文助は階段を十二三階上がったところで妖幻坊とぶつかり、顔を引っ掻かれて引き倒されてしばらく気が遠くなっていた。気が付くと、懐に何か蜂の巣のような音がする、丸い塊が入っていた。
目の悪い文助は、てっきり妖幻坊の杢助がいたずらに蜂の巣を懐に入れたのだろうと思い、受付に戻って傍らにあった板箱に入れてしまった。箱がかたかたいって飛び上がったり唸りがひどくなっても、蜂のせいだと思っていた。
一方、妖幻坊は自分の変相術に必須の曲輪の玉を落としたことに気が付いた。妖幻坊は体の具合が悪くなってきた。この曲輪の玉は、肌を離れてから一昼夜経つと、変相が解けて本性が現れてしまう。またスマートが雷のような声で唸ったので、路傍の芝生の上に倒れてしまった。
高姫が追いついてきたので、妖幻坊は自分は斎苑の館から奪ってきた如意宝珠を小北山に落としてきたようだ、とごまかした。妖幻坊は文助と衝突したときに思い当り、初と徳がやってくると、二人に小北山に戻って玉を取ってくるように命じた。
初と徳は仕方なく小北山の受付に戻り、文助が事情を知らないのをいいことに玉を奪おうとしたが、文助は二人の態度に頑なになってしまった。徳が文助と格闘している間に、初は音をたよりに玉の入った箱を探りだし、箱ごと懐に入れた。
二人は小北山を逃れると、ようやく命からがら怪志の森の妖幻坊と高姫のところに戻ってきた。妖幻坊は二人が玉の箱を持ってきたので満足したが、高姫は如意宝珠の玉だと聞いていたので、また執着心を出して玉を欲しがった。
妖幻坊は、後で必ず見せるとその場をごまかして逃れた。妖幻坊は先を急ごうとしたが、初と徳がへばってこれ以上進むことができなかった。一同は野宿をすることにしたが、初と徳が寝込んでしまうと、高姫は妖幻坊を促し、森を抜けて浮木の里を指して走り出した。