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文献名1霊界物語 第44巻 舎身活躍 未の巻
文献名2第3篇 珍聞万怪よみ(新仮名遣い)ちんぶんばんかい
文献名3第15章 変化〔1184〕よみ(新仮名遣い)へんげ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-02-14 16:21:35
あらすじ
一行が二十里ばかりも歩いてくると、傍らの森の中から騒々しい女の声が聞こえてきた。一行は何事かと息をひそめて近づいていく。

見れば森の中で五六人の荒男たちが、一人の女を捕えて打擲している。男たちはバラモン軍の手下であり、杢助の娘・初稚姫を捜索していた。女を尋問し、初稚姫に仕立てて捕えようとしていたのであった。

万公は助けだそうと歯ぎしりをしているが、どうしたことか治国別と松彦はこの様子を泰然として眺めている。

そうするうちに、女を尋問していた男たちはどうしたことか同士討ちを始めた。すると女は大きな白狐に変じて、森を後に逃げて行った。男たちはそのまま同士討ちを始めている。

この様子に万公たちはおかしさをこらえきれずに大声で笑いだした。この笑い声に驚いて、男たちは雲を霞と逃げて行った。

治国別はあれは白狐・月日明神であり、楓をバラモン教の捕り手たちから逃がすために身代わりとなってくれたのでだと説明した。一行はここで一夜を明かすことになった。
主な人物 舞台野中の森 口述日1922(大正11)年12月08日(旧10月20日) 口述場所 筆録者外山豊二 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年8月18日 愛善世界社版201頁 八幡書店版第8輯 209頁 修補版 校定版211頁 普及版86頁 初版 ページ備考
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本文  治国別一行は山口の森を後にして、足を速めて二十里ばかり南進した。二十里といつても極近いものである。一里といへば我国の二百間位なもの、丁度三丁強に当るのである。
 治国別は道の傍の細き流れに下りて喉をうるほし、空行く雲を眺めて暫し息を休めてゐた。二十間ばかり隔つた田圃の中にコンモリとした森が、巍然と広き原野を占領して吾物顔に立つてゐる。其森の中より騒々しき女の声が聞えて来た。万公は早くも聞きとり、
『モシ先生、あの森の中に奇妙奇天烈な活劇が演じられてゐるやうです。どうです、今晩は活劇見物がてら、あの森で一宿致しませうか。森林ホテルも乙なものですでー。夜前も森林ホテル、今晩も又同じくと云ふのだから日記帳につけるのも大変便利がよろしからう。アレアレ御聞きなさいませ。猿を攻めるやうな女の声、此奴は何か秘密が伏在して居るでせう。兎も角実地探険に参りませうか』
 治国別は、
『モウ少し先へ行き度いのだが、あの声を聞いては宣伝使として見逃して通る訳には行かぬ。大変な茂つた森だから、ソツと忍び寄り、何事か様子を考へて見よう』
 五三公は、
『オイ万公、又ヒユードロドロだぞ。肝をつぶすな』
『ナアニ昼の幽霊が恐くて怺るかい。ドロドロでも泥坊でもかまはぬぢやないか。大方泥坊さまが旅人を引張り込ンで衣類を剥ぎ、厭がる女を無理無体に捻伏せて念仏講でもやつて居るのだらう』
『念仏講て何だい。妙な事をいふぢやないか。ハヽヽヽ幽霊が出るので成仏する様に念仏を唱へてゐるのだな。それにしては根つから詠歌の声が聞えぬぢやないか。薩張金切声のチヤアチヤアだ。一寸聞くと狐々様のやうにもあるし、猿のやうにもあるし、女の様にも聞えて来る。何だか怪体な代物だ。五三公は研究の価値が十分にあるやうに思ひますがなア先生』
『ウン兎も角行つて見やう。併し篏口令を布いておくから、号令が下る迄、何事があつても発声する事は出来ないぞ』
『承知致しました。囁き話も出来ませんか、万公も一寸困るナア』
『ウン勿論だ』
『万公別が、五三公、竜公に対し篏口令を布く。堅く沈黙を守るのだぞ』
『ハヽヽヽ直に受売りをやつて居よるナ。そんな小売りをしたつて俺達ア買ふ気づかひは無いぞ。物価調節令が出て居るのに、それを無視して小商人が暴利を貪り、無性矢鱈にゴンベツたり、ビヤクツたりするから為政者もこの五三公さまもなかなか骨の折れる事だワイ、アハヽヽヽヽ』
 治国別は、
『サア行かう、沈黙だ』
と厳命し乍ら草野を分けて進み行く。
 見れば欝蒼たる森の中に五六人の荒男、一人の美人を捕へ、四方八方より寄つてかかつて打擲を始めてゐる。治国別は平然として此光景を木の茂みより眺めてゐる。万公は胸を躍らせ、口をパツと開け、両手をひらいて中腰になり、今にも飛び出さむとする格好で歯がゆ相に片唾を呑ンで、治国別の命令一下すれば、片端から撲り倒し、虐まれてゐる女を救ひやらむと身構へしてゐる。五三公も竜公もハラハラし乍ら、もどかしげに眺めてゐた。治国別、松彦は素知らぬ顔で微笑をうかべ乍ら愉快気に見つめてゐる。女を仰向に寝させ胸倉をグツと取り大の男が蠑螺のやうな拳骨をふり上げ、キア キア云ふ女を憎々し気に睨みつけ乍ら、
甲『コリア尼ツちよ、何うしても白状致さぬか。しぶとい奴だなア。貴様は三五教の初稚姫といふ奴だらう』
『イエイエ決して決してそんな女ぢや厶いませぬ。山住居をいたして居るものの娘で厶います。何卒御慈悲に御助け下さいませ』
 甲は、
『エーしぶとい女奴』
と呶鳴りつけ、拳骨を固めて前額部をコツンと擲る。撲られて娘はキヤアキヤアと叫ぶ。
 万公は今は一矢の弦を離れむとする如き勢で、体を前方に反らせ足をふン張り、マラソン競争の合図の太鼓が鳴るのを待つやうな構へで、腕を唸らしてゐる。
 一方の荒男は又もや声を荒らげ、
『エーしぶとい。貴様は杢助の娘に間違ひなからう。さあ尋常に白状して了へ。貴様の親の杢助や、三五教の黒姫はライオン河の畔でランチ将軍様の部下に捕へられ、日夜の責苦に逢うて苦しみてゐるのだ。貴様さへ白状すれば二人の罪は許され、貴様はランチ将軍様のお妾と抜擢されて出世をするのだ。コリヤ女、此処で殺されるのがよいか、将軍様のお妾になつて親の生命を助けるのがよいか。よく思案をして返答いたせ』
『オホヽヽヽ、彼のマア瓢六玉わいのう。何うなと勝手になさいませ。杢助などといふ父親は持つた事は厶いませぬわ。黒姫なンて出逢つた事もありませぬわ。さア、殺すなと何なとして下さい』
男『ヤア俄に強くなりよつたな。ハー、あまりビツクリして気が違つたのだな。こンな気違ひを連れて行つたとこで、将軍さまの御用に立つでも無し、併し乍ら何処迄も白状さして伴れ帰らねば、俺達の役目が済まぬ。オイ女、貴様はランチ将軍様を怨ンで昼は大蛇の窟に身を隠し、夜は鬼娘と化けて呪ひの五寸釘を打つてゐよつたのだらうがなア。そンな事はチヤンと探索してあるのだから、モウ駄目だ。俺が此間の夜りだつた…頭に蝋燭を立つて、鏡を下げ、凄じい様子をして山口の森へ行きよつた時、俺も一寸気味が悪かつたけれど、なアにバラモン教の神様に頼めば大丈夫だと思ひ、尾行して貴様の言ふ事を聞けば、何卒私の親の仇が打てますやうに、さうして無事に逃れますやう、ランチ将軍が亡びますやうと言つては釘を打つてゐたではないか。そこ迄手証を握つてゐるから、モウ隠しても駄目だぞ。大それた女の分際として大蛇の窟に安閑として高鼾をかいて寝てゐやがつた所をとつ捉まへて来たのだ。さア、白状せい。昨日の日暮から殆ど一日一夜骨を折らしよつて、ドシ太い。俺だつて腹が減つて怺らンぢやないか』
『オホヽヽヽ、何と云ふお前達あ、間抜けだい。その女は楓といつて夜前も釘を打ちに行つたよ。妾と間違へられちや大変だ。偉い災難だよ。三五教の宣伝使に助けられ、今頃は河鹿峠を上つてゐる最中だ。余程好い頓馬だこと。ホヽヽヽヽ』
『コリヤ尼ツちよ、そンな事をいつて俺達を胡麻化さうとしても駄目だぞ。チヤアンと証拠が握つてあるのだから、好い加減に白状致さぬと親の為に悪いぞ。杢助や、黒姫が可愛相とは思はぬか』
『ホヽヽヽヽ杢さまが何うならうと、此方や一寸も目算が外れぬのだから構やせぬわ。黒さまが何うならうとお前さまが苦労する丈けの事ぢや。殺しなつと煮て喰はふと勝手になさいませ』
『コリヤ女、貴様は親に対し孝行といふ事を知らぬのだなア。丸で狐狸のやうな奴だ。不人情者だなア。こンな優しい顔をしよつて、親不孝の魂見下げはてた女だ』
『妾はコンコンさまだよ。お前達は馬鹿だからつままれてゐるのだ。そンな枯木杭をつかまへて何をしてゐるのだイ。よい盲目だなア、ホヽヽヽヽ』
『丸で狐のやうな奴だ。ドシ太い何ぼ叩いても叩いてもキア キア吐すばつかりで往生しよらぬ。此奴は不死身かもしれぬぞ。俺一人では駄目だ。皆寄つてたかつて叩き延ばしてやらうかい』
『ホヽヽヽ、たかが一人の女を取まいて大の荒男がよりかかり、一昼夜もかかつて何うする事もようせぬといふやうな間抜けが仮令何万人かかつたつて烏合の衆だから、カラツキシ駄目だよ。御気の毒様、お前さまの手を御覧なさい。木の欠杭をたたいて血だらけになつてますよ』
『云はしておけば際限も無き雑言無礼、最早勘忍袋の緒が切れた。さア一同寄つてたかつて殺して了へ』
『よし合点だ』
と七八人の荒男は棍棒を打振り一人の女に打つてかかる。何う間違つたか、互に入り乱れて同士討をやつてゐる。女の体よりパツと立つた白煙、太い尾を下げた白狐が一匹、ノソリノソリと歩き出し、コンコン クワイクワイと吠え乍ら、森を見棄てて逃げて行く。
 八人の男は女が狐と変じて逃げ失せたるに気がつかず、一生懸命に同士討ちをつづけてゐる。可笑しさを怺えてゐた万公は口が破裂した様に「グワツハヽヽヽ」と笑ひ声を噴出する。治国別外三人もたまりかねて「アハヽヽヽ」と体を揺つて笑ひ出した。此声に驚いて八人の奴は一生懸命雲を霞と逃げて行く。万公は、
『グワツハヽヽヽ、道公さまぢやないが、到頭大勢の奴を笑ひ散らしてやつた。エヘヽヽヽ』
 一同は、「アハヽヽヽ」と吹き出してゐる。
 五三公は呆れて、
『先生、貴方は本当に感心ですよ。何故あンな優しい女が虐待されて居るのに平気で笑つて厶るのか、無情冷酷な御方だと内実は思つてゐました。飛び出したいは山々だつたが命令が下らぬものだから、差控へて居りましたが、彼奴は狐になぶられてゐたのですなア』
『ウン、あの御方は三五教の御守護神、鬼武彦の御眷族、月日明神さまだよ。バラモン教の捕手が山口の森に隠れて厶つた楓さまを召捕らうと大蛇の窟迄覗きに行き居つたのだから、月日さまが楓さまの親子対面が出来る迄、あゝして身代りになつてゐて下さつたのだ。而して吾々に御守護あつた事を示すために今迄待つてゐて下さつたのだよ。お前達の目に娘と見えたのは枯木杭だ。可愛相に娘の額だと思つてトゲだらけの欠杭を撲りつけ、血だらけの拳になつて居つたぢやらう』
 万公は、
『ヘー何だか赤い手袋をはめてゐると思つてゐました。月日さまといふ明神さまは本当に偉い方ですなア』
『サア今晩は此処で宿ることにしよう。先づ第一に天津祝詞の奏上だ』
と治国別の命令に一同は、
『ハイ畏まりました』
と辺りの小溝で口を嗽ぎ、手を洗ひ、型の如く祝詞を奏上し、一夜を此処に明す事とはなりける。あゝ惟神霊幸倍坐世。
(大正一一・一二・八 旧一〇・二〇 外山豊二録)
(昭和九・一二・二九 王仁校正)
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