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文献名1霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻
文献名2前付よみ(新仮名遣い)
文献名3序文よみ(新仮名遣い)じょぶん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
瑞月王仁が横臥したままこの物語を神示にしたがい口述するのを見て、大本人の中にいろいろの批評をする人がいる。謹厳な霊界のありさまを発表するのに行儀が悪い、真実の事は伝えられまい、一読すべき価値のないものだ、と。

もちろん神様としては、口述者の肉体を端座させてお伝えされたきはもっともである。しかし瑞月は一昨年以来非常に健康を害し、日夜病気に苦しみ、とうてい一時間と座っていることができない状態であった。

しかし思想の悪潮流が天下に氾濫するこの際、口述者が健康に復するのを待っていることはできないと、神様はやむを得ず変則的方法を一時おとりになったということである。

王仁は二六時中、たくさんの信者が病気平癒を覚知で祈る声が耳に聞こえてきて、その苦痛の幾分かを助けているのである。瑞月王仁が病魔と戦いながら、孜々として神業の一端に奉仕する苦衷を察せない人が、右の非難や攻撃をさるるのはむしろ当然であろう。

昨年、キリスト教信者の某氏が、神典を寝ながら口述するのは不都合ではないか、と詰問された。瑞月は、社会の潮流が横道ばかりを行っているので、俗界の人に交じって共に活動するためには、神意に反しなければならないこともある。また横臥して静かに宇宙の真理を考えて誠の解釈をなしているのである。また、横臥して目をつぶるというのは、現界はとても見て居られない有様であるという謎でもある、と答えておいた。

これは一種の詭弁でもありましょうが、実際に事を言えば、今日の世態を傍観することができないため、やむを得ず病躯を駆って世のため道のために犠牲的に立ち働いているのである。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月14日(旧01月27日) 口述場所竜宮館 筆録者口述者(出口王仁三郎) 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年5月3日 愛善世界社版前付 1頁 八幡書店版第10輯 143頁 修補版 校定版前付 1頁 普及版前付 1頁 初版 ページ備考
OBC rm560001
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本文  瑞月王仁が横臥したまま、この物語を神示に従ひ口述せるを見て、大本人の中に色々の批評を下して居る方々があります。役員も信者も又長屋の主人までも、口を揃へて……神様とも在らうものが、謹厳なるべき霊界の有様を発表するに際し行儀の悪い寝そべつてどうして真実の事が伝へられるものか。斯の如き手続に由つて成りし著書は一読すべき価値の無いものだ……と謂つて一口に毀つて居る人もあります。勿論神様としては口述者の肉体を行儀よく端坐させておいて御伝へ遊ばされ度きは最もで在りませう。然し乍ら瑞月は一昨年以来非常に健康を害し、日夜病気に苦み悩み到底一時間と坐つて居ることの出来ない状態でありました。この肉体の健康に復するを待つて居やうものなれば何時になるか判らない。夫れでは数多の信者や世界の人々に対して神様の御仁慈の御思召を宣伝する事は出来ませぬ。思想の悪潮流は天下に氾濫し殆ど泥海と化せむとするこの際一日も猶予する訳には行かない。仁慈深き大神は世界万民を救ひ至治太平の神代を一日も早く築き上げ、万有一切を天国の楽園に遊ばしめ、地獄の惨状より救はむとの御考へより、止むを得ずして、変則的方法を一時お採りになつたのであります。神の仁慈は到底人間の計り知るべき限りではない。中には……瑞月は神に仕ふる身なれば二六時中極めて壮健にして病気などに犯さるべき道理が無い、それに日夜病気に苦しんで居るのは何か御神慮に叶はない事が有るのに違ひない。そんな神慮に叶はない人の口から喋つた寝言を聞いて何にするか……と言つて居る人もチヨコチヨコあるやうに聞いて居りますが、王仁は二六時中沢山の信者の病気平癒を各地に於て祈る声が耳に聞え来ると共に、その苦痛の幾分かを助けて居るのだから、大本信者に病人の絶滅せない限りは、瑞月王仁の肉体は断じて健康体に復する事はありませぬ。瑞月王仁が病気病魔と戦いながら、孜子として神業の一端に奉仕するその苦衷を察せない人々は右様の批難や攻撃をさるるのは寧ろ当然でありませう。昨年未信者併も基督教信者の某氏が瑞月に向つて……霊界物語を寝ながら口述するのは不都合ではないか……と詰問された事がありました。瑞月はその時左記のやうな事を答へて置きました。
……現代の立派な人間様は何れも大道を直立して歩行活動して居ながら、蟹のやうに神意に反せる横道ばかりを行つて居るぢやありませぬか。社会の潮流は滔々として横流して居る、河の水も潮水も皆横に流れて居る。夫れ故、俗界の人々に交つて共に活動せむと思へば神意に反したる行動を取らなければならぬ。かう謂へば余り消極的だと又言はるるかは知らぬが、横臥して静に宇宙の真理を考へ神意に背かざる誠の解釈をなし、神教宣伝使としての公平なる判断を為し、社会の活動者を大神の愛護の下に立派に能く立ち働かしめむとする為である。又横に寝て王仁が働くと云つたのは、眼を塞ぎ眠ると云ふの謎である。体主霊従の現代人の行動は正しき人間としては真面目に眼を開けて見ては居られない。一切の自我心を捨て安静安眠の境地に立つて些しも偏せず、宇宙精神の真髄を探つて之を世人に伝へむ為に、霊界物語を著はして居るのである。地上を横流する河水は滔々として些しも淹滞せない。併し士農工商に従事する活人は、無論立つて働かねばならないのは当然であることを心得て貰ひたい……
と云つた事がある。要するに之は一種の詭弁でもありませうが、実際のことを言へば今日の世態を見て吾々は傍観する事が出来ない。止むを得ず、病躯を駆つて世の為道の為に犠牲的に立ち働いて居るのであります。何程寝物語だと謂つても其内容は決して眠つては居ないことを茲に告白しておきます。惟神霊幸倍坐世。
 蟹が行く横さの道を歩むより
  横に立ちつつ道をたて行く

   大正十二年三月十四日
      於竜宮館
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