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文献名1霊界物語 第53巻 真善美愛 辰の巻
文献名2第3篇 兵権執着よみ(新仮名遣い)へいけんしゅうちゃく
文献名3第19章 刺客〔1382〕よみ(新仮名遣い)しかく
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
ビクトリヤ王は、二女の働きによってバラモン軍から和睦を勝ち取り、また年来の懸念であった右守から兵権を返還させることになり、気が緩んでぐったりと寝に就いた。ハルナは右守の様子がただならなかったことを気遣い、父の左守に申し出て、王の隣室に宿直を勤めた。

ハルナが物思いにふけっていると、王の居間に向かって足音を忍ばせ進んでくる者がある。男はビクトリヤ王の寝台の傍らに来ると長刀を引き抜いた。ハルナは足音を忍ばせて男の背後に近寄り、綱を男の首にかけて引っ張りまわした。

男は抜身の刀を持ったまま、気絶して廊下を引きずられていく。刹帝利はこの物音に目を覚まし、刀の鞘だけが落ちているのを見て刺客が来たと悟った。槍を取って廊下に出ると、ハルナが気絶した曲者を綱にかけている。

二人が曲者の頭巾を取って顔を改めると、右守の家令シエールであった。二人は右守に反逆の意図があることを悟り、騒ぎ立てずに対応することとした。そしてシエールを縛り上げて押入れの中に入れて置いた。ハルナは引き続き王の居間を守っている。

ヒルナ姫とカルナ姫は、自分たちの意図をバラモン軍に悟られないよう、両将軍が自分たちの膝枕で寝入ってしまってもそのまま動かずにいた。二人も夜半にうとうとと夢路に入った頃、覆面頭巾の男が足音を忍ばせて入り来たり、久米彦将軍に切りつけようとした。

カルナ姫ははっと目をさまし、曲者の腕の急所を叩いた。曲者は大刀を落としたところ、姫は手早く曲者の手を後ろに廻し、細紐で縛り上げた。

カルナ姫は将軍たちを起こし、刺客を捕えたことを報告した。一同が顔を改めると、それはビク国の右守ベルツであった。カルナ姫は実の兄を捕縛することになった自分の因果をひそかに嘆いたが、国家のためと思い直した。

鬼春別と久米彦は、ビク国側の人間が刺客に来たことに怒って和睦を取り下げ兵を呼ぼうとした。ヒルナ姫は慌てて押しとどめ、右守はビク国の中でも刹帝利に刃向っていた逆臣であることを告げてなだめた。

カルナ姫も、たかだか刺客の一人くらいは軍隊を動かさずに、自分たちに始末させて欲しいと頼み込んだ。久米彦もカルナ姫の活躍で命を救われたこともあって、この申し出に承諾した。

ヒルナ姫とカルナ姫は、城の裏門にベルツを連れて行き、ベルツの短慮をたしなめた。カルナ姫は、ヒルナ姫にベルツの命乞いをした。ヒルナ姫は、どこか田舎にでも隠れて身を忍ぶように言い含め、路銀を与えてベルツを解放した。

ベルツが闇にまぎれて逃れると、二人は両将軍にベルツを亡き者にしたと報告してごまかした。そこへ刹帝利とハルナがやってきて、自分たちのところに右守ベルツの家令が刺客にやってきたことを報告した。

右守がビク国刹帝利にも刺客を送っていたことで将軍たちの疑いは晴れた。刹帝利は曲者を退けた悪魔祓いに二次会を開こうと提案し、鬼春別も賛成した。酒宴は再開して夜を明かし、翌日の昼まで十二分に歓を尽くすことになった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月14日(旧12月29日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月8日 愛善世界社版227頁 八幡書店版第9輯 587頁 修補版 校定版235頁 普及版113頁 初版 ページ備考
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本文  ビクトリヤ王は敵の捕虜となり、生命の程も覚束なき破目になつて、非常に心を悩ませてゐたが、思ひもよらぬ助けに仍つて、再び元の館に帰り、且ヒルナ姫の無事なる顔を見て、胸を撫でおろす際、年来の希望たる兵馬の権を右守より奉還させ、又鬼春別、久米彦将軍は両女が操り居れば大丈夫と安心すると共に、気が緩みグツタリとして、寝に就いた。ハルナは右守司の様子のただならざるを気遣ひ、父の許しを受けて今晩は特に王の隣室に宿直を勤むることとなつた。
 ハルナはカルナ姫の事を思ひ浮かべ……ああ実に立派な女性だ。ヒルナ姫様と彼とがなかつたならば、ビクの国は云ふも愚か、王家も左守家も忽ち破滅の悲運に陥るとこだつた。今となつて思へば、カルナ姫を自分がラブしたのは人事ではない、全く神様の御摂理だつたのだらうか。ああ有難し有難し……と暗祈黙祷しつつあつた。そこへ足音を忍ばせて、王の居間に向つて進み来る者がある。ハルナは耳をすませて様子を考へてゐると、ボンヤリとした行灯の側に現はれた黒い男の影、行灯の火に長刀をスラリと抜いて刃を打眺め乍ら、ニタツと笑つてゐる。寝台の上にはビクトリヤ王が吾身に危急の迫つたことも知らずに、安々と眠つてゐる。ハルナはスツと足音を忍ばせ、綱を以て男の後より首に引かけて、綱の端を肩に引かけ、トントントンと廊下を走り出した。腮を引かけられた男は抜身を持つたまま、ウンともスンとも言はず、廊下を引ずられて行く。
 王は此物音に目を醒まし、よくよく見れば、刀の鞘が落ちてゐる。声を立てては一大事、何者かの刺客が来たに相違あるまいと、廊下をみれば、黒い影、王は矢庭に長押の槍を提げ、廊下に行てみれば、ハルナが一人の男の首を引掛けて引摺りまはし、男は気絶してゐる様子である。王は声を潜めて、
刹帝利『其方はハルナではないか、何事ぢや』
ハルナ『ハイ、怪しき者が参りまして、君の御寝室を窺ひ居りました故、後より窺ひよつて、首に綱をかけ、ここ迄引摺つて参りました』
刹帝利『ヤ、出かした出かした、一寸何者か、此奴の顔を調べて見よ』
 ハルナは『ハイ』と答へて、首をしつかり締めておき、手燭を灯して、刺客の面を見れば、右守の家令シエールであつた。王もハルナもハツと驚き、少時主従は顔を見合せてゐた。
ハルナ『刹帝利様、此奴は右守の家令で厶います。之から察しますれば、右守は今日の兵権奉還を恨に思ひ、何か謀反を企んでゐると見えまする。之は騒ぎ立てを致せば却て敵の術中に陥るかも知れませぬ。ソツと、シエールを、仮令生き還つても動けないやうに手足を縛り、隠しておきませう』
刹帝利『ウン、ア、それが宜からう。実に右守といふ奴は、暴悪無道の曲者だのう』
ハルナ『御意に厶います。王様も十分に御注意をなさいませ』
と言ひ乍ら、シエールを高手小手にいましめ、押入の中に突つ込んで素知らぬ顔をなし一睡もせず、刹帝利の居間に、ハルナは付添ひ、厳しく守つてゐる。
 ヒルナ姫、カルナ姫は、鬼春別、久米彦、スパール、エミシ、シヤム、マルタの賓客が他愛もなく酔ひ潰れてゐるので、席を外さうかと一度は考へたが、注意深き両人のこととて……イヤイヤ待て待て今が一大事の場合だ。刹帝利様に会うて、一度事情を詳しく申上げたいけれど、六人の中に一人や二人、熟睡を装ひ、もしや様子を考へてる者があれば大変だ。ああ会ひたいなア……と心は頻りに焦て共、大事をふんで、鬼春別将軍に膝枕させ、自分は何喰はぬ面にて、日が暮れてもジツと坐つてゐた。又カルナ姫は一時も早く恋しき夫のハルナに事の顛末を報告したいものだ、そして一言褒めて頂きたいものと思へ共、これ亦、六人の中に一人や二人は様子を考へてゐるものがあらうも知れぬと大事をふんで、ヒルナ姫同様に久米彦に膝枕させ、時々ヒルナ姫に目を以て、話をしてゐた。併し乍ら此六人は何れも真剣に酔ひ潰れ、前後も知らずになつてゐたのである。
 夜の嵐は館の外を音を立てて吹いてゐる。風に煽られて雨戸はガタガタガタガタと慄ひ声を出してゐる。二女はウトリ ウトリと夢路に入つた。そこへ覆面頭巾の大男が大刀を引き抜き足音を忍ばせて入り来り、先づ久米彦将軍に向つて、一刀の下に斬りつけむとした。此時ハツと目を醒まし、矢庭にカルナ姫は曲者の腕の急所を叩いた。曲者はバラリと大刀を落した、姫は手早く後手に廻し、細紐を懐より出して縛り上げ、グツと頭を押へて動かせず、
カルナ姫『将軍様、ヒルナ様、皆様、起きて下さいませ、刺客が参りました』
と呼ばはる声に何れも目を醒まし、
『何だ何だ』
とカルナの側に寄つて来る。カルナは、
カルナ姫『モシ将軍様、曲者が参りました。貴方方を刺す積でやつて来ましたので、妾が今ふん縛つた所で厶います』
久米彦『ヤ、それはお手柄お手柄、某も危ない所で厶つた。して曲者は何者で厶るかな』
カルナ姫『何者だか黒頭巾を被つて居りますので分りませぬ、何卒灯火を此処へ持つて来て下さいませ』
 ヒルナ姫は行灯を提げて近づき来り、黒頭巾をぬがせば、豈計らむや、右守のベルツであつた。ベルツは前にカルナに腕を短刀にて刺され、夫れが為に思ふ様に手が動かず、苦もなくカルナに縛られたのである。ヒルナもカルナもハツと驚いたが、素知らぬ面にて、
『アレまあ』
と空とぼけてゐる。カルナは心の中にて……人もあらうに、自分の兄を捕縛せねばならぬとは、何とした身の因果だらう。併し乍ら御国の為、王家の為ならば、仮令兄だとて見逃す訳に行かぬ……と直に心を取直した。
鬼春別『大方刹帝利の廻し者で厶らう。命を助けて貰ひ乍ら、酒宴に事よせ、吾々に油断を致させ、暗殺致さうなどとは、以ての外の不都合千万。ヨーシツ、これから拙者が刹帝利は申すに及ばず、何奴も此奴も一人も残らず、炮烙の刑に処してくれむ。や、スパール、エミシ、百人計りの兵士を、直様引率れ来れ』
 ヒルナ姫は慌てて押止め、
ヒルナ姫『モシ将軍様、一寸お待ち下さいまし、決してこれは刹帝利様の謀だ厶いませぬ。此男は刹帝利に仕ふる右守司といふ悪逆無道の曲者で厶います。貴方様の御威勢を妬み、自分が兵馬の権を握らむと企て、夜中に忍び込んだものとみえます。何卒少時軍隊を引入れることはお待ち下さいませ』
久米彦『鬼春別殿、容易ならざる事変で厶る。仰せの如く、少くとも一百計りの兵士を此場へ引よせた方が御互の安全で宜しからう』
カルナ姫『吾夫、久米彦様、先づお待ちなさいませ。音に名高き英雄豪傑の将軍様、かかる腰抜男一人位に、兵を用ふるなどとは、将軍様の沽券に拘ります。何卒妾を愛し玉ふならば、左様なことをなさらずに、此処で処置をして下さいませ』
 久米彦は最愛のカルナに止められ、且又カルナに危き命を救はれたのだから、之を否む勇気はなかつた。
久米彦『ウン、ヨシヨシ、然らば其方に一任する。鬼春別殿、てもさても弱虫共で厶るな。拙者が妻、カルナ姫の細腕に脆くも捕はれたる如き蠅虫、最早御安心なさいませ』
カルナ姫『モシ両将軍様、此男は如何なさいますか』
鬼春別『ウーン、久米彦の奥方にお預け致す。併し乍ら決して秋波を送つちやならないぞ』
カルナ姫『ホホホホホ、何御冗談仰有います。ササ曲者、こちらへ来れ……ヒルナさま、貴女と妾と此奴を庫の中へ突込んでやりませうね』
ヒルナ姫『左様で厶いますな。憎き奴共充分に懲らしめてやりませう。鬼春別将軍様、少時お暇を下さいませ、直に帰つて参ります。此曲者を、妾等紅裙隊が思ふ存分苦めねばなりませぬ、此様な者を生かしておけば、何時又貴方様の首を狙ふか知れませぬからね』
鬼春別『ウン、ヨシヨシ、突殺さうと、嬲殺しにしようと、焼いて食はうと、煮て食はうとお前の勝手だ。云はば紅裙隊の戦利品だ。早く何処へ伴れて行つて片付けたがよからう』
ヒルナ姫『左様なれば、此曲者を自由にさして頂きます。カルナさま、本当に愉快ですね。身体一面空地なく短刀でついてついて突きまくつてやりませうかね』
カルナ姫『さうですね、面白いでせう。併し男さまが見てゐられると恥しいワ。久米彦将軍様に残酷な女だと愛想つかされるのが厭ですもの……』
久米彦『タカが腰抜武者の一人、拙者の眼中にない、お前の目ざましに、自由自在にさいなんで来るがよからうよ』
 二人は都合よく両将軍を誤魔化し、城の裏門に右守を連れ行き、声を潜めて、
ヒルナ姫『貴方はベルツさまだ厶いませぬか。何といふさもしい心をお出しなさつたのですか』
ベルツ『ウン、面目次第もないことだ。どうか許してくれ、……いやお姫様、許して下さいませ』
カルナ姫『貴方兄上だ厶いませぬか、妾が居らなかつたなれば、貴方の命は到底助かりませぬぞえ。ああして六人の男が寝たマネをしてゐるのは、決して本当に寝てゐるのぢや厶いませぬ。酔うた真似をして、スツカリ様子を考へてゐるのですよ。貴方は早く改心して下さらぬと、右守家はどうなるか知れませぬよ。早く兵馬の権を刹帝利様に奉還し、誠を現はしなさいませ』
ベルツ『実の所は、スツカリ奉還して了つたのだ。併し乍ら、それが残念さに、刺客となつて入り込んだのだ』
カルナ姫『姫様、何うで厶いませう。助けてやる訳には行きますまいかな』
ヒルナ姫『コレ右守さま、サ、此裏門から落のびなさいませ。貴方の陰謀が露見した上は到底命はありませぬ。之を路銀にして暗に紛れて、田舎の隅へでも身をお忍びなさいませ』
と懐から路銀を出してベルツに渡した。
 ベルツは幾度も押し戴き、感謝の涙と共に裏門より何処ともなく落ちのびて了つた。二人の女は漸くにして元の座席に帰つて来た。
ヒルナ姫『将軍様、永らくお待たせ申しました。随分骨が折れましたよ。何と云つても女のチヨロイ腕で、所構はず切りさいなんだのですもの、私もあんな厭らしいことはゾツと致しますワ』
鬼春別『そらさうだらう、平和の女神様が、人を殺すのだもの』
ヒルナ姫『イエイエ私はホンの髪の毛丈切りそめてやりました。後はカルナさまがスツカリやつて了つたのです。本当にカルナさまは女丈夫ですワ』
久米彦『アハハハハ、流石はカルナだ。曲者を引捉へたのもカルナ、制敗したのもカルナだ。ヘヘヘヘ、久米彦将軍の意を得たりと云ふべしだ』
と得意になる。
 刹帝利はハルナ、左守を伴ひ、此場に現はれ来り、一同の前に手をついて、
刹帝利『皆様、私の居間には大変なことが出来まして、お蔭により命だけは助かりました』
鬼春別『何事が出来致しましたかな』
刹帝利『ハイ、つい只今のこと、覆面頭巾の黒装束をした男が、拙者の寝息を伺ひ、大刀を提げ、アワヤ打おろさむとする時しも、宿直を勤めてる此ハルナがツと後から綱をかけて曲者を引き倒し、縛りつけ、今押入の中へ突込んでおいたとこで厶います。実に物騒千万なことで厶います』
 カルナは、ハルナが功名手柄をしたといふことを聞いて何となく誇りを感じた。
鬼春別『其曲者は何者で厶るかな』
刹帝利『ハイ、実にお恥しいこと乍ら、右守の家令シエールといふ悪人で厶います』
鬼春別『成程、拙者の居間へもたつた今、右守のベルツといふ奴、忍び入り、暗殺せむと致した所、此カルナの腕に取押へられ、高手小手にいましめられ、今や、此二人のナイスに恨の刃を喰つて、寂滅致した所で厶る。アハハハハ』
刹帝利『何、右守が、左様なことを致しましたか、実に無礼な奴で厶います。併し乍ら悪人は貴方方の為に滅び、此様な嬉しいことは厶いませぬ。サ、之から悪魔払に、マ一度二次会でも開きませう』
鬼春別『ヤそれは痛み入る。アア併し乍ら、かやうな危険を遁れたのだから、遠慮なく頂きませう。そして其シエールといふ曲者を肴と致し、一杯頂けば尚々妙で厶らう。アハハハハ』
 かくして再酒宴に移り、其夜を明し、翌日も昼の七つ時迄おつ続けに歌を歌ひ舞ひ狂ひ十二分の歓を尽すこととなつた。
(大正一二・二・一四 旧一一・一二・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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