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文献名1霊界物語 第55巻 真善美愛 午の巻
文献名2第1篇 奇縁万情よみ(新仮名遣い)きえんばんじょう
文献名3第5章 飯の灰〔1413〕よみ(新仮名遣い)めしのはい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-05-13 20:55:55
あらすじ
テームス夫婦は四人の介抱に全力を尽くしていた。そして治国別に、道晴別が全快するまでは家に留まるように懇願した。治国別は別宅に入り、バラモン組の連中に、三五教の教理を説き諭していた。

万公は台所に回って、下女のお民を主人気取りで使役していた。お民から、バラモン軍の兵士・フエルとベットが蔵に閉じ込められていると聞いて、手伝いをさせるために二人を解放した。

万公は三人を口やかましく使役していたが、フエルは手桶の水をかまどの下へぶちあけてしまった。灰が一面に立ち上がり、炊事場は真っ黒になってしまった。

テームス家の二の番頭アヅモスが炊事場の様子を見にやってくると、一面に灰煙が立っている。怪訝に思ったが、万公に怒鳴られてすごすごと退散した。フエル、ベット、お民は鍋蓋の間から入った飯の上の灰を杓子で削り取っていた。

一同はおかしな歌を歌いながら、灰まみれの全部をこしらえて慌ただしく朝飯を病室に運んで行った。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月03日(旧01月16日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年3月30日 愛善世界社版58頁 八幡書店版第10輯 54頁 修補版 校定版59頁 普及版23頁 初版 ページ備考
OBC rm5505
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本文  テームス夫婦は下僕のアーシスと共に、四人の介抱に全力を尽して居た。治国別以下八人のお客に対してはアヅモスを以て接待係となし、治国別の急ぎ此処を出立せむとするを聞いて打驚き、せめて道晴別の病気全快する迄、吾家にとどまり玉はむ事をと、頻りに懇願した。治国別は止むを得ず、四方庭先をめぐらした、可なり広き別宅に入りて、バラモン組の連中に三五の教理を日夜説き諭してゐた。万公は此家に到着し一度顔を合したきり、台所の方に廻つて、下女のお民を主人気取で使役し、家事万端に注意を与へてゐた。
万公『オイお民、汝も俺の家へ来てからまだ間もないのだから、勝手も分るまい、そして田舎出のホヤホヤで、どこ共なしに土臭い。これから家事万端の事を、若主人の万公別が教へてやるから、其心算で、何事もハイハイと服従致すのだぞ』
お民『万公別さまとやら、根ツから御結婚の話も聞ませぬし、一体何方のお婿さまになられたのですか。何だか主人の様な気がせなくてなりませぬワ。又大家の主人たる者が炊事場へやつて来て、下女をつかまへて指図をするといふやうな卑劣な事では、下男や下女はケチ臭い主人だと云つて、排斥しますよ』
万公『馬鹿を言ふな。隅から隅迄気がつかなくては、一家の主人たる資格がない。今迄のやうな主人面をして居つては、之丈税金のかかる時節、どうしても会計が持てぬぢやないか、それだから上下一致して、先づ第一に家内の整理を按排し、而して後外部の仕事にかかるのだ』
お民『お嬢さまを始めお客さまの病気で、御主人は御手が引けず、アヅモス、アーシスのお二人は病人やお客さまに係つてゐるなり、さう八釜しう言つて貰つても、何程千手観音さまだつて、女一人で、こんな広い内がどう甘く行きますものか。チツと考へて御覧なさい。アオスから晩まで、独楽の様な目にあはされてキリキリ舞をしてゐるのですよ、喧ましう云つて下さるな。お前さまは贋主人でせう。そんなこと云つてもあきませぬよ』
万公『馬鹿云ふな、汝一人で忙しいから俺が主人の身をも省みず、汝の苦衷を察して手伝に来てやつたのだ。チツとそこらの掃除をせぬかい、此散らけ様は何だ』
お民『掃除どもする間がありますか、庫の中に居るバラモンのお客さまには握り飯を放り込んでやらねばならず、水を持つて行かねばならず、夫れに俄の沢山のお客さま、チツとお前さまも手伝ひなされ』
万公『ナニ、バラモンのお客さまが庫に居るとは此奴ア妙だ、何と云ふ奴だ』
お民『何でもフエルとかベツトとかいふ男ですよ』
万公『ウン其奴ア面白い、臨時其奴を下男として使つてやらう。さうすればベツト、フエルも喜ぶだらう、オイお民、庫の鍵を貸せ』
お民『本当に万公さま、貴方は若主人ですか。主人に間違ひなければ鍵を渡します。サア之を持つてお行きやす。東から三つ目の庫ですよ』
と庫の鍵を抽出から取出して万公に渡した。万公はイソイソとして鍵を携へ、庫の戸をあけ、怖相に中を一寸覗いてみると、フエル、ベツトも又ブルブルもので庫の隅に抱き合うて縮かみゐる。
万公『オイ、バラモンの大将、俺は当家の若主人だ。今日は許してやるから下男の代りに家内の掃掃除をするのだ。随分お客が俄に殖えたのだから……ヨモヤ厭とは申すまいな』
フエル『ハイ、若主人様の御仁慈有難う存じます。どんな事でも致しますから、何卒お使ひ下さいませ』
 二人は万公を本当の若主人だと信じて了つた。
万公『サ、先づ座敷の掃除からやるのだ。オイ、フエル、ベツトの両人、随分広い間だから一寸骨が折れるぞ。骨折ると云つても障子の骨折つちや、忽ち幾分かの損害だから、充分注意をして貰はねばならぬ、先づ掃除の仕方から教へてやらう、……一番に戸障子を開け放つて了ひ、どうしても動かす事の出来ぬ大切な品物は被物をかけておくのだ。それから払塵のかけ方は天井のスミズミから戸障子腰張りといふ順序に、上からダンダンと払塵の先で品よくハタくやうにするのだ。一寸今俺が標本を見せてやる……コレ此通りだ。腕をニユツと伸ばし、手首を下向けるやうにしてやりさへすれば、棧に柄が当らず、埃は甘く散つて了ふ。ハタキが済むと今度は箒を使ふのだ』
フエル『ハイ有難う、箒使ふ位はよく知つてゐます。オイ、ベツト、汝も此箒を以て掃くのだ』
と云ひ乍ら両人は一生懸命に畳を掃き出した。
万公『コラコラそんな掃き様があるか。箒の使方は畳の目に添うて掃かないと、塵がスツカリ畳の中へ入つて了ふぢやないか、汝のやうに箒の先を上げよつて使ひよると、埃がそこらへ飛びさがして、箒は損むなり、又元の障子の棧へ止まつて了ふぢやないか。そんな中央の方斗り掃いたつて何になる、隅々をよく掃きさへすれば、中央は独り美しうなるのだ。そして掃掃除が済んだら、箒を吊つておくのだ、立てておくと、すぐに薙刀の穂先のやうに曲つて了ふぞ。掃除がスツカリすんだ後は、先に付いてをる塵を除つておくのだ』
フエル『モシ、御主人様、随分貴方は能う気がつきますな、丸で女みた様ですワ』
万公『きまつた事だ、変性女子の瑞霊だ、サ、之から水の御用だ。箒がすんだら、雑巾がけをやるのだ。雑巾は能く水につけ揉み出して、可なり固く絞り、力を入れて拭かないと、却て縁板が汚くなるぞ。バケツの水も度々取替へぬと駄目だ。雑巾のかけ方は板の目に添うて、雑巾をよく折返して拭くのだよ。椽の隅は雑巾を三角形に折つて拭くと、スミ迄綺麗になる。ニス、漆の上等の材木などは、湿つた雑巾をかけては却て悪くなるものだ。乾いた雑巾を根に任して使ふのだ。朝晩の拭掃除も門掃も硝子研きも、雑巾掛も皆人格の修養だ、そして社会奉仕の一つだ。あああ主人になつても、並や大抵の事ぢやないわい。コリヤコリヤ、バケツの水が汚れてゐるぢやないか、なぜ新しいのと汲み替へぬのだ。そんな泥のやうな水で雑巾を絞るものだから、これみい、板の間に白い筋がついてるぞ』
フエル『オイ、ベツト、難しい主人だな、やり切れぬぢやないか』
万公『一寸主人に跟いて来い、之から飯焚を仰付けてやる』
フエル『ヘーヘー、仕方がありませぬ。永らく庫へ放り込まれ、折角外へ出して貰うたと思へば、煙草一服せぬ前に、下男や下女の役目を仰付けられ、実に光栄です』
万公『ゴテゴテ申さず、俺の後へ跟いて来るのだ』
と大手をふり乍らお民の飯焚場へやつて来た。
万公『オイお民、鍵をしまつておいてくれ、サア之れだ。新参者の男衆が二人出来たから汝も心易うしてやつてくれ。但心易うせいと云つても程度問題だ。併し汝の頬ベタは赤いから、いかな物好でも、つまみ喰ひする奴はあるまいから、マア安心だ』
お民『ヘン、放つといて下さいませ、怪ツ体な旦那様だなア』
万公『オイお民、四つも五つも一度に竃に火をつけてるが、一体何を焚いてるのだ』
と云ひ乍ら、鍋の蓋を一々取つてみて、
万公『ヤア此奴ア飯だ、……此奴ア副食物だ、……コリヤコリヤお民、飯が煮え立つた後は、火をズーツと弱めるのだぞ。そして白い泡を外へこぼさない様にするのだ、米の甘味がスツカリ帰んで了ふからな。火を焚く時には仕事の手順を考へて、ズツと続けて用ふる方が、火力の経済となるから、汝のやうに一遍に冷たい竃をぬくめようとすると、大変な損だぞ。余つた火を次へ廻しまわしすれば、何程経済上利益かも知れぬ。火を焚く時はよく調節して、炎の先が鍋の底に当る程度のものにしておけば、それ以上外へ火がねぶる様な事では焚物が無駄になる。オイ、フエル、ベツト、汝も俺の云ふ事をよう聞いておけ。第一テームス家の損になる事だからな。奉公人根性と云つて、主人の居らぬ時にや、不経済な事許りしよるから、今までとはチツと違うぞ。今度の主人は経済学者だからなア』
お民『ホホホホ主人が鍋の蓋をあけて調べる様になつたら、最早其家は駄目ですよ。余程家の財政が苦しいとみえますなア』
万公『馬鹿云ふな、冥加と云ふ事を知らんか。オイ、ベツト、フエル、お前はこれからお客が多いのだから、お民の仕事を手伝つてやつてくれ。第一経済を重んじて、薪や炭を粗末にせない様に頼むぞ。よく乾いた薪を用ゐ、無暗に沢山釜の下へ捻ぢ込むと、却て燃えが悪く、燻つて了ふ。割木なら、太い奴を四本位くべるのだ。そして薪と薪とが重ならぬやうに組合さないと、燃えにくいぞ。そして物が煮え上つたら、使ひさしの薪はすぐに消すのだ。火消壺へつつ込むか水をかけるかしてなア……』
フエル『ハイハイ畏まりました。オイ、お民さま、俺も少しは陣中で飯焚もやつた事がある。チツと俺が標本をみせてやらう』
お民『アタ暑いのに困つてをつた所ですよ。マア、チツと此処で腰でも下してお前のお手際を拝見しませう』
万公『オイ、お民、焦げ臭いぢやないか、早く焚物を引かぬかい』
お民『余り俄旦那さまが喧しう仰有るものだから、外へ気を取られてお飯が焦げついたのですよ、黒くなつたら、フエル、ベツトに食はしたら宜しいワ、ホホホホ』
万公『オイ両人、何とかせぬかい、鍋がペチペチ云ふとるぢやないか』
 フエルは手桶の水を慌てて竃の下へぶちやけた拍子に、ブーと灰が一面に立上り、炊事場は真黒になつて了つた。そして体中灰まぶれになり、鼻をつまんで、四人とも表へ駆け出し、空気を吸うてゐる。
 アヅモスは朝飯が遅いので腹をへらし、炊事場の様子を考へに来ると、そこら一面灰煙が立つてゐる。アヅモスは大声で、……『お民お民』と呼んだ。お民は外から……
お民『ハイ、二の番頭さまですか、何ぞ御用ですかい』
アヅモス『何をキヨロキヨロしてゐるのだ、早く御飯を持つて来んかい、皆お客さまがお腹がすいてるぢやないか』
お民『エ、お前は男の癖に、喧しう言ふものぢやありませぬ。今若旦那さまと一生懸命に、御飯をたいてゐた所ですよ』
アヅモス『当家に若旦那のある筈がない、何を呆けてゐるのだ。此処辺スツカリ灰まぶれぢやないか、チツと掃除をせぬかい』
 万公は裏口から灰だらけの炊事場へ帰り来り、
万公『ア、お前はアヅモスか、俺は若主人の万公別だ。今お民に炊事の教授をしてゐた所だ。たつた今調理して新参者のフエル、ベツトに膳部を運ばすから、病人の介抱を神妙にして来い。そして舅姑殿にもチツと遅うなつてすみませぬが、たつた今、持つて参りますと……さう云つといてくれ』
アヅモス『ヘーエ、妙ですな。貴方何時の間に御養子になられたのですか』
万公『そんなこた尋ねる丈野暮だ。スガールに聞いてみよ、それで分らな、今度出て来た俺等の家来の竜彦に聞いて見りや分るのだ。エエ男が炊事場へ出て来るものぢやない、若主人の言ひ付だ、早く彼方へ行け』
 アヅモスは怪訝な顔をしてスゴスゴと此場を立去り、病室に引返した。
 万公、お民、外二人は箒や雑巾やハタキで再び大掃除をなし、鍋蓋の隙から、這入つた飯の上の灰を杓子で削り取り、水桶の中へ落して洗ひ、

万公『此家は俄に客がフエールの
  飯焚男泡を吹くなり。

 泡ふいた飯も知らずに焦げつかし
  心を焦がす四人連れかな』

フエル『若主人掃除万端指図して
  飛び廻りたる灰神楽かな。

 灰神楽かぶつて体は泥まぶれ
  飯の灰をば払ふ可笑しさ。

 払うても又払うても飛んで来る
  灰は四隅に立ち上りつつ。

 お民さま胸を焦がして居るとみえ
  飯の焦げたも知らぬ熱情。

 若夫婦、夫婦々々と泡を吹く
  声聞付けて飯を焦がしつ。

 胸焦がし飯を焦がして灰まぶれ
  此御馳走を配膳と云ふ』

 斯く馬鹿口を叩き乍ら、灰まぶれの膳部を拵へ、慌ただしく朝飯を客間と病室に持運んで行く。
(大正一二・三・三 旧一・一六 於竜宮館 松村真澄録)
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