文助は悄然として、黒蛇に囲まれた道を神に任せてまっしぐらに進んで行ったところ、沼に行き当たった。どうしたことか、黒蛇は沼の中には襲ってこなかった。
文助は怪しい虫が這いあがってくるのを薙ぎ払い落としつつ進んで行くと、たくさんの人間の頭が水面に浮かんでいるところにやってきた。よくみれば、今まで自分が霊祭りをしてやった知己や朋友、また現世にいるはずの人々であった。
文助は、その中の一人・久助という男に声をかけ、なぜこんなところにいるのかと尋ねた。久助は、文助が神様の職権を横領して天国へ上げてやろうと慢心して霊祭りをしたから、本来天国に行くべき自分の先祖までがこんなところに落とされてしまったと非難した。
文助は、自分が霊祭りをしたとこに、久助は霊媒に懸って天国へ救われたと言ったではないか、と反論した。久助は、天国へ霊を上げるのは大神様だけだ、慢心した宣伝使の言霊を聞いて、兇党界の悪霊が集まり、自分や先祖の名を騙ったのだと答えた。
文助は、久助たちは罪を犯したからここにいるのだ、自分が救ってやる、とあくまで自説を曲げない。久助が下知すると、沼の亡者たちの頭が水面に大小無数に浮かび上がり、口から真っ黒な水を吹いて文助を襲撃する。
文助は沼の中を一生懸命に泳ぎ走り、ようやく向こう岸に着いた。文助が後を振り返ると、たくさんの亡者の首が水際まで追いかけてきて、恨めしそうな顔をしている。
久助の頭が進んでくると文助に向かい、つい今しがた、瑞の御魂が現れて自分たちを沼から救い出してくれるという御沙汰が下ったところだから、文助への怨みはきれいさっぱり忘れてやる、と告げた。
そして久助は、自分たちはもともと悪人ではなく、天国へ進むだけの資格が合ったにもかかわらず、案内者の不徳によって苦しんでいたのだと告げ、これからは自分の神力で祖先の霊や病気が助かるなどと慢心してはならない、と戒めを与えた。
無数の亡者の頭はにわかに白煙となり、紫色に変じると月のような玉になり、たくさんの星のようなものがその周囲に集まった。そして次第に南の天を指して上って行った。
文助はこの態を見て初めて自分の慢心を悟った。文助は自分こそ天の賊であったと懺悔しながら、荒風が猛る萱野ケ原を進んで行く。ここには草原の中にかなり大きな平たい石があって、むくむくと動いている。文助は立ち止まって、何事かと石を眺めていた。