大正十二年三月三日、旧正月十八日、奇しき尊き神代の顕幽神の物語を守らせたまう神の家に、言霊車も軋る音、ただ一言も聞き漏らすまいと息を凝らして、松村、加藤、北村ら筆録者たちが、いよいよ五十五巻の坂を上り来った。
綾の聖地の竜宮館、四ツ尾の霊山、桶伏の山を左右に眺めながら写すのは、印度の国ハルナの都にわだかまる八岐大蛇の悪霊を、神の御稜威に守られて言向け和す宣伝使の物語である。
治国別(亀彦)が、松彦、竜彦らと共に、波斯の国の猪倉山に割拠するバラモン教の軍の司・鬼春別、久米彦、スパール、エミシらを、神の誠の言霊に助けて、玉木の村の司テームスの二人の娘らと、敵に捕らわれていた道晴別やシーナまで救い出して立ち帰る。
徒弟の万公に妹のスガールをめあわし、姉のスミエルをシーナの妻と定め、ここにめでたく結婚の儀式を済ませ、一同に神の教えをよく諭し、松彦と竜彦を従えて、神のまにまに月の国ハルナを指して進んで行く。
後に残ったバラモンの鬼春別、久米彦、スパール、エミシらは悔悟の念に堪えかねて髪を剃って比丘となり、ビクトル山の谷間に庵を結んで三五教に真心を捧げ清く仕えた、という尊い神代の物語である。
述べ始めた今日は心も楽しき春の空、四方の山辺も雪は解けて和知の流れも滔々と水かさが増し、みづ御魂が心を洗うごとくである。