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文献名1霊界物語 第59巻 真善美愛 戌の巻
文献名2第2篇 厄気悋々よみ(新仮名遣い)やっきりんりん
文献名3第10章 変金〔1510〕よみ(新仮名遣い)へんきん
著者出口王仁三郎
概要
備考
タグ データ凡例 データ最終更新日----
あらすじ
初稚姫は、チルテルとチルナ姫夫婦の騒ぎを庭園を隔てて聞きながら、心静かに一弦琴を手にして歌っている。初稚姫が逗留しているのは、チルテルの心をただし、三千彦たちの安全を守るためだと述懐を歌う。

そこへヘールがやってきて、夫婦喧嘩の末にチルテルは負傷し、チルナ姫を縛って倉庫に閉じ込める騒ぎとなっているから、初稚姫に介抱を手伝ってほしいと願い出た。

実はヘールはチルテルに命じられて、初稚姫を呼びに来たのであった。初稚姫はそれと察知して、介抱は必要ないと踵を返し、元の居間に帰って行く。

その後ろ姿に見とれたヘールは初稚姫に惚れてしまった。こんな美人はキャプテンのチルテルであってもものにできないかもしれない、それならば自分みたいなヒョットコでもチャンスがあるかも知れないと勝手に思い込んでしまった。ヘールは初稚姫の居間に進んで行く。
主な人物 舞台 口述日1923(大正12)年04月02日(旧02月17日) 口述場所皆生温泉 浜屋 筆録者松村真澄 校正日 校正場所 初版発行日1925(大正14)年7月8日 愛善世界社版132頁 八幡書店版第10輯 532頁 修補版 校定版139頁 普及版 初版 ページ備考
OBC rm5910
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本文  キヨの関守キャプテンのチルテルと妻のチルナ姫との乱痴気騒ぎを広き庭園を隔てて一切万事吾不関焉といふ態度にて、心静かに一絃琴を手にし、細き美はしき声にて歌つてゐるのは初稚姫であつた。
初稚姫『花は紅葉は緑  緑したたる黒髪は
 まだうら若き若草の  妻の命のチルナ姫
 夫の身の上気遣ひて  朝な夕なに真心を
 尽して神に祈りまし  妻の務めを委細に
 包むことなく遂げさせて  心もキヨの関守の
 関とめかねしチルテルが  恋に狂ひし心の鬼を
 追ひ払はむと村肝の  心を砕かせ玉ふこそ
 実にも憐れの次第なり  妻の心も白浪の
 寄せては返す磯の浪  彼方此方と駆け巡り
 容貌美はしき女子と  見れば人妻人娘
 老と若きの隔てなく  心蕩かす狒々猿の
 掻きまはすこそ歎てけれ  妾も此処に来りしゆ
 心に染まぬ事乍ら  これの家内に立騒ぐ
 荒き波をば鎮めむと  神の救ひの船を漕ぎ
 重き使命を負ひ乍ら  見捨てかねたる義侠心
 主人の心を言霊の  厳の真水に隈もなく
 洗ひ清めて惟神  神の心に復さむと
 人目を忍び只一人  時を待つほの浦凪に
 立騒ぐなる群千鳥  早く和鳥になれかしと
 皇大神の御前に  心の限り祈るなり
 それに付けても三五の  神の使の宣伝使
 聖き心の玉国別や  鏡も清き真純彦
 思ひは胸に三千彦の  妻とあれますデビス姫
 伊太彦司の一行が  月照りわたるキヨの湖
 渡りて此処に来ますなる  神の御言を受けてより
 目無堅間の舟傭ひ  波路を安く守りつつ
 先へ廻つて此館  神の司の危難をば
 救ひて功績をそれぞれに  挙げさせなむとの村肝の
 心を砕く吾こそは  初稚姫の神柱
 三千年に一度咲く  高天原の最奥の
 神の御苑の桃林に  匂ひ初めたる桃の花
 只一輪の吾魂は  如何に此場を治めむと
 天津御神や国津神  百八十柱のエンゼルと
 朝な夕なに語らひて  漸く神の御心を
 現はす時となりにけり  あゝ惟神々々
 恩頼を謹みて  厚く感謝し奉る
 朝日は照る共曇る共  月は盈つとも虧くる共
 悪魔はいかに猛くとも  誠一つの三五の
 神に仕へし吾魂は  いかで撓まむ梓弓
 引きて返らぬ魂の  巌を射抜く吾思ひ
 遂げさせ玉へと願ぎまつる  あゝ惟神々々
 御霊幸はひましませよ』
 斯かる所へ、ヘールはスタスタと現はれ来り、慌ただしくつつ立ち乍ら、体を前後左右に揺り、足をヂタヂタ踏んで、
ヘール『モシモシ、お姫さま、そんな陽気な事で厶いますか、あれ丈の乱痴気騒ぎが、貴女はお耳に這入りませぬか』
初稚『ハイ、何かモメ事が出来たので厶いますか。妾は一絃琴に魂を奪はれ、平和の夢を貪つて居りましたから、何にも存じませぬ。何だかお館の方に少し許り御夫婦がお酒の上でダンスでもやつて厶つたやうですなア。モウお休みになりましたか』
ヘール『エ、姫さま、そんな暢気な事ですかいな、大変な事が起つたのですよ。急性チルテル・ヘールニヤが勃発し、医者よ薬よと大騒ぎで厶います』
初稚『アヽ左様で厶いましたか。万金丹でもあげなさいましたら、御気分が良くなるでせう』
ヘール『肝心な万金丹をチルテルの大将、チルナ姫さまに、引張られたものですから、忽ちクルクルと白目を剥いて、ピリピリピリ、キヤー、ウーン、ドタンバタン、ガチヤ ガチヤ ガチヤ、ガラガラと人造地震が突発致しました。何奴も此奴も卑怯な奴許り、皆安全地帯へ避難したと見え、此ヘール一人が、縦横無尽に看護卒の役を勤め、右往左往に奔走して居ります。何卒病人の看護を手伝つて頂きたいものですなア。男の荒くたい手で看病するより、女の優しい柔かい手々で看護して貰ふ方が、何程病人の慰安になつて可いかも知れませぬ。サア何卒御願で厶います。早くお世話を願ひませう。貴方だつて、見ず知らずの家へ来て、かう鄭重にお世話になつて厶るのだから、チツとは義理人情もお弁へで厶いませう』
初稚『それはお気の毒な事で厶いますな。併し乍ら女といふものは嫉妬深いもので厶いますから、奥様の許しがなくては、旦那様丈の許しでは看病をさして頂く事は出来ませぬ。夫の病気は奥様が御看護なさるのが当然で厶います。何卒奥様のお許しがあれば看護さして頂きますから、一寸奥様に伺つて来て下さいませ』
ヘール『あの奥ですか、彼奴ア旦那様の睾丸狙つて、謀殺未遂犯人としてふん縛り、暗室へ監禁しておきました。あんな奴ア、死なうが何うならうが、チツとも構うこたア厶いませぬ。随分悋気の強い奥様で、お前さまもお困りでしたらうが、モウ御安心なさいませ。旦那さまと何れ丈おいちやつき遊ばさうが、ゴテゴテいふものは厶いませぬよ。早く斯ういふ時に親切を尽しておきなさると、後のお為で厶いますよ』
初稚『妾はその様な惨酷なお方は人間だとは思ひませぬワ。チルテル様には何か悪い者が憑依してゐるのでせう、さうでなければ神から許された夫婦の仲、そんな酷たらしい事をなさる筈がありますまい。正真正銘のチルテル様の御病気ならば、どこ迄も仁慈無限の神様の御心に倣らひ、身を粉にしても介抱さして頂きますが、悪魔の擒となり身も魂も獣化して厶る妖怪的な御主人には、平にお断りを申します。ヘールさま、貴方も確りなさいませ。妙な者が憑依して居りますよ』
ヘール『何と云つても、ウブな身魂ですから、私の肉体を目当に、イロイロの厄雑霊が先を争うてヘールかも知れませぬ。併し乍らフエル事もあり、又曲津のヘール事もあります。丁度キヨの湖の波を見てゐるやうなものです。高くなつたり低くなつたり、或時は荒むだり、或時は平静になつたり、これが所謂千変万化の勇士の本能、円転滑脱、あく迄融通の利く、神の生宮ですからなア。其御主人たるチルテル様は一層偉い者ですよ。さう貴女のやうに単純な御考へでは、到底英雄の心事は分りませぬ。旦那様がウツツの様になつて、姫様々々と連呼してゐらつしやいます。何は兎もあれ、一足お運び下さつたらどうですか。女といふ者はさう剛情を張るものぢやありませぬよ、従順と親切なのが女の美徳ですからなア』
初稚『さう、たつて仰せられますのなれば、兎も角も伺ひませう』
ヘール『ヤ、早速の御承知、旦那様も嘸お喜び遊ばす事で厶いませう。サア、お手々を執つて上げませう』
と毛だらけの黒い固い松の木の荒皮の様なガンザをニユツと突出した。初稚姫はゾツとし乍ら、
初稚『有難う、併し乍らお蔭で足は壮健で厶いますから、お後に跟いて参ります』
ヘール『イヤイヤ姫様、此屋敷の中は、彼方にも此方にも陥穽が拵へてありますから、私がお手を引いて上げませぬと危険です。それだからお手を引いて上げやうと申すのです』
初稚『貴方に手を握つて頂きますと、又チルテルさまと睾丸圧搾戦が勃発しますと、お互の迷惑ですワ。決して陥穽なんかはまるやうな事は致しませぬ。何卒お先へお出で下さいませ』
ヘール『ハイ、駄目ですかなア、どうも私の説を握手喝采して下さらぬと見えますワイ』
初稚『ホヽヽヽヽ、御冗談許り仰有いますな。旦那様が御苦みになつてゐられるぢやありませぬか』
ヘール『ヘー、お苦みはお苦みです。最早チルテル・ヘールニヤも殆んど全快して何ともないのでせうが、苦しいといふのは……ヘン、……どこやらの人に身も魂も奪はれ、煩悶苦悩病が起つて苦しいのですから、一寸お腹の辺りをマッサージでもやつて貰へば、忽ちケロリと本復疑なし、此病気を直すのは女神でなくては到底御利益は現はれませぬワイ、ウツフヽヽヽ』
初稚『あれまア、そんな事だと思つて居りました。それならモウ安心で厶います。何卒チルテル様に宜しう仰有つて下さいませ。そして妾の居間へお遊びにお出下さるやうお伝へ願います。左様なら』
と踵を返し元の居間へサツサと帰つて行く。ヘールは口をポカンとあけたまま、姫の後姿を見送り、
『あゝ何と可いスタイルだなア。牡丹か芍薬か蓮華の花か。あのなんぞりとした肩の具合から、頭の格好、首筋の様子、背のスウツとした所、おいどの小さい、足の歩き様から、お手々の振方、何とマア可いナイスだらう。チルテルさまが女房を叩き出して本妻に入れやうとなさつたのも、決して無理ではないワイ。あゝ何だか精神恍惚として夢路を辿るが如しだ。あゝ胸が苦しうなつて来た。何だか俺にも恋愛嫉妬病が勃発しさうだ。併し乍ら到底俺の力では側へもよりつくこたア出来やしないワ。キャプテンだつて、此奴ア駄目かも知れぬぞ。何とマア崇高い姿だらう。温和にして威厳あり、恰も天女の如し。あゝ男子現世に生を稟けて、斯の如き美人と婚すること能はずば、寧ろ首を吊つて其命を断たむのみだ。エヘヽヽヽ、何だか体中に波が打つて来よつたやうだ。俺の体を鋭利な刃物で一寸刻みにザクザクと何者かが刻み出したやうだ。ても扨ても苦しいものだなア。あゝあ キャプテンに報告もならず、姫様の居間へ伺ふ訳にも行かず、ホンに困つた事だワイ。……
 鷺を烏と言うたが無理か
  一羽の鳥も鶏だ

 葵の花でも赤く咲く
  雪といふ字を墨で書く。

ヤ、可い事を思ひ出した。何程俺がヒヨツトコでも、雪といふ字を墨で書く以上は、あのナイスをウンと言はせない道理があらうか。あんな青い幹や葉をした葵からも真赤な花が咲く例もある。碁を打つても、色の黒い奴と色の白い奴とが対抗するのだ。白い石同士は到底物にならぬ。ウンさうだ。おかめに美男、ヒヨツトコに美女といふ例もある。ヒヨツトしたら誂へ向かも知れぬぞ。あのキャプテンは面が青白い上に背がスラリと高くて、どこ共なしに気障な男だ。俺のやうな節くれだつた力瘤だらけの強者は、却て優しいナイスが好むものだ。ヨーシ、俺も恋の為にはユゥンケルの職を棒にふつても構はぬ、ユゥンケルが何だい。仮令リューチナントになつた所が知れたものだ。キャプテン、カーネル、ゼネラル、そんな物が何になる。ウン ヨシ、之から恋の勇者となつて、天下の男子に其驍名を誇つてやらう。地獄の上の一足飛だ。人間は一生に一度は危ない綱も渡つてみなくちやならないワ。男は断の一字が肝心だと聞いてゐる。エーエやつつけやうかな。
 吾恋は細谷川の丸木橋
  渡るにやこはし渡らねば
   好いたお方にや会はれない。…………

とか何とか、誰かが仰有いましたかネだ。サア、ここで一つ駒を立直し、キャプテンに叛旗を掲げ、初稚砲台に向つて、獅子奮迅の勇気を以て、短兵急に攻めよせくれむ。国家の興亡此瞬間にあり、汝等兵員一同夫れ、奮励努力せよ。否副守護神一統、奮励努力せよ。超弩級艦一隻、正に此港口にあり、閉塞隊の用意あつて然るべし』
と独り喋ぎ乍ら、肩肱怒らし、一足々々力を入れ大手をふつて、芝居の光秀が花道から現はれて来た時のやうなスタイルで、ヂリリ ヂリリと進み行く。
(大正一二・四・二 旧二・一七 於皆生温泉浜屋 松村真澄録)
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