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文献名1霊界物語 第56巻 真善美愛 未の巻
文献名2第2篇 宿縁妄執よみ(新仮名遣い)しゅくえんもうしゅう
文献名3第8章 愛米〔1438〕よみ(新仮名遣い)あいまい
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日2024-06-17 20:14:52
あらすじ
一同は突然のほら貝の音に驚いている。高姫はほら貝の音が止まったのでまた元の座に戻ってきて、五人に対して理屈をこねはじめた。

そして反抗するベルに霊縛をかけ、見せしめとして肝玉をえぐりだして交換してやると凄み、槍をもってきてひと突きに突こうとした。

高姫とベルがにらみ合っていると、またほら貝の音が間近に聞こえてきた。高姫はこれを聞くと身体動揺し、槍をその場に落としてしまった。シャルは高姫の槍を拾って裏口から草の中へ隠してしまった。

入り口の戸が開いて求道居士が声をかけ、四人の男女を迎えに来たという。高姫は下手に出て求道居士に言い訳をした。みな高姫の魔法で縛られていたので、求道居士は呪文を唱えて魔法を解いた。高姫はこれを見て家の隅に突っ立ったまま震えている。

求道居士はヘル、シャル、ベルに小言を言うと、ここは冥途の八衢であり、まだ命数が残っているヘル、シャル、ベル、ケリナの四人を現界へ迎えに来たのだと説明した。

求道が三人と話している間に高姫は落ち着いたと見えて、今度は求道に対して自説を説きはじめ論戦を仕掛けた。求道は、高姫の言う千騎一騎のはたらきとは、他人の賞賛に依存し、自分のみ良きことを希求する地獄的な世間愛から一歩も出ていないと喝破した。

高姫は、自分は今まで相手のレベルに合わせて下根の教えを説いていたのだ、とにわかに求道を賞揚し、舌鋒をベルたちに向けてしまった。そしてまた求道を説き伏せようとする。

求道は笑ってほら貝を吹きたてた。それと同時に高姫の館は次第に影うすくなり、ついに陽炎のごとく消滅してしまった。

ベル、ヘル、ケリナの三人が気が付いてあたりを見ると、エルシナ側の川べりに一人の山伏に救い上げられていた。そしてシャルはなにほど介抱をし魂返しをしても生き返らなかった。他の三人は高姫に籠絡されず、精神を取られなかったから甦ることができたのである。

シャルは、ベルに比べれば善人でありまだ現界に生命が残っていたが、高姫の教えに信従して固着してしまったのである。

求道居士はケリナをテルモン山の小国別の館に送ってゆくことになり、ベルとヘルも従うことになった。ベルは、途中でヘルと争論を起こし、一時山林に姿を隠すことになる。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年03月16日(旧01月29日) 口述場所竜宮館 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年5月3日 愛善世界社版93頁 八幡書店版第10輯 179頁 修補版 校定版99頁 普及版42頁 初版 ページ備考
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本文 『死んでから語呂つき出した法螺の貝
  声高姫の賤が伏家に』

『内外にうなり出したる法螺の貝
  おどろきケリナ、ベル、シャル、ヘル』

『法螺の音を聞いて高姫立上り
  胸轟かす茅屋の戸口』

『法螺の音は近くに聞え又遠く
  聞えぬわいなと神を恨めつ』

『あの声は矢張り夢か幻か
  高姫司の法螺吹の音か』

と口々に歌ひ乍ら、四人は顔見合はして、不審の雲に包まれてゐる。高姫は法螺の声が再止まつたので、又元の座に引返し来り、
高姫『あああ皆々、待たしました。併し乍らシャルは妾の知己だ。之から大事にして妾の片腕に使うて上げますぞや。四人の方はモウ、トツトと帰つて貰ひませう。結構な日出神の御託宣を、ツベコベと小理窟許りひねるやうなお方は、到底助けやうが有りませぬ。第一霊魂の位置に天地の相違があるのだから、此高姫の愛が徹底しないと見えます、誠に気の毒なものだ。之も自業自得と諦めて帰つて貰ひませう。エーエ汚らはしい、今聞えた法螺貝の様に腹の中は空洞のクセに、大きな法螺を吹く許りで、仕方のないカラ霊魂だ。サアサア、此館は斯う見えても矢張り高姫の御殿だ。お前は小さい燻ぼつた茅屋と思つてゐるだらうが、之でも活眼を開いて能く見れば、金殿玉楼、精霊の曇が除れぬと、こんな立派な御殿が、お前には茅屋に見えませうがな、心次第に何事も映るのだから気の毒なものだよ。イツヒヒヒヒヒ』
ベル『何とマア、自我心の強い婆アだなア。妙なインクリネーションを持つてゐるスフヰンクスだ。どつか精神上に大変なラシャナリストがあると見えるワイ。オイ、ヘル、ケリナ、モウ帰らうぢやないか。何時迄居つた所で面白くも何ともない、諄々と口角泡を飛ばし、仰有つて下さつても、心に誠がないのだから、サツパリ無味乾燥で、ドライアスダストの様だ。サア、シャルの馬鹿者丈跡に残して出立々々、一、二、三』
高姫『エー、ツベコベとベルの如うに囀る男だなア。併し乍らここへ来た以上は帰ねと云つたものの、中々、実の所帰なす気はないぞや。帰にたけりや帰なしてやるが、お前の肝玉を抉り出し、結構な結構な霊と入れ替へた上で解放してやる。此処に出刃も用意してあるから、暫時待つたがよからう、動かうと云つたつて、ビクとも出来ぬやうに、曲輪の法が使うてあるから動いてみなさい。お前たちは余程よい野呂作だから、知らぬ間に霊縛をかけておいたのだよ。イツヒヒヒヒ』
ベル『ナアニッ、チヨン猪口才な、汝等に肝を渡してたまるかい。取るなら取つてみよ』
高姫『取らいでかい。何でも彼でもスツカリ取上げ婆アさまだよ』
ヘル『コレ、もし、高姫さま、私は堪へて呉れるでせうな。実の所はベルよりもお前さまの方がどこともなしに神さまらしい所がある様に思ひます、同じ物を取るにも肝玉を取るとは振つてゐる。私は其一言にサツパリ共鳴して了ひました』
高姫『ウン、お前は此ベルからみれば、チツと許りホロましな人足だ。併し乍ら底津岩根の大神様の生宮に対し、共鳴するなんて、何と云ふ傲慢不遜の言ひ方だい、チツとは言霊を謹みなさい』
ヘル『何分バラモン軍に居つて少し許り青表紙をかぢつたものだから、比較的スピリットが発達してゐるものだから、お前さまのメデヲカチックなお話が直接ハートに納まりませぬ。それが為に煩悶苦悩してゐるのですよ』
高姫『スピリットだの、ハートだの、メデヲカチックだのと、そんな怪ツ体な四足語を使つたつて分りませぬぞや。此高姫は神さまだから、鳥獣の様な声は耳に通りませぬ哩。なぜハツキリとしたスパルタ語で申上げぬのかい』
ヘル『何分霊魂の性来が悪いものだから、満足な言霊が出ませぬワ。マア堪えて貰ひませうかい』
ベル『コリヤ、ヘルの大将、汝は俺に反対的態度を取る積か。ヨーシ、それならそれで俺にも考へがある』
ヘル『考へがあるとは何うすると言ふのだい』
ベル『当家の主人高姫を第一着手として、バラモン教とやり、其次に高姫のパラドックスに共鳴する汝をバラモンとやり、ケリナをうまく懐柔して、ヘヘヘ、あとは推量せい。それ以上云ふのも野暮だし、聞くのも野暮だから……』
ヘル『アハハハハ、ケリナが嘸喜んで跟いて行く事だらう、本当に馬鹿だなア』
高姫『エー、喧しい、サア是からこつちの計画通り実行だ。オイ、ヘル、シャル、お前は表口と裏口に立番をしてゐなさい。そしてケリナは女の事でもあり、反対すると云つた所で、余り大きな事は能うせうまいから、ここに見て居るがよい、サア、ベル、覚悟はよいか』
と云ひ乍ら、懐中から赤錆になつた出刃をニユツと突き出した。
 ベルはビク共騒がず、
ベル『アハハハハハ、そら何だ。蟷螂が斧をふり上げたやうな格好しやがつて、そんな威喝を喰ふベルぢやないぞ。之でも元はバラモン軍のサアジャント様だ。斬合殺し合はお手の物だ。自ら綯うた縄に自ら縛られるやうなものだぞ』
 高姫は何と思つたか、出刃をパタリと投付けた。ベルは魔法にかかつて腰から下がビク共動かなくなつてゐた。併し乍ら手や口は自由自在に動くので、自分の前に落ちた出刃を手早く拾ひ、逆手に握り、最早大丈夫と高姫を睨め付け乍ら、
ベル『アハハハハ、面白い面白い、ベルの言霊に辟易して慄ひ戦き、出刃を落しよつたな。エヘヘヘヘ、最早大丈夫だ。サア槍でも鉄砲でも持つて来い、之から高姫館の道場破りだ。コリヤ、ヘル、シャル、汝も序にバラしてやらう、有難う思へ』
高姫『イヒヒヒヒ、何程出刃を振り上げて、山蟹のやうなスタイルで目玉を飛出し、頑張つて居つても駄目だ。こつちには二間の大身槍がある。遠い所からグサリと突いて肝をぬいてやるのだ。オホホホホ。テモさてもいぢらしいものだな。神に反いた天罰と云ふものはこんなものだ。今にみせしめの為に此高姫が成敗を致すから、ヘル、シャル、ケリナも之を見て改心なされや』
ヘル『ハイ、改心は致します、何卒命許りは助けて下さいませ。どんな事でも致しますから』
高姫『ウン、よしよし、それに間違ひなくば、命丈は許してやる。其代り高姫が尻を拭けと云つても拭くのだよ』
ヘル『ヘーエ、宜しあす。……何とか云つて、此場を遁れなくちや仕方がないからな』
と小声で呟く。ベルは依然として出刃を振上げたまま、高姫の兇手を防がむと身構へしてゐる。高姫はツと立つて、何処からか大身槍をひつさげ来り、ベルの胸を目蒐けて只一突につき殺さうと構へてゐる。ベルは出刃をふりかざし、息をこらして待つてゐる。忽ちブーブーと法螺の貝が間近に聞えて来た。高姫は此声に身体動揺し、自ら槍を其場にパタリと落した。そして見る見る真青の顔になつて了つた。シャルは高姫の槍を拾ひ、手早く裏口へ持出し、草の中へ隠して了つた。ベルは依然として出刃をふりかざした儘、固まつてゐる。此時門口をがらりと開け、
『御免下さい、拙者は求道居士と云ふ修験者で厶る。四人の男女がお世話になつてゐると承はり、迎ひに参りました』
 高姫は轟く胸を抑へ、ワザと素知らぬ顔をして手を膝の上に揉み、
高姫『これはこれは、どこの修験者か知りませぬが、マアよい所へ来て下さつた。併し乍ら四人の者が世話になつてると、今仰有つたが、能く査べて下さいませ。どうにもかうにもならない悪党が一人交つてゐます。彼奴は泥坊とみえまして、此婆一人の館へ出刃をふり翳して踊り込み、金を出せ、衣類を出せと申して、此婆アの命を取らうと致しました。それ故、あの通り魔法……オツトドツコイ霊法に依つて封じておきました。お前もチツと、修験者なれば言うて聞かしてやつて下さい。神は人民を一人だつて苦めたい事は厶いませぬからな。日出神の義理天上も、こんな没分暁漢に係つては誠に迷惑を致します、オホホホホホ』
と自分の事を棚に上げ、且ベルを脅喝した其非事をあばかれない先に、うまく予防線を張つてゐる。求道居士は「何は兎もあれ御免を蒙りませう」と一間に通り、見れば四人とも腰部以下はビクとも動かないやうに霊縛されてゐた。求道居士は忽ち、呪文を称へ、天の数歌を奏上し、四人の霊縛を解いた。高姫は目を丸くし舌を巻いて、家の小隅につツ立つた儘、慄ふてゐる。
求道『お前はベル、ヘル、シャルの三人ぢやないか。北の森でゼネラル様から沢山のお金を戴き、一時も早く国許へ帰つて正業に就くと言つたクセに、まだ斯様な所にうろついて泥坊をやつてゐたのか、困つた代物だなア』
ベル『ハイ、申訳が厶いませぬ、キツト今後は慎みます、何卒今日は見逃して下さいませ』
ヘル『カーネル様、此通りで厶います』
と掌を合す。シャルは黙つて頭を下げたなり、稍微笑を帯び、高姫の片腕になつたと云ふ誇りを鼻の先にブラつかしてゐる。
求道『お前達三人は此処を何処だと思ふてゐるのだ』
ベル『ハイ、どことも思ふてをりませぬ、此処だと思ふて居ります』
求道『此処は分つてゐる。現界か幽界かどちらと考へて居るか』
ベル『そんな事が分る位なら、こんな所へ踏ん迷うては参りませぬ、実際は何処で厶いますか』
求道『困つた奴だなア、ここは冥土の八衢だ。此高姫といふ婆アさまは、精霊界の兇鬼になつてゐるのだ。サア帰らう、何時迄もこんな所に居つては約まらないぢやないか』
 三人は何うしても幽界と思ふ事が出来なかつた。
ヘル『モシ、カーネル様、ここが幽界なれば、貴方もヤツパリ肉体は亡くなり、冥土の旅をしてゐるのですか』
求道『イヤ俺は現界にゐるのだ。お前こそ幾ど幽界へ来てゐるのだよ。マ一度現界へ出て心を取直し、誠の人間になつて、更めて霊界へ来るのだ。此儘霊界へ行かうものなら、どうで地獄へ行かねばならぬから助けに来たのだ』
 『ヘーエ』と云つたきり、三人は求道の顔を訝かし気に見守つてゐる。高姫はソロソロと恐怖心が除かれたと見え、求道の前にドツカと坐り、
高姫『ホツホホホホ、お前もヤツパリ気違だな、最前から聞いて居れば此処は幽界ぢやと云つたが、それがテンで間違つて居るぢやないか』
求道『現界なれば太陽も上り、月も輝き、夜になれば星もきらめく筈だが、昼夜の区別もなく、こんなうす暗い世の中を、お前さまは現界と思ふてゐるのか、よく考へて御覧なさい』
高姫『ホホホホ、何とマア分らぬ盲だこと、余り人民の精神が曇り切つて居るので、邪気濛々と立上り、日月星辰の影も見えない所まで曇つてゐるのだよ。それだから系統の霊、義理天上の生宮が底津岩根の大ミロクさまの神柱として、此世を光明世界に致さうと苦労を致して居るのぢやぞえ。お前も修験者と見えるが、何を修行してゐるのだい。一時も早く此生宮の申す事を聞いて、神様の御用を勤め上げ、天晴功名手柄を現はして、死しては神に斎られ、生きては世界の太柱となり、名を末代に残す御用を致したら何うだい。斯う見えても此高姫は天地一切の事は心の鑑に映つてゐるのだから、申す事にチツとも間違ひはありませぬぞや』
求道『ああ困つた女だなア、自分が冥土へ来て八衢に彷徨ひ乍ら、まだ目が醒めぬと見えるワイ。自愛心の強い女だなア、どうかして救ふてやる工夫はあるまいか、惟神霊幸はひませ惟神霊幸はひませ』
高姫『ホホホホ、何とまア没分暁漢許りが揃ふたものだこと、これでは神さまの御心がおいとしいワイの。人間は神の分霊だ。それにも関らず現界か幽界か見当のつかぬ所迄、霊を曇らし、どうして之が元に返るであらうか、何程結構な神様が目の前に現はれて居つても、心の眼の晦んだ者は仕方がないワイ。ああ何処の修験者か知らぬが、此奴も助けてやらねばなるまい。又一つ苦労が増えて来た。コレ、シャル、お前も私の弟子になつたのだから、チツと加勢をしておくれ、何程結構な教をしても器が小さいと這入らぬとみえる、お前位な程度で丁度可い所だ。サア、高姫の代理権を、此修験者に対して委任する、確りやりなされや』
シャル『モシ、カーネルさま、ウラナイ教の高姫先生の仰有る事を、よツく気を落付けて聞いて下さいませ。神様の信仰は理窟があつては駄目です。総て無条件でなくては信仰は出来るものぢや厶いませぬ』
求道『泥坊の改心が出来た上、真人間になつてから何なと教を聞かしてくれ、それ迄は何うも聞く訳には行かぬからなア。……コレ高姫さま、お前さまは此求道居士に旗を巻いたとみえるなア。それでは生宮とは申されますまい』
 高姫は此言葉を聞くや否や、非常な侮辱を与へられたやうに感じ、眉を逆立て、又もや求道が前に詰めよつて鼻息荒く、
高姫『コレ修チヤン、お前は物の分らぬ人だな。人間は天地の花、ミクロコスモスノぢやぞえ。何事も宇宙一切腹に呑み込んで居らなくてはならぬ筈の人間が、サツパリ精霊を曇らして、癲狂痴呆となり、日月の光も見られぬ所迄堕落し、憐な状態に陥つて居るのだから、せめて神の道に目醒めた者が、此惨状を救はねばなりますまい。お前も修験者だと云つて法螺を吹き廻つて厶るが、底津岩根の大ミロク様の一厘の仕組が分つて居りますかい。人間は何うしても神に次いでの者だから天晴功名手柄を現はして、天下国家の為、お道の為に千騎一騎の大活動をなし、芳名を天下に輝かし、名を末代に伝へるべき者だ。それが出来ぬやうな事では人間とは申しませぬぞや。チツと胸に手を当てて考へてみなさい』
求道『人間は只神様の御道具になれば可いのだ。世間愛や自愛の心を払拭し、何事も惟神のまにまに活動するのが、人間と生れた所以だ。お前さまの云ふ事は何処とはなしに、ファラシーがあるやうだ』
高姫『お前は義理天上の生宮に対し、自愛心だの、世間愛だのと訳の分らぬ屁理窟をツベコベ仰有るが、よく考へて御覧なさい。人間は此世に神様の御余光を戴いて生存する限りは自愛心がなくては、一日だつて生存する事が出来ますまい。人には肉体維持の責任がありますよ。一日でも結構な月日を送らして戴き、神様の生宮として、千騎一騎の活動をせなくては、済まぬぢやありませぬか。どうしても人間は天地経綸の司宰者ですよ。何故自愛心や世間愛が、それ程お前は、怪悪なものの様に、又兇鬼の所作の様に云ふのですか。本当にお前の言ふ事は人間界には通用せない。屁理窟だ』
求道『人間が世に在る時は自愛に就ては毫も顧慮する所がない。只其外分に現はれた矜高の情、所謂自愛なる者が、何人と雖も、之を外面から明瞭と伺ひ得らるるが故に、只之を以て、自愛の念としてゐるものだ。そして又自愛の念が右の如く判然と表に現はれる事がなければ、世間の人間は之を生命の火と信じ、此念に駆られて種々の職業を求め、又諸多の用を成就するものと信じてゐる者だ。併し乍ら人間が若し其中に於て、名誉と光栄とを求める事が出来なければ、忽ち心が萎靡し了るものと思つてゐる。故にかかる自愛心の深い人間は他人に仍つて、又は他人の心の中にて尊重せられ、賞讃される事がなければ、誰人か能く値あり用ある行為をなし、自ら衆に秀れむとするものがあらうか。そして人間をして斯の如く働かしむるのは其光栄と尊貴とを熱望する心、所謂自愛に仍るものではないかと云つてゐる者許りだ。かくて世間には専ら地獄に行はれる愛と、人をして地獄を作らしむる者は愛我の自体なる事を知らない者が多いのだ。お前さまの仰有る事は要するに、今言つた様な考へより一歩も外へ出づる事が出来ないのだから、ヤツパリお前さまの仰有る事は何うしても神の言葉とは聞えませぬよ。第一神の教を奉ずる者は申すに及ばず、人間と生れた以上はどうしても愛我の心を放擲しなくては天下救済の神業は勤まりますまい。自愛心のある間は、如何に善事を行ふとも、それはヤツパリ偽善ですよ。此求道も名利の巷に奔走し、バラモン教のカーネルとして尊貴と名誉を夢みて居つた者ですが、三五教の教を悟ると共に、自愛や世間愛に離れ、斯うして神の為に働かして頂いて居ります。高姫さまも神の為に尽して、出世をせうとか、或は出世をさしてやらうとか、思つたり仰有る間は真正の信仰とは申せますまい。又真の愛と云ふ事も出来ますまい。能く胸に手を当てて貴女の心の鏡をマ一度覗いて御覧なさい』
高姫『ホホホホ、何とまア、ツベコベと理窟は甘いものですな。何程国の為、世の為だと云つても、自分を棄てて国家のため世人の為に尽す者は、実際の所はありますまい、又有り得可らざる事でせう。此高姫の明かな心の鏡には嘘偽りは一つも映りませぬぞや。愛我心がいけないと、お前さんは今言つたが、自分の体は決して自分の物でない、皆神様の御体ぢやありませぬか。三五教の教にも神を愛する如く人を愛し、吾身を敬愛すべしと出て居るでせう。吾身を愛するのは所謂神様を愛するのだ。此心が神愛ともなり、自愛ともなり愛我心ともなるのだ。それをお前は只一口に愛我心が悪いと仰有るが、今日の世の中を能く考へて御覧なさい。日々の往復文書にも……気候不順だから随分御自愛専一に祈ります……と書くぢやありませぬか、天下国家のために最善を尽し、社会の為に努力して芳ばしき名を万世に伝ふるのは、人間としては最上至善の行ひで厶いませう。お前だつて、修験者に歩いてゐるのはヤハリ愛我の為だらう。口では立派な事を言つても、言心行一致は中々出来ませぬぞや。体が資本だと言ふ事がある。如何なる善事をなすにも、肉体がなくては出来ますまい、さすれば其肉体をどこ迄も可愛がらねばなりますまい』
求道『私の愛我と言ふのは自分のみよからむ事を希求する意思を指すのである。愛我心の強い人間は、他人のよくなる事を願ふのは只自分に利益をもたらす時にのみ限つてゐる。故に自愛を以て主としてゐる者は或はチヤーチ或は国家、又は如何なる人類の団体に対しても、之が為に利福を願ふ事もなく、又自分の名誉、尊貴、光栄の為に非ざれば、他に向つて決して仁恵を施す事をせない。若し之等愛我的人間が他の為に用を遂ぐるに当つて、其中に以上述べた如き自利と相反するものがあつた時は直ちに失望し、自暴自棄して……ああ吾々は之丈努力しても、果して何の益があるだらうか、何が故に吾々は此様な事をなす可き義務があるか。又果して吾が為に何等の利得を生ずるであらうか……と云つて、放棄し、自己利益以外には何事もなさない。夫れ故に愛我の念を深く持する者は神様のチヤーチを愛せず、国家社会を真に愛せず、又御用を愛する事なく、只自己のみを愛するものである。例ば自分の主張する教を無条件に聴従する者の多からむことを願ひ、自分を尊敬する人間のみを集め、少しにても反抗的態度を執る者に対し、目をつり上げ、顔色を変じて憤怒の情を現はす如きは、自愛の最甚だしいもので厶いませう。斯の如き態度を執る人は、何れも生き乍ら地獄に籍を置いてゐる妖怪的人物です。高姫さまは生宮と仰有る以上は、決して自分を尊貴しない者を威喝したり、自分の頤使に盲従しない者を憎悪したり嘲罵するやうな地獄的行為はなさいますまいと信じて居ります。愛我心の強い人間は其所主の愛より起来する歓喜悦楽は、即ち其人間の生涯をなす所以のものだから、斯の如き者の生涯は所謂自愛の生涯です。自愛の生涯とは即ち其人間の我執の念から発生てくる生涯である。故に其自体から見る時は、我執、愛我の念慮は決して善と云ふ事は出来ぬものだ。自分に盲従し、隷属する者のみを愛する者を、又特に自分の子孫や朋友知己に限り愛せむとする者は、結局自愛の心です。自分と行動を一にする朋友知己や意中の人のみを偏愛し、自分と行動を共にせざる者及自分の意志に合はざる者を愛せないのも自愛であつて、真の神愛ではありますまい。自分の党派を愛し、自分の部下のみを愛する事、殆ど自己の如くなし、歓喜するのは、自分をその中に包有してゐるが故である。自愛心の人間が所有と称する物の中には、総て彼等を賞揚し尊敬し阿諛する者をも含んで居るのだ。之が所謂地獄愛だ。高天原に於ける真の愛に比ぶれば、実に天地霄壌の差異がある、自愛と世間愛とは所謂地獄の愛であつて、高天原の愛は天国の愛である。天国に於ては用の為に用を愛し、善の為に善を愛して聖団の為、国家の為、同胞の為に其身を空しうして、実践躬行するものです。之を称して神を愛し、隣人を愛すると云ふのである。貴女は決してさう云ふ様な自愛心をお持ちになつて居らうとは的確には信じませぬが、世の中に沢山現はれてゐる神柱とか、生宮とか、予言者とか称へらるる人間の中には、随分自愛心の強い偽善家が多いものです。真の神の生宮、五六七の太柱たるプロパガンデストならば、一切の御用も一切の善も皆神より来り、そして其中に自分が所愛の対象たるべき隣人あるが故である。され共自分が為の故に、此等の事を愛するは、之をして己に服従せしめむが為、即ち之を僕婢とし、或は部下として愛するものである。故に世間に沢山ある贋神柱は何れも愛我のみに住するが故に、自分のエビスコーバルしてゐるチヤーチの為とか、国家同胞の為に服事せむ事を願ひ、そして自分は傲然として尊貴を誇り、之に服事することを願はないものです。神の生宮、太柱などを真向に振かざし、教会、国家、同胞等の上に卓立し、之をして己が脚下に居らしめむと焦慮するものです。それ故人間は愛我心の除れない限りは、自ら高天原の天国に遠離するものだ。何故ならば高天原の愛から遠ざかるからである』
高姫『そら、そうです共、世の末になりますと、贋予言者、贋救ひ主、種々雑多のスフヰンクスが現はれて、世界の愚な人間を魔道に引入れようと致すものです。盲聾に等しき人間は至粋至純なる五六七神政の太柱、義理天上日出神の生宮を認識する明なく、玉石混淆して正邪の判別を、ようつけないのだから、実に此生宮も迷惑致します。誠の者は目薬程もないと、神さまが仰有いますが能うしたものです。此高姫はお前の眼力で御覧になれば分るでせうが、自我のやうに見えても決して自愛や地獄愛を喜ぶ者ぢや厶いませぬ。余り宏遠な教理を初めから没分暁漢に諭すと、却つて取違ひを致すに仍つて、最前もあの様に自我心を主張したのだが、お前さまの様に比較的分つた人なら、先づ上根の部だ、今迄言うたのは小乗部だ。之からお前の人格を認め、紳士的態度で大乗部で説いて上げませう。コレ、其処に居る四人の連中、之から第一霊国の教を説くのだから、下根の精霊には頭が痛み胸が苦しうなるかも知れないが、そこを辛抱して聞くのだよ。そすりや結構な御神徳が戴けますぞや。底津岩根の大弥勒様の御用を致してゐる此高姫は、言ふ迄もなく高天原の愛善の徳に居るのだから、用の為に用を愛し、善の為に善を愛して、心の底から之を行ふ事を唯一の楽みとなし、聖団のため、国家社会同胞の為に日夜これを実践躬行してゐるのだ。それだから五六七大神が自分の至粋至純の行ひを御覧遊ばし、神様の方から、生宮としてお降り遊ばしたのだ。併し乍ら余り霊の光明が烈しいので、下根の人間にはチツと懸隔が遠すぎて、正体を現さうものなら、忽ち栃麺棒を振り、逃げて帰るに仍つて、精霊相応に変化て、説法をしてゐるのだよ。神様は霊相応と仰有るのだから、豚に真珠を与へるやうな馬鹿な事は出来ませぬからなア。高姫が所主の愛は即ち弥勒大神の所主の愛だ。お前等の様に吾れよしの精神で、用を行ひ、善をした所が、ヤツパリ駄目だ。それは或一方に何か条件を求めてゐるのだから、真の愛は無条件でなくては駄目ですよ。之を自愛心と申しますぞや。自愛心の者は自ら大神の御神格より遠く離れ、従つて高天原の神国から離れて了ふものだ。自分の方から求める所の愛は我執の念に導かれて居るのだ。其我執の念といふのが、所謂悪といふのだ。悪は又一名地獄といひますぞや。三五教の変性女子の霊は世間悪の映像だと、同教幹部のお歴々が主張してゐるだらうがな、つまり悪といふのは自愛と世間愛に失する者を言ふのだよ。お前も之から此修験者の仰有る事を門口として霊を研き、奥の奥のドン奥を究めて天晴御用の為の御用をしなさい。及ばず乍ら、此高姫が力一杯、教へて上げるから……、併し乍ら教へて貰うてからの改心は駄目だぞえ、心の底から此高姫を生宮と尊敬し、且深く信じ、大神に接する態度を以て仕へなくてはお神徳を取外しますよ』
と舌鋒を甘く四人の方へ向け、俄に求道の深遠なる教理を自分の物となし、得々として受売をやつてゐる。実に当意即妙、酢でも蒟蒻でも行かぬ妖婆である。
ベル『オイ高姫さま、求道居士の……俺の先生がお出でになつてから、俄に心気一転したぢやないか、随分模倣に妙を得てゐる婆アさまだなア』
高姫『そら何を言ふのだ、頑愚度し難き代物だな。人見て法を説けと云つて、お前の様なガラクタには又それ相応の教をするのだ、耳が痛からう。此高姫は求道さまに教へてゐるのだ。お前達が彼此云ふ資格はない、スツ込んでゐなさい』
ベル『ヘン、馬鹿にしてるわい、イヒヒヒヒ』
高姫『コレ求道さま、お前は法螺貝を吹く丈、どこ共なしに気の利いてる所がある。高姫の云ふ事も耳へ入るだらう。サ、之から底津岩根の大弥勒様のお言葉を取次いで上げるから、疑はずに聞きなされや。第一世の中に何が悪いと云つても、自愛心即ち愛我の念慮位卑しいものは厶いませぬぞや。己を愛すること、神を愛するに勝り、世間を愛する事高天原を愛するに優る様な行り方は駄目ですよ。何事も神第一と致さねば、人間は神の生宮と申す事は出来ませぬぞや。人間が善を為すに当つて、其中に仮令毛筋の横巾でも、自愛の心を混じてゐたならば、忽ち我執の念に陥り、諸悪の地獄に突入致しますぞや。何故なれば斯様な人間は、此時善を離れて自分に向うて居れ共、自分を離れて善に向ふ事がないからだ。さういふ人間が如何なる善をする共、其善の中には自我愛の面影のみを止め、神格の面影をチツとも止めてゐないものだ。それだから此高姫が天の命令を受けて、苦集滅道を説き、道法礼節を開示してゐるのだから、耳の穴を宜く掃除して真面目に聞きなさいや。天地の間は皆不思議なものだ。到底人間の細工や知恵で解決がつくものでない。只神を能く信じ能く愛しさへすれば、それで結構だよ。求道さま、どうです、高姫の霊の因縁は之でチツと分りましたかな』
 求道は『アハハハハハ』と笑つたきり、矢庭に法螺を口に当て、ブウブウと吹立てた。それと同時に高姫の館は次第に影うすくなり、遂に陽炎の如く消滅したりける。
 ベル、ヘル、ケリナの三人はフツと気がつき四辺を見れば、エルシナ川の川縁に一人の山伏に救ひ上げられてゐた。そしてシャルは何程人工呼吸を施したり、種々と魂返しをやつてみたが駄目であつた。流石悪党のベルも此時現界に甦つたのは、兇党界の高姫に籠絡されず精神を取られなかつたからである。シャルはベルに比ぶれば稍善人であるが、現界に未だ数十年の生命が残つてゐるにも拘らず、蘇生せなかつたのは、彼れの精霊が既に高姫の教に信従し、固着して了つたからである。又求道居士は只一人法螺貝を吹き乍ら、宣伝の為此川辺にふと現はれ来り、朝早くから四人の死体を認めて身を跳らし淵に飛び込み、救ひ上げ、魂返しの神業を修したのである。之より求道居士はベル、ヘルを従へ、ケリナを送つてテルモン山の小国別が館に進み行く事となつた。ベルは中途にヘルと争論を起し、一時姿を山林に隠したのである。
(大正一二・三・一六 旧一・二九 於竜宮館 松村真澄録)
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