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文献名1霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻
文献名2第3篇 猪倉城寨よみ(新仮名遣い)いのくらじょうさい
文献名3第13章 岩情〔1399〕よみ(新仮名遣い)がんじょう
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
猪倉山の頂上には、巨大なイノシシの形をした岩倉があり、岩には広い岩窟があった。五合目以下はすごい密林になっている。岩窟内には大きな蝙蝠がたくさん住んでいたが、きれいな水がところどころに湧いていて、また岩から甘露のような油がにじみ出し、これを嘗めていれば何とか命をつなげるという天与の場所である。

バラモン軍は調査の結果、この窟内には恐ろしい猛獣などは住んでいないことがわかったので、ここを本拠として五合目以下に兵舎を作り、谷川を境にして立てこもっていた。

鬼春別と久米彦は、葡萄酒を傾けながら懐旧談にふけっていた。話がさらってきた姉妹のことになり、醜い姉のスミエルと美人の妹のスガールを巡って、また言い争いになった。

二人はスガールを呼び出して、どちらの妻になるかを選ばせたが、スガールは非道なバラモン軍の将軍の妻となるくらいなら死んだ方がましだとはねつけた。二人は怒り、久米彦はスガールを地下の暗窟に落とし込むべく連れて行った。

途中、久米彦は脅迫まじりにスガールに迫ってきた。スガールは抵抗しても逃れられないと思い、久米彦に気があるような素振りをしてこの場を逃れようとした。久米彦はほとぼりが冷めるまで自分の部屋にスガールを匿い、鬼春別けには暗窟に放り込んで殺したことにしておくと言った。

スガールは姉と一緒においてくれるように頼んだ。久米彦は聞き入れ、スミエルを連れてくると二人とも自分の部屋に入れて鍵をかけ、どこかに行ってしまった。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月22日(旧01月7日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月26日 愛善世界社版157頁 八幡書店版第9輯 676頁 修補版 校定版157頁 普及版72頁 初版 ページ備考
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本文  猪倉山の頂上には巨大なる猪の形をした岩倉がある。之を以て猪倉の名が出来たのである。山の五合目以上は全部岩を以て固められ、五合目以下は凄いやうな密林である。そして此岩には所々に岩窟の入口があつて、其内部は数里に渡つてゐると噂され、大きな蝙蝠が沢山に棲んでゐた。此窟内には所々に綺麗な水が湧いてゐて、少しも水には不自由がない。そして所々岩から甘露のやうな油がにじみ出し、之さへ嘗めて居れば、余り労働をせぬ限り、二ケ月や三ケ月は体力が衰へないと云ふ、天与の岩窟である。鬼春別、久米彦両将軍は部下の兵卒を探険の為に窟内深く進ましめ、調査の結果、別に恐ろしい猛獣も棲んでゐない事が分つたので、愈ここを本拠と定め、五合目以下に俄作りの兵舎を作つて、谷川を堺に立て籠もつたのである。此岩窟に居りさへすれば、いかに治国別が神力あり共、決しておとす事は出来まい、大雲山の岩窟よりも幾倍堅固であり、且広いかも知れぬ。両将軍はここを自分の千代の住家として全力を注ぎ、岩を切り拡げたり、いろいろ雑多として、三千の兵士の中で孔鑿に器用なものを選んで昼夜岩窟の鑿掘をやつてゐた。穴の入口の前には俄作りの事務所があつて、そこにはスパール、エミシのカーネルが固く守つてゐた。窟内の中央とも覚しき稍広き居間には鬼春別、久米彦両将軍がそこら中で徴収して来た葡萄酒を傾け、懐旧談に耽つてゐる。
鬼春『久米彦殿、かやうな堅城鉄壁に陣取つた上は最早大丈夫で厶るが、併し乍ら千載の恨事ともいふは、ヒルナ、カルナの両人を遁した事だ。此奴をどうかして奪り還す工夫はなからうかな』
久米『サア、命を的にかけさへすれば、奪り還されない事はありますまいが、あの通りライオンが、あの女には守護してると見えますから、一寸は難かしいでせう』
鬼春『何と云つても、目も眩むやうな美人だから、元より一通りの者ではないと思うてゐた。大方あれは何神かの化身であつたに違ない。ああ、馬鹿な目を見たものだ。久米彦、お前が気が利かないものだから、掌中の玉を取られて了つたのだよ。鼻はねぢられ、顔はかきむしられ、イヤもうゼネラルとしての貫目はゼロで厶る』
久米『何と云つても、あなたが率先して美人に魂をぬかれ遊ばすのだから、拙者がのろけるのは、言はば閣下の教育に依つたも同然、仕方がありませぬワ』
鬼春『馬鹿を申すな。カルナを始めて陣中に引張つたのは、貴殿では厶らぬか』
久米『あつて過ぎた事は云ふに及びますまい、それよりも今度ぼつたくつて来た、スミエルにスガールの両人、あれを何とか説きつけて、一時ヒルナ、カルナの代用品にしたら如何で厶る』
鬼春『イヤもう女には懲々した。あれは飯焚をさしておけば可いのだ』
久米『然らば両人に飯焚きをさせませう、そしてあなたが女に懲々なさつたとあれば、拙者が両人共頂く事に致しませう』
鬼春『イヤさうは参らぬ、貴殿が勝手に致す位なら拙者も勝手に致す』
久米『然らばあなたは上官の事でもありますから、姉のスミエルを御自由になさいませ。拙者はスガールを預りませう』
鬼春『スガールはカルナ姫に次いでの美人、スミエルは比較的醜婦だ。左様な勝手な事は出来ますまいぞ』
久米『然らば両人の自由に任せ、選択をさせたら如何で厶るかな』
鬼春『ヤ、それが宜からう、然らばスガールを呼出して、お前どちらが好きだか……と尋ねてみよう。そしてスガールの好きだと云つた方が彼女を自由にするのだ、無理往生さしても面白くない、又男らしうもないからな』
久米『そら面白いでせう、併し乍ら、あなたは軍服を見れば上官だと云ふ事が分つて居りますから、女といふ者は虚栄心の強いもの故、キツと地位の高いものに靡くは当然、それでは面白くないから、どちらもチューニックを脱ぎ平服になり、階級の高下が分らないやうにし、選ましたら何うでせう』
鬼春『ウン、そら面白い、それが本当だ。サ、早く誰かを呼んで、スガールを此処へ召伴れ来る様、お命じなさい』
 久米彦はうち諾づき、此居間を出て、次の岩窟に至り、リウチナントのサムといふ男に、スガールを将軍の居間へ引つれ来る事を厳命した。リウチナントは『ハイ』と答へて、スガールの押込んである岩窟の一間に足を急いだ。両将軍は軍服を脱ぎ、平服と着替へ、顔の整理などして、色男の競争をやつて、今や遅しと待つてゐる。
 暫くあつてスガールは恐る恐る中尉に送られ、将軍の居間にやつて来て、ビリビリ慄うてゐる。鬼春別は相好を崩し、
鬼春『オイ、スガール、お前も随分不便であらうの。此方は全軍を統率する将軍だ、ここにゐる男も亦同じく将軍だ。部下に悪い奴があつて、其方を斯様な所へ伴れて来たさうだが実に不愍な者だ。何うかしてお前を親の内へ送つてやりたいと、いろいろ両人が骨を折つてゐるのだが、何と云つても此山の麓は、三五教の軍勢が、幾万とも知れず、押寄せて来てゐるのだから、険難で送つてやる訳にも行かず、暫くマア此処で時節を待つたがよからう、そして不自由な事があつたら、どんな事でも聞いてやるから、遠慮なく言うたがいいぞ』
スガール『ハイ、思ひもよらぬ御親切、有難う存じます』
 久米彦は鬼春別に女の気に入り相な事計り、先に言はれて了ひ、自分の云ふ事がないので、何うしようかなアと胸を痛めつつ考へ込んだ。どうやら鬼春別にスガールは思召がありさうに思はれるので、気が気でならず、
久米『ああ其方スガールといふ玉木の村でも有名な美人だ、本当に悪者の手にかかつて、かやうな所へ来るとは、不愍な者だなア、俺も同情の涙にくれてゐるのだ、どうかして、一時も早く玉木の村へ送つてやりたいのだが、今将軍のいはれた通り、敵軍が取囲んでゐるから、ここ暫くは辛抱してくれねばなるまい、バラモン軍に捉はれてゐなければ三五軍に捉はれてゐるのだ、それを思へば、お前は実に仕合せだよ。キツト敵を退散させてみる心算だから、何事も此方の申す事を信じて、楽んで待つてゐるが可いワ。なア、スガール、かう見えても、随分親切な男だらう』
スガール『ハイ、御両人様、御親切によう言うて下さりました。どうぞ宜しう御願申します』
鬼春『オイ、スガール、お前は此将軍さまと私と何方が優しい男と思ふか、それが一つ聞きたいものだなア』
スガール『ハイ、どちら様も、人情深いお方で厶います。併し乍ら、何だか知りませぬが、一口でも先へ、優しい言葉をおかけ下さつたお方が嬉しう厶います』
鬼春『アハハハハ、さうすると、此髭面の方が気に入つたと言ふのかな』
スガール『ハイ、別に気に入るといふ事は厶いませぬが、兎も角御親切な御方だと喜んで居ります』
鬼春『ウン、親切は分つてゐるが、もし仮りにお前が夫を持つとしたらば、何方を夫に持つか、それが聞きたいものだ』
スガール『どうぞ、そんな事は仰有つて下さいますな、妾は軍人なんか夫に持つ気は厶いませぬ』
鬼春『軍人が気に入らねば軍人をやめてもよい、そしたらお前は何うするか』
スガール『ハイ、御両人様が一度に軍人をやめて、普通の人間にお成り遊ばした時には妾はあとのお方に貰つて頂きます。併し乍らモツトモツト、綺麗な気の利いた男も世間にはありませうから、さうあわてるには及びませぬ』
久米『コリヤ、女、お前は年にも似合はず大胆な事を言ふ奴だなア、併し乍ら拙者が好きだと云つたな、エヘヘヘヘ、鬼春別さま、すみませぬが、御約束通拙者が頂戴致しませう、あなたはスミエルさまで御辛抱なさいませ』
鬼春『オイ、スガール、実際の事を云つてくれ、俺にも考へがあるから』
スガール『ハイ、実際の事を申しましたら、御両人様がお立腹遊ばしますでせう、マア言ひますまい』
久米『本当の事を云つてくれ、決して喧嘩はしない、何程将軍が御立腹遊ばしてもお前の意見できまるのだから、武士の言葉に二言はないのだから、サ、ここで、スツパリと久米彦さまが好きなら、言つたがよからうぞ』
スガール『バラモン軍の頭をして厶るやうなお方には、死んでも身を任す事は出来ませぬ。あなたは人民の仇です、かやうな所へつれ込まれ、あなた方の、獣の弄物になるのなら、死んだがマシで厶います、再び親の内へ帰らうなどとそんな未練は持ちませぬ、エエ汚らはしい、どうぞ殺して下さいませ』
鬼春『アハハハハ久米彦殿、如何で厶る。余り、得意になつて、ホラも吹けますまい』
久米『エエ仕方がない、牢獄へぶち込んでやろ、怪しからぬ事を言ふ奴だ。そして其方の考へ一つに仍つて、姉のスミエルも如何なる運命に陥るか知れぬから覚悟をせい』
と荒々しく呶鳴り立て乍ら、久米彦はスガールの手を無理に引ぱつて、長い隧道を伝うて行く。鬼春別は双手をくみ、首をうなだれて、独言、
『ああ此道計りは如何なる権力も強迫も駄目だなア、併し乍ら一旦言ひ出した事、此儘ひつ込んでは男が立たぬ、又久米彦に占領されては、尚々顔が立たない、何とか工夫をめぐらして、スガールの心を動かす方法はあるまいかなア』
と小声で囁いてゐた。一方久米彦は牢獄へ投ずると云ひ乍ら、長い隧道をくぐつて、曲り角の暗い所へ行つた時、
久米『オイ、スガール、お前本気であんな事云つたのか』
スガール『本気です共、妾は命は欲しくはないんですから、命を放り出してゐるのですもの』
久米『フーム、さうか、俺の為に命を放り出すと云ふのだな、ヤ、心底がみえた、感心々々、俺も其つもりで影から可愛がつてやろ』
スガール『エエ気色の悪い、誰があんたなんかに命を差出す者がありますか、悪の張本人、馬賊の親方みたいな男に、死んでも靡きませぬワ』
久米『ハハハハハ、ヒルナ、カルナの奴には惚れたやうな顔をして、甘く騙されたが、此奴ア又あべこべだ。此んな奴に本当のものがあるのだ、ここが一つ骨の折所だ』
と自惚れ乍ら、スガールの背中を撫で、猫なで声を出して、
久米『オイ、スガール、さう腹を立てるものぢやない、お前が俺の云ふ通りにすれば何事も都合好くゆくのだ。キツとお前のお父さまやお母さまに会はしてやるから、俺の言ふ通りになるのだ、可いか、よく物を考へてみよ』
 スガールはとても抵抗した所で遁れない、一時のがれに何とかゴマかしておかうと俄に思案を定め、ワザと嬉しげに、
スガール『ハイ、本当の私の精神はお察し下さいませ、将軍様の前で厶いますから、あのやうに云つてみたので厶いますよ』
久米『アハハハハ、ヤツパリ俺の目は黒い、さうだらう。ヨシ、それなら俺のここに特別室があるから、ここへ這入つて居れ、将軍の方へは、お前を牢獄へぶち込んだと甘く云つておくから……』
スガール『それは有難う厶いますが、どうぞ姉さまと一緒において下さいな、別々に居るのも淋しう厶いますから、妾を真に愛して下さるのなら、恋しい姉さまと一緒において下さるでせうねえ』
久米『さうだ、二人おくのはチツと都合は悪いけれど、外ならぬお前の事だから、曲げて願を叶へてやろ、どうだ嬉しいか』
スガール『ハイ嬉しう厶います、サ、早く、何卒姉さまを呼んで来て下さいませ』
 久米彦は打うなづき乍ら、自分の居間にスガールを忍ばせおき、スミエルを牢屋から引ぱり出し、自分の寝室に伴れ帰つた。
スガール『あれマア姉さま、会ひたう厶いました。何うしてゐらつしやいましたの』
スミエル『ハ、暗い暗い所へ一人入れられて、モウ死なうかモウ死なうかと覚悟してをつた所へ、憐み深い将軍様がお出で下さいまして、妹に会はしてやらうと仰有つて此処へ連れて来て下さつたのよ。将軍様、有難う厶います』
久米『ヨシヨシ、モウ心配はいらぬ、又時機をみて、親の内へ送つてやる。お前等二人は大きな声を出さずに、此処に隠れてゐるが宜しい、又鬼春別将軍に見付かると大変だから、私は一寸軍務の都合に仍つて、陣営を巡視してくるから』
と云ひ乍らピタリと戸をしめ、外から鍵をおろして、どつかへ行つて了つた。
(大正一二・二・二二 旧一・七 於竜宮館 松村真澄録)
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