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文献名1霊界物語 第43巻 舎身活躍 午の巻
文献名2第2篇 月下の古祠よみ(新仮名遣い)げっかのふるほこら
文献名3第8章 噴飯〔1159〕よみ(新仮名遣い)ふんぱん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-11-21 20:50:35
あらすじ
玉国別は伊太公が飛び込んで行ったあと、バラモン軍が右往左往するありさまを冷然と見守って控えている。純公は玉国別に向かって、なぜ我々二人に伊太公救出を命じないのか、と食って掛かった。

玉国別は純公に勇について説明をして諭した。道公も、玉国別の計略を知っているので、何事も神に任せるようにと純公をなだめた。

玉国別はひとしきり純公に説諭した後、実は治国別の一行とバラモン軍を挟み撃ちにしようという考えを明らかにした。純公はようやく納得した。玉国別は道公を祠のあたりに斥候に出して様子を探らせた。

玉国別は残った純公に、あと一時ほどするとバラモン軍は治国別たちの言霊に打たれて逃げ帰ってくるだろうから、それまでに十分休養して英気を養っておこうと語った。

祠の前にはバラモン軍の目付が二人、関守を務めていた。二人は、伊太公が突然現れて暴れこみ、片彦将軍に一打ち食らわせたために部隊が混乱に陥った事件を話し合っていた。

そのうちに二人は暇をつぶすために馬鹿な夢の話を始めた。その話の落ちのおかしさに、祠の後ろに隠れていた道公は思わず大きな笑い声をたてた。バラモン軍の二人は驚き、肝をつぶして逃げて行った。
主な人物 舞台 口述日1922(大正11)年11月27日(旧10月9日) 口述場所 筆録者北村隆光 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年7月25日 愛善世界社版112頁 八幡書店版第8輯 68頁 修補版 校定版119頁 普及版45頁 初版 ページ備考
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本文  玉国別は、伊太公の命令も肯かず森影を飛び出しバラモン教の先鋒隊に向つて只一人突入し、祠の前にて敵軍は算を紊し右往左往に驚いて往来する有様を遥に見やり、冷然として救ひに行かうともせず控へてゐる。純公は気をいらち両手で膝をピシヤピシヤと思はず叩き乍ら言葉せはしく玉国別に向ひ、
『モシ、先生様、如何致しませうか。勇敢決死、敵軍の中へ伊太公只一人師の君の御命令を肯かず飛び込みましたが、何程伊太公鬼神を挫ぐ勇ありとも飛んで火に入る夏の虫、寡を以て衆に当るのだから屹度亡ぼされて了ふでせう。サアこれから道公と両人心を協せ援兵と出掛ませう。貴方はお目が悪いのだから何卒此処にお潜み遊ばし吾々の奮闘振りを御覧なさいませ。サア道公行かう』
 玉国別は平然として詞も徐に、
『待て、純公、今飛び出すのは余り無謀ぢや』
純公『だと云つて貴方は見す見す部下を見殺しになさる御所存ですか。私だつて親友の危難をどうして高見から見物する事が出来ませう』
道公『伊太公の奴、とうとう荒魂をおつ放り出しよつたな』
玉国別『伊太公のは荒魂ではない。暴魂だ。荒魂と云ふのは陰忍自重の心だ、彼は匹夫の勇だ。総て武士には二種類がある』
純公『二種類とは如何なるもので厶いますか』
玉国別『夫れ兵は血気の勇者と仁義の勇者との二種類がある。抑も血気の勇者とは合戦に臨む毎に勇み進んで臂を張り強きを破り堅きを砕く事鬼の如く忿神の如く速かである。されど此等の兵は敵の為に利を以て含め、味方の勢を失ふ日は逋がるるに便あれば或は敵に降伏して恥を忘れ、或は心にも発らぬ世を背くものだ。斯の如きものは則ち血気の勇者だ。又仁義の勇者といふものは、必ずしも人と先を争ひ、敵を見て勇むに高声多言にして勢を振るひ臂を張らねども、一度約束をして憑まれた以上は決して二心を存せず、変心もせず、大節を臨み、その志を奪はず傾く所に命を軽んずる、斯の如きは則ち仁義の勇者だ。現代に於ては聖人賢者去りて久しく梟悪に染まること多きが故に仁義の勇者は尠いのだよ』
純公『成程、よく判りましたが然し此危急存亡の場合、血気の勇者も仁義の勇者もそんな区別を立ててゐる余裕がありませうか。吾々は二者合併し血気の勇者となり、仁義の勇者となつて大活動を演じ兎も角伊太公を救けねばならぬぢやありませぬか』
道公『それもさうだが、何事も神様の御心にあるのだから如何なるのも仕組だ。神のまにまに任すが宜からうぞ。吾々はこうなつた以上は先生の御命令通り遵奉するより外に道はないのだから』
純公『何として又今夜はこんな軟風が吹くのだらう。昨日の強風に引き替へ、天地顛倒も実に甚しい。此森にはどうやら柔弱神が巣くつてゐると見える。如何に落着かうと思つたつて友の危難を見捨てて如何して安閑として居られやうか』
玉国別『さう騒ぐものでない。神様に於て何か仕組のある事だらう。何事も惟神の御摂理だ』
純公『先生、さう惟神中毒をなさつては仕方がないぢやありませぬか。ここは惟人も必要でせう。人事を尽して天命を待つと云ふぢやありませぬか。袖手傍観難を避け安きにつく卑怯の限りを尽して惟神の摂理といつて遁辞を設け、すましこんでゐるとは何の事ですか。宣伝使の体面にも係はりませう。エーもう仕方がない。此純公も伊太公の為めに殉死の覚悟で厶います。これが此世のお暇乞ひ、先生様、随分御壮健で御神業に奉仕なさいませ。道公、之が顔の見納めになるかも知れない。随分健でお目の悪い先生の事だからお世話をして上げて呉れ。貴様もこれから段々寒天に向ふから随分体に注意して風を引かない様にして呉れよ』
と涙を払ひ乍ら決心の色固く早くも此場を立去り、敵の群に向つて突入せむとする其勢ひ容易に制止し難くぞ見えてゐる。玉国別は少しく言葉を尖らし、
『純公、其方は吾命令を無視するのか、吾命令は即ち神の命令だ。神に背いて天地の間に如何して活動をする積りだ。チツと荒魂を放り出したら如何だ。なる堪忍は誰もする、ならぬ堪忍するが堪忍だ。忍ぶべからざるを忍ぶのが所謂荒魂の発動だ、仁義の勇者だ』
純公『それだつて敵の奴、伊太公ばかりか畏れ多くも吾等の奉ずる神柱神素盞嗚大神様を、悪神呼はりし打亡ぼし呉れむと、貴方もお聞きの通り進軍歌を歌つて居つたぢやありませぬか。之が如何して看過する事が出来ませうぞ。君恥められて臣死すとは此処の事、私はこれから死にます。何卒其手を放して下さいませ』
玉国別『士は己を知るもののために死す、玉国別だとて忠誠無比の伊太公をムザムザ敵に渡して何安閑としてゐるものか。胸に万斛の涙を湛へ灼熱の血を漂はして居る千万無量の吾心裡、ちとは推量してくれても宜からう』
純公『ヘエー』
道公『何と云つても先生の仰有る通り暫く時機を待てい。何程貴様が賢いと云つてもヤツパリ先生の智慧には叶ふまいぞ。屹度伊太公は仮令敵に捕はれても無事に生命は保つてゐるに違ひない。敵の奴、伊太公をムザムザ殺さうものなら、此方の様子が分らないから屹度生命を保たしておくに相違ない。如何なり行くも道のため、世の為めだ。あまり心配するな』
 玉国別は益々冷然として、
『どうで伊太公は吾々の命令を肯かずに単独行動を採つたのだから、表向きから云へば反抗者と云つてもいいのだが、彼の心も亦酌みとつてやらねばなるまい。何れ敵に捕はれ大変な苦みをするだらうが決して神様はお見捨て遊ばさぬから、なるべく伊太公の苦痛の軽減する様に吾々は祈るより道はない。最前も道公にソツと吾々の策戦計劃を打明かし、純公には云はなかつたのは深き考へのあつての事だ。伊太公の様な慌者が飛び出し敵に捕へられてウツカリ喋られては大変だと思つたから、純公は水臭いと思つただらうが、それも已むを得なかつたのだ。今となつては何も隠す必要もない。何もかも安心する様に云つてやらう。実の処はバラモンの軍隊を無事通過させたならば屹度懐谷の方面で治国別様の一隊と出会すであらう。さうすれば前と後から治国別、玉国別の言霊隊が攻撃を開始し、敵を怪我なしに帰順させ誠の道に引入れようと云ふ考へだ。最前も道公に一寸此大略を洩らしたのだから道公もそれがために発動を中止したのだ。アハヽヽヽ』
純公『イヤ、それで私も安心致しました。何時の間にか敵軍は行つて了つたぢやありませぬか。伊太公は首尾克く敵の捕虜となつたでせうなア』
玉国別『ウン、そりや確に捕虜となつてゐる。何は兎もあれ月夜を幸ひ祠の前まで出張らうぢやないか。然し乍らまだ敵の片割れが残つてゐないとも限らないから声を立てぬ様、足音を忍ばせて祠の前まで行つて見ようぢやないか』
道公『先生、貴方はお目が悪い上に少しく頭痛がなさるのだから何卒此処に純公と一緒に休息してゐて下さい。私が一寸斥候隊の役を勤めて来ます。さうして何者も居ないと思へば手を拍つて合図を致しますから、手がなりましたら何卒ボツボツお出で下さいませ』
 玉国別は頭を両手で押へ乍ら、
『ウン、そんなら御苦労だが敵の様子を窺つて来て呉れ。暫くの間此の森影で純公とヒソヒソ話でもやつて待つ事としよう』
道公『左様ならば一足お先へ』
と云ひ乍ら祠をさして足を忍ばせノソリノソリと進んで行く。
玉国別『純公、心配を致すな。もう一時ばかりは大丈夫だ。一時経つと敵軍は屹度治国別の言霊に打たれて此処へ逃げ帰つて来るに相違ない。それ迄に十分の休養をなし、英気を養うておくが宜からうぞ』
純公『イヤ、それは勇ましい事で厶いますな。そんなら此処で居乍ら治国別様のお余りを頂戴すると云ふのですか。それを承はりますと思はず腕がリユウリユウと鳴り出しました。どれ今の内に両腕に撚をかけて敵を待つ事としませう』
玉国別『腕力の必要はない。お前の身魂に撚をかけて何者が現はれても騒がず、焦らず、泰然自若として大山の如き魂を作つておかねばならないぞ。一寸した事にも慌ふためき軽挙妄動する様な事では悪魔征服の御用は到底駄目だ』
純公『時に道公は根つから手を拍たぬぢやありませぬか。これを思へばまだ残党が祠の附近に居るのでせうなア』
玉国別『ウン、確に居る筈だ。二人ばかり見張がついてゐるだらう』
純公『貴方お目の悪いのに、而も夜分ぢやありませぬか。祠の前に居る人間が如何して見えますか。私は道公の姿さへ、テンデ分りませぬがな』
玉国別『さうだらう。肉眼では見えない。心の眼で見たのだ。祠の前には二人の男、種々と妙な話をしてゐる。道公は祠の後から息を凝らして一言も洩さじと聞いてゐる』
純公『ヘエ、その声が聞えますかな。貴方のお頭が異状を来しガンガン鳴つて居るのでそれが人声に聞えるのぢやありませぬか。私の壮健な頭でも耳には入りませぬがな』
玉国別『俺も心の耳で聞いてゐるのだ。天耳通の力だよ』
純公『いやもう感心致しました。ヤツパリ私の先生は何処か違つた所がありますな』
 一方祠の前には甲乙二人のバラモン教の目付、祠の前にドツカと坐し、後から、もしや三五教の宣伝使が現はれ来りはせぬかと片彦将軍の厳命によつて臨時関守を勤めてゐる。
甲『オイ、俄に祠の裏から三五教の奴が一匹飛び出しやがつて大変な番狂せを喰はせやがつたぢやないか。片彦将軍様も彼奴の痛棒を喰つて目から火を出し落馬なさつたが本当に危ない事だつた。三五教の奴は生命知らずだからな』
乙『本当に盲滅法向ふ見ずと云ふ奴だな。何と云つても素盞嗚尊の眷族だから荒つぽい事をしよるわい。クルスの森では照国別の宣伝使一行に追ひ捲られ金剛杖を以て縦横無尽に叩きつけられ、無残にも散々バラバラに敗走し、漸くライオン川で勢揃ひし此処迄やつて来た位だから、此軍は中々容易の事で勝利は得られまいぞ。何と云つても三五教は天下の強敵だからな』
甲『併し、何だよ、照国別の一行の次にやつて来るのは玉国別と云ふ事だ。チヤーンと斥候の報告によつて片彦将軍には分つてゐるのだよ。大方最前現はれた猪武者は玉国別の部下かも知れないぞ。さすれば玉国別の奴、此祠の近所に潜伏してゐるのぢやあるまいか。そんな事だつたら、それこそ大変だがな』
乙『もう三五教の話はいい加減に切り上げたら如何だ。あななひ所かあぶないわ。もうこれきりあぶない教の事は話さぬ様にして、何か一つ口直しに生言霊をチツとばかり匂はしたらどうだ』
甲『さうだね、吾々は殿を勤めて居るのだから矢受けになる気遣ひもなし、先づ先づ安全地帯に居る様なものだ。一つ昔噺でも思ひ出して博覧会でも開かうかな』
乙『そりや面白からう。賛成々々、入場料は何程要るのだ』
甲『貴様は創立委員だから特別優待券を交附する。随分面白い俺のローマンスを聞かしてやつたら歯が浮く様だぞ。エーン』
乙『何を吐しやがるのだい。南瓜に目鼻をつけた様な御面相で、ローマンスもあつたものかい』
甲『それでもあつたのだから仕方がない。あつた事を有りのまま曝け出したならば如何に頑強な貴様だつて自然に目が細くなり口が開き鼻がむけつき垂涎三尺止め度なしと云ふ愉快な境遇に引入れられるかも知れないぞ』
乙『アハヽヽヽ何を吐すのだい。そんなら落し話でも聞くと思つて辛抱して聞いてやらう。折角博覧会を開設しても観覧者がなければ会計がもてないからな』
甲『俺の生れは貴様の知つてる通りチルの国だ。そこにチルとばかり渋皮の剥けた、否大に渋皮の剥けた雪か花かと云ふ様なホールと云ふナイスがあつたのだ。年は二八か二九からぬ花も羞らふ優姿、そいつが毎日日日乳母に手を引かれて天王の森へ参拝しよるのだ。その通り路が丁度俺の宅の前だ。往復共に俺が何時もお経を調べて居ると、見るともなし、見ぬともなし、妙な目付をして通りやがるぢやないか』
乙『ウン、そらさうだらう。貴様の様な南瓜面は、滅多に類例がないからな。只で化物見ると思つて通つてゐたのだらうよ』
甲『馬鹿を云ふない、思案の外と云ふ事を知つてるか。そこが恋の妙味だ。俺だつて自分乍ら愛想のつきる様な此面相、乞食の子だつて、旃陀羅の子だつて、一瞥もくれないだらうと予期して居たのだ。それが貴様、豈図らむや、天王の森詣りは表向で其実は俺に何々して居たのだといの、エヘヽヽヽ』
乙『ウフヽヽヽコラ、いい加減に落し話は切り上げぬかい』
甲『馬鹿云ふな。こんなローマンスを落したり放したりして堪らうか。俺が一生の昔噺だから、錦のお守袋さまに入れて固く保護してゐるのだ。夢にだつてこんな事を忘れて堪るかい』
乙『それから如何したと云ふのだ。早く後を云はぬかい』
甲『追徴金は何程出すか。こんな正念場になつてから天機を洩して、貴様等に幾分でもかきとられて了つちや忽ち大損耗を来し家資分散の厄に会ふかも知れないからな』
乙『エー、口上の長い奴だな。そんならもう聞いてやらぬわ。俺の方から真平御免だ、平に此儀はお断申しませうかい』
甲『ウン、其御免で思ひ出した。さうやつたさうやつた俺が経典を一生懸命になつて奉読してゐると松虫の様な声で窓の外に「オホヽヽヽ何とマア鶯の様な立派な声だ事、あんな涼しい声を出す方は屹度心の綺麗な人でせうね。妾あんな人を夫に仮令一日でも持つ事が出来たならば死んでも得心だわ。ナア乳母や」と恥かし相な声が聞えて来る。経典拝読に耽つて居つた俺もフツと顔を上げて窓外を眺むれば嬋妍窈窕たる美人薔薇の花の雨に潤ふ如き絶世の美人、ハテ不思議よとよくよく見れば何時も吾門先を通るホールさまだつた。チルの国のホールさまと云へば美人で名高いものだ。ハルナの都の石生能姫だつて真裸足で逃げ出すと云ふ尤物だからね、エーン』
乙『何ぢや、みつともない。しまりのない声を出しやがつて、頤の紐が解けて居るぢやないか』
甲『ほどけるのは当然だ「とけて嬉しき二人の仲」と云ふのだからな』
乙『それから如何したと云ふのだ』
甲『それからが正念場だ。俺が一寸気を利かして「何方か知りませぬが、そこは日が当つてお暑いでせう。破家なれどテクシの住宅、サアサア御遠慮なくお二人ともお這入りなさい」とかました所、ホールさまはパツと頬に紅を散らし起居振舞も淑やかに裾模様に梅花を散らしたお小袖でゾロリゾロリと庭土を撫で乍ら欣然として御入来と云ふ光景だ。俺も男と生れた甲斐にはこんなナイスと一言話するさへも光栄だと思つてゐるのに、エヘヽヽヽ俺のお館へお這入り遊ばすぢやないか。其時の嬉しさと云つたら天もなければ地もなく、一切万事只此美人一人テクシ一人、宇宙の中心に立つて居る様な心地がした。エーンそりやお前、エヘヽヽヽウフヽヽヽ』
乙『そりや何吐すのだ。さう意茶つかさずに早く云つて了はないか』
甲『さうするとホールさま、ニタリと笑ひ紅の小さい唇をパツと開き「これなテクシさま、あたいが毎日日日天王の森へ参拝するのは何のためだと思つて下さいますか」、とやさしい声で吐しやがるのだ。エヘヽヽヽあゝ涎が主人の許しもなく滅多矢鱈に出動しやがるわい。さうしてな、暖かい柔らかい真白気の手で俺の手をグツと握り三つ四つ体を揺りよつた時の嬉しさ、エヘヽヽヽ』
乙『それから如何したのだ』
甲『後は云はいでも知れた事だ。大抵そこ迄云つたら何ぼ頭脳の空気がぬけた貴様でも推量がつくだらう』
乙『そんな正念場で中止されちや今迄辛抱して聞いた効能がないわい。ドツと張り込んで其後を引続きお耳に達せぬかい』
甲『バベルの塔から飛んだ様な心持でドツと奮発して秘密の庫を開けてやらうかな。実は此テクシもホールさまの柔かい手でグツと握られ柳の様な視線を注がれた時にや、まるで章魚のやうにグニヤ グニヤ グニヤとなつて了ひ四肢五体五臓六腑が躍動し心臓寺の和尚は警鐘を乱打する。まるで天変地異が突発した心持がしたが、そこは恋の名人は違つたものだ。天変も地異も警鐘もグツと鎮圧し素知らぬ顔してキツとなり、儼然たる態度を以てホールさまに向ひ態と渋柿でも噛んだやうな面を装ひ「これはこれは大家のお嬢さまの身を以て吾々如き青二才の手を握られるとは御冗談にも程がある」とかました所、ホールさまもよつぽど俺にホールさまと見えて、思ひ切つたやうに「エーもう斯うなつては構ひませぬ、どうなつと貴方の勝手にして下さい」と柔かい白いデツプリとした体を俺の膝に投げつけられた時の嬉しさ、エヘヽヽヽこれが何と喜ばずに居れやうか。それで俺も男だ、据膳食はねば恥だと思ひ嫌ぢやないけれど一つ箸を取つてやらうかと柔かいフサフサした乳の辺りをグツと握るや否や、豈図らむや妹図らむやホールさまはピーンと肱鉄砲を喰ましよつた。ハア…………よつぽどよく俺においでて居るな。乳母の前だからあんな体裁を作つてゐるのだな。益々前途有望だ、八尺の男子、箸を採らずんばある可からずと、又もやグツと取りつく途端にホールさまは「エー」と一声強力に任せて俺の体を窓の外へホール出しよつた。放り出された俺は門の尖つた石で腰を打ち「アイタヽヽ」と思つた途端に目が覚めた。そしたら貴様蚤の奴、俺の腰を一生懸命に噛んでけつかつたのだ、アハヽヽヽ』
乙『ウフヽヽヽ、大方そんな事だと思つてゐたよ』
 祠の後から割鐘の様な笑ひ声、
『クワツハヽヽヽ』
 甲乙二人は此声に肝を潰し、
『ヤア大変だ。化物現はれたり』
と一生懸命に坂道さしてフース フースと息を喘ませ逃げて行く。
(大正一一・一一・二七 旧一〇・九 北村隆光録)
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