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文献名1霊界物語 第52巻 真善美愛 卯の巻
文献名2第3篇 衡平無死よみ(新仮名遣い)こうへいむし
文献名3第13章 黒長姫〔1349〕よみ(新仮名遣い)くろながひめ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2023-11-24 21:41:14
あらすじ
峠の頂上には四五人の男が車座になって火を焚きながら暖を取っている。いずれも髯をもじゃもじゃとはやした面構えで、人の腕のようなものを火の中にくべては、口に当てて噛みついている。

文助の目は内分的になってよほど明らかになってきた。文助を男たちの様子を見て、これはひと悶着ありそうだと思いながらも、惟神に任せるより仕方がないと決心を固め、かすかな声で宣伝歌を歌いながら近寄って行く。

男たちの中の一人が文助を見て、呼び止めた。文助は男たちに、あからさまに泥棒の景気を尋ねた。男は不景気で自分たちの商売はこの幽冥界でもあがったりだと答え、逆に神の取り次ぎと化けこんで神に蛇や大根を書いて、人から礼を言われて金を取っていたと、文助をほめたたえた。

泥棒たちは、講習会でも開こうと相談していたところ、文助という手本が来たので、ひとつ講師になってくれないかと頼み込んだ。文助は怒って、自分は正当な報酬をいただいていたのだ、と抗弁した。

泥棒たちは文助の強情な答えに愛想をつかし、さっさと峠を通って行くように促した。文助が死後町ばかり降って行くと、そこには形ばかりの屋根の下に六地蔵が並んでいる。文助は傍らの半ば腐った鞍掛に腰を掛けた。

よくよく見れば、古ぼけた柱に墨黒々と、文助がやがてここを通過するだろうから、黒蛇の一族はここへ集まれ、と記されていた。文助は、松彦に止められるまで、いつも黒蛇の絵を書いて竜神様だと言って信者に渡したので、黒蛇たちが神のように祀ってもらったお礼に来るのだろうと独り言を言っている。

すると、黒蛇の精・黒長姫と名乗る美人がお供を連れて現れ、文助にひどい目にあわされたお礼をこれからするのだ、と言う。

善意からしたことだと抗弁する文助に対し、黒長姫は、自分たちは畜生道に堕ちたのに、霊不相応に神様の席に上げられて祀られては、かえって目がくらみ、苦しくてたまらないのだ、と答えた。

文助の目も、分を過ぎた待遇に苦しんだ黒蛇の眷属の怨みがかたまって、見えなくなったのだという。そして、世に堕ちた者を救う力は、人間の分際にはなく、それはすべて神様の御権限であり、文助は神様の神徳を横領しようとする天の賊だと非難した。

文助は、虫けらまでも助けようとする真心からやったことだと言い張るが、黒長姫はそれは文助の慢心と保身から出た行為だと断じ、これから自分たちの眷属が五体を砕いて怨みを晴らし、その後文助は黒蛇となって眷属の奴となって働くことになるのだ、と言い渡した。

黒長姫が口笛を吹くと、あたりの草木が一本角を生やした真っ黒の蛇となって文助に襲い掛かってきた。文助は杖を打ち振って、断末魔のような悲鳴を上げながら命からがら西北に逃げて行った。

黒蛇たちは強烈な山おろしに吹き上げられ、文助の走って行く先に飛散している。文助は神事を奏上しながら逃げて行く。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月09日(旧12月24日) 口述場所 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年1月28日 愛善世界社版177頁 八幡書店版第9輯 441頁 修補版 校定版185頁 普及版75頁 初版 ページ備考
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本文  天引峠の頂上に四五人の男車座となつて、青い火をチヨロチヨロ焚きながら、暖を取つてゐる。何れもパルチザンのやうな面構、髯をモシヤモシヤと生やし、何だか人の腕のやうな物を、火の中へくべては、横笛を吹くやうな調子で口に当ててしがんでゐる。此時文助の目は余程内分的になつて、明かになつて来た。文助は……厭な奴が居やがる、此奴ア又一つ悶錯だワイ。併しながら一度死んだ者が命を取られるやうなこともあるまい。エエ惟神に任すより仕方がない……と決心の臍を固め、幽かな声で宣伝歌を歌ひながら近よつて行く。其中の一人は目ざとく文助を見て、
甲『オイ旅人、一寸待つて貰はうかい』
 文助は悪胴をきめて、ワザと平気を装ひ、
『待つて貰はうと言はいでも、一あたりさして貰ひたいのだ、大分寒うなつたからな。そしてお前等は泥棒商売と見えるが、チツと儲かりますかな』
『ヤアもう不景気風が八衢街道まで吹きまくつて来たものだから、一向此頃は駄目だ。お前は俺から見れば随分偉い奴だ。ウマく善の仮面を被つて、神様のお取次と化け込み、鼻紙の端に松の木や黒蛇、蕪大根を描きよつて、苦労なしに礼言はして金をとる剛の者だから、一つ俺達にも教へて貰ひたいものだ。ここで泥棒講習会を開かうかと云つて、最前から相談して居つたのだが、根つから適当な先生がないので、実の所は当惑してゐる所だ。うまく法律にふれない様に、喜ばれて泥棒する方法を研究するのが、最も賢明な処世法だから、一つ小北山の先生、吾々の教導者になつて下さるまいかなア』
『馬鹿なことを言ふな、俺は正当の理由に仍つて正当の報酬を頂いて居つたのだ。貴様等は泥棒根性があるから、世界一切の事が皆泥棒的に解釈が出来るのだ。ピユリタンとしてのプロパガンディストの心事が泥棒先生に分るものかい。こんなことが教へて欲しければ、やがて現界に羽振を利かして居つた、大原さんがやつて来るだらう。そしたら十分に敬礼を表し、敬して近付けるのだ。現界に於ても、大多数盗を擁してゐた豪傑だからのう。俺は畑が違ふから、こればかりは御免だ、天国行の邪魔になると、一生の不利益だからのう』
『ヤツパリお前は利己主義だな。幽界へ来ても自愛と世間愛に執着してゐるから駄目だよ。そんなこと言はずに、男らしく秘密を教へて呉れたらどうだい』
『お前達はピユリタンの精神が分らないから泥棒に見えるのだが、人が喜んで献つたものを戴くのは、つまり神様から下さる様なものだ。神の宝を間接拝受するのだから、盗人ではないよ。お前達は往来の人を掠めて無理往生に取らうとする小盗人だよ。一層のこと、今此処で改心をして俺のお供をしたら何うだい、キツと天国へつれて行つてやるがなア』
乙『オイ甲州、こんな屁古垂爺を相手にしても駄目だぞ。すべて泥棒団体といふものは、こんなヒヨロヒヨロなレストレントの力のないやうな者では、頭に戴いた所で、統一が出来ない、ヤツパリ大原さまのやうな、大悪盗でないと、コントロールの力がないからな』
文助『さうださうだ、畑が違ふのだから、私には駄目だ。元から屁こいたやうな男だから、平兵衛ともいひ文助ともいふのだから』
甲『何と四方のない盲だなア。それなら免除してやるから、キリキリと此の場を立つたがよからうぞ。併し此関所は天引峠の二度ビツクリといふのだから、一つ吃驚せなくちや通過は出来ない。ビツクリ箱の蓋があくぞよと、いつも現界で云うて居つただらう。それの実現だから、これから一つ実行にかかるよつて、自由自在に吃驚するがよからう、煩悶苦悩驚愕の権利は、お前が惟神的に保有してるのだから、お手のものだ。イヒヒヒヒ』
『大和魂の生粋の水晶魂のビクとも致さぬ文助だ。幾らなりと吃驚さして御覧。如何なる悪魔も、恐怖も、醜事も、忽ち惟神の妙法に仍つて、所謂ザブリメーシヨンに仍つて一掃する神力が備はつてゐるエンゼル様だ。サア、吃驚さしたり吃驚さしたり』
『余り向ふ意気の強い盲滅法界の馬鹿者だから、話にならぬワイ。こつちが吃驚して了ふワイ。サア、キリキリ此処を通れ』
『貴様が通れと云はなくても、自由の権利で通るのだ。桃季物言はず自ら小径をなすというて、チヤンと道がついてるのだ。ヘンお構ひ御無用、お先へ失礼致します。此文助は斯う見えても、神様から、重大なるメツセージを受けてゐるのだから、汝等如き泥棒の容喙は許さないのだ。エツヘツヘヘヘ』
と細い目に皺をよせ、笑ひながらコツリコツリと杖を突いて峠を下つて行く。文助は四五町ばかり降つて行くと、其処に形ばかりの屋根があつて、石の六地蔵が並んでゐる。ツと立寄つて、傍の虫の喰ひさがした足の半腐つた鞍掛に腰を打かけ、よくよく見れば古ぼけた柱に墨黒々と楽書がやつてある。見るともなしに目についたのは……盲の宣伝使文助がやがてここを通過するだらう、さうすれば一つ談判がある。黒蛇の一族は此処へ集まれ……と記されてあつた。文助は之を見て独言、
『ハハア、おれが朝から晩まで、竜人さまだと云つて、黒蛇を書いては信者に渡し、掛字や額に仕立てて祭らしてやつたお蔭で、結構な飲食を供へて貰ひ、黒蛇の奴、俺の行方を大に徳となし、歓迎会でも開きよる積だなア。そらさうだらう。誰一人お給仕をしてくれる者がないのに、虫の分際として大神さま格に祀つて貰ふのだから、喜ぶのも無理はないワイ。あああ人はヤツパリ禽獣に至る迄助けておかねばならぬものかいな。ああ惟神霊幸倍坐世惟神霊幸倍坐世。三五教の松彦さまがやつて来てゴテゴテ言ふものだから、黒蛇の画かきも中止して了ひ、松に日輪様ばかりを描いて居つたが、あれから引続いてやつてゐたなら、まだまだ沢山に喜ばれただらうに……何程日輪様を描いた所で、日輪様が喜んで下さる筈もなし、ヤツパリ性に合うた竜神さまを描いてをつたがよかつたのだ。霊不相応なことをすると、却て何にもなりやしないワ』
 斯かる所へ妙齢の美人が三人連れで忽焉と現はれて来た。
『モシ、貴方は文助さまぢやありませぬか、私は黒長姫と申します、随分苦しめて下さいましたね。朝から晩迄、松の木にまき付いたなりで、身動きも出来ぬやうな目に遇はし、殺生なお方ですワ。サア是から御礼を申しませう』
『お前は黒竜神の精霊と見えるが、あれだけ立派に祀らして上げたのに、何が不足なのだ。畜生の分際として、神様として貰つて、喜ぶことを措いて、こんな処で不足を聞く耳は持ちませぬワイ』
『吾々は畜生道に堕ちたもの、霊相応ですから、さやうな神様の席へ上げられ祀られては、目が眩み、頭が痛み、苦しくてなりませぬ。それだから吾々の怨みが塊まつて、お前さまの目が見えなくなつたのだ。分に過ぎた待遇をせられては本当に迷惑だ。お前さまのお蔭で、私達の眷族が幾千人苦しんだか知れやしない。そしてお前さまは之を祀つておけば、悪事災難が逃れるとか云つて、神様の真似をしたでないか。吾々の眷族を竜神さまだなどと大それた名をつけ、そして大変に神力のある神のやうに言ひふらし、世界の亡者に拝ませて、栃麺棒をふらさした張本人だ。神様の側に祀られて苦しくてたまらなかつたと、皆が云つてゐる』
『そんな不足を聞かうと思うて描いたのぢやない。一人でも世に堕ちた霊を世に上げてやらうと思つて善意を以てしたのだ。チツと其精神も買つて貰はなくちや困るぢやないか』
『よう仰有いますワイ。世に堕ちた者を世にあげる様な力が、人間の分際としてどこにありますか。それは皆神様の御権限にあるのだ。神様の神徳を横領せむとするお前さまは天の賊だよ。それだから、こんな天引峠の二度吃驚を通らなくちやならぬ様になつたのだ。エエ恨めしい。これから五体をグタグタに咬み砕いて恨を晴らすから、其積りでゐなさい。そしてお前の身体は黒蛇となり、私達の仲間に入り、奴となつて働くのだ。あのお前の描いた黒蛇には、スツカリお前の霊魂の一部が憑依してゐるから、自然の道理でお前の霊身は蛇となるのは当然だ。お前は口の先で、神様の為世人の為と云つてゐるが、私達の仲間の姿をかいて祀らすのは、所謂ゼルブスト・ツエツクを達せむとする野心に外ならなかつたのだ』
『馬鹿を云ふな。神の道に仕へる者が、どうしてそんな心になれるか、何れも神の大御心に倣うて、虫ケラまで助けようと云ふ真心からやつたのだ。何程大蛇のお前だとて蛇推するにも程がある。チツとは善意に解して貰ひたいものだな』
『何と云つても、セルフ・プリサベーシヨンの為にしてゐたことは、瞭然たるものだ。お前は神を松魚節にする偽善者だ。なぜ自分は謙遜して、人に頼まれても断りを云はないのだ。厳の御霊の筆先には、御神号や神姿は書く人がきまつてるぢやないか。きまつた方に書いて貰ふのなれば、所謂神様の霊がこもつてゐるから、蛇だつて解脱することが出来るが、権威なき者に描かれては益々苦しみを増し、罪を重ぬるのみだよ』
『それだと云つて、俺もヤツパリ天国の天人団体に籍をおいてる者だ。蛇なんぞを勿体ない、変性男子の御手で描いて貰ふといふことがあるか。俺の絵で満足すべきものだ、余り増長するない』
『ホホホホホ、どちらが増長してゐるのか、よく考へてみなさい。それだから盲聾と神様が仰有るのだ。今に口笛を吹いたが最後、お前に苦しめられた眷属が此処へやつて来るから覚悟をなさい』
と云ふより早く、ピユーピユーと口笛をふいた。俄に四辺の草も木の片も木の葉も真黒けの蛇となり、一本の角を生やし、波の打ち寄する如く、文助の四辺を力一杯口をあけて襲撃して来た。文助は杖を打振り打振り、キヤアキヤアと断末魔のやうな声を出し、蛇の群を踏み越えて、命カラガラ西北さして逃げて行く。忽ち強烈なる山颪となり、数多の蛇は中空高く舞ひ上り、空を真黒に染めて、文助の走つて行く数百間の前まで飛散してゐる。文助は心も心ならず、神言を奏上しながら、倒けつ転びつ進み行く。
(大正一二・二・九 旧一一・一二・二四 松村真澄録)
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