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文献名1霊界物語 第54巻 真善美愛 巳の巻
文献名2第4篇 関所の玉石よみ(新仮名遣い)せきしょのぎょくせき
文献名3第16章 百円〔1402〕よみ(新仮名遣い)ひゃくえん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-04-14 16:25:28
あらすじ
次に妖仙という医者の爺がやってきた。赤の守衛に見立て違いや薬の押し売りを責められたが、これも理屈をこねて自分が正しいを言い張り、白の守衛に審判庭に引き込まれてしまった。

続いて、人尾威四郎と名乗る弁護士がやってきた。赤の守衛は、小作人を扇動して騒ぎを起こし、逮捕された者の弁護を請け負うという人尾の罪を責めたが、人尾は自分が霊界の裁判官の目を覚ましてやると言って堂々と審判庭に入って行く。

次にやってきた要助という男は、女にだまされて父親の金を貢ぎ、父親に追いかけられてライオン川に投身したという。守衛は、要助の寿命はまだ残っていたが、父親が引き上げた要助の身体を埋葬してしまったので、要助に中有界で四十年ほどの修業を命じた。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年02月23日(旧01月8日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月26日 愛善世界社版195頁 八幡書店版第9輯 691頁 修補版 校定版197頁 普及版91頁 初版 ページ備考
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本文の文字数5788
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本文
 懐の寒きが故に藪医者は
  薬にまでも風ひかせけり

『あああ、どつかそこらに香ばしい病人がないかと捜してみたが、野たれ、行倒れ計りで、根つから金をくれさうな奴もなし、こんな所へ迷つて来た。これだから、内の嬶が酒を呑むな酒を呑むなといつも言ひよるのだけれど、医者の養生知らずといつて、どうも節制が守れないものだ。余り此頃は世界の人間が賢うなつて、衛生とか運動とかに注意をし出したので、何奴も此奴も壮健になり、妖仙さまの懐は益々御衰弱遊ばす、困つたことだなア。去年仕入れた薬は風を引く、だと云つて、ヤツパリ元がかかつてゐるのだから、病人に呑して金にせなくちや会計は立たず、呑ましても呑ましても直らぬものだから、彼奴ア竹の子だ、藪医竹庵だ、と仕様もない噂を立てられ門前雀羅を張つて、実に惨なものだ、どこぞ好い患者があれば、一つ取つつかまへたいものだなア』
と独言ちつつ、八衢の門を潜らうとする茶瓶爺があつた。
赤『コレヤコレヤ一寸待て、其方は何者だ』
医『ハイ、拙者は仁術を以て家業と致す国手で厶る。何ぞ用が厶るかな。病気とあらば拙者が脈をみてやらうかな』
赤『俺は至極健全だ、医者なんかに用はない』
医『ああさうかな、さうすれば私に用のない人だ。私と親密な交際をする者は病家計りだ。此頃は何だか三五教とかいふ邪教が蔓延して何奴も此奴も病気を直し、非常な商売の妨害を致すので聊か困つてゐるのだ。ああ医者もモウ世の末かなア』
赤『其方の姓名は何と申すか』
医『ハイ病井妖仙とも云ひ藪医竹庵とも申します』
赤『どちらも其方の綽名だな、本名は何といふか』
妖仙『あまり商売が忙しいので、本名は忘れました。誰も彼も私の前では、先生々々といひますから、マア先生が本名で厶いませうかい』
赤『其方は一生の間に病人を幾ら助けたか』
妖仙『助けたのも沢山厶いますが、寿命のない者は、神さまだつて、医者だつて叶ひませぬから……併し乍ら医者と南瓜はひねたが可いと申しまして、一人前の医者にならうと思へば、どうしても経験上千人位を殺さなくちやなりませぬからなア』
赤『汝は本当に診察しても、病気の原因や医療法が徹底的に分つて居るのか』
妖仙『人間の分際として、分り相な事はありませぬが、兎も角先人の作つておいた医書と首つ引して薬の調合致します。そして問診と云つて、介抱人や家族の者に病の経過を聞き、食欲の有無を問ひ糺し、又望診と云つて、病人の様子を望み、顔の黄色い病人は黄疸と断定し、赤い奴は酒の酔と断定し、夫れ相当の薬を与へます。其上血液循環の様子や、呼吸器、神経系統などを、念入りに調べる為、打診、聴診、触診など、所在手段を尽し、どうしても分らない時は、可い加減な名をつけて、マア胡魔化すのですな。沢山に医者も居りますが、実際の病気をつかんだ医者は、恐らくは一人もありますまい。世の中はマアこんなものですよ』
赤『不届な藪医者奴、其方の薬違によつて、あるべき命を棄てたる者が幾人あるか分らぬぞ、人殺の大罪人奴』
妖仙『医者は人を殺しても、別に法律には触れませぬよ。それが医者の特権です。普通の人間が人を殺せば、忽ち死刑の処分を受けねばなりますまい。医者は堕胎をしようが手足を切らうが、堕胎罪にもならず、傷害罪にもならず、一種の特権階級だから、お前さま等に大罪人呼ばはりをされる筈がない、構うて下さるな。ヘン、お前さまは顔が赤い、チツと逆上せて厶るな。チツと古いけれどセメンエンでも上げませうか。陳皮に茯苓、ケンチアナ末に、アマ仁油、重曹に牡蠣、何なら一服召し上つたら何うだい』
赤『バカツ、汝は医者の押売を致すのか』
妖仙『さうですとも、生存競争の烈しき世の中、医者だと云つて、ジツとして居れば誰も来ませぬ。大新聞に広告をしたり、記者に提灯を持せたり、金を出して博士の称号を取つたり、種々雑多と体裁を飾り立てなくては、乞食だつて手を握つてくれといふ者がありませぬワ』
赤『此帳面に、よく調べてみると、其方は葡萄酒に水を混ぜて、大変高貴な薬だと申し、病人にのませ、非常にボツた事があらうな』
妖仙『そらさうですとも、併し乍ら私達のボルのは一服五銭十銭と小さくボツて行くのです。一口に千円万円とボツてゐる奴は、世界に幾らあるか知れませぬよ。四百四病の中でも直る病もあれば、どうしても直らない病がありますが、それでも病人が薬をくれといへばやらぬ訳にも行かず、又此方もボルことが出来ぬから、あかぬとは知りつつ、葡萄酒に水をまぜて慰安の為呑ましてをります。之が所謂医者の正に尽すべき道徳律ですから、さう貴方のやうに一口に貶すものぢやありませぬ』
赤『兎も角難物だ。到底モルヒネ注射位では気がつくまいが、今に荒料理をしてやるから、マア奥へ行つて順番の来る迄待つてゐるが可いワ』
妖仙『貴方は今、荒料理をしてやると云つたが、それは外科的大手術の事でせう。貴方は医者の鑑札を持つてゐますか。そんな事をなさると医師法違反で告発しますぞ。サ、何といふ姓名だ、聞かして貰ひませう。此方にも考へがあるから、お前達のやうな素人に俺達の縄張を荒らされては、到底、医者として立つていけるものぢやない。鎮魂だの、祈祷だの、心理療法だのと、此頃は俺達の敵が沢山現れて、商売の妨害をするから、全国医師大会を開いて、政府に抗議を申込み彼等の輩を殲滅せむと、筍会議で定めてあるのだ。それに素人のお前が、大手術を医者の私に向つて、してやらうなどとは、法治国の人民として、実に怪しからぬものだ。サア、名を聞かしなさい』
と懐から手帳を出し、鉛筆を舐つて、姓名を書き留めようとしてゐる。白の守衛は妖仙の腕をグツと握り、厭がるのを無理無体に引張つて、門内に隠れた。
 目のクルリとした、鼻に角のある、腮鬚を一尺計り生やした一癖有さうな男、此街道は俺のものだといふやうな調子で、大手を振つてのそりのそりとやつて来る。赤の守衛は、
赤『オイ暫く待て、取調べる事がある』
と呶鳴つた声に、彼の男は立どまり、厭らしい目で赤の顔を睨めつけ乍ら、
男『何だ、天下の大道を自由に濶歩するのは吾々の自由の権利だ、待てとは何だ。他人の権利を妨害し、仮令一刻でも暇取らせるならば、それ丈の損害賠償を請求するぞ。其方は人間の権利義務といふ事を弁へてるか、エエン』
赤『ここは八衢の関所だ。汝の生前のメモアルを査べ、天国へやるか、地獄へ墜すか、……といふ分水嶺だ。汝のネームは何といふか』
男『拙者は人尾威四郎といふ有名な弁護士だ。そして特許弁理士を兼ねてゐるのだ。これでも法科大学の卒業生だ。守衛の分際として吾々を取調べる権能がどこにあるツ』
赤『いかにも汝は人間の生血を絞る悪党だ。随分金を能く絞り取つたものだなア』
人尾『人が憂ひの涙に沈み、首もまはらぬやうになつてゐる所を、聊か慰安を与へるのが拙者の職掌だ。其報酬として労金を請求するのは商売上の権利ぢやないか、請求すべき物を請求したのが何が悪い』
赤『其方は始からの弁護士ではあるまい。今は人尾威四郎と申してゐるが、以前は二股検事と云つて、随分悪辣な事を致した者だなア。無謀な検挙を致して、失敗つた揚句、已むを得ず弁護士になつたであらう』
人尾『構つて下さるな、自由の権利だ。お前は吾々を辱める積りか、ヨーシ現行法律に仍つて誹毀罪に訴へてやる。事実の有無に関せず、人の悪事を非難致した者は、新刑法の条項に照し相当の処分がある筈だ。併し乍ら其方の出様によつては取消さない事もない、賠償金を幾ら出すか』
赤『馬鹿言へ、ここは霊界だ。霊界へ現界の法律を持つて来ても通用致さぬぞ。其方は少しくボレ相な大事件は残らず有名な弁護士に取られて了ひ、糊口に窮し、小作人を煽動し、労働者を煽てあげて、沢山の入監者を作り、自分が弁護の得意先を製造致す、しれ者であらうがな』
人尾『成程、それに間違ひはない。併し乍ら煽動する者が悪いのぢやない、其煽動にのる奴が悪いのだ。拙者は拙者として商売繁昌の為に所在手段を尽し、活動してゐるのだ。此権利を侵害する者は、何程霊界だつてあらう筈がない。訳の分らぬ事をいはずにスツ込んだがよからう。八衢の関所と聞く上は定めて審判所もあるだらう。ヨシ、裁判はお手のものだ。これから滔々と弁論をまくし立て判官の目を醒ましてやらう。第一審でいけなければ第二審、第二審で可かなければ第三審、美事勝つてみせよう。そして天国の永住権を獲得し、人生特有の権利を遺憾なく発揮する心段だ、オツホン』
と云ひ乍ら、反身になつて自ら門を潜り、のそりのそりと進み行く。後に二人の守衛は顔を見合せ、
白『彼奴アどしても地獄墜ちですなア、法律家といふ者は実に味のない者ですなア』
赤『冷酷無残の獣とは彼奴等の事だ。法律にのみ精神を傾注してゐる現界の奴は、口では権利義務を叫び乍ら、人の権利を侵害し、義務を踏みたたくる位は何とも思つてゐない。厚顔無恥の精神病者計りだから、可哀相なものだ。あああ可いかげんに守衛もお暇を頂かねば堪らなくなつてきた。併し乍ら自分と雖も、天国へ行く資格もなし、外に之といふ芸もないのだから、ヤツパリ厭な守衛を勤めねばならないのかなア』
 斯く話す所へ、又もや向方の方より、三十恰好のハイカラ男がそそりを唄ひ乍ら、千鳥足にて大道狭しとやつて来る。

『冬の日の
 うす日をうけて只一人
 分らぬ所を彷徨ひ来る。
 冬の日は
 空にふるうて照りわたる
 烏の皺枯声がする。
 何となく
 あとの心の淋しさよ
 今は世になき恋人思へば。
 なれそめて
 君におびえぬ鳥ありと
 悲しき事を書ける文。
 島田つぶして丸髷結うて
 嬉しやお宮へ礼参り……と、

あああ酔うた酔うた、一体ここはどこだい。何だか無粋な奴が山門の仁王然と立つてゐやがるぢやないか。
 二世や三世は何うでもよいが
  せめて一夜の縁なりと………とけつかるわい。ウーエ、何と淋しい街道だな。ソロソロ酔が醒め出したやうだ。こんな所で醒められちや、やり切れない。モウ暫く持続する為に歌でも唄つて騒いでやらうかな、……
 何とするかと狸寝すれば
  舌を出したり笑つたり……と、
アハハハハ、お徳の奴、此間の晩も馬鹿にしてゐやがる、
 浮気聞いても気になる人が
  出雲参りを誰とした……か、
 二世を契つたあなたの前で
  切れて気になる三味の糸。
 切れた切れたは世間の噂
  水に萍根は切れぬ………と何と云つても、お徳はお徳だ、要助さまには、誰が何と云つても……切れはせぬ……と吐すんだから、大したものだ』
と袖懐をし乍ら、ドンと門に行当り、頭がフラフラした拍子にバツタリ此処に倒れた。守衛は背中を力限りに三つ四つ続け打に打つた。要助はハツと気がつき、酒の酔も醒め、真青な顔になり、二人の顔をギロギロと見詰めてゐる。
赤『其方は何者だ』
要助『ヘヘ、私は有名な好色男子要助と申します。私をお呼び止めになつて、何か要助が厶いますかな。余りお徳にならぬ事はお尋ねなさらぬが宜しい。お徳変じてお損となつては互の迷惑ですからな』
赤『其お徳といふのは何処の女だ』
要助『エヘヘヘ、一寸申上げ難う厶いますが、ベコ助の女房で厶います』
赤『ベコ助の女房に、其方は関係をしたのか』
要助『関係があるといへばあります。無いと云へばない様なものですが……』
赤『其方はお徳に肱鉄をかまされたぢやないか。そして沢山な金を取られただらう』
要助『ヘエ、実の所はエー、お徳の要求に応じ、爺の貯金を引ぱり出し、饂飩屋の資本金にするといふものですから、百両許り貸してやりました。そして酒を一杯すすめられ、寝た振をしてみて居りますと、お徳の奴、舌を出したり、私の方を見て、イインをしたり、笑つたりしてをるのですよ、……何をするかと狸寝すれば、舌を出したり笑つたり……、マアこんな調子でした、何分にもお徳にはレコがあるものですから、どうしても要助と完全に意志を疎通する事が出来ませぬので、目を剥いたり、仕方をしたり、それはそれは苦心をして居りますよ。併しまだ一度も姦通などはして居りませぬから、二人の仲は潔白なものです』
赤『仮令肉体の上に姦通はしなくても、已に已に心で姦通したぢやないか』
要助『サ、夫れが判然分りませぬので、私の方では、心で已に姦通せむとして居りますが、トツクリ話をする間がないものですから、向ふの意志は十分に分りませぬ。出刃が切れるとか、菜刀が切れるとか、今日は金が切れたとか、饂飩の原料が断れたとか、仕舞ひの果にや……切れた切れたは世間の噂、水に萍根は切れぬ……などと唄つてるものですから、実際私の事を云つてるのか、商売の事を云つてるのか、まだスツカリ判断がつかないのです。そした所、家の爺奴が、私が貯金を引張出し饂飩屋のお徳にやつたと云ふ事を聞いて、怒るの怒らぬのつて、矢庭に手斧を振かざし……コーラ極道伜奴……と鬼のやうな顔して追かけて来るものですから、止むを得ずライオン河へ投身をしたと思へば、ヤツパリ夢だつたか、こんな所へ踏み迷うて来ました。何分酒のまはつてる最中に追ひかけられたものですから、どこをどう通つて来たのか、川へはまつたのが本当か、テンと訳が分りませぬワ』
 赤は生死簿を繰り乍ら、
赤『ヤ、其方はまだ四十年許り命が残つてゐる。併し乍ら其方の肉宮は爺が川から引上げて、「此極道奴」と言つて、矢庭に土の中へ埋け込んで了ひよつたので、最早帰る事が出来まい。気の毒乍ら四十年許り、此中有界で修業を致したがよからう』
要助『ハイ、ソリヤ仕方がありませぬ。併しお徳は何処に居りますか、一寸知らせて下さいな。別に向ふに思召のないのに、無理に要求に応じてくれとは申しませぬ。只百円の金を貸した為に、こんな顛末になつたといふ事丈を云つてやりたう厶いますから、
 百円(逆縁)も、もらさで救ふ願なれば
  導き玉へ弥陀の浄土へ……
といふ、どこやらの観音様の、詠歌が厶いましたなア、あの百円さへ私の手へ返されば、極楽浄土へ救うて下さるでせうから、果してここが冥土とあれば、仮令幽霊になつてでもあの金をお徳から取返し、極楽行がしたう厶いますからなア』
 赤は、
『エエ八釜しい、そちらへ行けツ』
と力に任して突飛ばせば、要助は細くなつて、東北の方を目がけて逃げて行く。
(大正一二・二・二三 旧一・八 於竜宮館 松村真澄録)
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