半時ばかりすると、初稚姫がスマートを伴い、宣伝歌を歌いながら降ってくる姿が木の間から見えだした。二人は互いに注意しながら身ぶり足ぶりなどして三番叟の下稽古をやっている。
初稚姫は、イクとサールが道連れを望んで待ち構えていることを見抜いており、自分の神業には供は許されないと宣伝歌に歌いこんで二人に言い聞かせた。
二人はこの歌を聞いて失望落胆の色を表したが、サールは気を取り直して口拍子をとって歌いだした。イクも引き出されて歌いながら踊りだした。両人は谷道をふさぎ、御供を従えて行くも神の恵みだと歌って踊り狂った。
スマートは顔を塗った二人を不審を抱いたが、イクとサールだとわかると、尾を振りながら二人の間に分け入って吠えたてた。イクとサールはそれを合図に三番叟を舞い終えた。
イクとサールは改めて初稚姫にお供を申し出たが、初稚姫は自分は一人旅を命じられており、またイクとサールは珍彦の配下とて勝手に連れて行くわけにはいかないと説き諭した。
イクとサールは目配せすると、懐に用意していた腰帯を樫の木の梢にかけて、あごを吊ってしまった。スマートはこれをみて驚き、二人を助けるように初稚姫を促す。初稚姫は手早く二人の体を抱えて持ち上げ、救い下ろした。
初稚姫は二人の熱烈なる願いを聞くわけにゆかず、しばし涙に暮れて考えていた。両人がやや正気になったのを幸い、初稚姫はたちまち神に祈ってその身を大熊と変じた。スマートは唐獅子となって二人に向かって目を怒らし、唸って見せた。
二人は驚いて両手を合わせ、一言も発せずその場にうつむいて震えている。初稚姫は元の姿に戻り、スマートは巨大な獅子と化し、姫を背に乗せて荒野ケ原を一目散に進んで行く。