅から隅まではきちぎつて置きました。アハヽヽヽ』
『ホヽヽヽヽ、掃きちぎつて置いたのは結構だが、今日に限つて特別の御命令を遊ばすとは、何かのはき違ひでも出来たのぢやありませぬか』
『ハイハイ何分僕のことで姫様が御存じない位ですから、吾々にはハキハキと何御用か分りませぬ。兎も角履物の位置をキチンと揃へて置きました。これで旦那様がお見えになつても、家内しめて四名と云ふ事が分りますやうに、履物が玄関口にお迎へを致して居りますわ』
 ヤスダラ姫は少しく頭を傾け、
『ハテナ、いつもお見えになつた事のない旦那様が御入りなのか知らぬ。どうせ碌なことではあるまい』
と独語ちつつ心配さうに考へ込んでゐる。そこへ二三人の供人を従へ足音高くやつて来たのはシヤールである。ヤスダラ姫は一絃琴を手早くとつて床の間にキチンと直し、襟を正し満面に愛嬌を湛へながら、言葉優しく、
『あゝ貴方は旦那様、よくまあ入らして下さいました。今日は何か変つた御用向でも出来ましたか』
と慇懃に尋ぬればシヤールは木訥な声で、
『何、別にこれと云ふ用はないのだが、今日はお前に一つ聞き訊さねばならぬ事が出来たのだから、其積りで包まず隠さずハツキリと返答をしてもらはねばならぬよ』
と面膨らし不機嫌の体である。ヤスダラ姫は胸を轟かせながら、
『それは又変つた御用向、何か妾の一身上に就いて嫌疑がおありなさるのですか』
『あればこそ、忙しい中を一日の暇を割いてお前の館へ出て来たのだ。暫く待つて居ろ。入那の都からカールチンの奥様テーナ姫様がお前の身の上に就いてお越しになつたのだ。お前は夫の目を忍び、入那の国のセーラン王の御許へ艶書を送つたではないか』
 ヤスダラ姫は打驚き顔色を変へて、
『な……何と仰せられます。まるで寝耳に水のやうなお話ぢや厶りませぬか』
 シヤールはあげ面をしながら嫌らしく笑ひ、
『エヘヽヽヽ寝耳に水とは俺の事だ。お前は幼少より左守の司の娘として深窓に育てられ、純粋な淑女だと思つてゐたのに、夫の目を忍んで艶書を送るとは何と云ふ不貞腐れ女だ、見下げ果てたる莫蓮者奴、今に面の皮をヒン剥いてやるから楽しんで待つてゐるが宜からうぞ』
 ヤスダラ姫は悲しさ身に迫り、声を立ててワツと其の場に泣き伏した。シヤールは此体を見て冷やかに笑ひながら、
『アハヽヽヽ、何とまあ、劫を経た古狸だな。女の涙は城を傾け五尺の男子を手鞠の如くに翻弄すると聞く。併し乍ら此シヤールは幾百人とも知れぬ女性に接し居れば、女の慣用手段たる泣き声や涙には決して驚かないぞ。此道にかけては天下無双の勇士、シヤールに向つてはバベルの塔を蝶が襲撃する程にも感じないのだから、そんな古手な事は止めて貰はうかい。あた八釜しい』
『旦那様、貴方はどこ迄も妾をお疑ひ遊ばすのですか。此頃入那の国には悪人蔓り王様を廃立せむと企らむ一派と、これを助けむとする一派とが始終暗闘を続けてゐるさうですから、大方反対党の方から何かの策略で妾を犠牲にすべく中傷讒誣の声を放つたのでせう。何卒冷静に御熟考を願ひます』
『何処までも渋太い阿女奴、汝の弁解は聞く耳持たぬ。今テーナ姫を此処へお迎へ申し黒白を分けて見せてやるから、赤恥をかかない様に致したが宜からう』
 ヤスダラ姫はシヤールの暴言に呆れ果て、心弱くては叶はじと気をとり直し、眼を据ゑ坐り直して襟を正し、儼然として、
『妾はいやしくも入那の国の刹帝利左守の司のクーリンスが娘、左様な穢はしき事が如何して出来ようぞ。テーナ姫とやら、証拠に立つと申すなら、一刻も早く此処へお招きなさいませ。屹度妾が悪者共の謀計を暴露し懲しめてくれませう』
と形相物凄く稍声を尖らせて言ひきつた。シヤールも名代の富豪、テルマン国の有力者の中に数へらるる身なれども、生れは卑しき毘舎の種、ヤスダラ姫の此言葉に何となく恐れを抱き、次第々々に尻込みなして引下る。かかる所へ二三の供に送られて肩で風を切りながら、絹ずれの音サヤサヤと上使気取りでやつて来たのは右守の司カールチンの妻のテーナ姫である。
 テーナ姫は鷹揚に玄関口を上り、少しくフン反り返つて裾を長く引きずりながら、身体一面に瑠璃、しやこ、珊瑚、金、銀、瑪瑙等で飾り立て、棚機姫の降臨か、松代姫の再来かと言ふやうな満艦飾で奥の間に遠慮会釈もなく進み入り、シヤールに打ち向ひ、
『シヤール殿、其方の第一夫人ヤスダラ姫は此方で厶るかな』
と鷹揚にヤスダラ姫を睨めつけながら故意とに問ひかける。シヤールは頭を下げ、
『ハイ、問題のヤスダラ姫はこれで厶ります。何卒十分にお取調を願ひます。貴女の御言葉の通りならば如何しても此儘にして置く訳には参りませぬ』
 テーナ姫は皺枯れた声を出して、さも憎々しげに、
『此方が問題のヤスダラ姫で厶るかな。如何にも虫も殺さぬやうな淑女面をさらし、大それた事を致さるるものだな。外面如菩薩内心如夜叉、善の仮面を被つてシヤールの家庭を紊乱し、次いでイルナの国を攪乱致す金毛九尾の悪狐の再来、一日も早く妾の申す通り堅牢なる座敷牢を造り、外間の交通を絶ち幽閉なさらねば、カールチンの右守様に対し申訳が立ちますまいぞ。此テルマン国はイルナの国の属邦なれば、当時大黒主の信任厚き右守の司の命令に背かむか、シヤールの家は忽ち闕所の憂目に遇ひますぞ。早く決行なさるが宜からう』
と目に角を立て厳かに宣示するを、シヤールは縮み上り「ハツ」と畳に頭をすりつけながら、
『仰せに従ひ其準備に取りかかるで厶いませう』
 ヤスダラ姫は夫シヤールの不甲斐なき態度にグツと腹を立て、声を震はせながらテーナ姫に向ひ、
『其方は右守の司の妻テーナ姫ではないか。汝が夫カールチンは卑しき首陀の生れ、吾父クーリンス殿より引き立てられ、今は右守の司の地位に迄進み、漸く世に認めらるる様になつたのは誰のお蔭だと思うて居るか。汝は吾幼少の時の子守役を勤めて居つた卑しき婢女、今は右守の司の妻となりたればとて、妾に対し無礼の雑言、最早聞棄てはなりませぬぞ』
と睨めつくればテーナ姫は平然として打笑ひ、
『オホヽヽヽ、愈以てヤスダラ姫は狂気致したと見ゆる。妾の夫はイルナの国にて其名も高き刹帝利の生れ、妾は又貴勝族の生れで厶る。ヤスダラ姫が父クーリンスこそ卑しき首陀の生れ、吾夫カールチンの引立によりて今日の地位を得ながら、其大恩を忘れ、反対に妾の夫を卑しき首陀族と申すは何たる暴言、こりや屹度正気ではあるまい。早く牢獄に打ち込めよ』
と勢に任して反対的の捏論をまくしたて、無理往生にヤスダラ姫を幽閉せしめむと焦慮つてゐる。カールチンがテーナ姫をシヤールの館に、ヤスダラ姫に難癖をつけて幽閉せしむべく、使者に遣はしたのは深き考へがあつての事である。カールチンは大黒主の後援の下にセーラン王、クーリンスを放逐し其野心を達せむとする折、ヤスダラ姫のありては後日の大妨害となる事を慮り、難癖をつけて姫を幽閉し置かむとの策略である。又一つには娘のサマリー姫とセーラン王との交情あまり面白からざるは、ヤスダラ姫此世に生存して何時とはなしにセーラン王に思ひを通じるを以て、セーラン王の斯くも吾娘を冷遇するならむとの僻みより、犬糞的にシヤールの館へ頭抑へにテーナ姫が夫の使者として遥々やつて来たのである。ヤスダラ姫は心汚きカールチン、テーナの計略によつて、シヤールの邸内に堅牢なる牢獄を造り其中に不愍にも残酷にも幽閉さるる身となつて了つた。
 風雨雷電の烈しき夜、ヤスダラ姫によく仕へたるリーダーは堅牢なる牢獄を打ち破り、ヤスダラ姫を救ひ出し暗に紛れてシヤールの館を脱出し、夜を日についで入那の国、父の館をさして逃げ帰る準備にかかれり。
(大正一一・一一・一一 旧九・二三 北村隆光録)
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