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文献名1霊界物語 第51巻 真善美愛 寅の巻
文献名2第2篇 夢幻楼閣よみ(新仮名遣い)むげんろうかく
文献名3第7章 曲輪玉〔1322〕よみ(新仮名遣い)まがわのたま
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-08-08 18:35:15
あらすじ
文助は階段を十二三階上がったところで妖幻坊とぶつかり、顔を引っ掻かれて引き倒されてしばらく気が遠くなっていた。気が付くと、懐に何か蜂の巣のような音がする、丸い塊が入っていた。

目の悪い文助は、てっきり妖幻坊の杢助がいたずらに蜂の巣を懐に入れたのだろうと思い、受付に戻って傍らにあった板箱に入れてしまった。箱がかたかたいって飛び上がったり唸りがひどくなっても、蜂のせいだと思っていた。

一方、妖幻坊は自分の変相術に必須の曲輪の玉を落としたことに気が付いた。妖幻坊は体の具合が悪くなってきた。この曲輪の玉は、肌を離れてから一昼夜経つと、変相が解けて本性が現れてしまう。またスマートが雷のような声で唸ったので、路傍の芝生の上に倒れてしまった。

高姫が追いついてきたので、妖幻坊は自分は斎苑の館から奪ってきた如意宝珠を小北山に落としてきたようだ、とごまかした。妖幻坊は文助と衝突したときに思い当り、初と徳がやってくると、二人に小北山に戻って玉を取ってくるように命じた。

初と徳は仕方なく小北山の受付に戻り、文助が事情を知らないのをいいことに玉を奪おうとしたが、文助は二人の態度に頑なになってしまった。徳が文助と格闘している間に、初は音をたよりに玉の入った箱を探りだし、箱ごと懐に入れた。

二人は小北山を逃れると、ようやく命からがら怪志の森の妖幻坊と高姫のところに戻ってきた。妖幻坊は二人が玉の箱を持ってきたので満足したが、高姫は如意宝珠の玉だと聞いていたので、また執着心を出して玉を欲しがった。

妖幻坊は、後で必ず見せるとその場をごまかして逃れた。妖幻坊は先を急ごうとしたが、初と徳がへばってこれ以上進むことができなかった。一同は野宿をすることにしたが、初と徳が寝込んでしまうと、高姫は妖幻坊を促し、森を抜けて浮木の里を指して走り出した。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年01月25日(旧12月9日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1924(大正13)年12月29日 愛善世界社版101頁 八幡書店版第9輯 302頁 修補版 校定版103頁 普及版48頁 初版 ページ備考
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本文  階段を十二三階上がつた所で、文助は妖幻坊に顔をひつかかれ、突倒され、ウンと呻いて、暫くは気が遠くなつてゐた。それ故、後から走つた高姫や初、徳の事はチツとも知らなかつた。依然として、彼等一同は教主館に休息し居るものとのみ考へてゐた。ヤツと気が付き見れば、懐に何物か蜂の巣のやうな声が聞えて来る。文助は、
『ハテ此奴ア不思議だ。杢助さまに衝突して気が遠くなり逆上せて居るのかなア』
と思ひながら、懐へ手を入れると、余り重くない、丸い塊の物が懐に残つてゐた、周囲は石綿のやうに軟かく、そして耳へあてて見ると「ウーン、ウン」と呻つてゐる。文助は少時掌に載せたり、耳に当てたりして考へてゐた。そしてハタと片手に膝を打ち、
『ヤ、此奴ア、蜂の巣だ。うつかり破らうものなら、此悪い目を此上に刺されちやたまらぬ。杢助さまも随分悪戯好きだな、人が目が見えぬかと思うて、懐へつつ込んで行つたのだな。余りエライ勢でおりて来たものだから、私と衝突して、それでつき倒されたのだ。何だか顔がピリピリする。石で顔をすり剥いたと見える』
と独り判断してゐる。
『そして握りつぶしちや蜂が可愛相だ、併しながら、そこらに放つておけば人がいたづらすると困る、此奴ア一つ、御玉筥の中へでも入れておかうかなア。ウン、幸ひ、ここに鞠の空箱がある。丁度具合がよささうだ』
と云ひながら、あつい板箱に玉を入れ、荒白苧で固く結び、自分の座右において、又もや松に日の出の絵の書きさしを、せつせと彩色つてゐた。箱はカタカタと自然に飛上るのを別に怪しとも思はず、蜂が非常にあばれてをるのだと早合点し、其上に珍石の風鎮を載せておいた。唸りはますます烈しくなつて来た。
『ハハア、蜂がたうとう巣を破つて出よつたとみえる、エーエー蜂の巣を破つたやうだといふが、いかにも喧しいものだなア』
と独語ちつつ、又もや絵筆をせつせと走らしてゐる。
 話変つて妖幻坊は逃げしなに、自分の変相術に必要欠く可らざる曲輪の玉を、どつかにおとし、俄に体の具合が悪くなつて来た。此曲輪は肌を離れてから一昼夜経てば、変相が現はれるのである。そして山の上からスマートが雷の如き声で唸つたので、ペタリと路傍の芝生の上に倒れて了つた。そこへ高姫が一生懸命に追つ付き、
『コレ杢助さま、お前さまはこんな所に倒れてゐるのかいな、サアサア起きなさい起きなさい、どつこも怪我はありませぬかなア』
 妖幻坊は、懐を探り、曲輪のない事に気がつき、蒼白な顔をし、
『ヤ、失敗つた、肝腎の宝を失つて了つた。これがなければ忽ち正体が現はれるがなア、ああ如何したらよからうかなア』
『コレ杢助さま、正体が現はれると今仰有つたが、ソラ一体何の事ですか。そして曲輪とか、今云はれたやうだが、其曲輪は何をするものですか』
『ウン、これは一名金剛不壊の如意宝珠と云つて、あれさへあれば、世の中は自由自在になるのだ。それをたうとう落して了つたのだ、ああ困つた事をしたわい』
『何、金剛不壊の如意宝珠? それはお前さま、何処から手に入れたのだい。私も其宝珠については随分苦労したものだよ。一旦私の腹に呑込んだ事があるのだからな、それをお前さまが持つてゐたとは、因縁といふものは怖いものだな。如何して、杢助さま、貴方のお手に入りましたか』
『私が総務をやつてゐたものだから、始終斎苑の館のお宝物として監督してゐたのだ。それをば此方へ来がけに、ソツと物して来たのだよ』
『それを何うしたと云ふのだい』
『どうも小北山でおとして来たやうだ。確に階段を下る時には懐にあつたやうに思ふが、あの文助に行当つた時に、彼奴に取られたかも知れない。ああ向ふの手に入るからは最早取返す事も出来まい。反対に、あちらからあれを使はれようものなら、何うする事も出来ぬからのう』
『杢助さま、そんな気楽な事言うてをれますか。仮令火の中へ飛込まうが、水の中へ入らうが、取返さなくちや、思惑が立たぬぢやありませぬか。其玉さへあれば三五教を崩壊させ、ウラナイ教の天下にするのは朝飯前の仕事ぢやないか、何程吾々があせるよりも、其玉一つがどれだけ働きをするか分りますまい。之から私が調べて来ます。もしも文助が持つて居つたら、ひつたくつて来ますから』
『イヤ、あの玉はお前なんぞが、いらふものぢやない、人がいらふと消えて了ふからな』
『馬鹿な事を言ひなさるな、私だつて一度は手に持つた事もあり、口に呑んだ事もあるのだ。滅多に消える気遣ひはありませぬぞや。サ、これから私が取返して来ませう』
『何と云つても、お前は此処を動いちや可かない、此処に居つてくれ。何時スマートがやつて来るか、分つたものぢやないから』
『ヘン、スマートスマートて、何ですか、ありや四足ぢやありませぬか』
『俺はあの犬に限つて、頭が痛くつて仕方がないのだ』
と話してゐる。そこへハアハアと息を喘ませながら、初、徳の両人が漸く追付いた。
妖幻『ヤ、初、徳、お前はついて来たのか、ああ偉いものだ。ヤツパリ俺たちの味方だ』
初『ハイ、もうあなた、かうなつちや、私だつて小北山には居られませぬ。貴方等のお世話になるより仕方がないと思つて、後追つかけて参りました』
高姫『ああ徳も来て居るぢやないか』
『ハイ、何卒宜しう願ひます。到底小北山へは帰る顔が厶いませぬからな。貴方等の御世話になるより、最早活路は厶いませぬ』
『お前、御苦労だが、一寸マ一度、小北山まで行つて来て貰へまいかな』
初『ヘー、行かぬこた厶いませぬが、何かお忘れにでもなつたのですか』
『杢助様が一寸した、丸いものを落して厶つたのだ。大方、あの文助が拾うて居るに違ひないから、お前うまくチヨロまかして、文助の手から受取つて来て下さい。いい子だからな』
『ヘー、行かぬこた厶いませぬが、又尻の三百も叩かれちや堪りませぬから、小北山ばかりはこらへて貰ひたいものですな。約束を破つて、貴女は本当に叩いたものですから、足が痛くつて、ここまで走つて来るのが並大抵のこつちやなかつたですよ。此痛い足で、あのきつい坂を再び登れとは、チツと酷いですな。徳、お前何うだ。おれとは余程疵が軽いやうだから、一寸使に行つて来てくれまいかなア』
徳『俺だつて、貴様より余程きついぞ。どうも痛くつて、いのこがさして、碌に歩かれやしないワ。足が丸切り棒のやうになつて了つたよ』
『それなら二人行つて来て下さいな。少々ばかり遅くなつても構はないから、私は向ふの怪志の森で、杢助さまと、神様に祈つて待つてゐるから……』
 二人は不承々々に踵を返し、足をチガチガさせながら竹切れを拾つて杖となし、一本橋を危く渡り、小北山の急坂を登つて、漸く受付の前に行つた。見れば文助は一生懸命に絵を描いてゐる。
初『もし文助さま、お前さま、最前はひどうこけましたなア、どつこもお怪我はありませなんだかなア』
『ハイ有難う、杢助さまが、余り勢よく坂を下つて厶るのに、私は目が悪いものだからヨボヨボして上るのと、細い階段だから、衝突し、はね飛ばされて、チツとばかり、こんな疵をしました。ピリピリして仕方がないのだ。それでも神様のお蔭で、御神水をつけたら余程痛みが止まりましたよ。今晩はお土をドツサリ頂いて休まして貰はうと思つてゐるのだ』
『ヤア、何とえらい疵だな、爪形が入つて居るぢやないか』
『尖つた石が沢山に敷いてあるものだから、こんなに傷いたのだよ。杢助さまは教主館にゐられるだらうな。そして高姫さまも機嫌がよいかなア』
 初公は文助が、まだ杢助、高姫等が逃出した事を知らぬものと悟り、稍安心の胸をなで、
『ハイ、今奥に休んでゐられますよ。そして、エー、文助さまに衝突してすまなかつたから、断りを云つて来てくれと仰有るのですよ。杢助さまも目がまはるとか云つて休んでゐられます、高姫さまも介抱して厶るものだから、貴方にお伺ひにも行かれないからと云つてくれと云はれました』
『それはマア御親切に有難いことだ。何卒宜しう、文助が云つて居つたと伝へて下さい。ああ神様のお道の方は、何から何までよく気の付くものだなア』
『時に文助さま、お前さま何か不思議なものを拾はなかつたかな』
『別に何にも拾つた覚はないが、杢助さまと衝突した時、私の懐に妙な声がするので探つて見れば、蜂の巣のやうなものが出て来たのだ。そしてそれを耳にあてて見ると、ブンブンブンと唸つてゐる。此奴ア杢助さまが土窩蜂の巣を握つて来て、私を吃驚ささうと思つて、私の懐へ捻込んだのだな。エエ年してテンゴする人だと思つてゐる。併し何程年寄つても、神様のお道へ入ると子供のやうになるから、つい誰しも悪戯のしたくなるものだ』
『其蜂の巣とやらを一寸見せて下さらぬか』
『イヤイヤそんな物いらつて、何うなるものか。私はそこらへ蜂に出られちや大変だと思つて、箱の中へ入れて了つたのだ。どうやら蜂が巣を破つたとみえて、喧しい事いの。こんなものをいぢつたら、それこそ一遍に目を刺されて了ひますよ』
徳『其蜂の巣を是非とも見せて頂きたいものだな、刺されたつて構やしないぢやないか』
『イヤ、おきなさい おきなさい、お前さまばかりの難儀ぢやない、こんな所であばれられようものなら、誰もかれも大変な目に遇はねばならぬ。それだから私がチヤンと箱に入れてしまつておいたのだ』
初『何卒一遍、其箱なつと見せて下さいな。中まで開けようとは言ひませぬから……』
『イヤイヤ、お前達に渡してたまらうか、之は直接に杢助様にお渡しするのだ。お寝みになつて居れば、何れお目が醒めるだらう。其時私が手づから御渡しする積りだ。これは蜂の巣のやうだが、よくよく考へると、何かの宝らしいから、お前さまに渡すこたア出来ませぬワイ。たつて渡せと云ふなら、杢助様から何か印をもつて来て下さい、さうすりや其印と引替に渡しませう。後から面倒が起ると文助も困るからなア』
『ああ困つた事だなア、何とかして持つて帰ななくちや駄目だぞ』
『コレ、お前は何といふ事を仰有る。どこへ持つて帰ぬのだい』
『杢助さまのお居間まで持つて帰つて、其ブンブン玉をお慰みにするのだ。さうすればお気の慰めになつて、早くお治りになるだらうからな』
『それ程必要なら、之から私が、つい五間許りだから、杢助さまのお居間へお訪ね申して、直接お手に渡しませう。遠い所ではなし、面倒な手続きもいらないから……』
『オイ、初公、此奴ア迚も駄目だぞ。直接行動だ。此文助を押倒しといて持つて行かうぢやないか』
『ヘン、偉さうに云ふない、私が隠してあるのだから、口から外へ出さぬ限り、お前たちが二年三年かかつて探した所で、其所在が分つてたまるものか。何でも、あれは結構な神力を持つてゐる宝に違ひない、私の身に添うてゐるのかも知れない。何だか俄に惜しくなつて来た。杢助さまが私を突き倒してまで、懐に入れてくれたのだから、今になつて返せと云つたつて、権利が此方へ移れば最早文助の物だ。滅多に返しませぬぞや』
 此時側において風呂敷で隠してあつた玉箱が、ウーンウーンと一層高く唸り出した。二人は、
『ヤ、何でも此近くにあるらしいぞ。オイ、此盲爺を貴様、突倒して抑へてをれ、其間に俺が捜索するから……』
『コリヤ、目がみえなくても、まさかの時になればコレ此通り、細かい絵を描く俺だぞ。俺はワザとに盲と云つて、貴様たちの様子を考へて居るのだ。盲でない証拠は此絵をみい、これでも分るだろ。そして柔道は百段の免状取りだ。お前達が十人や百人束になつて来たとて、こたへるやうな文助ぢやないぞ。此玉はブンブンいふから文助に授かつた文助玉だぞ。貴様達に渡すべき物ぢやない、秋口の蚊のやうにブンブンぬかさずに、すつ込んでゐなさい。それよりも早く炊事場へ行つて、御飯の用意でもしたがよからうぞや。ゴテゴテ申すと、松姫さまに申上げるぞえ』
初『ヤア、此奴ア、一寸グツが悪いワイ。柔道百段と聞いちやア、滅多に手出しは出来ぬぞ。俺も尻さへ痛くなけりや、こんな爺さまの一人や二人何でもないが、だんだん腫れて来て歩けないからな』
徳『それでも杢助さまや高姫さまが怪志の森に待つて厶るぢやないか』
『ナニ、怪志の森に待つて厶ると。ハハア、さうすると、松姫様に叱られて、逃げよつたのだなア、フーン、それで何だか犬がワンワン吠いて居つたて』
『オイ初公、此奴、目が見えるなんて嘘だよ。何でも此間中捜せばあるのだ。貴様、此爺と一つ格闘してをれ、其間に俺が捜すから』
『俺は体が自由にならぬから、ヤツパリ貴様、文助と格闘してをれ、其間にマンマと玉を捜し出して持つて行くから……』
『ヨーシ』
と徳は文助の足をさらへ、其場に倒した。文助は実際目が見えぬのである。一生懸命に文助は呶鳴りながら、徳と格闘をしてゐる。徳も尻がはれ、足が自由に動かぬので、盲の文助に捻ぢ抑へられ、フーフーいつて居る。初公は音のするのを耳をすまして考へてゐたが、前にするかと思へば後に聞える、右に聞えたり左に聞えたり、頭の上に聞えたり又床下のやうでもあり、チツとも見当がつかなかつた。そこへ二人がドタン、バタンと騒ぐ音、喚く声がゴツチヤになつて、如何しても処在が分らない。フト風呂敷に躓いた拍子に、古い四角い箱が出て来た。手早く手に取つて耳にあてると、ウンウンウンと唸つてゐる。初公は、
『ヤ、これに間違ひない』
と懐に捻込み、文助の頭を三つ四つこついた。文助はビツクリして手を放した、トタンに徳公は漸く遁れ、初公と共に足をチガチガさせながら、坂路を這ふやうにして下つて行く。漸くにして命カラガラ怪志の森へ帰つて来た。そして手柄さうに妖幻坊の前に現はれ、
両人『ヘー、やつとの事で、只今帰りました』
妖幻『ヤ、それは御苦労だつた、分つたかなア』
初『ヘー、中々分りませぬ。文助の奴、どつかへ隠して了ひ、すつたもんだと、小理窟ばかり吐して、そんな物は知らぬといふのです。そこで私と徳公が、何知らぬ筈があるものか、其ブンブン玉を渡せと左右よりつめよりますと、あの文助、柔道百段の免状取ですから、はしかいの、はしこないのつて、吾々両人を右へ投げ左へ投げ、手玉に取つて翻弄致します。私も常なら、あんな爺位指一本で押へてやるのですが、何しろお前さまらに打たれて此通り腫れ上つたものだから、其上又痛い尻を叩かれ、イヤハヤ苦しい目を致しました』
『それはさうと、玉は手に入つたのか。どうだ、早くいはぬか』
『ヘー、此ブンブン玉は、ブンブンいふから文助に因縁がある、これは杢助さまが私にくれたのだ。私を突飛ばしてまで懐へ捻込んで下さつたのだから、返せというても、何処までも返さないと頑張ります。そして此玉は始めは蜂の巣かと思つてゐたが、決してさうではない、結構な宝だと云つて、あの爺、執着心が強く、何と云うても返さないのです』
高姫『エーエ、雉子の直使とはお前の事だ。何をさしても役にたたぬ男だな、お前さまは睾丸を何処へ落したのだ』
初『ヘー、余り尻を叩かれたものですから、ビツクリしてどつかへ転宅して了ひました』
徳『併し両人が奮戦激闘火花を散らし、戦ひの結果、戦利品として、其ブンブン玉をここへ持つて帰りました。イザ、改めて、お受取り下さいませう』
『何だ、本当に腹の悪い、肝をつぶしたぢやないか。早く此処へお出し、コレ杢助さま、喜びなさい。此奴等二人、碌でなしだと思つて居つたが、みんごと役に立つたやうです』
妖幻『オイ両人、本当に其玉を取返して来たのか』
『ヘーヘ、それは流石初さまですワイ』
『某が文助爺と大格闘を演じてゐる、其隙に初公に命じてぼつたくらしたのですよ』
『それは御苦労だつた、どうぞ、サ、早く俺の懐へソツと入れてくれ』
高姫『一寸私に見せて下さい、如意宝珠の玉なれば私も因縁があるのだ、真か偽か一遍調べておく必要があるから、サ、チヤツと見せなさい』
『イヤ決して見せちやならないぞ、直様私に渡すのだ、高姫に渡すと、一寸都合の悪い事がある、之は誰にも渡さないといふ玉だから』
『ヘン、よう仰有いますワイ。初公が今現に持つて帰つたぢやありませぬか。女房の私が何故一寸位見られぬのです。お前さまに返さぬといふぢやなし、そんな水臭い事云ふものぢやありませぬぞや』
『それでもお前は、大変に如意宝珠に執着心を持つてゐるから、渡せないと言ふのだ。此宝珠はチツとも欲のない者が持たなくちや汚れるからな』
『ヘン、汚れますかな。それなら、よう私のやうな汚れた女と酒を飲んだり、一緒に寝んだりなさいますな。何とマア口といふものは調法なものだ。それ程私が憎いのですか。ヘン、宜しい、私も私で、考へがありますから』
『さう怒つて貰つちや困るぢやないか。今見せなくても、かうして立派に箱へ入つてるのだから、トツクリと又見せてやるぢやないか。オイ初、徳の両人、中を開けて見たか、何うだ』
初『エエ滅相な、かうブンブン唸つてるのだから、うつかり開けて蜂にでも刺されたら大変ですからな、コハゴハ持つて来たのですよ』
『ヤア、そりや出かした、それで結構だ。オイ高姫さま、又今晩ゆつくりと、お前だけに見せるから、それまで待つてゐてくれ。ここで開けると、此両人が見るからなア。さうすりや、それだけ神力がおちるのだから』
『成程、それなら分りました。キツト見せて下さるでせうなア』
『ウン、男が一旦見せると云つたら見せるよ』
『キツトですなア』
『ウン、キツトだ。もし間違つたら、俺の一つよりない首を、幾つでもお前に進上する。何と云つても、親しい夫婦の仲ぢやないか、さう俺の心を疑ふものぢやないワ』
『誠に済みませぬ。サ、杢ちやま、モウちつと許り先方まで行きませうか』
初『もし杢助さま、高姫さま、私は足が痛くつて、モ一歩も歩けぬやうになりました。どうぞ此処で今晩は露宿して下さいな』
徳『私も歩けませぬ。余り尻を叩かれたものですから、どうぞ明日の朝まで、ここでとまる事にして下さい、さうすれば明日になつたら、キツト歩けるやうになるでせうから』
高姫『エーエ、仕方のない男だなア。コレ杢助さま、ここに、今晩は泊つてやりませうか。二人が余り可愛相ぢやありませぬか』
妖幻『ああ仕方がないなア。せめてモウ一里許り、何うとかして歩くことが出来ぬのか。オイ両人、チツと気をはりつめて、モウ一里許り従いて来たら何うだ』
初『何と云つて貰つても、とても体が動きませぬワ』
『ウーン、そいつア困つたのう。徳は何うだ、チツと位歩けるだろ』
『私だつて、同じ事ですわ、初の疵よりも余程ひどいのですからなア。本当に貴方等は甚い目に遇はしましたねえ。八百長の芝居がこんなにならうとは思ひませなんだ。今こそ気が張つて居りますが、実の所は痛くつて痛くつて仕方がありませぬワ』
高姫『あああ、これも係り合せだ。仕方がない、それなら此森で、今晩は一夜明かす事にしませう。なア杢助さま、貴方もさうして下さいな』
『ウーン、それなら、さうしてもよい。併し、高姫、お前はスマートが来ないやうに気をつけてゐてくれよ。俺は何だか知らぬが、あれ位気にくはぬ奴はないのだから』
『私だつて、彼奴の声を聞くと、腹の中がデングリ返るやうに苦しいのですよ』
初『もし、お二人さま、私の云ふ事を聞いて下さつて、ここでお泊りになるのなれば、私は犬の番を致します。犬なら、仮令五十匹や百匹やつて来たつて、ビクとも致しませぬ。若い時から犬博労と綽名を取つた男です。随分犬の咬み合せに、そこら中へ行つたものですから、犬に対する呼吸は充分呑込んで居りますからなア』
高姫『ヤ、それは重宝な男だ。さうすると、お前は今晩は犬番を勤めて貰はうかな。狐狸の集まつてゐる芸者屋でも、ヤツパリ、ケン番がおいてあるからな』
初『それなら、徳と両人が神妙に御用致しませう、ああ有難い有難い、いよいよ星の蒲団に草の褥、といふ段取だ。桃の花の香りが、何とはなしに、身に沁みるやうだ。あああ早いものだ、たうとう日が暮れたとみえるワイ。ここは怪志の森と云つて、化物が出るといふ事だが、何と云つても、時置師神様のお供だから大丈夫だ。そこへ、あのブンブン玉があるのだから、何が来たつて、チツとも恐るる事はない、なア徳』
『ウン、さうださうだ、それなら高姫様、杢助様、お休みなさいませ』
高姫『コレコレ、お前達、お祝詞をあげて寝まぬかいな。私は霊が違ふから、杢助さまと二人は神様を拝む訳には行かない。何と云つても高天原の霊国の天人の霊、日の出神の義理天上だから、お前達は八衢にまだうろついてをる、言はば娑婆亡者だから……天国へやつて下さるやうに、起きた時と寝る時には、必ず天津祝詞を奏上するのだよ』
妖幻『イヤ、両人、今晩は天津祝詞は免除しておく。沢山の天人様がお出でになると、一寸御挨拶に困るからなア、ハツハハハ』
『コレ、今日は杢助さまの御挨拶で、許して上げるけれど、明日からはキツト天津祝詞を上げるのだよ』
 両人は、
『ハイ承知致しました』
と言ひも了らず、疲労れはてて横になつた儘、白河夜船を漕いでゐる。其間に高姫は杢助を促し、一生懸命に森を脱け出し、浮木の里を指して、暗の道を韋駄天走りに駆出した。高姫及び妖幻坊は、今後如何なる活動をするであらうか。
(大正一二・一・二五 旧一一・一二・九 松村真澄録)
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