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文献名1霊界物語 第59巻 真善美愛 戌の巻
文献名2第1篇 毀誉の雲翳よみ(新仮名遣い)きよのうんえい
文献名3第1章 逆艪〔1501〕よみ(新仮名遣い)さかろ
著者出口王仁三郎
概要
備考
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あらすじ
玉国別一行を湖上に亡き者にしようとしたワックスは、にわかに一変した天候に翻弄され、船頭を失い漂流していた。ワックスは大自在天に願いをかけ、改心して衆生済度のために比丘となり、ハルナの都に出て衆生済度に励むつもりだと無事を祈った。

不思議にも颶風はぴたりと止まった。ワックスはにわかに元気回復し、先ほどの殊勝な気持ちはどこへやら、またしても減らず口を叩きはじめた。仲間たちに自分の祈願の効験を自慢するが、エキスに嵐の中ふるえて神頼みしていた姿をからかわれてしまう。

ワックスたちは船に帆をかけて風の力を借り、三五教の宣伝使たちを追いかけることにした。ワックスは櫓を握ってこぎだし、下らぬ歌を歌って悦に入っている。小さな町にいてデビス姫をものにしようと気張って追いかけていたが、生まれて初めて船に乗って旅行く愉快さと引き比べて思えば馬鹿なことをしていたものだ、などと勝手な感慨にふけっている。

エキスが船漕ぎを変わり、ワックスのこれまでの悪行と失敗をからかう歌を歌った。ワックスは面白くなく、ヘルマンに代わるように命じた。ヘルマンは、三五教の方が女神がやってきて船を与えてくれたりして、よっぽど自分たちより気が利いている、と三五教への傾倒を吐露した。

ワックスはヘルマンの弱きをたしなめて、キヨの港に着きさえすれば、バラモン教の勢力範囲だから三五教徒たちは手もなく捕まえることができるだろうし、そうしてからハルナの都に行けばよい、と諭した。そしてまた自分が櫓を握って船をこぐ。

一行は交代で櫓をこぎ、順風に助けられて、三日目の夕方にキヨの港に安着した。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年04月01日(旧02月16日) 口述場所皆生温泉 浜屋 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年7月8日 愛善世界社版7頁 八幡書店版第10輯 487頁 修補版 校定版7頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm5901
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本文  広袤千里のキヨの湖  俄に天候一変し
 逆巻浪に船体を  上下左右に奔弄され
 悪虐無道のワックスも  肝腎要の機関手を
 逆巻波に攫はれて  進みもならず退きも
 ならぬ海路の苦しさに  気を取直し立上り
 無性矢鱈に櫓を漕いで  何れの岸にか辿らむと
 心あせれど生れつき  テルモン山の片隅に
 鳥なき里の蝙蝠を  気取つて威張りちらしたる
 其天罰は忽ちに  報ゐ来りて湖の上に
 心焦れば焦る程  老朽船はキリキリと
 浪の面で目を眩す  ワックス初め三人は
 舟諸共に目を眩し  方角さへも見失ひ
 逆巻波と闘ひて  運をば天に任しつつ
ワックス『梵天帝釈自在天  大国彦の大御神
 守らせ玉へ吾々は  この海上の暴風に会ひ
 神の試練と畏みて  いよいよ改心仕り
 サットヷ(衆生)済度のそのために  此長髪を剃りおとし
 此世を捨てて比丘となり  ニテヨーデユクタ(常精進)を励みつつ
 至仁至愛の大神の  誠の教に仕ふべし
 あゝ皇神よ皇神よ  吾等四人の改心を
 憫れみ玉ひて此颶風を  とめさせ玉へ惟神
 赤心籠めて願ぎ奉る  悪魔は如何に強く共
 憑き物如何に多くとも  仮令スマートが来る共
 誠一つのバラモンの  教の道は世を救ふ
 テルモン山の山颪  早く治まり吾々の
 行手の幸を守りませ  偏に願ひ奉る
 テルモン山の聖地をば  痛い苔を加へられ
 追放された吾々は  最早詮なし月の国
 ハルナの都に立出でて  心の底より改良し
 命を惜まず魂を  大黒主に奉り
 一心不乱に神の旨を  四方に開かむ吾が覚悟
 此海無事にキヨ港の  花咲く岸に安々と
 進ませ玉へ惟神  神かけ念じ奉る』
と一生懸命に歌ひ乍ら櫓を操てゐる。バラモンの大神がワックスの願ひを聴許遊ばしたのか、或は三五教の大本大神がお許し遊ばしたのか、不思議にも颶風はピタリと止まり、見るも恐ろしき激浪怒濤は漸く凪いで鏡面の如く鎮まり、浪キラキラと日光に輝き初めた。テルモン山は前方に当つて、雲表に高く其雄姿を現はし、中腹に雲の帯を締めて、泰然として此湖面を眺めてゐる。ワックスは大旱の水田に喜雨を得たるが如く、俄に元気恢復し、叶はぬ時の神頼み、慄ひ戦いてゐた魂はどこへやら、ソロソロ減らず口を叩き始めたり。
『オイ、エキス、ヘルマンの恐喝先生、六百円の強奪者、並びに睾丸潰しのエルの奴、何をグヅグヅしてゐやがるのだい。いいかげんに頭を上げぬかい。仕方のない代物だなア。流石の颶風も怒濤も、此ワックスさまの御祈願に仍つて、之れ見ろ。言下に静まり、ケロリカンとして、夢をみたやうな面をさらしてゐるぢやないか。本当にワックスさまの御威勢といふものは偉大なものだらう』
エキス『ヘン、仰有いますわい。恐怖心に襲はれ、ガタガタ慄ひの大将奴、憫れつぽい声を出して、哀求歎願と出かけた時の、汝の御面相つたら、絵にもかけないやうだつたよ。ああ云ふ時に泰然自若、動かざること山岳の如し、態の、吾々は態度を以て、運命を天に任してゐたのだ。汝は生の執着が人一倍濃厚だから、こんな時になつて、醜体を演ずるのだ。何だ、男らしうもない。限ある狭い舟の上を右往左往に転げ廻りよつて、其みつともなさ、本当に吾々男子の面汚しだよ』
ワックス『コリヤ、汝何と云ふことをほざくのだ。又罰が当つて、今度こそ舟が転覆して了ふぞ。其時になつて吠面かわいても、ワックスの救主は知らぬぞよ。早く改心したが其方の得だぞよ。改心致さねば、目に物みせてやらうぞよ……と大自在天様の御諭しにあるのを、汝知つてゐるだらうなア』
エキス『そんなことは、とうの昔に御存じの此方さまだ。オイ、ワックス、肝腎要の魔法使を取逃がし、どうする積だい』
ワックス『どうせ、俺達も此海原を渡らねばならぬのだから、又途中で追ひついて、十分油を絞り、往生さしてやれば可いのだ』
エキス『ヘン、往生させられるのだらう、何と云つても、弱きを挫き、強きに従ふといふ悪酔会前会長だからな』
ワックス『汝等可いかげんに起きて此櫓を操縦せないか。放つておいたら、どんな所へ漂着するか知れぬぢやないか』
エキス『漂着を待つてゐるのだ。一時も早く陸地へ着いて、そこからテクつた方が何程安心だか分らぬワ。メツタに山で溺死する気遣はないからのう』
ワックス『先方は舟で一直線に走つて行きよるなり、こつちや山を越え谷を越え、難路を辿つて居らうものなら、何時キヨの港迄つくか分らないワ。何とかして此水路を進むことにしたら如何だ』
エキス『何としても法がつかぬぢやないか、何奴も此奴も舟を操縦する事に妙を得て居ない阿呆人種計りだからのう』
エル『オイ、其アホを此北風にかけて、一直線に駆けて進んだら可いぢやないか、さうすりや骨を折つて櫓を操る必要もなし、風の神が自然に先方へ渡してくれるワ』
ワックス『成程、よい考へがついた』
とガラガラと綱を引張上げ、茶色になつた帆を巻上げた。忽ち帆は弓の如く風を孕むでサア サア サア サアと音を立て乍ら、勢よく辷り出した。エルは櫓を手に握り覚束なげに、舟の舵をとり乍ら、欵乃を唄い出した。
エル『(追分)虎は千里の藪さへ越すに
  これの湖水がなぜ越えられぬ。
 (安来節調)神の館の宝珠の玉を
  盗みそこねた人がある。
 月は御空にテルモン館
  デビスの姿は花か雪。
 花の香りを慕うて来たる
  蝶かあらぬか蛆虫か。
 劫をワックス家令の悴
  今は湖上で泣いてゐる。
 泣いて明志のテルモン館
  これが此世の見をさめか。
 (琉球節調)風は北からみ舟を送る
  送る風こそケリナの息よ。
 薬鑵爺に先づ生き別れ
  デビスのお姫さまにや泣き別れ』
ワックス『コラコラ エルの奴、何を吐すのだ、せうもない。汝、チツと休むだらよからう。俺がこれから、櫓を握つて一つ唄つてやるのだ』
エル『(琉球節調)素破ぬかれたワックスさまは
  肚が立つなり波が立つ』
と唄ひ乍ら櫓をパツと放した。ワックスは手早く櫓を握り、
ワックス『コラ、スツテのことで櫓を波に取られるとこだつた。チツと気をつけぬかい。此奴を取られた以上、思ふ所へ舟が向けられぬぢやないか。馬鹿だなア』
エル『ヘン、マア馬鹿になつておかうかい、悧口の者や賢い者や器用な者になると、皆阿呆共の道具に使はれるからなア。少し書でも甘いと、あのエルさまに看板を書いて貰はうとか、橋の名を書いて貰はうとか、大福帳の表紙を認めて貰はうとかぬかしよつて、阿呆共の弄物にしられるのだ。学者や智者になるものぢやないワ。ワックスさま、宜しく頼みます。随分お前さまが櫓を握つた時は立派なものだ。足の爪先迄力が入つてるやうだ。最前の船頭のやうに、自分の握つた櫓の柄に撥ね飛ばされぬやうになさいませや』
と鼻の頭を三つ四つかき乍ら、船底にゴロリと横はる。ワックスは櫓を握り、広き湖面を眺めて、
ワックス『旭輝く鏡の湖に
  悪の鏡を乗せて行く。
 清き真水の漂ふ湖を
  悪酔カイが舟を漕ぐ。
 悪に強けりや善にも強い
  善と悪との海を行く。
 波は立つ共心は立たぬ
  腰のぬけたる阿呆舟。
 舟は舟だが白河夜舟
  夢か現で世を送る。
 牛に睾丸踏まれた奴は
  とても乗られぬ玉の舟。
 死なぬ前からあわてた奴が
  十字街頭に踏み迷ふ。
 迷うた亡者の睾丸潰し
  阿呆の帆(呆)かけ此湖渡る。
 傷はヅキヅキ膿ボトボトと
  涙流して波の上。
 上にや青雲下には藻草
  中を乗り行く阿呆のエル。
アハヽヽヽ、面白い面白い、生れてから始めて舟に乗つたが、何と愉快なものだな。デビスの暗がり船に乗りたい乗りたいと思つて、今迄どれ丈マストを立てたり、白帆をあげて、きばつたか知れないが、今となつて考へてみると、本当に馬鹿臭い様だ。矢張、人間は広い所へ出て来ねば駄目だな』
エキス『オイ、ワックス先生、チツと一服したら何うだ。俺も一つ練習の為に、此静かな湖で、櫓の稽古をやつておかぬと、マサカの時に栃麺棒を振るからのう』
ワックス『長い海路だから、俺も今から精力を消耗さしてはつまらぬから、汝に櫓権を暫く掌握させてやらう。サア早く握つたり握つたり』
エキス『ヤ、有難い、それなら、新内閣の総理大臣だ。官海游泳術に慣れた此方だから、マア見てゐ玉へ、随分素晴しい技能を発揮してお目にかけるから……』
ワックス『ヘン、官海なんて、馬鹿にするない、汝は渡海否盗界の覇者だ。盗界節でも唄うて、追手の目を韜晦する方が余程性に合うてるだらうよ』
エキス『どうどうと握る天下の大権よりも
  櫓櫂つかんだ面白さ。
 面白い悪と悪との身魂を乗せて
  キヨの海をば汚し行く。
 犬に乗りたる以前のナイス
  今は何処の波の上。
 三百の金は何時しか吾懐を
  辷り出でたる海の上。
 金が仇の浮世と聞けど
  金が無ければ渡れない。
 さり乍ら海を渡るにや金ではゆかぬ
  舟が命の守神。
 神の館を放逐されて
  尻の据場に困る奴。
 金盥尻に当られカンカンと
  照らす夏日の其暑さ。
 面の皮あつい許りか尻迄が
  あつい男とほめられた。
 ワックスは色と欲との二つに離れ
  泣いて彷徨ふ海の上。
 エキスさま甘いエキスふ新し男
  蛸のお化けと人が云ふ。
 吸いついて鼠泣きせうと夢みた男
  猫に逐はれて逃げ出した。
 猫かぶり薬鑵爺の機嫌をとりて
  居つた甲斐なく馬鹿にされ。
 肝腎の金は他人にぼつたくられて
  尻にお金の叩き払ひ。
 天葬式泣いて笑うて悔んで踊る
  義理泣き女のホクソ笑』
ワックス『コラ、エキス、湖上で死ぬだの死なぬのと、ナニ不吉なことをほざくのだ。又、颶風が襲来するぞ。チツと言霊を慎まぬか』
エキス『手がだるい、腹が立つ、極道息子と湖上を越せば
  あちら此方に信天翁。
 信天翁、運上取らうとワックス目がけ
  バタバタ翼を打つてゐる。
 ゆすられて、泣き泣き放り出す惜しい金
  首をつなぐと泣く涙』
ワックス『オイ、ヘルマン、エキスの奴、仕方がないから、汝一つ目出度い唄を唄つて宣り直してくれないか』
ヘルマン『さうだなア、のり直さうと云つたつて、外に空舟もなし、矢張乗続けるより仕方がないぢやないか。玉国別は甘く乗直して、サツサとお先へやつて行きよつたが、俺達は一体行末が案じられて仕方がないワ。最前から、実は前途を案じ、チツと許り憂愁の涙に沈みてゐた所だ。あーあ。仕方がない、……寄辺渚の捨小舟、どこへ取つく島もなしか……ぢやと云つて、湖水に投身して魚腹に葬られるのも、何だか気が利かないやうだし、あゝ何うしたら可からうかなア。俺やモウ世の中が厭になつたのだ。何とかして三五教のムニヤ ムニヤ ムニヤ』
ワックス『ヤ、何と申す、汝は三五教の弟子になりたいといふのだな』
ヘルマン『ナアニ、三五教の向うを張つて一つ男を立てねば世間に顔出しが出来ないといふのだ。玉国別一行には俺達があこ迄仕組みて、既に仇を報ゐむと、九分九厘迄行つた所へ、マンヂューシリ菩薩か、アバローキテー・シュヷラのやうな女神様が立派な船を以て迎へに来たり、自分は犬に乗つて海上を渡つて行くといふ様な離れ業が出来るのだからなア。何と云つても敵乍ら大したものだよ』
ワックス『サア、そこが魔法使の魔法使たる所以だ。正法に不思議なし、君子は怪力乱神を語らずといふぢやないか。キツと邪法だよ』
ヘルマン『それでもお前の様に微力乱心に比べてみたら、余程マシぢやないか。俺は何だか、あの三五教とやらが、俄に好に……なつて……は来ぬのだ。本当に三五教の神様とバラモン教の神様とは、正邪善悪の差別が非常についてゐる様に思はれてならないのだ』
ワックス『どちらが正でどちらが邪といふのだ』
ヘルマン『邪と申して、俄に判断がつかないワ。マア行く所迄行かねば分らない。併し乍ら安心してくれ、俺は素よりバラモン教徒だから、メツタに外道の教に溺没するやうな無腸漢ぢやないからのう。併し乍らよく考へてみよ、俺達四人はバラモン教のピュリタンぢやないか。それにも拘らず、バラモン館を大勢の前で笞刑をうけて放逐されたのだから、神様から見放されたのかも知れないよ。さすれば捨てる神もあれば拾ふ神もありといふから、実際捨てられたとすれば、人は無宗教で此世に立つてゆけないから、何とか考へねばなるまい』
ワックス『ナニ、心配するな。キヨの港へついたら最後、どこもかも皆バラモン教の勢力範囲だから、三五教の魔法使を巧く捕縛するか、もしも力に及ばねば関所へ密告して手柄を現はしさへすれば、又立派なバラモン教のピュリタンとして、安全無事に関所の切手を貰ひ、ハルナの都へ安全に行かうとままだ。何とマア舟の早いことだのう。これも全くバラモンの神様のお蔭だよ。サア、エル、そこどけ、俺が一つ櫓を操つてやらう』
と言ひ乍ら、代る代る櫓を握り、順風に助けられて都合好くキヨの港へ三日目の夕方安着したりける。
(大正一二・四・一 旧二・一六 於皆生温泉浜屋 松村真澄録)
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