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文献名1霊界物語 第42巻 舎身活躍 巳の巻
文献名2第2篇 恋海慕湖よみ(新仮名遣い)れんかいぼこ
文献名3第5章 恋の罠〔1130〕よみ(新仮名遣い)こいのわな
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2022-12-21 13:49:23
あらすじ
イルナの都の神館の奥の間には、黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人が鼎坐してひそびそ話にふけっている。右守のカールチンが計略に乗ってやってくるかどうかと女三人、雑談を交えている。

そこへびっこをひきながらカールチンがやってきた。カールチンは、ヤスダラ姫に化けた清照姫にでれた様子も隠さずに話しかける。

黄金姫はそっとその場をはずし、セーリス姫も退室しようとしたとき、転んで舌を切ったユーフテスがやってきた。ユーフテスはセーリス姫に介抱されて二人は退場する。

清照姫はカールチンに対して、セーラン王が退位してカールチンが王位に就いたら、自分を正妃にするようにと要求した。カールチンは自分にはテーナ姫という長年連れ添った女房があると難色を示した。

清照姫は、大黒主の前例を出してカールチンに選択を迫った。カールチンは清照姫を正妃とすることを承諾してしまった。

また清照姫は、大黒主の援軍を辞退してハルナの都に返し、逆にイルナ国から援軍を出すようにと進言した。カールチンはこれも承諾してしまい、ヤスダラ姫の館を後にした。
主な人物 舞台イルナ城(入那城、セーラン王の館、イルナの都の神館) 口述日1922(大正11)年11月14日(旧09月26日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年7月1日 愛善世界社版63頁 八幡書店版第7輯 664頁 修補版 校定版67頁 普及版21頁 初版 ページ備考
OBC rm4205
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本文  イルナの都の神館の奥の間には、黄金姫、清照姫、セーリス姫の三人鼎坐して、ヒソビソ話に耽つてゐる。
『ユーフテスが甘く使命を果して帰るだらうかなア。カールチンの姿を見る迄は、何とはなしに心許ない感じが致します。清照姫、大丈夫だらうかなア』
『お母アさま、そんな御心配は要りませぬ、キツと右守司は宙を飛んでやつて来ますよ。前以て怪しき秋波を私に送つてゐましたもの、メツタに外れつこありませぬワ、オホヽヽ』
『さうだらうかな、何時そんな微細な所迄看破しておいたのですか、まだ一度より御会ひになつてゐないぢやないか』
『一度会うても二度会うても、カールチンの顔には変化はありますまい。どうも怪しい目付でしたよ。余程いいデレ助ですわ、オツホヽヽ』
『油断のならぬ娘だなア。そんなことを云つて本当にお前の方から何々してるのではあるまいかな。年頃の娘を持つと、親も気が揉めますワイ。オホヽヽヽ』
と吹き出して笑ふ。
『お母アさま、私だつて女ですワ、異性の匂ひを嗅いでみたい様な心もたまには……起りませぬワ、オホヽヽ』
『何とマア貴女等母子は気楽な方ですな、娘が母親を掴まへて惚気るといふ事がありますか、前代未聞ですワ。清照姫様はさうすると、貰ひ子と見えますなア』
『ハイお察しの通り、竜宮の一つ島で拾うて来ましたお転婆娘で厶いますよ。今こそ斯うして宣伝使になつて真面目な顔をして居りますが、随分拾つた時分は、此育ての親を手古摺らしたものですよ。蛇が食ひたいの、蛙が食ひたいのと申しましてなア、丸で雉子の様な娘ですワ』
『雉子だの、友彦だのと、それ丈は言はぬやうにして下さい、顔が赤うなりますワ』
『顔が赤うなる丈、まだどこか見込がありますなア。母もそれ聞いてチツとばかり安心しましたよ。カールチンも定めて、お前さまの口車にキツと乗るでせう。早うやつて来ると面白いのだがなア』
セーリス『ユーフテスを使にやつたのですから、キツと直に見えますよ。あの男も中々抜目のない人物ですからなア』
黄金『あなたもユーフテスさまに余程執着があると見えますな。どうぞ本当にならぬやうに願ひますよ。様子を考へてると、何だか怪くてたまりませぬワ』
『あなたの慧眼にさへ怪しく見える位でなければ、あの男が如何して擒になりませう。私も随分凄い腕を持つて居りませうがなア。神様に何だかすまないやうな気が致しますけれど、之も忠義の為だから、許して下さるでせう』
清照『セーリス姫様の上手な行方には、私も感服して居ります。到底私なんぞは足許へも寄れませぬ。爪の垢でも煎じて頂きたいものですな』
 かく一生懸命になつて馬鹿話に耽つてゐる。そこへチガチガと跛をひきながらやつて来たのは右守司であつた。セーリス姫は何とも言へぬ優しみを面に浮べ、優しい声で、
『アヽ貴方は右守司様、よう来て下さいました。大変お待ち申して居りましたよ』
『承はれば、ヤスダラ姫様は少しく御気分が悪いとのこと、其後の経過は如何で厶います』
『ハイ有難う。御覧の通り、此様に元気にお成り遊ばしました。貴方がお越し下さるに相違ないと、覚束ながら独合点して、姉さまに申上げた所、不思議なことには大病はケロリと忘れた様な顔をして、ニコニコと何が嬉しいのか知りませぬが、勇んでゐらつしやるのですよ』
『それは何より結構でござる。イヤ、ヤスダラ姫様、先日は偉い御無礼を致しました。どうぞお心易う御願致します。少しくおかげんが悪かつたさうですな』
清照『ハイ、有難う厶います。何だか知りませぬが、貴方のことを一寸思ふと一寸悪くなり、ヤツと思ふとヤツと悪くなり、或は一寸よくなつたり、又大変によくなつたり致しますのですよ。私の身魂はどうやら貴方の身魂と合つてる様な心持が致します。本当に妙な塩梅ですワ』
『ヒヨツとしたら、前世に於て身魂の夫婦だつたかも分りませぬな。私も何だか貴女のことを思ひ出すと、気が変になつて堪りませぬワ。エツヘヽヽヽ』
セーリス『モシ右守さま、ハンケチをお使ひなさいませ、何だかおチヨボ口の横の方から、瑠璃の玉のやうな物がしたたつてゐるぢやありませぬか』
『これは私に取つては非常な神聖にして且貴重な物ですよ。私のヤスダラ姫さまに対する隠しても隠しきれぬ喜びの露ですからなア。エヘヽヽヽ』
と目を細くし、現在其場に黄金姫が六ケしい顔をして控へてゐるのも気がつかず、清照姫にのみ視線を集注してゐた。黄金姫は右守司の視線を避けて漸く次の間に姿をかくし、ヤツと胸を撫でおろした。
『モシ姉さま、私がここに居つても御邪魔にはなりますまいかな』
『姉の処に妹が居るのに、何が邪魔になりませう。姉妹同士だから、他人に言へないことでも、気を許して話せるぢやありませぬか』
『さうですね。さう云つて下されば、私だつて嬉しいですワ。併し貴女、右守司様と何か秘密の話がおありでせう。一寸気を利かしませうか、あの粋を利かして別席致しませうかなア』
『決して決してお気遣ひ下さいますな。秘密のあらう道理はございませぬから、私も申上げたい事は赤裸々に申上げますから、ヤスダラ姫様もどうぞ遠慮なく御心中をお話し下さいませ』
 清照姫はワザとツーンとして、
『私は別に右守さまに何も申上げる事は厶いませぬワ。女の身を以て奥さまのある御方に、内証話をしては済みませぬからなア』
 セーリス姫は思ひ切りジラしてやらうと思ひ、
『さうだつて姉さま、あなた心と口と違つてゐるでせう。私がゐますと又大病が起ると互の迷惑ですから、暫らく御免を蒙ります』
『ホヽヽ甘いこと仰有いますこと、ユーフテスさまがあなたの居間に待つてゐられるものだから、気が気でないのでせう』
『あなただつて、私がここにゐると気が気ぢやありますまい。思へば同じ女気の、男恋しき秋の空、顔に紅葉の唐紅、とめてとまらぬ紅葉の、色……とか云ひましてなア、言ふに云はれぬ、誰だつて秘密はありますワ。それなら姉さま、一寸往つて来ます。どうぞシツポリとお楽しみ遊ばせ。なア右守さま、あまり御気分の悪なる話ぢや御座りますまい、オホヽヽヽ』
 カールチンは鼻をビコつかせながら、
『左様々々、客と白鷺、立つが美事、暫くユーフテスさまと、郊外の散歩でもなさつたら面白いでせう』
『右守さまのイヤなこと、そんな粋を利かして貰はなくても宜しいワ。何と云つても自由結婚の流行する世の中ですもの、そんな事は如才のある私ぢや御座いませぬ。なア姉さま、古い道徳に捉はれてゐる連中の様に、吾身の一生一代に関する夫婦問題まで、無理解な親に干渉されちや堪りませぬからなア。それなら右守さま、ユーフテス……イエイエ自分の居間へ暫く下りますから、ゆつくりとお話を遊ばしませや。そしてよい結果を齎して、私にお目出度うといふ様にして下さいませ』
『兎も角、惟神ですからなア』
 斯く云ふ所へユーフテスは舌を切り、鰓の辺りまで膨らせながら走り来り、
『あゝゝあなたは、う右守さまでせう、あゝ余りぢや厶いませぬか。人をふみこかして先へ出て来るとは。コヽコレ、セーリス姫……どの、こんな無情な人は、末が恐ろしいから、姉さまが何と仰有つても、あんたが水を注さねば……なりませぬぞや。清……オツトドツコイ、ヤスダラ姫様にお気の毒ですから』
セーリス『ユーフテス様、其お顔はどうなさいました。チツと変ぢやありませぬか』
『ミヽ道でぶつ倒れ、シヽ舌をかんで、コヽ此通り、ハヽ腫れました、イヽ痛くて堪りませぬ』
『コリヤ、ユーフテス、何と云ふ無礼なことを申すか。俺が、そして何時貴様を踏んだか』
『誠にスヽ済みませなんだ。セーリス姫は、私の予約済だから、滅多に秋波を送るやうなことはなさらぬでせうな。何だかチツと様子が変だから……ワヽ私もキヽ気が揉めますワイ』
『ワハヽヽヽ』
清照『オホヽヽヽ』
『マアいやなこと、ユーフテスさま、サア私の居間へおいでなさいませ。私が介抱して直して上げませう、嬉しいでせう』
とワザとに意茶ついて、右守の恋を沸きたてようとしてゐる。ユーフテスはいい気になり、姫の肩に凭れかかり、ヒヨロリ ヒヨロリとこの場を立つて、セーリス姫の居間へ伴はれ行つてしまつた。
 後にカールチン、清照姫は互に顔を見合せ、手持無沙汰な様子で黙り込んで了つた。カールチンは姫の発言を何時迄待つても口切りがないので、とうとう劫を煮やし、矢庭に飛付く様にして、顔をそむけながら、清照姫の柔かい手を岩のやうな固い手でグツと握つた。清照姫は、
『エー』
と一声ふりはなす途端に、ヒヨロ ヒヨロ ヒヨロとカールチンは一間ばかり、後に尻餅をつき、
『あゝコレコレ、ヤスダラ姫殿、女の身のあられもない、そんな乱暴なことをするものぢやありませぬぞ』
 清照姫は恥かしさうな風をして、
『それでも恥かしうてたまりませぬワ、モウこらへて下さいな、お頼みですから』
『ワハヽヽヽ、流石は女だなア、そこが尊い所だ。矢張ウブなものだワイ。生れが違ふとどこともなしに床しい所がおありなさる、ウフヽヽヽ』
と言ひながら、今度は姫の背後より両手をグツと肩にかけ、抱き締めようとするのを、清照姫は、カールチンの両腕をグツと取り、ウンと力を入れた拍子に体をすくめた。カールチンは負投を喰つて一間ばかり向ふへ飛び、床柱に後頭部をカチンと打ち、
『アイタヽヽヽ、コレコレ姫さま、何といふ手荒いことをなさるのだ。何時の間に柔術を覚えましたかな、天晴な御手際だ。ヤア感心々々』
『余り無礼な事をなさいますと、私は承知致しませぬぞや』
『何と偉いヒステリツクだなア。如何したら御機嫌がとれるかなア。まてまて、姫の心の奥底を測量もせずに無暗に相手になつて、はねるのは当然だ。惚切つた男にからかはれると、却て嬉し驚きに肱鉄砲をかまし、後から後悔する女が、間々あるものだ。姫もヤツパリ其伝だなア』
と思はず知らず小声で囁く。清照姫は可笑しさを怺へて、
『右守さま、何と仰有います。私は決してヒステリツクぢやありませぬよ。此通り、ビチビチ肥えとるぢやありませぬか。何だか知らないが、身魂が合はないと見えまして、守護神が怒つて仕様が厶いませぬワ。チツと此守護神に鎮魂でもして帰順するやうに言ひきかして下さいませな。本当に私困つちまひますワ』
『あゝそれでよく分りました。さうすると貴女の肉体はカールチンに対し、別に嫌忌の情をお持ちになつてるのぢやありませぬなア』
『ハイ』
『本人の肉体さへ承知なら、守護神位、何と言つた所で、物の数でもありませぬワイ』
と言ひながら、又もや姫の手をグツと握る。清照姫はワザと声を尖らし、
『妾はヤスダラ姫の副守護神、三五教の宣伝使清照姫で厶るぞよ。汝苟くも右守司となり、万民を導く身でゐながら其卑しき振舞は何事ぞや。容赦は致さぬぞ。今其方を投げつけたのは、此清照姫の霊がしたのぢや。決してヤスダラ姫の所為ではない程に、誤解をせぬやうにしたがよからう。清照姫は最早此肉体を立去る程に、後は其方の自由に致したが宜からうぞや。ウンウン』
ドスンと飛上り、清照姫はおこりのおちたやうなケロリとした顔をして、カールチンの顔を打眺め、
『ヤア貴方は恋しい慕はしい右守さまで御座いましたか、能うマア御多忙な職務をすてて、妾の願を叶へて御出で下さいました、あゝ嬉しう御座います。どうぞ不束な私、お見捨なく末永く可愛がつて下さいませ』
と右守の膝に頭をなげつけ、首を左右にふつて嬉し泣の真似をして見せる。カールチンは悦に入り、
『ウツフヽヽヽ、イヤ姫、心配なさるな。其方の事なら、如何なることでも吾力に叶ふことならば、叶へて進ぜませう。どうぞカールチンも今の心で何時迄も愛して下さいや』
となまめかしい声で、目を細くして喋り出した。どこともなく、桶の輪がゆるんだやうな言葉遣ひである。
『ハイ有難う厶います。それなら此ヤスダラ姫の願は何でも聞いて下さいますか』
『申すに及ばず、どんな事でも聞いて上げるから言つて見なさい』
『それなら申上げますが、決してお腹を立てて下さいますなや。貴方も御存じの通り、セーラン王様は茲一ケ月の後には万事の準備を整へて、貴方様に後をお譲り遊ばすことに内定して居りますのは確です。さうすれば貴方は右守司ではなくて、入那の都の刹帝利様、さう御出世を遊ばした時は、こんな卑しき女は体面に係はると仰有つて、キツと妾をお捨て遊ばすでせう。貴方が本当に私を愛して下さるのならば、ここで一つどこまでも捨てないと云ふ書付を書いて下さいませぬか』
『如何なる難問題かと思へば、そんな事か。ヨシヨシ、書いてやらう。何と書けばいいのだなア』
『私の要求は到底貴方には聞入れられますまい。いざと云ふ場合になれば、キツと拒絶なさるにきまつて居りますワ』
『武士の言葉に二言はない。女の一人位誑かつて何になるか。早く其要求の次第を細々と言つて見なさい』
『貴方が刹帝利にお成り遊ばした暁は、キツと妾を正妃にして下さるでせうなア』
『ウーン、そりや、せぬでもないが、私にはテーナ姫といふ女房があるぢやないか』
『其テーナさまは、貴方が右守司としての奥さまでせう。決して刹帝利の奥さまでは厶いますまい。刹帝利の奥さまには誰をお選みですか。ヤツパリ依然として古いのを御使用遊ばしますか。それでは折角貴方が一切の規則を革新しようとなさつても、城内の空気を新しくする事は出来ますまい。能う考へて御覧なさい。バラモン教の大教主大黒主の神柱は、永らく共に苦労を遊ばした糟糠の妻を放逐し、新規蒔き直しの若い美はしい石生能姫様を正妃と遊ばしたぢや厶いませぬか。大黒主様でさへも遊ばしたことを、貴方が出来ない道理はありますまい。サア何卒これからきめて下さい。おイヤですかな。おイヤならばお厭とキツパリ言つて下さい。私にも一つ覚悟がありますから』
『成程さう聞けばそれも尤もだ。それなら貴女を正妃とすることを固く約しませう』
『有難う厶います、それなら今日から私はあなた様の誠の妻ですなア』
となまめかしい声を出し、満面に笑を湛へて凭れかかつた。其しをらしさにカールチンは骨も魂も抜けた如くグニヤ グニヤとなつて了ひ、顔の相好を崩して平素のさがり目を一入下げ、声の調子まで狂はしながら、
『ウンウンよしよし、お前の云ふことなら、命でもやらう。ホンに可愛い奴だなア、エヘヽヽヽ』
『それなら妾に一つの願が厶います。御存じの通り、最早刹帝利の授受は円満解決の曙光を認めてゐるのですから、大黒主様の軍隊を借用するのはお止めになつたら如何ですか、何程円満解決とは言ひながら、カールチンは刹帝利の位を奪はむ為に、大黒主様の軍隊を借用して脅迫したといはれては末代までの不名誉、又国民一般に対しても治政上大変な障害となるぢやありませぬか。どうぞ妾の御願ですから、一時も早く早馬使をハルナの都にさし向け、軍隊の派遣を断つて下さいませ。大黒主様だつて、近国に動乱が起つてゐるのですから、大変な御迷惑でせう。一層の事、貴方の軍隊を全部応援の為お差向けになつたならば、貴方の武勇は天下に轟き又大黒主様のお覚えはますます目出度く、遂にはハルナの都の後継にお成りなさる端緒を開くといふものです。これ位の決断がなくては到底駄目ですからなア』
『成程さう聞けばさうだなア。それなら一先づ吾館へ立帰り、早馬使を走らせて、軍隊の派遺を御辞退申上げ、味方の勇士をして、残らず大黒主様の為に応援させよう。ヤア、ヤスダラ姫、又ゆつくりとお目にかからう。キツと明日は早朝から登城するから、安心して待つてゐるがよい。左守殿へも其方から宜しく言つて下さい。私から云ふのは何だか都合が悪い様だから』
『父の左守は最早妾の切なる恋を看破し、夜前も厳しく膝詰談判を致しました故、命をかけて、いろいろと陳弁しました所、ヤツと得心して呉れまして……流石は俺の娘だ。よい所へ気がついた、お前がさうなつてくれれば、右守司との暗闘もこれでサツパリ解けるだらう……と喜び勇んで別れた位ですから、父の方は決して御心配くださいますなや』
『ヤスダラ姫殿、お名残惜しいが、明日又お目にかからう』
と云ひながら、滴る涎をソツとたぐり、イソイソとして己が館へ立帰るのであつた。後に清照姫は帰り行く姿を、首を伸ばして眺めてゐたが、何時の間にやら姫の首は三つ四つ縦に動き、赤い舌まではみ出して居た。
(大正一一・一一・一四 旧九・二六 松村真澄録)
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