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文献名1霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
文献名2第1篇 毘丘取颪よみ(新仮名遣い)びくとりおろし
文献名3第1章 春菜草〔1364〕よみ(新仮名遣い)はるなぐさ
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-03-03 08:17:21
あらすじ
春のライオン河西岸に、瓢を下げてぶらぶらしながら雑談にふけっている四五人のバラモン教の兵卒があった。これは、河鹿峠で治国別宣伝使たちに敗れたために、ランチと片彦が鬼春別将軍に命じて黄金山を襲撃させるべく組織した、バラモン軍の別働隊であった。

兵卒たちは、すでにランチと片彦が三五教に降参して改心したことは知らず、依然として彼らは浮木の森の陣営で長期戦を張っていると思っている。

兵卒・甲は、別働隊で宿営先の人民から搾り取っていい暮らしをしている境遇を賛美しながらも、河鹿峠での敗北から考えてバラモン軍が斎苑館や黄金山に攻め寄せるなど難しいと分析した。

そうかといってハルナの都におめおめと帰るわけにもいかないので、鬼春別はここに陣取ってビクトル山に王城を作り、刹帝利となって永住するのではないか、と意見を披露した。

兵卒・丙は、宿営先の人民を苦しめるバラモン軍に嫌気がさしたと漏らす。乙は丙に、固い考えは捨てて辛抱したらどうだと言うが、丙は、すでに斎苑館から宣伝使の一群がハルナの都に出立したという情報を上げ、ここへも押し寄せてくるに違いない、と反論した。

かく兵卒たちが論争していると、河の向こうからバラモン教の手旗を掲げた騎馬武者たちが流れを渡ってやってきた。一同は何事かと目をみはっている。
主な人物 舞台ライオン河の西岸 口述日1923(大正12)年02月12日(旧12月27日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月8日 愛善世界社版13頁 八幡書店版第9輯 507頁 修補版 校定版15頁 普及版7頁 初版 ページ備考
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本文  水温み、木々の梢は膨らんで、花咲き匂ひ、鳥歌ひ蝶は舞ひ、陽炎閃き、野は一面に青毛氈を布きつめたやうに春めき渡つた。目も届かぬ許りの広きライオン河の西岸に瓢をさげて逍遥しつつ、悠々たる川の流れを眺め乍ら、雑談に耽つてゐる四五人のバラモン信者兼兵卒があつた。
甲『オイ俺達は何と云ふ仕合せ者だらうな。斎苑の館の進軍に際し、ランチ、片彦両将軍が敗北してくれたお蔭で、斯様な結構な所で婦女を姦し、牛、羊、豚を無料で徴発し、酒迄ロハで喰ひ、誰憚る者もなく、日々歓喜の生活に酔うてゐるのも、全くバラモン神のお蔭だ。大将を持つなら、どうしても久米彦さま、鬼春別さまのやうな明智の将軍の部下にならなくちや駄目だなア』
乙『ウンさうだ。ランチ、片彦さまが、猪武者であつて見よ、俺達は今頃は斎苑の館で血河屍山の犠牲になつてゐるに違ひないのだ。何と云つても部下を愛する大将でなくちや駄目だ。何程国家の為、大黒主の為だと云つても、命を取られちや、世界の平和も糞もあつたものだない。軍術の達人は能く遁走す……と云ふぢやないか。本当に吾々は都合の好い大将に仕へたものだ。強い奴には蛇の如く鳩の如く敏捷に逃げ、弱い奴とみれば、疾風迅雷的に押寄せて敵を殲滅するのが孫呉の兵法だ。鬼春別将軍吾意を得たりと云ふものだ。アハハハハ』
丙『それだと云つて、吾々は斎苑の館に進撃するのが使命ではないか。其使命も果さずに、こんな所迄退却して、倫安姑息、土地の人民を苦め、没義道なことをして、吾れよしの行り方をやつて居つても、大自在天様は、御立腹遊ばさないだらうか、チツト考へねばなるまいぞ』
甲『馬鹿だなア、貴様はそんな古い頭だから、何時迄も一兵卒として上官の頤使に甘んじ、馬の掃除や靴磨き計りさされるのだよ。人間は何と云つても、悧巧に敏活に立廻らなくちや、生存競争の世の中に立つて、理想の生活を営むことは出来ないぞ』
丙『ハハハハハ、理想の生活が聞いて呆れらア、強盗強姦、所在悪事を尽して、それが理想の生活か。能く間違へば間違ふものだなア。そして貴様は俺に対し、何時迄も馬の掃除や靴磨きをしてゐると吐したが、貴様だつて、ヤツパリ靴磨きだないか、どこに高下勝劣があるのだ』
甲『俺は未来の総理大臣兼元帥様だ。貴様の様な頭では、何時になつても駄目だ。俺は大に未来を有するのだ。前途有望の青年だぞ』
乙『兎も角、現代は表面に善を装ひ、立派な熟語を使ひ、そして多数の人間をチヨロまかせ、聖人君子、英雄豪傑と思はしめなくちや、到底大人物にはなれない。又上官に対しては能ふる限り巧妙な辞令を用ひ、お髭の塵を払ひ、何から何迄能く気をつけて、うい奴、可愛い奴と言はれなくちア駄目だぞ。それだから俺達は鬼春別、久米彦両将軍のお気に入るやうに、其意志を忖度して、大将が女を弄べば、俺達も女を弄ぶ、酒に酔へば酒に酔ふ、つまり共鳴をするのだ。抑も軍隊は一個人の形式に仍つて組織されてるのだから、頭の思ふ所を手足たる吾々が柔順に行へば、それで完全に職務が勤まるのだ。云はば将軍は吾々……多数の兵卒を統轄した一個の人格者である。そして吾々は其個体である。全体は個体に和合し、個体は全体に和合するのが社会の秩序を維持する上に於て、最必要な条件だ。丙の如き陳腐な言説は最早今日には通用しないぞ。チツト脳味噌の詰替をせなくちや、いつも人後に撞着たらねばならぬ、社会の廃物となるより道はなからう、フツフフフ』
丙『俺はモウこんな悪虐無道な思想を持つてゐる連中と伍するのは飽々して来た。一層のこと、深山幽谷にでも隠れて、仙人を気取り、閑寂な生活を送り、霊の浄化に努めたいと思ふのだ』
甲『そんなら何故、一時も早くお暇を頂いて、隠君子を気取らないのか。ヤツパリ貴様も口先計りの人間だ。本当に貴様の言ふことが、心の底から湧いたのならば、不言実行と出かけたら可いだないか。将軍様は来る者は拒まず、去る者は追はずとの大襟度を持つてゐられる、智勇兼備の名将だからのう』
乙『時にランチ、片彦将軍は浮木の森に滞陣して、英気を養ひ武を練り、やがて斎苑館に捲土重来するといふ方針だと云ふことだが、実際戦ふ心算だらうかなア。どうも怪しいものだぞ。河鹿峠の戦闘に於て、片彦将軍の手並は遺憾なく、其卑怯振を暴露したのだから、ヨモヤ捲土重来の勇気はあるまい、加ふるに全軍の勢力を両分して了つたのだから、随分怪しいものだなア』
甲『ナアニ、ああ言つて、あこに糞詰りといつて空威張りをしてるのだ。三年たつても五年たつても、斎苑館へ進軍などとは思ひもよらぬことだ。さうでなければ、あのやうな半永久的な陣屋を造る筈がない。キツと持久戦をやる心算だらうよ。何程敵が強いと云つても、敵の大将の年が老れば、戦はずして死んで了ふのだから、それを待つてゐるのだよ。ハハハハハ』
乙『此ビクトル山の陣営も比較的立派なものが出来てゐるなり、先繰々々、増築してゐることを見れば、ランチ将軍の行り方に傚つて、何時迄も此処に滞陣する心算だらうかなア』
甲『きまつた事だ。よく考へて見よ。ハルナの都へは何程厚顔無恥の将軍だとて、のめのめと之丈の軍隊を引率れて帰る訳にはいかうまい、ぢやと申して斎苑の館へは猶更行けず、何でもエルサレムの黄金山へ攻めよせるといふ宣言だが、之も亦怪しいものだ。たつた一人の治国別の言霊とやらに、脆くも逃散つた将軍だもの、黄金山と雖も、治国別以上の人物が二人や三人は居るのはきまつてゐる。さうだから先づ此処で王者気取りとなつて、新しい国を造り、ビクトル山を中心に王城を作り、刹帝利気取となつて永住する考へだと、俺は直覚してゐるのだ。さうでなくちや、こんな手間の要つた陣構へをする筈がない……だないか』
乙『さう聞けばさうかも知れぬのう。オイ丙の奴、チツと頭を改良して、ここ一年許り辛抱したらどうだ。伍長位にはなれるか知れないぞ』
丙『俺の考へではビクトル山の陣営は到底永続せないだらうと思ふよ。どうしてもロートル・ダンゼーが迫つて来る様な心持がしてならないワ。よく考へて見よ。斎苑の館からは、仄聞する処に依れば、照国別、玉国別、黄金姫、初稚姫、治国別と云ふ宣伝使隊が、ハルナの都へ押寄せて行くといふことだないか。そして其行掛の駄賃に所在バラモン軍を言向和して、暴風の原野を薙ぐ如き勢で進んで来るといふことだから、キツとビクトル山へも押寄せて来るに違ひない。貴様は此処にへ張りついてさへ居れば、やがてオー・シヤンスが吾身に降つて来るやうに思うてゐるが、そんな泡沫に等しい考へは念頭よりキツパリ削除せなくちや、アフンと致さなならぬ破目に陥るぞ、チツとコンモンセンスを輝かして、前後の状況を考へて見よ』
甲『ヘン、一寸先は暗の夜だ。吾々如き人間の分際として、世の中の変遷が分るものかい。刹那心を楽しむのだ。三五教の教理にも……取越苦労をすな、又過越苦労も致すな……とあるだないか。其時や其時の又風が吹くさ、万々一、三五教の連中が猛虎の勢で迫つて来た時には将軍様に傚つて戦術の奥の手を出し、尻に帆をかけて、逸早く遁走すれば、それで可いのだ。それがセルフ・ブリサベーシヨンの最必要とする要件だ。アハハハハ』
丙『何とマア、貴様達は、善とも悪とも判別し難き代物だなア。それでも人間だと思つてゐるのか』
甲『ヘン、馬鹿にするない。之でもヤツパリ一人前の哥兄さまだ。世の中は表面は軍律だとか、法律だとか、道徳だとか、節制、カウンテネンスだとか云つて、リゴリズムを標榜してゐるが、其内面はヤツパリ内面だ。詐り多き現代に処して、馬鹿正直なことを墨守してゐても、世の中に遅れる計りで、しまひには廃人扱にされて了ふよ。それよりも大自在天様から与へられた同様の此盗み酒、ホリ・グレールを傾けて、神徳を讃美し、生き乍ら天国の生涯を、仮令一瞬間なりとも楽しむが人生の極致だ。世の中は食ふ事と飲む事とラブする事を疎外したら、到底、生存することは出来ない。ぢやと云つて、斯かる殺風景な陣中に於て、ラブ・イズ・ベスト論を持出した所で、有名無実だから、先づ手近にあるホール・ワインでも傾けて、浩然の気を養ひ、イザ一大事と云ふ場合には、吾れ先に戦術の奥の手を発揮さへすれば至極安全といふものだ。貴様の様にクヨクヨと致して、サイキツク・トラーマを続けてゐると、遂には神経衰弱を来し、地獄界の餓鬼さんの様になつて了ふぞ。人間は心の持様が第一だ。今日は新しい人間の社会だ。一日も早く悔い改めて、ジウネス・アンテレク・テーユエルの域に進み、社会の波に呑まれない様にせなくちや人生は嘘だ。素より神経質な道徳論に捉はれてゐるやうな者が、悪虐無道のバラモン軍に従軍するものか。貴様は軍人になるなんて、性に合うてゐない。サイコ・アナリシスに仍つて調査したならば、キツと汝の心中には弱虫が団体を組んで、現世を呪うてゐる馬鹿者の軍政署となつてゐるだらうよ。悪人は悪人とユニオンし、善人は善人と結合するのだから、貴様は此河を向ふへ渡つて、治国別さまでもお迎へ申し、弁当持でもさして頂くが性に合うて居らうぞや、イヒヒヒヒ』
と論争してゐる。河の向方より七八人のナイトは三葉葵を染めなした手旗をかざし、長閑な流れを驀地に渡つて、ザワザワザワと此方に向つて渡り来る。一同は何事の突発せしならむと、酒の酔も醒め、目をみはつてゐる。
(大正一二・二・一二 旧一一・一二・二七 於竜宮館 松村真澄録)
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